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‎不安

ジャ○オルタはギリギリゲット(自慢気

しかし、地獄はそこから始まったっ!

羽根を集め回り、目玉を狩り続ける日々、そして始まるイベントっ……!終わらぬッ!

「確かここでよかったんだよな……」


 数刻程前にも通ったであろう路地の前を見つめ、呟く。


 眼前に広がるはどこまでも続いているような錯覚に陥らせる、暗がりの路地だ。

 人気はあるのに生気を感じさせない、そんな不思議な場所。


「おとさま、ここ行くの……?」


 握った手から弱々しい力が伝わり、脅えていることがわかった。

 彼女(ギン)にしては珍しい、弱気な表情。


「嫌か?」

「……うん。なんだか嫌な(にお)いがする。色んな、嫌なものが混じった(にお)い」


 彼女の言う、いやなもの、というのが何かはわからないが、しかませた表情からさぞそれが(くさ)いものであることがわかる。

 きっと、俺の感じる『嫌な予感』を彼女は嗅覚で感じているのだ。


「ギン、怖いか?」

「……うん」


 俺の問いに、ギンは僅かな迷いを見せながらも答えてみせる。

 きっと、彼女が歳相応の男子であればこうは素直に答えなかっただろう。

 今でさえ弱気を見せた自らを恥じるように気丈に振舞っている。

 でも、それは悪いことではないと思う。


 弱さを自覚すること、これもまた一種の強さだと俺は思う。


「おとさまは……?」

「うん?」

「怖くないの?」

「……怖いな」


 先程の彼女もこんな気持ちだったのかと身をもって思い知る。

 情けないと思いつつも、本音を晒してくれた彼女の前では偽らまいと俺も本音を語る。


 眼前に広がる路地を、俺は恐ろしく思う。

 暗がりを恐れるのは人の本能だ。ましてや目の前の路地は、見知らぬ土地。

 この先に夜哭街(やこくがい)なんてものは存在せず、どこまでも暗闇が広がりここに入ってしまえば二度と戻ってこられないのではないか、そんな子供じみた想像さえ駆り立てられる。


「……それでも、行くの?」

「……ああ。なんだか探し物が見つかりそうな気がするんだ。それに、きっと今行かなければ後悔する、そんな気がする」

「……」

「悪いな、曖昧で。なんならギンだけ先に戻ってもいいぞ?」


 夜の一人歩きは物騒だが、彼女なら大丈夫だろう。


「ううん、ギンもおとさまと一緒に行く」


 握った手にぐっと力が込められ、ギンは無理やり笑っている。

 正直、ここから先を一人でというのも不安だったので、情けない話だが同伴してもらえるのはありがたかった。


「ギンがおとさまを守るから」


 ギンは一層笑みを強める。しかし、今度の笑みは無理やりではなく本心からだとわかる。

 会って数日、ましてやきちんと話したのは今日がはじめてだ。なのに、なぜ彼女は俺を父と慕い、こうまで尽くしてくれるのか。なぜその献身を俺はここまで信頼できるのか。


(――本当、不思議な娘だよな……)


 素性も何もかもわからないことだらけだ。だけど、話せばきっとわかる。

 この絆は追々より深めていこう。そう思った。


「ありがとう。だけど、どうしようもなくなったら俺を置いて逃げろ、わかったな?」

「でも――」

「でもはなしだ。じゃなければここに置いていく、いいな?」


 彼女(ギン)はおそらく俺より強い。それに最悪、俺には『不死』がある。

 ギンで対処のできない場合、大人しく俺が囮となればいい。彼女ならば一人の方が逃げ切れる可能性も高い。


 最悪の事態は俺が死ぬことではなく、彼女が死ぬことだ。それだけはなんとしても避けねばならない。


「う―……。わかった……」

「よし、いい娘だ」


 ギンの髪をくしゃりと撫でる。

 不承不承ではあるが、承諾の声は得られた。ここで問答をしても仕方がないし、何もないことを願って進むとしよう。


 ギンの手を引き、いざ進まんと足を一歩踏み出す、が不意にズキリとした鈍い頭痛が走る。痛みと共に流れ込んで来るイメージ。


 幼い自分が同じ背丈ほどの人の形を保った白い靄と手を繋いでいる。


(俺と手を繋いでいるのは――誰だ……?)


 一瞬見えた光景。前にもこんなことがあったような気がする、そんな既視感(デジャヴ)


(前にもこんな風に誰かの手を引いて暗がりを進んだような――いや、違う。手を引かれていたのは、俺だ。なら――俺の手を引いていたのは、誰なんだ……?)


「――おとさま?大丈夫?頭痛いの?」

「あ、ああ……。大丈夫だ、何でもない……」


 知らぬうちに頭を抑えて、俯いていた俺の下からギンが潜り込み顔を覗かせる。


「悪い、心配させたな。大丈夫だ、さ、行こうか」

「……うん」


 不安そうなギンの手を引っ張り、夜哭街(やこくがい)へと至る暗がりを進む。


(浮かび上がったイメージはおそらく俺の過去だ。なのに、あのシルエットが誰だったのか、思い出せない……。俺に幼なじみと呼べる奴なんて……いないはずなのに)


 イメージの少年は靄と手を繋ぎ嬉しそうに、楽しそうに身を任せていた。

 あの少年は紛れもなく、俺自身だった。

 なのに、手を繋いでいた相手、白い靄の正体が思い出せない。


(なんだよ、今のは。俺のイメージ、妄想か?じゃあ相手は誰だってんだよ……)


 自らの知らない記憶が唐突に浮かび上がる。

 不意に自らの記憶と身体が乖離するような感覚に襲われ、薄ら寒い、恐怖のようなものを感じた。このまま自分の記憶と身体が引き離され、別のものへと成り果てるような、そんな言いようのない恐怖。


(――いや、今はこんなことを考えてる場合じゃねぇ……。俺は探さなきゃなんねぇんだ、あいつを――クレアを襲った、あいつを……)





「ねぇ、おとさま。探しものってなんなの?」

「ん、ん―とだな、人かな」


 暗がりをしばらく歩み続け、目も慣れ始めた頃、ギンが俺を見上げながら尋ねてくる。


「人?どんな人なの?」

「どんな……ううん……」


 当然ではあるが、共に捜してくれるギンが詳細を求める、が俺にはそれをうまく伝える自信がない。

 なんせアイツと出会ったのは、こっちに来て間もなくだ。

 事前にこの世界の話を聞いていたとはいえ、あの晩の俺はかなり高揚していたし、どうかしていた。ろくにアイツのことを見てないし、記憶にもなく『冴えない奴』だとしか印象にない。

 アイツのことをゴリ達に聞いても、あの晩に出会い、酔ったままあの凶行へと至ったため、アイツの素性に関してはまったく知らないと言っていた。


 正直、人に話せるほどアイツを知らないのだ。


「ま、まぁ冴えない男だったよ……」

「うん」

「お、おう……」

「え?それだけ?」


 ――視線が、痛いッ!


「え、おとさま。それだけなの?」

「……お、おう」


 ギンの冷ややかなジト目がつらい。目に見えて落胆していることがわかる。


「せめて物とかないの?その人の」

「モノ?」


 ギンはそう言うと、自らの鼻を指差す。


「鼻?」

「うん。ギン、鼻いいから」


 どうやら臭いを嗅ぐつもりらしい。犬じゃないんだから、と思いつつもギンは狼だ。

 犬が人より嗅覚が優れているのはいわずもがな。同じイヌ科である狼も犬と負けず劣らずの嗅覚を持っているのだろう。そう思えば警察犬のような真似もできそうな気がしてきた。


 ――ギン、恐ろしい子……!


 人と狼のスペック差、脅威である。そして合法くんかくんかできるのも羨まし――いや、なんでもない。


「い、いや、残念ながらないなぁ……。でも、男の臭いとか嗅ぎたくないだろ?」

「うん。でも、おとさまのだったらいいかも」

「はっはっは、ギンはおもしろい冗談を言うなぁ」


 いくら慕っているからとはいえ、男の臭いなぞ勘弁願いたいものだろう。

 俺だっていくら女の臭いとはいえ嗅ぎたいとは――思わないだろうか、どうだろう。


「うん?冗談じゃないよ?」


 真顔である。

 嗅覚の優劣で臭いの良し悪しだとか好みが違ったりするのだろうか。

 あるいは人と狼の臭いの好みの違いだとか――いろいろ気になるところではあるが、あまり深く掘り下げないほうがいい、と俺の直感が告げている。


「はっはっは。そうか、そうか……」

「どうしたの、おとさま。変な笑い方して」

「い、いや、本当にな、なんでもないぞぉ」

「その割りに声が震えてるけど……」

「気のせいだ」


 冷え込む路地とは別に、薄ら寒いものを背筋に感じる。

 恐怖にも似た感情が胸に去来する。


 ――ギン、末恐ろしい娘っ……!


 道のりは、長い。


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