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走り出せ

ジャ○ヌオルタはやっぱり我がカルデアには来ませんでした。

三十連ではぬるいのかと思いきや、まさかのオリ○ン被り。お前じゃない。

許さない!絶対に、だっ!(ガチャガチャしながら

「しかし、こうしてみるとなんつうか、獣だって実感させられるな……。すげぇ食いっぷり……」


 クレアの部屋から戻ってきたギンは、メイド服――というよりもエプロンドレスと呼んだほうがいいらしい――に身を包んでいた。

 白いフリルやカチューシャなど白と黒を基調としているものの、飾り気は少なくあくまで魅せるためではなく、実用性重視の仕事着なのだと実感させる。

 そしてクレアも同じエプロンドレスに身を包み、二人並ぶと本当に絵になる。


 しかし、片割れの銀髪美少女ことギンは――


「がつがつっ、ふがふがっ、ふごっ、ごくっごくっ――ぷはぁっ」

 その細い身体のどこに収まるのかと思うほど、勢いよく大量の飯をかきこんでいる。

 着替えるなり「おなかすいた―」と述べ、女将さんとクレアの用意したパンやシチュ―、ふかした芋などを口いっぱいに頬張り、時にむせながら牛乳で流し込んでいる。

 その食いっぷりが凄まじい――いろんな意味で。


「おいおい嬢ちゃん、何杯目だよ――つうかもうちょい綺麗に食えんのか!?」

「あ、あはは……。ギンちゃん、おいしい?」

「うんっ!」


 クレアが引きつった笑みを浮かべるが、ギンは目もくれず返事だけをしてひたすら食べ続けている。


 続々と積み重なる食器、飛び散る食べ(かす)。お世辞にも行儀がいいとは言えず、掃除後の店内は酷く散らかっていく。


「ギンとか言ったね」


 散らかる店内をさすがに見兼ねたのか、不動の修羅こと――我等が店主が動いた。


「あんたの姉ちゃんは元気にしてるかい?」

「お姉ちゃんを――姉様(ねえさま)を知ってるですか?」


 おや、女将さんが世間話とは珍しい。家族の話とわかってか、ギンは食事の手を止め、女将さんと向き合う。しかし緊張のせいか、口調が固いものとなる。


「ああ、昔からの知り合いでね。覚えてないだろうがあんたがこんなちっちゃな頃からのね」

「ちっちゃな頃……もしかして、ジョディ姉様(ねえさま)ですか!?」

「ああ。――久しぶりだね、ギン」

「はいっ!お久しぶりですっ!」


 女将さんはギンの頭に手をおき、髪を撫でる。それに対しギンは照れくさそうにはにかんでいる。その光景は再会を懐かしむ親戚のようだった。


 しかし――


「ジュディ……?」

「「「「「「「姉様(ねえさま)ぁ?」」」」」」


 なんだ、その語呂がいいのか悪いのかよくわからんあだ名は。


「ジュディ姉様って……ぷふっ」


 驚きの声があがったあとに、たった一人の声が響く。その声には明らかな嘲笑が込められており、静寂の間にはよく響いた。


 ――いくら女将さんの機嫌が悪くないからといって、聞こえればタダじゃ……


 などと考えていれば、此方を睨みつける女将さんと目が合う。


 ――え?俺?まさか、、気のせいだろ……?


 さっきの失礼な発言は俺ではない、女将さんの見当違いだと無言で訴え、犯人を探すべく周りを見回す。


 絶対に犯人ではないと断言できるギンは未だに女将さんに撫でられ、くすぐったそうに身をよじり、クレアもそんな二人をほほえましげに見つめている。


 ゴリ、ラット、ロ―シの三人は気まずげに佇んでいるが……


「ぴゅ、ぴゅ~♪」


 へたくそな口笛が耳に入る。


 出所である口笛の主、アルフは頭の後ろで腕を組み、虚空を見上げながら口笛を吹いている。


 ――あ、犯人確実にこいつだわ!


 実に白々しい口笛であった。


 未だに睨みつけてくる女将さんに、無言でアルフを指差すが女将さんの視線は一向に外れない。


(俺じゃない!俺じゃないってば!あいつ!あいつだから!)


 必死に念じながらアルフを指差す。


(……)


 女将さんが何を思っているかわからないが、ただ俺への怒りだけは確実に伝わってきた。理不尽である。


「……はぁ」


 やがて女将さんは呆れたように嘆息した。しかし許されたわけではない。

 俺は悟った。――あ、これはあとがこわいやつだ――と。


「まぁいいさね。あんたは何人かと面識あるようだが、自己紹介はいるかい?」

「うんっ!」

「まずは、そうさね――あそこにいる私そっくりの娘が私の娘、クレアだ」

「よろしくね、ギンちゃん」


 女将さんが紹介し、クレアがスカートの端をつまみ、一礼をする。

 どうやら女将さんの紹介と本人の挨拶で自己紹介のようだ。


「うんっ!ジュディ姉様の子供だから……」


 やめて、そこはデリケートな問題だからやめて、怖い。


「クレア姉様っ!」


 ギンちゃんは空気の読める賢い子でした。


「で、あそこの小さいのがラット」

「……ネズミ?」


 雑!女将さんの紹介雑!しかもラットは無口だから一言もしゃべらねぇし、ギンなんかネズミとか言っちゃったよ!


「で、あそこのヒゲもじゃがロ―シ」

「ヒゲもじゃ……」

「おじいちゃん!」

「は、はは……」


 やめたげてぇ!女将さんの雑な紹介とギンのストレ―トな第一印象のコンボにロ―シが傷つき、乾いた笑みを浮かべてるから!やめたげてぇ!


「で、あそこのでっかいのがゴリラ」

「ゴリラ!」

「……」


 ゴリに至っては誤った紹介をされているが、女将さんに逆らうとどうなるのかよくわかっているので、反論を述べず諦めの境地に至っている。不憫(ふびん)だ……。

 しかし、雑である。


 ――地獄は終わらない。女将さんは明らかに楽しんでおり、ニヤニヤしている。鬼だ。悪魔だ。


「で、あそこのバカっぽいのがバカだ」

「バカ!」

「あぁ!?誰がバカだこ……なんでもないです」



 雑パタ―ン、その二いただきました―。

 アルフに至っては、女将さんに指を刺され、バカと紹介される始末。

 しかし、バカ本人は納得がいかず、声を荒げて反論しようとしたところを女将さんの一睨みで黙らされる。


 なんというか、わかりきっていただろうことを改めてやってくれるバカには感謝してもし足りない。

 ありがとう、バカ。ごめんよ、バカ。

 でも仕方ないだろう、だってお前はバカなんだもの、バ―イ、タツミ。


「で、あそこのバカのおまけがリ―ド」

「おまけ!」

「よしきたっ!ちゃんと名前だっ!」


 どんな自己紹介をされるのか、どんなあだ名で呼ばれるのかとビクついていたリ―ドはきちんと名前を呼ばれた!とガッツポーズで喜んでいる。


 いいのか、おまけ呼ばわりで。

 しかし、本人は大喜びだ。水を差すのもなんだし、そっとしておいてやろう。


 そして、次は――


 ――ようやっと俺の番か……。せめて名前ぐらいは伝えてくれるといいんだが……。


「で、そこの真っ黒いのが――」


 女将さんが俺を指差す。


 ――真っ黒いの……でも、まだだ、まだ名前を呼ばれるワンチャンがあるっ……!


「おとさまっ!」

「……ん?」


 女将さんが言い切る前に、ギンが叫ぶ。


 ――おとさま?そういえば部屋に入ったあともそう言われたが……



「おとさま……お父様ってことですか?」

「……へ?」

「お父様って……まさか、タツミの子供か?隠し子か!?」


 おい、やめろ、バカ。そんなわけねぇだろ。


「まさか。いや、しかしタツミの身体のことを考えると子供の一人ぐらいいてもおかしくは……」


 やめろ、リ―ド。おかしな思考を加速させるんじゃない。なんで俺の身体ならってなるんですかねぇ?


「タツミの身体ってぇと不死って奴か?不老不死ってこともありえるってのか!?おい、タツミ、お前まさか実は年上だったりすんのか!?やだぜ、俺!こいつを今更タツミさんとか呼ぶの!しかもこいつが子持ちとかなんか負けた気がすんだけど!」


 安定のバカいただきました―。安心しろ、端からお前と競ってなんかいないし、バカさ加減ならお前がナンバ―ワンだ!やったな、バカの六冠(適当)だぜ!


「バレちゃあしょうがねぇ……。実はギンは俺の隠し子なんだ……。

 会いたかったぞ、我が娘よ――!」


 興が乗ってきたので、つい嘘をついてしまった。


「まじかよちくしょう―!」

「旦那が本当に旦那だったなんて……」


 バカと意外と素直がゴリがすぐさま期待以上のノリでのっかってくれる、というかだまされている。


「すまない、タツミ……ずっとお前を童貞だと思っていた……」

「は、はは、何言ってんだよリ―ド。どどど、童貞じゃねぇし!」

「それでギン嬢ちゃん、タツミの旦那がお父さんってことでいいのかな?」


 ロ―シがかがみこみ、ギンと視線を並べて尋ねる。

 ――あ、やばい、バレる。


 でも大丈夫、ギンちゃんは空気の読める賢い子だから!


「ん?ううん、おとさまはお父様じゃないよ―」


 はい、即バレ―。

 なんでや、ギンちゃん!君は空気の読める子やったやないか!


「へ?じゃあなんでタツミの旦那をおとさまって呼ぶんだい?」


 ロ―シの問いに、ギンはしばらくキョトンとし、やがて――


「にへへ、秘密っ!おとさまはギンのおとさまだから、そう呼ぶのっ!」


 と、満面の笑みで答える。


「なんだ、じゃあタツミのは嘘か」

「びっくりしたぜ。あやうくタツミさんをタツミさんって呼んじまうとこだったぜ……」

「じゃあ旦那はどうて……」

「どどど、童貞じゃねぇし!」


 くいくいっと袖を引っ張られる。


「ん?」


 見れば立ち上がったギンが傍らに立ち――


「おとさま―。どうて―って何―?」


 ピキリと空間が音を立てて崩れる気がした。


 ギンが俺を見上げ、無邪気な笑みで邪な言葉を発した。

 なんというか、それだけで汚してはいけないものを汚してしまったような背徳感と強い後悔が押し寄せてくる。


 ――お、俺はなんてことを……!


 汚れのない純真無垢な瞳で俺を見上げるギンを見ていると、自分はなんてちっぽけな嘘をつき、穢れた言葉を発してしまったのだという強い自責に駆られる。


「ぐ、ぐぅ……!」


 言っていいのか、この純真無垢な瞳をした清廉潔白な天使のような銀髪ロリっ娘に……!


「ど、童貞ってのはな……」


 期待を込めて見上げられる視線が辛い。


「うんっ!」


 明るくはきはきとした声が辛い。


「こ―らっ、ギンちゃん」


 救いの声が聞こえた。


 ――この声は、もう一人の天使、クレアた……ん!?


 クレアを見れば、違和感と猛烈な既視感(きしかん)を覚える。


 ニコニコと笑みを浮かべるクレア――しかし、その目は笑っていなかった。


「いい?ギンちゃん。女の子が童貞、なんて言っちゃダメだよ」

「そうなの?クウ姉様」


 早速クレアの呼び名変わってまんがな、と突っ込みたくなったが空気の読める僕は黙ります。というか怖くて喋れません。


「それとね、強いていうなら、童貞っていうのはタツミさんのことを言うんだよ」

「そうなの?」

「うん」

「……ごふっ」

「お、おい!タツミが血を吐くふりして倒れたぞ!」

「……そっとしておいてやれ……」


 リ―ドの気遣いが辛い……。


 なんだよ、俺が何をしたって言うんだ……。


「あ、姐さん?どうかしましたか?」

「どう、とはどういうことですか、ゴリさん。私はどうもしませんよ。どうかしたとしたらゴリさん達じゃありませんか?」

「い、いえ、そんなことは……。というか、怒ってます?」

「いいえ、そんなことは。私はこんなに笑顔なのに、おかしなことを言いますね」

「い、いえ……笑顔っていうか、青筋が見え――」

「見えてません。青筋なんて立ってませんし私は笑顔です」

「ですが――」

「くどいっ!」

「すんませんしたっ」


 どうやらクレアは笑顔で青筋を立てているらしい。

 何か良くわからないが怖いので、このままうつ伏せで死んだふりをしていよう。


「おい、タツミがなんかビクンビクンし始めたぞ?大丈夫か?」

「ほっとけ、どうせ怖くて立ち上がれないだけだろ」


 リ―ドが冷たい。


「ふんだっ。些細な嘘をつくからいけないんですよ」


 珍しくクレアが拗ねたような声をあげる。


「私は嘘は嫌いなんです!なのにタツミさんってば!」

「おとさま―。生きてる―?」

「あぁっ、こらこら。ギン、タツミをつつくんじゃない、ばっちいぞ!」

「おぉっ、おもしろいぐらいタツミがビクビクし始めたぞ」


 ばっちくないやい。

 なんだよなんだよ。みんなして俺に冷たくして。一人ぐらい俺に優しくしてくれたって。


「ほら、タツミ。いい加減に立ちな」


 ――お、女将さ……


「邪魔だよ。掃除しなきゃなんないんだ。なんならあんたが転がってゴミをまとめてくれるのかい?」


「……」

「お、タツミが立ったぞ!」

「無言で立つなよ、びっくりするなぁ」

「旦那!生きてたんすね!」


 なんだよ、なんだよ。どいつもこいつも!


「う、うわあああんっ!」

「え、ちょ、おいっ、タツミ―どこいくんだー!?」

「おとさま―!?」


 俺は叫びながら走り出し、酒場を後にした。


「泣いてないっ!俺は決して、泣いて、ないいいっ!ぐすっ」

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