おまわりさん誤解です
あぁ~、ジャンヌぅ、ジャンヌゥ……。
同じアヴェなら彼女が良かった。でも大丈夫、まだ魔法のカードが……ねぇよ。
「おいおいおい、お嬢ちゃん何者だよ。どっから入り込んできた?」
首にぶら下がり楽しげに揺れる幼女――いや、少女の方が正しいか――を見下ろす。
舌足らずな口調に幼さの残る甘ったるい声の割には身長はそこそこある。
おそらく百三十、百四十ほどは目測でもあるだろう。
年齢で考えれば齢十二ばかしだろうと思うが、突然首にぶら下がってくるなどの行動が年齢には似つかわしくない。
凹凸の少ないなだらかな身体も幼さを思わせる一因を担っているのだろう。
端的に言えば、身体に対して、行動が幼すぎる――といったところだ。
なんせぎゅうぎゅうと密着される身体――主に押し付けられる胸に欲情などを一切催さない辺り、俺はまだロリコンじゃないと胸を張って主張できる。
―-それでも、少女特有の甘酸っぱい香りや、ふにふにとした柔らかな肢体はちょっと危ないんですけどね――常識と劣情の葛藤に頭を抱えかけるものの、気になることがあるのだ。
「なぁ、お嬢ちゃん。名前は?」
「ギンっ!」
少女はにかっと溌剌とした笑みを浮かべ、勢いよく答える。
――ギン――銀か。
これもあのガキの考えたネーミングか。なんせそのままなのである。
凛然と白銀に輝くきめ細やかな髪にピコピコと揺れ動く、頭部に生えたイヌ科のような耳に、たくましく太いごわごわとした白銀の尻尾。
これではまるで――
「なぁ、ギン。お前……狼か?」
「んー……そうだけど、そうじゃない、かな?」
先程のハキハキとした受け答えとは違い、煮えきらぬ様子で答えるギン。
居ると聞いていた狼はおらず、狼の特徴を備えたような少女。
この世界のことを思えば、この少女が『獣人』だと考えるほうが聡明だろう。
「そうだけど、そうじゃない?どういうことだ?」
自分のことだというのにえらく曖昧だな。
「んっとね―、よくわかんないっ!」
ギンは思案顔をほんの少しだけのぞかせ、すぐにくしゃりとした笑みに崩してまたしても俺の首にぶら下がったまま振り子のように揺れ、楽しんでいる。
どうやらおしゃべりは終わりらしい。
しかし、いくら軽いとはいえこうも首にぶら下がれ続けると痛くなるし、いくら幼いとはいえ少女の全裸とは目に毒だ。
なんせ先程もあんなことがあったのだから。
こんな時に限って――というか、凶事とは重なるものだ。
突如コンコンと――扉をノックする音が。
「タツミさん。入りますよ?」
口調としては尋ねるものだが、此方が答える前にすでにドアノブは回され、扉は開きかける。
――まずいやばいクレア、ちょっと待て!
静止する言葉は浮かび上がるが、間に合わない。
何がどうやばいか。焦りとは裏腹に、冷めた思考で考える。
俺。少女。抱きつかれている――ようにも見える。しかも全裸。
確実におまわりさんもとい、今度こそ兵隊さんに連行される案件だ。
この場合、どんな罪状でしょっぴかれるというのか。そんな悲しい誤解は御免である。
「タツミさ――」
瞬間、場が凍る。
気まずげにクレアを見る俺。混乱した様子で俺を見るクレア。楽しげにはしゃぐギン。俺、愛想笑い。クレア、汚物を見るような目。無邪気なギン。
クレア、無言で退出し、扉を閉める。俺、見送る。ギン、楽しげ。
刹那――「女将さ―んっっ!タツミさんが―!女の子を連れ込んでま―すっ!」
――まだ大丈夫、まだ誤解は解ける。ギンは一向に離れようとしないし、全裸だからね、まずは彼女を引き離さなければ……
「全裸で―!」
あかん。
「ちょ、クレアさ―んっ!?待ってくれ、誤解だ―っ!」
その報告は要らない。したら駄目な奴だ。
慌てて部屋から駆け出そうとするが、相も変わらずギンは裸でぷらぷらしている。離れろとも何か着ろと言っても聞かず、そこいらの服を引っつかみ、被せて隠した。
慌てて階段を降りれば、女将さんやクレア、ゴリ達からの視線を感じる。
「い、いや、待ってくれ。誤解なんだ……」
だからそんな冷たい、汚物を見るような目で俺を見ないでくれ。
「旦那。好色とは思っていましたが、まさか幼子まで……さすがです」
ゴリの視線だけなんか別物なんですけど、気のせいでしょうか。
「タツミ、そこまで女に飢えていたとは……気付かなくてすまなかった。今度、ちゃんと夜哭街に連れて行くからな、安心しろ、約束だ。――だから、まずは罪を償って来い」
おい、リ―ド。やめろ、おい。
「おおいっ、やめろ、俺を罪人扱いすんじゃねぇよっ!」
「でも、少女を連れこんだんだろ?」
「連れ込んでねぇよっ!」
「しかも全裸で」
「少女がな!?それだと俺が全裸で女連れ込んだみてぇじゃねぇかっ!」
「え?タツミが全裸じゃなく、少女が全裸なのか?」
「そうっ!」
「どちらにしろアウトじゃないか」
女将さん、冷静に突っ込むのやめてください。俺もそう思います。
「連れ込んだんじゃなくて、居たんだよっ!部屋に行ったら全裸で少女がいたの!俺は悪くないっ!」
「タツミ……大丈夫か?」
やめろぉ!俺の頭がおかしいみたいな扱いやめろぉ!
もう本当にこいつら俺の仲間なの?仲間だよね!?
「ちったぁ俺に話させろ!俺が狼の様子を見に行ったら、狼が居なくて全裸の少女が居ました。で、話をしたらその少女が狼でしたとさ!」
「狼が少女で、少女が狼?ハハッ、タツミは意味わかんねぇこというなぁっ!」
俺を指差し、アルフが腹を抱えてゲラゲラと笑う。
「狼が少女に……?獣人――それも生成りかあるいは先祖返り、更に狼と来ましたか。成る程、稀少も稀少。賢狼を神格化扱いするのも頷けるってもんですね」
「狼の獣人?もはや絶滅したものと思っていたが、まさか地元でそんなものに出くわすとは驚いたな……」
俺の言葉にロ―シとリ―ドが神妙な顔をうんうんと唸っている。
ロ―シの口からは聞きなれない言葉がいくつか飛び出してくるが、ロ―シは見た目と相まってか、こういった仕草などが良く似合い、知的に見える。
そしてリ―ドも『二馬鹿』などと不名誉な二つ名が似つかわしくないのだが……相方がアレだから仕方ないのだろう。
「――ずいぶん詳しいじゃないか」
「昔は狩人に旅人、色々やりましたからね。土地の伝承や伝説、そういう類には目がないんですよ」
「ふん」
女将さんが険のある顔でロ―シに問うが、ロ―シは何食わぬ顔で飄々ととぼける。そして女将さんがいつものように鼻を鳴らし、話は打ち切られた。
「で、その少女ってのは――」
「ここ」
ちょいちょいと膨れた自らの首から下を指差す。
「だと思った」
「いつから身篭ったのかと思ったぜ」
ハッハッハと大口を開け、笑うアルフ。男が妊娠するわけねぇだろ。――さすがに冗談だよな?
全員が不安げな視線をアルフに向けていたのは気のせいではないだろう。
「ぷはっ」
被せていた衣服から少女――ギンが顔を覗かせる。
「「おおっ」」
飛び出てきた少女に驚き、頭部の耳を見て感動の声があがる。
「驚いた。本当に狼なんだな……」
「犬猫ならば見たことあったが、狼の獣人を見ることができるとはなぁ」
「ギンちゃん――でいいんですか?耳、触ってもいい?」
「いいよ―」
クレアなんかは興味津々で、早速ギンの耳を触らせてもらっている。
――美少女と美少女。いいね……。
「ところで、そろそろ降りてもらえないか……?」
いい加減に首が痛むどころか、俺の首は痺れを通り越し、死んだ。
惜しい首を亡くした……。
「え―。だって、服。着てないよ?」
「……」
ギンの言い分になんとも言えない気持ちになる。
「じゃあギンちゃん。私の部屋に行きましょうか。私の服を貸しますから」
「うんっ」
クレアがうまいこと男衆からギンの裸体を隠し、先導して彼女の部屋へ。
「獣人と聞いたが、随分可愛らしい娘じゃないか」
「ん―、そうだなぁ」
確かに、美少女であるクレアと並んでいても見劣りしない辺り、容姿は優れている。
眩い金髪の美少女と並ぶ、白銀の髪の少女。二人並ぶと一枚の絵画のような美しさがある。将来が有望だ。
「しかし、旦那が少女嗜好だったとは。乳房好きだと思ってたんですがね?」
「やめてくんない!?その不名誉なのやめてくんない!?」
「えらく懐かれているみたいでよかったじゃないか」
「狼だった時に顔を舐められるぐらいには、な」
「そう聞くと、お前、やべぇな……」
誰が好き好んで少女に顔を舐めさせるというのか、そんなのがいたらドン引きだ。
アルフが変態を見るような目で見てくるが、全員が気まずさに口をつむぐしかなかった。
なんだか今日は理不尽なことばかりだ……。




