バーニングクレアサン
なぁにがナイ○ンゲールかっ!
彼女は別にいらんからメ○ヴをよこせや!
それとそろそろ二十週くらいになるからいい加減蛇の宝玉を落とそうよ、じゃないと石が溶けちゃうのぉ!
「ただいま、帰り、ました……」
「ぜぇ……ぜぇ……」
ジッと灰色のレンガ道を見続け、最早聞きなれたリンと鳴る鈴の音が耳朶に触れる。帰ってきた、帰ってきてしまった……。
「お、おう……」
「おかえりなさい――って、どうしたんですか、お二人とも、そんなに息を荒げて。それにタツミさんも……」
「あ、いやそのだな……」
全員が息を呑み、驚く姿が見えずとも目に浮かぶ。
両脇にリ―ドとロ―シが立ち、俺の腕を二人が肩に掛けて引っ張られてきたのだ。
「なんかこんな光景どっかで見たことある気がするなぁ」
「そういえば先週、街中で暴行を働いたって男が兵士どもにこんな風に連れてかれてったなぁ……」
ゴリとアルフが感慨深そうに呟く。
―-そうかぁ、傍から見たら俺は連行される犯罪者のようなのかぁ……。
俺はてっきり捕獲されたグレイ型宇宙人のようだと自嘲していた……。
「と、とにかく、タツミさんは大丈夫なんですか?ずっと項垂れてますけど……」
気まずそうなクレアの声。こんな状況でも俺の身を案じてくれる。
――嗚呼、クレアたんまじ女神。なのに俺と来たら……。
「……あぁ、大丈夫だぁ。ありがとう、クレア……ぐすっ」
「え?いえ、あの、いえ、はい……」
俺の声に対する戸惑いの様子がクレアから汲み取れるが、迷った末に彼女は俺に声をかけるのをやめた。彼女の気遣いが傷に染み入る……。
「え?旦那――泣いてやす?」
「ばっか、おめぇ、ぐすっ、泣くわけ、ぐすっ、ねぇだろ」
「鼻を啜りながら言われてもな……」
「本当に何があったんですか……」
「フン。大したことじゃないだろうさ。大方報酬がもらえなかったとかそんなもんだろ?」
女将さんはいつものようにつまらなさげに鼻を鳴らし、一蹴する。が、様子を尋ねてくる辺り、心配はしてくれるようだ。彼女なりの不器用な優しさ――といったところか。
「いや……報酬はもらえたんだが……」
「むしろ貰いすぎたからこそ起きた悲劇と言いましょうか……」
おい、お前ら。それ以上余計なことを言うな。
「貰いすぎた?なのにそんな嬉しそうじゃないってのはおかしいね。少なくともタツミは手放しで喜ぶ奴だろうに……」
ほら!余計なこと言うから女将さんがかんぐってるじゃねぇか!
で、でもさすがになんで俺が凹んでるかなんて――
「そういや、ここからギルドに向かうには夜哭街の近くを通るねぇ……」
なんですぐに夜哭街が思い浮かぶんですかねぇ!
ま、まずい。このままだと行ってもいないのに俺の沽券に関わる気がする!
「お、女将さん、ほ、ほら、依頼の報酬。聞いてくれよ、なんだか色もつけたとかって三十万もくれたんだよ、蜂で三十万ってなんだかすげぇらしいじゃん!?」
大急ぎで顔を上げ、懐から金の入った茶封筒を取り出し、女将さんへと駆け寄ろうとする、が、しかし――
「タツミさん?三十万だなんて大金を持って、どこに行くつもりだったんですか……?」
ガシリ、と。
笑顔のクレアに肩を掴まれる。
ちらりと肩越しに彼女を覗けば、笑顔を浮かべているのに、その声も目も、一切の感情の機微を読み取れない。否、目が笑っていない。抑揚のない言葉から感じ取れる感情は――
――怒ってらっしゃる……!
背面に燃え盛る業火を背負った、般若を確かに彼女に見た。
彼女の手を振りほどこうにも、この細腕にどんな力を秘めているのか、肩を掴む手はビクリともしない。
「い、いや。まさか……どこに行くだなんて。真っ先に世話になってる女将さんへの恩返しとして金を払おうって思ったぜ、な、なぁ!?」
バーニング状態のクレアサン(太陽的な意味で)から目を背け、同行していたリ―ドとロ―シに救いの目を求める。
「お二人とも。本当ですか?」
「お、おう……」
「え、えぇ。もちろん……」
俺が目を向けるなり、クレアもギギギ、と機械的な擬音が聞こえてきそうなほど緩やかに首を向け、笑顔のまま二人に尋ねる。
二人は決して俺とも、クレアとも目を合わせようとはせず視線を泳がせている。
――へたくそぉっ!大の大人が歳の半分程度の女子にビビッてんじゃねぇぞぉっ!
――すまん。タツミ……。
――すみません、旦那……。
二人の謝罪が心なしか聞こえる気がした。しかし、今は謝罪よりも救いが欲しいのだ。
「もう一度だけ尋ねます。ほ、ん、と、う、ですか?」
クレアは僅かに目を開き、半眼のまま二人をゆっくりと、言葉を区切り区切りでプレッシャーを与え続ける。
向けられたのは己ではないというのに、焦りと恐怖が背中を伝う汗となり、
感じる。
この恐怖が、彼女のプレッシャ―が否でも彼女、シンクレア・スカーレッドがこの街の支配者とも呼べる『女帝』ジョディ・スカーレッドの娘なのだな、と改めて思い知らされる。
問いただすクレア。焦る俺。それに対して、仲間と舎弟である二人の出した答えは――
「……」
「……」
ひたすた沈黙だった。
「否定も肯定もされない、ということは肯定と見なします。よろしいですね?」
「ま、待ってくれ!俺は夜哭街なんて行こうとは……!」
「思ったんですね?」
クレアの目が向けられる。半眼に開いた瞼からは、燃えるような真紅の瞳がジっと此方を見据えている。
――ああ。
「思ったんですね……?」
――ああ、ダメだ。この眼力を前に嘘はつけない。
「はい……行こうと思いました……」
「もう。ダメじゃないですか、タツミさん。居候の分際で娼館通りに行こうだなんて」
居候の分際――彼女の口からはっきりと貶めるような言葉を聞いたのは初めてだ。
常に彼女の言葉は選ばれ、優しさや気遣いといったものが感じてとれたが、今は一切の容赦がない。それほどまでにお怒り、ということか……!
「ゴリ、アルフ。タツミに夜哭街のことを教えたのはあんたたちかい?」
「え?いえ……」
「俺も言ってねぇけど……」
「ふぅん。てっきり女好きのあんたらが余計なこと言ったと思ったけど違ったかい。じゃあ……あんたらか」
今度は女将さんのおっかない視線がリ―ドとロ―シに向けられる。彼等は蛇に睨まれた蛙のように、ビクリと体を竦める。おっかねぇ……。
「まったく余計な事を。この馬鹿が兎にでも見付かったら面倒じゃないか」
はて、ウサギとは何のことやら。バニ―ガ―ル―-なわけはないか。
「これより夜哭街への出入りを禁止する。いいね?」
嘘だろ……。折角夢と魔法に満ち溢れたファンタジー世界に来てまで愛のおっぱいワールドへの入国を阻むというのか……!
神は俺を見放した!あのクソガキィッ!
「ちょ、嘘だろ!?さきっちょだけ!さきっちょだけだから!」
「さきっちょ?何意味わかんないことを言ってんだい。従業員が娼館に入り浸ってると広まればうちの店のイメージダウンになりかねないからね。節度を持って通ううちはまだ容認してやるよ。だがタツミ、あんたは……」
「タツミさんの場合、お金が無くなるまで通いそうなので禁止ですね」
クレアがにこりと、天使のような微笑を浮かべる。死刑宣告頂きました―!
「嫌だっ!嘘だろ!?俺だけそんなギャンブルに浸るやつみてぇな扱いされたくねぇよ!?」
あるいはソシャゲに廃課金する奴みたいな!
「よかったですね、タツミさん。特別扱いですよ」
「やめろぉ!特別って言葉にそんなありがたみはないぞ!嘘です!ちょっと嬉しいと思いましたけど、でもやっぱ嫌ですっ!」
「だとさ。あたしゃあ別にどっちでもいいんだがねぇ」
「報告よりも先に、報酬をどう使うかを考えてしまうのは大いに問題だと思います。ですから一旦、タツミさんの持つ金銭の一切は此方で預からせて頂きます」
俺の持つ一切の、金銭……?ということは――
「ま、ま、まってくれ!?じゃあ三十万全部取り上げってことか!?」
「はい」
にこり。
「そんな!さすがに横暴すぎる!そ、それにほら!?俺はともかく、他のパ―ティメンバ―は!?こいつ等は俺と違って報酬は生活費になるだろ!?」
「あんた以外のメンバ―に関しては当分、問題ないだろうさ。なんせゴブリン退治の報酬って形で多少のお金を渡してあるからね」
「まじかよ、聞いてねぇぞ!?」
俺の驚きに反し、他のメンバ―達はコクコクと相槌を打っている。今回の報酬を分配しなければならないというのに、全額没収などと理不尽ないい振りにも彼等は抗議の声をあげないあたり、相当な金をもらっているのだろう。
――仲間は既に買収済み。孤立無援――!?
やばい。このままでは本当にやばい。このままだと一切の金銭も与えられず、馬車馬が如く飼いならされるのみだ。とんだブラック企業である。
「何を焦ってるんですか、タツミさん?お金はあくまで一旦預かるだけですし、貴方の場合は宿代、食事代込みで住み込みで働いてもらってるじゃないですか。本来はそれだけでも十分なのに、女将さんからの依頼のみならずギルドにまで冒険者登録をして、そんなにお金を稼いでどうするつもりなんですか?」
――うぐぅ……!
「まさか全部夜哭街で遊ぶため、なんてわけないですよね?」
クレアはまたしても、修羅の笑みである。
もし仮に、冗談でもそうだ、とも言おうものならばどんな目にあうか。
下手をすれば追い出されかねない。
「は、ははっ、まさか、そんなわけ……」
「なら、お金はあくまで此方で一時的に!お預かりしても問題ありませんね?」
「い、いや、それは……い、一時的っていつ返ってくるんだ?」
「必要な時に、何の用途かをお話していただければ此方から必要な額をお渡しします。別にタツミさんが夜哭街への立ち入りを禁止してるにも関わらず黙って行くだろうなんて心配はしてませんよ?」
あ、バッチリばれてますね、はい。
これはもはやお手上げ。完敗だ。
黙って条件を呑むしかない……。
「ハハハッ、安心しろよ、タツミ。金に余裕ができたら夜哭街の店の一軒、二軒ぐらい俺がおごって――」
「アルフさんは黙っててください」
「――あ、はい……」
クレアはアルフを睨みつけ、制止する。
アルフの奴をあまり責めないでやってくれ。
ただちょっと馬鹿で空気が読めなくて馬鹿な奴だが、基本はいい奴なんだ……。
ただちょっと致命的に馬鹿なだけなんだよ……。
大事なことなので三回言いました。
「……わかったよ。俺の負けだ。金の管理に関しては任せた。……ちょっと上の狼の様子を見てくる」
報酬は得られず、夢の国への入国禁止。
癒しは全て奪われた。
仲間の援助も請えず、最早最後の仲間、最後の癒しといえば俺に懐いている白い狼ぐらいだ。
せめて奴にモフらせてもらって癒しを得よう……。
「わかっていただけましたか。狼さんならタツミさんの部屋に」
「……あぁ。ありがとう……。ちょっといってくる……」
狼の所在だけ確かめ、二階にある自室へと赴く。
狼は俺の部屋にいるらしいので、存分にモフらせてもらおう……。
そうでもしなければやってられない……。
「……ちょっとやりすぎちゃいました……?」
「なんだい。後悔してるのかい?」
「いえ、後悔って程ではないんですけど……」
「でもまぁ、金まで取り上げるのはやりすぎな気がしないでもないがねぇ」
「あ!ずるいですよ、女将さんだって反対しなかったじゃないですか!」
「特別反対する理由がなかっただけさね。……そうだね、反省してるってのなら、タツミの様子でも見に行けばいいじゃないかい?結構堪えてるようだしね」
「……女将さんって結構、タツミさんに優しくありません?」
「はん。何を馬鹿なこと言ってんだい。いいからとっとと行ってきな」
「……そうします」
報酬もなく、達成感も得られず。
折角知った夢の国もろくに見ることもできぬまま立ち入ることを禁じられ。
一体、俺は何を糧に生きればいいというのか。
悲哀に暮れるまま、部屋のドアノブへと手をかける。
幸い狼はもう起きているのか、部屋の中からドタドタと騒がしい足音が聞こえる。どうやら走り回れるほどには元気になったらしい。
こればかりは吉報だ。
しかし、奇妙な声まで聞こえてくるのはどういうことだろうか。
なんだか随分幼い声のようだが――まぁいい。今は一刻も早く癒しを得ねば。
きっと疲れてるから幻聴が聞こえるのだ。
幼い女児の楽しげな笑い声など本来此処で聞けるわけなどないのだから。
ドアノブに手をかけ、捻る。
カチャリと音を鳴らし、引っ張る。
施錠のされていない扉は何の抵抗もなく開く――しかし、問題はこのあとだ。
「おとさま―!」
キャッキャキャッキャと楽しげな笑い声と理解できぬ言葉。
そして押し寄せる、視界を覆いつくさんばかり飛び掛ってくる驚く程白い肌。
「ぐえっ」
何事かと事態を把握する前に、首へと負担がのしかかる。
見下げれば、首にプランプランとぶら下がる幼女。
幼女は何がそんなおもしろいのか、俺の首にぶら下がったまま左右にプラプラと揺れ、キャッキャと笑い続けている。
――誰、この娘。というか――
「ちょい待ち、お嬢ちゃん。なんで全裸なのよ……」
幼女はひたすら笑い続け、俺の目は緩やかに揺れ動く、白く剥き出しなお尻へと釘付けに。
――おまわりさん、この娘です。




