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‎想い

「お、タツミ。用はもう済んだのか?」

「おう。待たせたな」


 アッシュ達と別れ、街へと至る森の歩道を一人歩く。急ぐこともなく、散歩気分で歩き続けるとすぐに先を行くゴリ達と合流できた。どうやら向こうも緩やかに歩いてくれていたようだ。狼は未だにゴリの背中でグッタリとしており、狼を気遣っているのかもしれない。


「しかし、お前があのアッシュと知り合いだったとはなぁ」


 合流してすぐさま、リ―ドが口を開く。またあいつのことか……。


「知り合いってもんでもねぇよ。犬猿の仲って奴だろ。俺はあいつが嫌いだし、あいつもそうみてぇだしな」

「あ―、それはまぁそうだな、というかその辺は俺たちも似たようなもんだわなぁ……。あいつの冒険者嫌いは相当なもんだし」


 アルフは苦々しい表情で告げる。アッシュの冒険者嫌いというのは周知の事らしい。なんせ先程も言葉の節々に嫌悪感を滲ませていたので、今更驚きもしないが。


「つうか、あの野郎は本当に有名なんだな。どいつもこいつもあいつの名前だけでもなく、姿まで知ってやがる。広い街だっつうのに」

「当たり前だろ。アッシュっていやぁ剣闘祭(けんとうさい)の常連、ここ数年の優勝者なんだからな。何連覇してんだっけか?」

「今年で五連覇」


 アルフの言葉にラットが短く返答する。寡黙なラットが自分から会話に参加するのは珍しく、驚いたがそれきりで、またしても口をつむぐ。それより気になる単語があった。


「ん、なんだそのけんとうさいってやらは?」

剣闘祭(けんとうさい)も知らんのか?」


 俺の言葉に、リ―ドが呆れたように口を開く。

 知っていてさも当たり前の常識のように語るが、知らんもんは知らん、と返したくなるが、全員が驚いた顔をしている辺り、かなり認知度は高いらしい。


剣闘祭(けんとうさい)っていやぁこの街の名物だろ。毎年開かれてる街一番の武芸者を決めるっつう大会。それにゃあ冒険者のみならず、兵士、一般人、貴族……前には皇族さえ出場したこともあるってぇ話もあるぜ」

「ふぅん」

「ふぅん、って感想それだけか!?もっと無いのか!?」

「どんだけ出るんだ、とか俺も出たいとか」

「アッシュの一昨年の準決勝は凄かった……」


 俺の感想に対して、アルフとリードは驚く反面、ラットは熱に浮かされたような恍惚の表情で呟く。

 どうもラットはアッシュのことに関しては口数が増えるようだ。ファンなのかもしれない。


「いや、大して興味もねぇし。アッシュの武勇伝とかどうでもいいんで」

「意外だな。もっと興味を示すかと思ったが……」

「強さを競いたいならどうぞ、ご勝手に。強くはなりたいが、最強を目指すわけでもなし」

「はぁ……お前それでも男かよ……」


 強さといっても様々だ。心の強さ、身体の強さ。それらを誰かと競うつもりもない。

 空は見上げれば高く、地を見つめれば低い。上は目指すだけ遠く、疲れる。誰かと競い合うなら尚更だ。


 アルフが呆れたように盛大にため息をつく。どうでもいいが、こいつにこういう対応されると盛大に腹立つのはなぜだろうか。


 しかし、実際興味がないのだから仕方ない。優勝して大金がもらえるだとか、美女たちにチヤホヤされるとかいうのなら大いに歓迎だが、どうもそういうのもないらしく、男臭く汗臭い武闘大会なんだろうなぁとしか思えないのだ。


「で、その剣闘祭(けんとうさい)とかアッシュさんの武勇伝とかまじでどうでもいいんで―。それよか、俺が聞きたいのは――」

「魔法、か?」


 リードが苦々しい表情で答え、俺はその表情に違和感を覚える。

 魔法が人智を超えた、奇跡に等しい力だと言うのならば、何故―-どいつもこいつも、触れて欲しくないようなんだ?


「教えてくれ。魔法ってのは、一体何なんだ?」

「魔法――か。詳しくは俺も知らんがな。なんでも『精霊』の力を借りて力を行使する、想像を権限させる

 ってもんらしい」


 リードは先程と同じ言葉を繰り返す。しかし、込められた感情は違う。

 一回目は懐疑的に、二回目はどこか懐古的な――何かを思い出すように。


「『精霊』ってのは?」

「火、風、水、土――この世の生活において欠かせないもの、四元素と呼ばれるものだ。それらは長くこの世に存在し――やがて意思を宿した」

「それが精霊、ってわけか」

「そうだ」


 四元素、あるいは四大元素と呼ばれるもの。難しいことはよくわからないが……陰陽道の五行のようなものだろうか。ゲームにおける属性といった方が馴染み深い。


「火には火の精霊が宿り、水には水の、土には土、風には風の、といった具合だ。しかし、それは何も元素に限った話でもない。長く在るもの、長く生きたものにも精霊は宿るといわれている」

「ふぅん。長く在るもの、ねぇ。なんだか付喪神(つくもがみ)みてぇだな」

「つくもがみ?」


 今度は俺の言葉に、皆一同首を傾げる。聞き馴染みのない言葉らしい。


「まぁ俺のいたとこの話なんだが、俺んとこじゃ多神教――いろんな神様がいて、崇めてるんだが――長く、大切に扱われたりしてきた物には神様が宿るって言われてるんだよ。それが付喪神って奴だ」

「ほぉ。やはりお前は馬鹿ではないようだな。無知ではあるが、まるで赤子のようだ」

「え、なんで俺ディスられてんの?馬鹿にされてんの?」

「いや、すまん……。馬鹿にしてるわけではないんだが、何と言うかお前から聞く話はおもしろいな。そういえばお前のその剣も国のものだったな?」


 リ―ドは視線で『無明』を捉え、思い出したように言う。

 確かにこの国には直剣の類が多く、あまり反りのある剣は見たことがない。ましてや刀なんて持っての外、物珍しさ以外の何者もないだろう。


「まぁな」

「いつかじっくりとお前の故郷の話でも聞いてみたいものだな」

「それは俺も。旦那の故郷ってどんなとこなんですかね?」


 リ―ドに追随するようにゴリも話しに加わる。俺の故郷、ねぇ……。


「平和なとこだよ。平和でのどかで――つまんねぇ場所だ」


 思い返しても、そうとしか感じない。

 退屈で退屈で、仕方がなかった。懐かしいとは思えど、絶対に帰るんだと意気込むことができない。

 もちろん、一人残した母は心配ではあるが、何とかなるだろうという思いはある。

 帰れるならば、帰ろう――その程度だ。


「平和な場所――か。それはいいことだな」

「――っすね」


 またしても懐かしむように呟くリ―ドとそれに同調する、軽い口調のゴリだが、二人の表情はどこか暗い。

 踏み込んではいけない、そんな気がしつつも、好奇心が勝る。


「お前らの故郷はどんな場所なんだ?」

「俺とアルフはずっとあの街だ。生まれも育ちもな」

「俺らは――俺とラット、ローシは同じ街で生まれましたよ。街というより小さな農村でしたけどね」

「農村か、帰りたいとは思うか?」

「おい、タツミ……」


 踏み込みすぎたとも思い、実際リ―ドが咎めるように口出しをするが、ゴリはばつの悪そうな顔をして、逡巡し口を開く。


「……どうでしょうね。帰りたいとも思うんですけど、帰りたくない、とも思うんですよ。もう村には誰も居ませんし、あるのは荒野と墓とも呼べないモノばかりですから」


 頬を掻きながら、どこか悲しげに言う。


「……わりぃ」


 ゴリの言葉から察するに、村にはもう誰もおらず、村という存在さえも消えてしまったようだ。


「いえいえ、お気になさらず。いつか話すつもりでしたし、話したのは俺ですから。

 それにもう何十年も前の話です、さすがにそこまで……」


 辛くない、とでももいうつもりだったのだろうか、しかしそれ以上言葉は出てこない。


「……はは、いけませんね。すみません、少し先を行きます」


 辛そうな表情を浮かべたまま、愛想笑いだけを浮かべゴリは歩調を速める。それを追いかけるように同郷の人間、ラットとローシが無言のまま肩を並べている。


 前方にゴリ、ラット、ローシ。少し後に俺とアルフとリ―ドという並びになった。


「あいつらともう一人、ベオウルフって奴がいたんだがよ」


 先を行くゴリ達の背中を見ながら、アルフが口を開く。


 ベオウルフ――どこかで聞いた名だ。


「とある辺境の農村生まれで二十数年前、まだ『夜』の時代にその村が焼かれたんだよ、魔物の手によってな。それであいつら三人とさっきのベオウルフって奴だけが生き残って、魔物に復讐するっつって、冒険者になったそうだ。だが一番率先的だったベオウルフの奴が真っ先にくたばっちまって、あいつらは悩んだんだろうよ。魔物の根絶をするってのた打ち回ってた、一番若いリーダーが真っ先におっちんだんだからよ」


 ベオウルフ、思い出した。ゴブリン討伐の際、ゴリの背中で揺られながら聞いた名前だ。


「そいつはどんな奴だったんだ?」

「もう無茶苦茶でよ、我武者羅なんだよ」

「がむしゃら?」

「ああ。ひたすら魔物ばっか殺してよ、受ける依頼もそればっかなんだよ。あっちに行っては魔物を狩って、こっちに来ては魔物を殺して。普段は温厚なくせに魔物を殺すことに関しては狂ったようになんだよ。

 攻撃だって、捨て身の攻めの一辺倒。そんな無茶な戦いしてたら長く持たないって思いつつも、あいつなら本当に魔物を根絶やしにするんじゃねぇか、なんてありえないことも考えたこともあったが、だけど、本当にあっさり死んじまいやがるんだもんなぁ……」

「その戦いぶりからついた二つ名が『狂王』、『暴君』だからな。推して知るべしって奴だ。人徳やカリスマもあったんだが、俺はあいつに対して、言いようのない恐怖を覚えたもんだ。

 ただ貪欲に魔物への敵愾心、殺意しか持ってないような奴でな、一時は魔法への意欲も持ってたらしいが、魔法ってのも便利であっても、万能ではない――そこが奴は気に入ったらしい。

 魔法ってのは黎明の力とも呼ばれて、『夜』に猛威を振るった。

 なんせ精々数と知力ぐらいでしか勝ることのなかった人間が、ジリ貧の戦いにならずに済んだのは魔法のおかげだからな。魔法が数多の魔物を屠り、『夜の軍勢』の勢力を減らしたおかげで『夜』は明けたとも言われている。だから、魔法は――魔物を殺すために研鑽された技術といっても過言ではないだろうよ」


 土ぼこりに塗れ、夕暮れの仄暗い森の帰路。

 仲間たちから聞いた過去は陰惨で、想いを馳せた魔法は思ってた以上に血生臭く。

 やはりこの世界は気楽に遊戯(ゲーム)と呼ぶには、重いものが多すぎる。想いも、歴史も。


(こんな世界で、何を気楽に楽しめってんだよ、クソガキ……)






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