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「一、二、三……だめだこりゃ。何匹いるかすらわかんねぇ」


数えるのも億劫になるほどの無数の巨大蜂の群れ。

手入れの届いた歩道を横一杯に広がり、更に何列にも規則正しく縦列に群れてやってくる。

兵隊蟻、などという言葉を聞くことはあったが、その洗練された隊列は兵隊蜂、などという言葉を彷彿とさせた。


「やっべぇな、ハハッ!」


その数、更にはその綺麗に隊列を成せるほどの知恵、統率力など様々な能力に恐れを抱かずにはいられなかった。そしてついつい乾いた笑みがこぼれる。


――でも、なんだろうなぁ。少し、楽しく思っちまうのは……!


「一匹だけでも手を焼いたというのに、こうもゾロゾロと……!」

「こないだのゴブリンといい、タツミといるとろくな目にあわねぇな!?」


アルフとリ―ドが剣を構えながらも、横目で此方を睨みながら言ってくる。


そう言われても俺が悪いわけでもない気がするのだが……。しかし、依頼を受けた俺が悪い、と言われてしまえばそこまでだ。うん、俺が悪かった。


おそらく、今ここで詫びても何も変わりはしないのだろう。

せめて場を和ませることに努めるとしよう。


「フッ、蜂にさえモテるとは。モテる男は辛いぜ……」


再びニヒルを気取ってみた。


「「「うるせぇっ!」」」


おかしい。怒られた。

しかも声はアルフとリ―ドのものより多く聞こえた。

この二人以外の仲間は、一応俺を敬っているらしかったが、時折本当にそうなのかと疑ってしまう。声の所在は後々確かめることにしよう。あとでゴリはしばく。


「で、どうするよ。こっちは六人、相手は数え切れない。正面からやりあうより逃げたほうが賢くないか?」

「オイオイ、タツミ、馬鹿言うんじゃねぇよ。ちと数が多いだけの蟲如きに逃げてちゃ冒険者なんて務まんねぇぞ?」

「それにリ―ダ―はお前だ。指揮を取るお前が剣を握っているのに俺達に背を向けて逃げろと?」

「冒険者なんて金さえ貰えりゃ何でもする屑だなんて巷で言われてよ、おおよそその通りでもあるんだが――それでも、貫き通したい矜持(プライド)なんてのもあんだよ」

「ワォ!」


並び立った白狼が短く声を上げる。どうやら共闘してくれるらしい。頼もしい限りだ。



アルフとリ―ドは互いにモンスター狩りをこなしてきた、と言っていた。

彼らならこれと同等、あるいはこれ以上の火事場をこなしてきただろう。

そんな彼らでも、軽口を言い合う表情は硬く、強張っている。

退きはしない――不退転の覚悟、背水の陣。


矜持――そんなもので蜂の大群と相対して命を落とすなんて馬鹿げてる。

死と隣り合わせの斬った張ったの世界で、そんなものに命を賭けてたらいくつあっても足りないだろう。ヤのつく方々もびっくりだ。実に馬鹿だ。


でも――格好良いと思ってしまった。不覚にも憧れてしまった。

口に出せば確実にとびきりの馬鹿の方が調子付くのはわかりきってるので、秘めておくが。


「馬鹿と組んで馬鹿をする、いつだってそんな事が最っ高におもしれえよなぁっ!」


僅かに隊列から突出した蜂を目掛け、口端を歪めながら掲げていた無明を振り下ろす。真上から振り下ろされる刃に、直列していた二匹の蜂は何もせずにそのまま斬られ、ぼとりと無機質な音を立てて、単なる肉塊へと化した。

どうやら機動性に優れた蜂を物量だけでゴリ押す戦法で無駄遣いするらしい。

その証拠に、蜂の群れは一方通行のみで向かってくる。一匹一匹が回避行動を行うことはなく、ただひたすら此方に向かってくるので斬りつける。


命を感じさせず、事務的に殺すことを強いられている作業。そう感じた。

流れてくる肉を淡々と解体し、流れるレーンを見送る。そして更に次の肉を。


「チッ……!的を斬るだけなのは楽でいいんだが、張り合いねぇな!?」


斬っては避けて、蜂を流す。流れた鉢をアルフとリ―ドが切りつけ、更に取りこぼされた蜂をローシが弓で射る。ラットがナイフで貫く。ゴリが盾で潰す。

そんな作業を事務的にこなすが、単純作業といえど数をこなせば必ず粗が出てくる。


「ちぃっ!」


背後に流れてゆく蜂の一匹が右腕を掠めて、傷を負う。


「旦那!」

「掠めただけだ!」


ゴリの心配する声があがるが、大したことはない。二の腕が少し裂けた程度で痛みもなく、無明を握るのにも支障はない。


「グルルルルッ……!」


背後にいたはずの狼が唸り声を上げ、地を這う様な低姿勢からの跳躍。

蜂の集団を目掛けて飛び掛り、蜂の一匹をその健脚で薙ぎ払うと数匹の蜂を巻き込んで近くの木へとぶつかり、地面へと落下したままピクリと動かなくなった。


蜂を薙ぎ払った狼は、空中での勢いそのままに近くの木で反転。抉れた木を見るだけでその脚の威力が窺い知れる。次から次へと木へ移り、身を翻しまたしても蜂を薙ぎ、あるいは噛みと着々と蜂の数を減らしていく。

一人一殺どころか一跳一殺といったところだ。


「すげぇな……!」


人間とは違う、野生の獣らしいその戦い方。先程まで自分にマウントを取っていた相手の一撃。

あの脚に本気で抑えこまれていたら、腕が無事でいられたか。そう考えてゾッとする。白狼が敵でなくてよかった。


そんな感心、あるいは不安も蜂の方も感じ取ったのか、俺達に向かってきていた蜂の群れもやがて狼一匹に的を絞り始め、とうとう蜂の一匹が狼に取り付く。


「まずい……!旦那!急いであの狼に取り付いた蜂を!」


それを見たローシが慌てて声を上げる。

空中で取り付かれた狼を助けるならば弓を使うローシの方がいいだろうが、直線の攻撃である弓の軌道では狼ごと射抜いてしまう。


「たかが一匹だろ!?あいつならなんとかするんじゃねぇのか!?」


そう叫び、眼前の蜂の一匹を切りつける。しかし、その攻撃はあたることなく、初めて蜂が回避行動らしきものを取ると思いきや、違った。

続々と、狼の方へと向かっていく。そして狼へとへばりつき、続々と重なりやがて蜂の塊は黒い球体となる。


「やっぱり……!全員、狼に群れた蜂を削いで!早くっ!」


ローシの声に全員が慌てて、蜂の群れを掻き分けて地面へと落ちた狼、もとい蜂の塊へと駆け寄る。

蜂たちは俺達を無視して、続々と塊へと取り付き、大きさを増していく。

そして俺達は懸命に蜂を削いでいくが、取り付く数のほうが多い。


「くそっ……!」


冷静なローシが珍しく、悪態をつきながら矢を握って、蜂の塊へと突き刺していく。しかし、一方で俺達はよくわからずに、ただ蜂を削いでいく。


「どうしたってんだよ、ローシ!?この蜂ん中はどうなってる!?」

蜂球(ほうきゅう)ですよ!蜂の塊!このままだと狼は蒸し殺されますよ!」

「な、蒸し殺す……?!」


蜂が、狼を?冗談だろう。そう言ってやりたがったが、蜂の緑の返り血を浴びてなお鬼気迫る表情で矢を突き立てていくロ―シが言わせてはくれない。紛れもなく真実なのだ。


このままでは狼が蒸し殺される、と。


その証拠に、先程までの体を動かしていたのは別の暑さがある。球体から熱が発せられている。急がねばならない。


「蜂の一種の特性です!獲物に取り付き、圧死させたり、蒸し殺したり!蜂は量で殺す生き物です!この蜂たちは私達を着々と一人ずつ減らしていくつもりです!」


どこかで油断があったのかもしれない。

この世界ではモチーフとなるものがあり、生態系もそれを模したものである、と。生態を知れば、対象のしようもある。だが、今俺が知っている生態じゃダメなのだ。

目の前の巨大蜂はスズメバチを模したものと断じ、顎と針にしか注意しなかった。その結果がこのザマだ。


知りも知らない『蜂球』なる技とも特性ともなるものを使用し、何も言わず(くつわ)を並べてくれた狼をみすみす死なせてなるものか……!


この世界は現実を模した架空(ゲ―ム)などではない。俺の目の前にある、紛れもない現実(リアル)なのだ。


人も、獣も、魔物も。全てが死ねば滅ぶ。例外は俺だけ。この世界での異端(イレギュラ―)は他ならぬ、俺自身だ。


俺という異端に関わらなければ、この狼はここで死ぬことはなかったはずだ。


「くそっ!聞いてねぇぞ、そんな話っ!」

「しかし、実際蒸す様な熱さがここまで伝わってくるとは……!」


アルフとリ―ドが額の汗を拭いながらも、球体となった蜂を削いでいく。

しかし、中心にいるであろう狼を傷つけるわけにもいかず、徐々に外壁を削るといった慎重な攻撃しかできず、引き剥がしても引き剥がしても続々と募る蜂が引き剥がせない。

それどころか自分達の背後にすらド―ム状に蜂が集まり、周りの緑の木々は黒いヴェ―ルに隠され、見えなくなる。


「まずいな、このままだと蒸されるのは狼より先に俺達かもしれん……」

リ―ドの呟きが聞こえる。


汗で濡れた髪が額に張り付き、軽いはずの衣服も汗を吸い重みを増す。熱された空気はぼやけて映る。それとも、自分の意識と視界がぼやけているのか。暑さで思考が鈍る。


「どうする?このままだと先にくたばるのは俺達かも知れんぞ?」

その言葉は暗に、逃げるなら今だ、今ならまだ間に合う――そう言ってるのだと、鈍った思考でもすぐに至った。

そういいつつも、蜂を削ぎ落とす手は一向に緩んでいない。目はまだ諦めていない。


こんな状況でも俺と同じく、戦う意志を持ち続けていてくれているのだと、嬉しく思った。

命懸けで命を救う――なんと熱きことか。


「諦めるわけ――ねぇだろっ!」


精一杯の声を張り上げる。精一杯の笑みを浮かべて、声を張る。

俺はまだやれるのだと、助けるのだと、虚勢を張る。


「たかが狼一匹に何をむきになってんだっつうのっ!馬鹿ばっかじゃねぇの!?」


そんな俺の姿を見て、アルフが笑顔で悪態をつく。振るう大剣の速度が増した、力強さが取り戻される。虚勢でも鼓舞にはなるらしい。


「絶対に、逃げねぇぞっ……!意地でも狼を助けだして、蜂共を狩りつくすっ!」


自分でも無茶だと、無謀だと、無理だとも思う。だけど――虚勢でもいい。

そんな現実味のない目標を叫ぶ。仲間達も、声高に「応」と応えてくれる。

全ては無理かもしれない。だけど、どれか一つでも、遂げてみせる――!


「小人退治だと聞いていたが、実際に居るのは蜂と、泥臭い冒険者共ときたか。

共々一掃するわけにもいかんというのが、とても面倒だ」


その声は、蜂のけたたましい羽音の中にいてもよく響いた。

凛然とし、憮然とした抑揚の感じさせない低い声。無機質で冷たさを感じさせる声色。

呆れ果てたような口調で、刻々と告げる。


「この声は――」


「聞こえるか、中にいる冒険者共。吹き飛ばされたくなければ、巻き込まれたくなくば、精々地面へと強く張り付いていろ」


黒々とした蜂のヴェ―ルの隙間から垣間見える、逆立った灰色の髪。

見間違えることはない。なんせ、この世界に来て間もないうちに見た髪だ。聞いた声だ。


「アッシュ……!」

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