再三
「ブンブンブン、蜂が飛ブーン、ブーン、ブブブブーン、どけどけー、どけどけぇ、ブブブブーン」
鼻歌……とは呼べぬ雑音を奏でながら、最早歩きなれた道を歩く。
その雑音とは周りの迷惑を省みず、爆音を鳴らし行脚するはた迷惑な集団。
今となってはあの迷惑な騒音すら懐かし…くはないな。
「ご機嫌ですね、旦那……」
ゴリはうんざりとした口調で言う。
何がそんな表情にさせるのか、何だろうな。
「ご機嫌に見えるか?巨大蜂っつうのを探して、どれほど歩いてるか……」
再び『賢狼の森』に入り、どれほど経っただろうか。
討伐依頼のあった巨大蜂、通称『ビッグビー』と称される魔物を探し歩き数時間。
ゴブリンがいなくなり、大きな獣もいないこの森でその蜂はすぐ見つかるだろうとのゴリ達の意見。それに反し、探し始めて数時間、蜂の一匹すら見かけない。
幸い、森の中といえど整備された歩道を歩くのは身体に疲労はないものの、最早見慣れた変わらぬ景色は終わりのない作業を彷彿とさせ、心的疲労が溜まる。
正直、うんざりとしていた。
「蜂退治を頼むんなら、明確な場所ぐらい書いとけよ……」
依頼書を見ても、場所は『賢狼の森』としか書かれておらず、具体的な場所は記されていない。
「依頼書と言っても、書く人間もまちまちだからな。受付が書く場合か、女将さんのように自分で書いたものを『ギルド』に届ける人間もいる。今回のは後者だろう」
「素人だから多少の不備もご愛嬌、ってか?」
「まぁ、そういうことだ……」
そういってリードは苦笑いを浮かべる。この様子だと彼も少なからずこのような目にあっているのだろう。
「だからこそ、依頼書はきちんと目を通した上でしっかり選ばねばならんというのに、お前は……」
……あれ?
「え?悪いのって俺?」
「そりゃあ持ってきた奴が悪いわな……」
「同伴してたのはローシだったか?お前がついていながら……」
「申しわけない。別の調べごとに夢中で旦那が依頼を引き受けてたとは露知らず……」
ローシが申しわけなさそうに頭を下げる。その真摯な謝罪には、見ている此方が申しわけなく……申し訳なく……。
「悪かったよ……。勝手に一人で適当な依頼引き受けて。今度からは依頼書を見た上で、相談することにする……」
「あぁ、いや、俺も言い過ぎた……」
責任の所在を追求しあい、場の空気が悪いものとなる。
やがて誰も口を開くものがいなくなり、黙々と道を突き進む。
「ま、なんにせよ帰って美味い酒でも呑めば忘れるわな。とっとと蜂を見つけて帰ろうぜ」
アルフがめんどくさそうに言いながら、頭をボリボリと掻く。
空気が読めぬ彼にしては珍しく、気遣った言い方。
そんな気遣いが今は嬉しかった。
「で、蜂は何匹いるんだ?」
「……」
「おい、なんで黙ってんだ?」
依頼書には、場所は『賢狼の森』としか書かれておらず、対象は『巨大蜂』としか書かれていない。
要するに、何匹いるか……など記載はないのだ。
「まさか、場所と一緒で何匹いるかわからない……なんて、言わねぇよな?」
「……」
沈黙は肯定にあらず。
「……プッ、ククッ、クハハハハハハッ!馬鹿だ!本物の馬鹿がいるぞ!ギャハハハハハッ!」
やがてアルフは堪えきれずに、目に涙を浮かべながら俺を指差し笑い転げる。
ゲラゲラと腹を抱えながら、汚れなど目もくれず転がりまわる。
―-こいつ、蹴り倒してぇ……。
「馬鹿に馬鹿と言われてようやく自分の間抜けっぷりを自覚したよ……。本当に悪かったよ……アルフ以外には」
「気にするな。もうお前だけを責めたりせん。過ちは次の正しさのためにある。次を間違えねばいいんだ。この中の誰しもが一度は間違えてきた道だよ。
……そこの笑い転げてる馬鹿以外はな」
「……こいつは?」
「……たぶん、今でも間違える」
俺とリードのやりとり。折角リードが綺麗にまとめようとしていたが、やはり馬鹿のアルフのせいでうまくまとまらない。
しかし、俺達の会話など耳に入らないようで、未だに馬鹿は笑い転げている。
――このまま笑い死ねばいいのに。
「……旦那」
「ん?」
未だに馬鹿がゲラゲラと笑い転げる中、ラットから声が掛かる。
この|矮躯≪わいく≫の男から声がかかることは珍しい。
何でも元の職業柄、口は災いをもたらす、という持論からあまり喋ることをよしとしないらしい。
そんな男から声がかかる、あまり良いことではなさそうだ。
「前から何か来ます。おそらく蜂かと」
ラットが俺達が歩んできた道とは逆方向をスッと指差し、視線を促す。
促されるまま視線を向けると、確かに前方方向から何かが飛来しているのがわかる程度。それが蜂なのか、それどころか何が向かってきているのすらわからぬ小さな点。
しかし、立ち止まっている俺達にソレは道なりに向かってきており、このままだと接敵するのは間違いない。
「んー、何か向かって来てるのはわかるが、あれが蜂だってよくわかるな」
「ラットは俺達の目ですからね、索敵はラットとローシの二人に任せとけば大丈夫ですよ」
自分の仲間のことをゴリは誇らしげに語る。さながら自分のことのように。あるいは自分のこと以上に嬉しそうに。
組んでみてわかったことがある。ゴリは実に仲間想いだ。
彼が持っている得物は大盾。このパーティ唯一の防壁。
彼無くして守りはならず、彼がいるからこそ守りができる。
彼はこのパーティの仲間、後ろで剣を構える俺達を信頼し、背中を預ける。そして俺達もそんな彼を信頼しているからこそ、攻めの一辺倒で闘いに応じれる。
そんなことを考えていると、向かってきていた蜂との彼我の距離が狭まり、蜂の全貌が視認できる。
ヴヴヴヴ、と空気を振動させて聞こえる羽音。目に痛い黒と黄色の縞模様。
ワサワサと鬱陶しいほどある節足、数え切れないほどの複眼。
元の世界でも見慣れた昆虫――紛うことなき、蜂だ。
しかし、元の世界とは確実に違うもの。それは――大きさ。
「お、おいおいおいおい……あれが蜂だって!?」
「なんだ、見たことないのか?ビッグビー、巨大蜂だと言っただろう?」
「あんな馬鹿でけぇ蜂がいてたまるかってんだ!せめて蜂の規格に収まれよ!ありゃあ人並みの大きさじゃねぇかっ!」
そうこういってる間にも蜂はヴヴヴと耳をつんざくような羽音を鳴らしながら近づいてくる。カチカチ、と何かがぶつかり合う音と共に。
――あの音はなんだったか。あの蜂の行なう動作の意味は――。
威嚇行為。
顎をぶつけ合わせ、音を鳴らし、敵の周りをぶんぶんと飛び回る。
蜂の無機質な蟲眼がジっと、真正面に立つ俺を睨みつける。
――お前は、敵だ。
そう無言で、しかし、眼でしっかりと語っていた。




