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歓談

「こ、これは……!?」

 できるだけ大げさに、かつ人の目を引きすぎない程度の声量で驚きの声を上げる。


「婚姻届……!?そんな、フーちゃん、俺達まだ知り合って間もないのに……」

「は?馬鹿なんじゃないですか?死ねばいいのに」


 机から顔を上げ、真顔で言われた。


「なんだよー。冗談じゃねぇかよー、死ねとか言うなよー、本当に死んじゃったらどうすんだよー」

「悲しんであげますよ。シクシク」

 恐ろしく無表情な顔で、泣いたふりをする。驚く程シュール。


「ぜってぇ嘘だ。しかし、3Kと称されるこのタツミさんに馬鹿はないぞ、馬鹿は」

「さんけー?なんですか、それ。馬鹿っぽい」

 フーは相変わらず鉄面皮のような無表情で告げる。あぁ、出会った頃の純真な彼女は一体どこに行ってしまったのか。

 はなからいなかったのかもしれない。


「説明しよう!3Kとは!賢い!カッコイイ!可愛い!の三拍子のKを兼ねたタツミさんのことである!」

「馬鹿丸出しじゃないですか」

「謝れ!たった今考えた俺に謝れ!」

「いいこと思いつきましたよ。もうひとつのKを足して4Kにしましょう」

「何その高画質テレビジョン」

「はい?」

 テレビジョンという単語を聞きなれないのか、フーは不思議そうに首を傾げる。

 そういえばこの世界でテレビを見たことはなかった。それどころかろくに電子機器もありはしない。

「なんでもねぇよ。で、最後のKとは一体なんぞや?」

「クズ」

「ひでぇ!」

「賢い!カッコイイ!可愛い!クズ!の4K」

「最後で台無しじゃねぇかっ!」

「そんなことないですよ、クズのタツミさん」

「やめろ!」

「間違えました。ケイの人」

「同性愛者っぽくなってんじゃねぇかっ!」

「フフッ」

「ん?」

 真顔で俺を罵り続けるフーの傍らから、忍び笑いが漏れ、聞こえる。

 何事かと見れば、昨日もフーの隣に腰掛けていた暴力的なおっぱいを備えた金髪エルフの綺麗な姉ちゃんが「あー、おかしい」と呟きながらクスクスと笑っている。

「お?」

「あ……。ごめんなさい、お二人のやり取りがおもしろくて、ついー」


 俺が見ていることに気付いたのか、エルフの姉ちゃんは表情を引き締め、此方を見るが今更体裁を繕うには遅すぎる気もする。

 しかし、怒る気にはならない。

 笑われてどうこうというよりも、彼女の独特な間延びした声が心地よく、なんというか、和む。


「いやいや、構わんよ。それよりも酷いと思わんかね?よりにもよってクズ呼ばわりとは!」

「それだけフーちゃんが気を許してるってことですよー」

「ほぉ、そういうことか!やはりフーは俺のことを……」

「二人して馬鹿なんですか?サファイア。あなた最近、視力が落ちてるって悩んでましたね、いい医者をお教えしましょうか?」

「え?まじで?」

「あなたは手遅れなので。主に頭が」

「ひっでぇ!」

「フフッ」


 再び机に視線を戻し、ペンを手に取り何かを書き連ねるフー。そして俺達を見てクスクスと笑っているサファイアと呼ばれたエルフの女性。

 どうやらサファイアの相手をしろ、ということらしい。


「でも、本当に仲がよろしくて、うらやましいですー」

「これが本当に仲良く見えるなら、医者を紹介しますよ、本気で」

「まぁ。フーちゃんったらひどいー」

「本当だよなぁ。もっと俺に優しくしろよ」

「死ね」


 ここまでドストレートな罵倒も初めてだ。

 俺の豆腐と呼ばれた屈強なメンタルが折れそうになった。というか折れた。


「今、本当にちょっと死にたくなったわ……」

「よしよし。泣かないのー」


 赤子をあやすかのように言うサファイア。

 その表情は優しい微笑を浮かべ、楽しげであり、慈愛に満ちている。おっとりとした雰囲気と豊か過ぎる乳房と相まって、母性を感じさせた。


「でも、本当に仲が良いんですね。ちょっと羨ましいですー」

「だろ?でも俺は、お姉さんとも仲良くなりたいと思ってるぜー」

「あら、嬉しいですー。私はサファイア。サファイア・ブルーアイズと言いますー」

「俺はタツミ。フジ タツミだ。よろしく、サファイア姉ちゃん」

「お姉ちゃんだなんて、なんだか照れますねー」


 彼女の見た目は二十数歳に見える……といっても、長命といわれるエルフの見た目が年齢どおりかはわからないが、少なくとも俺よりかは年上だろう。


「ん、なんとなく姉っぽいなぁと思って。サファイアには兄弟とかいないのか?」

「いませんよー。でも、お姉ちゃんって呼ばれるのも悪くないですねー」

「お望みとあらばなんとでも呼ぶが」

「じゃあお姉ちゃんでお願いしますー」

「……言っといてなんだが、恥ずかしいな……」


 血縁関係もない年上の女性をお姉ちゃん呼ばわり……。マニアックのプレイのようだが、サファイアには母性のようなオーラを感じる。

 呼びなれるのもそう難しくはなさそうだ。


「そこは気にしないでください、タツミ君ー」

「お、おう……」


 どうやらサファイアの中で、自身が姉、俺が弟という構図ができているらしかった。


「イチャつくのは結構ですけど、そろそろ出てってくれませんかね」

 フーがペンを走らせながら、うんざりとした口調で言う。

「つれないこというなよう」

「いうなようー」

「貴方はいい加減、何しにきたんですかね……。それとサファイア、あんまりさぼってるとギルド長に告げ口しますよ」

「ぶー」


 サファイアは不満そうに口を尖らせて、正面を向き、姿勢を正す。

 どうやら仕事に戻るらしい。


「じゃあまた」

「はいー。また遊びましょうねー」


 短く挨拶だけ交わし、フーの方に視線を戻す。


「で、なんだったっけ」

「本当に馬鹿なんですか。ほら、これ」

 ずいっ、と一枚の紙を押し付けられる。


「えーっと、なになに、求む、巨大蜂退治……?そんなもん業者にでもやらせとけよ」

「その業者があなた方なんですよ」

「なんだって、俺は蜂駆除の業者だったのか……」

「もういいですから……。あー、甘いものが食べたい……」


 フーが心底うんざりといった口調で語る。顔にも心なしか疲労が見て取れる。どうやら遊びすぎたらしい。


「なるほどなるほど。蜂退治ねぇ……。ミツバチだったりすんのかね」

「さぁ、そこまではわかりませんが……」

「別にあれだろ?退治さえすりゃあいいんだから、巣は好きにしていいわけだ」

「そうですね、特に巣に関しては書き示されてませんので」

「うっし。蜂退治ー、蜂退治ー。んじゃあ行ってくるわー」


 突き放された紙を受け取り、足早に立ち去る。

 疲れているフーに、先程知り合ったサファイア。彼女らにハチミツを差し入れるのも悪くないかもしれない。


「しかし、彼は巨大蜂、『ビッグビー』の大きさをわかってるんですかね……」


 フーの不安げに独りごちた言葉は、誰の耳にも届かない。



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