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「そうだ、『迷宮』に行こう」
「……は?」
俺の発言に、同席している誰かが呆れたような声を上げる。
犯人を捜そうかと一同を見回せば、全員が「何いってんだこいつ」のような目で見ている。
おい、そのアホを見るような目をやめろ。
「なんだよ、その目は。俺の目的が『贈り物』探しって知ってるだろ。なら『贈り物』が眠る『迷宮』に潜る。なんもおかしくないだろ?」
「あー……それはそうなんだが……」
リードは頬を掻き、視線を泳がせている。
何かを言いたいが、言いづらい。そんな様子だ。
仕方がない。ここはこのパーティの長たる俺が手助けをしてやろう。
「山があれば上る!ダンジョンあらば潜る!乳あれば見る!おかしくない!」
「いやいやいや、おかしいからな」
俺の発言にどもっていたリードがビシッと手のひらで叩いてくる。ナイスツッコミである。
しかし、はて、俺は何かおかしなことを言っただろうか?
「なんでお前が不思議そうに首を傾げるんだ。なんだ、乳あれば見るって。なぜそこで乳が出てくるんだ。あとアルフ、ゴリ。お前らもなんで首を傾げる」
リードがここぞとばかりに捲くし立てる。しかし、俺には彼の言い分がよくわからない。
「いや、だって、なぁ?」
「確かに旦那の言うとおり、乳があれば見るよな?」
アルフとゴリは二人で言い合い、俺の意見に賛同する。
「このパーティには色情魔しか居らんのか……」
リードはため息を吐きながら、悩ましげに頭を抱える。
「まぁまぁ、元気出せよ。な?」
「誰のせいだと思っている……」
「少なくとも、俺のせいではないな」
「「旦那……」」
俺の言葉に、黙っていたラットとローシが呆れたような目を向ける。
そしてすぐにリードに目を向けるが、その視線は俺に向けたのとは違い、同情的な目をしていた。
「なんだ、俺が悪いのか」
「タツミ、もういいからお前は黙ってろ……。説明してやるから……」
リードがうんざりとしながら言う。リード先生の授業が始まるというなら、黙るしかないな。
教えて!リード先生!
「あのな、タツミ。『迷宮』の奥に魔王がいるって話はしたな?
一部の人間は始まりの魔王『夜を導くもの』を刺激したせいで、奴が外に出たせいで全国各地の魔王も外へ溢れ出し、『夜』が始まったと言っている。それは確かに事実だが、そもそも『夜を導くもの』さえ刺激しなければよかったのではないか、と主張する人間がいるんだよ。
あまつさえ、『迷宮』を神域などと称してな」
「神域?」
「そう。ただの人が踏み込んではならぬ領域。神が眠る場所、なんてな」
「魔王を神呼ばわり、ねぇ。そいつらの頭は大丈夫か?」
「さぁな。それでも『夜』の時代、何も魔王や魔物の全てが人類の敵だったわけじゃない。ごく稀に人類の味方をする魔王も居たし、現に彼等は一部の地域や種族からは神格化されているからな」
昔から、人間とは都合の良いものだ。
人間の得となるものを神と称し、不都合なものを魔と呼ぶ。
それはこの世界でも一緒らしい。
「まるでパンドラの箱だなぁ……。開け放たれた『迷宮』からは災厄が飛び出し、箱に残ったのは希望、ってな」
「その希望さえも眉唾だがな」
「魔王か神かは出会ってからのお楽しみってな」
「そういうことだ。そして『迷宮』には入場規制が敷かれた。
冒険者として実績を積んだ者、魔王を倒せるであろう者だけが入れるように」
「勇者……」
「そう。入れるのは魔王を葬れるかもしれない有資格者だけ」
「それも分の悪い賭けだなぁ。あくまで、かもしれないに縋るなんて」
「仕方がないのさ。それだけ魔王というのは強く、脅威なんだ」
「しかし、それに見合う実績を積めって……積んでねぇか?」
「まぁ、ゆっくりと気長に実績を積むしかないさ。国でも救えば早いんだろうがな」
「救国の英雄様って……戦争でも起きねぇと無理じゃねぇか」
「そう文句を垂れるな。お前はまだ若いし、不死の力もある。いずれ認められるさ。なんせ俺達が賭けたんだしな」
「勝手に乗っかられてもなぁ……。しかし、文句を言ってもどうしようもねぇのは事実だな。じゃあ手っ取り早く実績を積むとしますかー。女将さーん!」
俺はいつものように、カウンターの奥で働いてる女将さんに声をかける。
するとすぐさま、
「馬鹿でかい声で叫ぶんじゃないよ、聞こえてるよ」
と声が返ってくる。
「なら話ははえぇや。『女王』討伐分の報酬休暇、まだ余裕あったよな?」
「安心しな。まだ残ってるし、今日は他の娘が出てくるから、あんた等ははなっから休みだよ」
「よっしゃ、そりゃあありがてぇ」
この店――酒場『女帝』は『女帝』ことジョディ・スカーレットとその娘、シンクレア・スカーレットの営む店だが、当然、彼女達以外にも従業員がいる。
それは俺とゴリ、ラット、ローシもだが俺達以外にもいる、らしい。
同じ職場にも関わらず、らしいというのはおかしな話だが、俺達と他の従業員は見事にシフトがかみ合わないようになっており、俺達は未だ他の従業員を見たことがない。
そもそもいないのではないか、などと思っているところに、この店の常連達がこの酒場の従業員のレベルの高さを語った。
なんでもいずれも若い女性で、この界隈の店ではバツグンのレベルの高さなのだそうだ。
客達は上手い酒、女将さんの手料理、そして美しい従業員を目当てにこの店に通っていると口々に言っていた。
その日の従業員が、俺達男しかいないとわかって、露骨に肩を落としていたが。
しかし、そんな美人どころ、一度は拝んでみたいものである。
「実績が欲しいってんなら、堅実にギルドの『依頼』をこなしてきな。着実にこなしければ名前も売れるし、ギルドからも仕事が回ってくるようになるさ」
女将さんはいつものようにつまらなそうにいうと、とっとと行けと手であしらう。
今日の酒場の仕事が休みだとなると、冒険に行くしかない。
そうだ、冒険に行こう!
「そんなわけで、フーちゃん。お仕事くんない?」
「……は?」
木製の机にしなだれかかり、ギルドの受付嬢であるフーに仕事を頼めば、この始末。
つい先程、リード達から浴びせられた冷たい視線よりも、更に冷たいジト目で睨まれる。その目はさながら絶対零度。
今ここに絶対零度の令嬢と名づけよう。
しかし、彼女のような美少女と美女の狭間の女性に睨まれると、妙な興奮を覚える。
いや、胸のサイズからして微少女か。もう少しあれば、確実に美なのだが。
「なにがそんなわけなのかわかりませんが、仕事が欲しいならいい仕事を紹介しますよ?」
「え、まじで?」
「どうやら女性が大好きのようですし、女衒なんていかがですか?」
「いや、仕事ってそっちじゃねぇからっ!『依頼』をくれっつってんの!つうか女衒ってイリーガルじゃねぇの!?俺捕まっちゃうじゃん!」
「胸でしか女性を判断しないあなたは捕まってもいいんじゃないでしょうか」
「そんなことねぇよ!?つうか会ってまだ二回目なのに、随分俺にあたりきつくない!?」
「そんなことないですよ。それほどまでに親密だと思ってください。ほら、嬉しいでしょう?」
「嘘だ!でもちょっと嬉しく思っている俺がいる!嘘だ!」
「うわ、こんな風に扱われて嬉しいとかマゾヒストなんですか?近寄らないでくれます?」
そういいながら、フーはシッシッと虫を払うような手つきで、ジトッと目で睨みつける。
出たな、絶対零度の令嬢!
「つうかやっぱり親しくなってねぇじゃん!だまされるとこだった!」
「チッ、めんどくさい」
「舌打ちやめて!?」
「ぺっ」
「唾はいちゃだめ!?女の子でしょ!?しかも屋内だし!」
「ああもう、めんどくさいですね。『依頼』ならそこらの紙を適当に持ってくればいいんですよ、ほら、シッシッ」
「職務放棄だっ!くそう、なんで俺がツッコまなきゃいけないんだ……俺はボケ担当のはずだぞ……」
ろくにとりあってくれないフーにしびれを切らし、文句を垂れながらビッシリと依頼の紙の貼られた壁へと向かう。
「ツッコむとか言わないでくれます?下品なんで」
「聞こえてたのかよっ、そういう意味じゃねぇよ!?」
「本当に下品ですね……あ」
視線をデスクに向けたままのフーが何かに気付いたように声をあげる。
猛烈に嫌な予感がする……。
「……なんだよ?」
「ツッコむで思い出しました。こんな仕事がありますけど、どうでしょうか」
フーはおもむろに机から紙を取り出し、俺に見せる。
んーと、なになに……。




