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我が身が往くは――

「野晒しのまんまで、悪かったな」


 声をかけた相手からは返事もなく、代わりとばかりに風が木々を揺らす。

 ほの暗い新緑の森の奥。俺達は再び此処に来ていた。


『賢狼の森』


「しかし、どうしてまたここに来たんだ?」


 後ろにはあの時と同じ、アルフとリード、ゴリ達がいる。


「気分だけでも、弔ってやりたかったんだ。こいつを殺したことを後悔……はどうだろうな。ただ、こいつは俺が思っていたような子を殺すような親じゃなかった。そう思ったら無性に謝りたくなったんだよ」

「死んだゴブリンの『女王』に謝り、ねぇ……」


 アルフは理解できないといった様子で呆れている。


「我ながら変だと思うんだけどな。ただ、一時でも嫌悪を越して憎悪したんだが、それは誤りだった。こいつは子を守り通そうと必死だったんだよ」


 それは不幸な行き違いだった、などと自分を正当化するつもりはない。

 子の為に『女王』が戦っているとわかっていたとしても、きっと俺はまた『女王』を殺す。人の為に、自分の為に。


 魔物は、敵だ。人に仇なす敵。


「だけどお前は尊敬に値する、立派な親だったよ。せめて子とゆっくりおやすみ」


『女王』の遺体に最早肉はなく、骨だけだった。

 辺りには凄惨な戦いの後を語るかのように、木々は折れ、地面には血が乾いている。

 まだ一日。たった一日しか経っていないのに、此処はもう数ヶ月、あるいは数年経っているかのようだった。


「しかし、骨だけでも残っていてよかったな」

「骨だけ、ってのも驚きだよ。あんだけあった肉は何処行ったんだ……」

「獣や魔物に食われたんじゃねぇか?それに此処、確か白い狼がいたんだろう?」

「ん、ああ……」


『賢狼の森』と名づけられる由来となった白い狼。

 狼は確かに肉食。しかし、あの狼が『女王』の屍肉を食すとは思えなかった。

 あの狼の瞳には、高い知性や品性、高潔さや高貴さといった気高いものを感じた。

 そんな気高き狼が、屍肉を食らうとは到底思えなかった。


「まぁ、いいか。とにかく骨だけでも埋めてやりたいんだが……」

「さすがに、そこまでは。ゴブリンが全て……いえ、殆どいなくなったとはいえ、ここに長居するのは反対です」

「だな。ここにはゴブリン以外の魔物だって存在する。襲われかねん」

「……そうか。すまんな」


 せめて骨ぐらいは、と思ったが一人でやるには骨が折れる。

 仲間から反対の声があがるなら仕方がない。

 ならばせめて、とそこらにあった花を捧げる。

 安らかに眠れ。


「じゃあな」

「急かすようで申しわけありませんが旦那、とにかく早く帰りましょう。魔物に見つかるのは面倒です」

「わかった」

 ローシに促され、立ち上がる。

 場所が場所だけに、全員武器は持っているものの、完全武装ではない。

 ゴリの盾なんかはひしゃげたままだ。


「さて、帰る……か?」

 風ではない何かが茂みを揺らし、ガサガサと物音を立てる。


「ん、何だ……?」

「狼か……あるいは、ゴブリンか」

「おい、やめろアルフ。そういうのなんて言うか知ってるか?」


 茂みはガサガサと未だに音を鳴らしている。確実に何か(・・)いる。


「フラグって――」

「ゲギャアアアアアアアアアアアアアアア!」


 言い終わる前に、茂みからその何かが飛び出す。

 それは見なれた緑の小人。尖った耳にむき出しの犬歯――ゴブリン。


 茂みから飛び出したゴブリンは威嚇とばかりにその小柄な身体に不釣合いな咆哮を上げる。


「あちゃあ……。(やっこ)さん、完全にやる気じゃねぇか……」

「見つけた以上、狩らねばなりませんね」

「誰だよ。ゴブリンは全部狩ったとか声高に言い切ってた奴」


 当の本人は気まずそうに顔を逸らす。リードぉ……。


「ところで旦那。こんな話知ってますか」

 一人、落ち着いた様子で弓を構えたローシが話しかけてくる。


「どんな話だ?」

 俺の問いに、ローシはもったいぶり、矢を放つ。

 放たれた矢は真っ直ぐ飛び、吸い込まれるようにゴブリンの額を射抜く。

 ゴブリンは断末魔を上げる間もなく絶命し、倒れこむ。


「ゴブリンは繁殖力が高く――一匹見つけたら、百匹はいると思え」

 一発でゴブリンを仕留めたローシは喜ぶでもなく、次の矢を番える。

 見れば、ラットはナイフを持ち、ゴリは盾を構える。アルフとリードは剣を。それぞれが臨戦態勢。

 そんな最中、再びガサガサと茂みがなる。それも先程のように一箇所ではなく、周りから。

「おいおい……不吉なこと言うんじゃねぇよ。それってフラグ――」

「「「グギャアアアアアアアアアアアアアアア」」」

 またしても言い終える前に、茂みからゴブリン共が飛び出してくる。

 その数は数え切れない。

 不吉な予感ほど、よく当たる……。


「さて、旦那。どうしますか?逃げますか?」

 余裕綽々と言った様子で、ローシは矢を放ちながら言う。

「まさか。誰も逃げるつもりもねぇだろ」

 棍棒を持ち、突撃をしかけてくるゴブリンを見据え、腰を低く身構え『無明』に手をかける。声は聞こえない。

 そして『無明』を抜き放ち、ゴブリンの首めがけ横に一閃。

『無明』は空を斬るかのように、何の抵抗もなくゴブリンの首を刎ね飛ばす。


「お見事」

 誰かの賛辞が聞こえる。

 相変わらず、『無明』は化物じみた斬れ味だ。


「やるぞ。今度こそ、この森からゴブリンを一掃する、殲滅戦だ……!」

「「「「「応ッ!!」」」」」

 男五人の野太い返事。

 そして、背中に感じる視線。


(見られている……)


 ゴブリン達は前方、右方左方と散り散りで、後方には確認できない。

 そして仲間達は前方にしかおらず、この視線の主は確認できる場所にはいない。

 となると――。


 白い狼。白と銀の入り混じった体毛を持つ、賢狼。


(王の資質……。王の器ね……)


 それがどういったものかはわからない。

 しかし、今の自分にそんなものがあるとは到底思えなかった。


 王。人の上に立つもの。

 しかし、多種多様な生物が生きるこの世界での王とは、どれほどの者か。

 人の王か。知恵の民と称されるエルフの王か、あるいは力の民、獣人の王か。


(あるいは……)


 脳裏に嫌な考えがよぎる。

 しかし、そんな考えを振り切るように、ゴブリンに気を向け、斬りつける。

 またしても首だけとなったゴブリンは宙空を舞い、バッチリと目が合う。

 目は口ほどに物を言う。


「絶対に許さない」


 ゴブリンの目は恨みの炎を燃やし、そう言っているようだ。


「上等だ」


 俺は王じゃない。人の上に立つ器ではない。

 俺が歩むのは王道でも覇道でもない。


 我が身が往くは数多の骸の上に築かれる修羅道なり。



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