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ローシの言葉を理解できぬまま、呆然と背後に立つ彼を眺める。
ローシは無表情から一変、好々爺然とした笑みを浮かべながら、自らの整えられた白銀の髭を撫で下ろしている。
その風貌はさながら古来の軍師のようだ、と呆けながら。
呆然としている俺を差し置き、ローシは再び口を開く。
「なに、命を頂くといっても、旦那の考えるような物騒なことじゃありませんよ。旦那は力を欲している、故に彼らの剣を求めたと私は考えました。そして、その命と呼べる剣を欲し、二人はそれに応じた。しかし、今となっては逆に旦那がその剣を欲しておられない。ならば、旦那の言葉とお二人の意思を尊重した折衷案を取ればいいのですよ」
「折衷案……?」
「そう、命を頂く。それは彼らの剣だけでなく、命。二人のそれぞれの二つの命、それを頂くのですよ」
「なるほど、そういうことか……」
ローシの考えをようやっと理解する。
それを同じように聞いていたアルフとリードはジッと俺を見るだけで、無言で剣を差し出している。
アルフはともかく、頭の切れそうなリードがローシの言葉を気付いていないとは思えない。
気付いた上で、俺を見守っているのだ。
「ですから、旦那。あなたは言えばいいのです、命じればいいのです。
お前達の剣と命、その二つを俺に差し出せ、と」
ローシは王に進言する忠臣のように、一歩下がった物言いだった。
やはりローシをはじめ、ゴリ達は俺に『付き従う』ようだった。
しかし、俺は次に仲間が欲しいと思った。だから、ローシの言ったような傲慢な言い方ではいけない、そんな気がする。
だから――
「俺に、貸して欲しい。あんたらのその力を……剣と命を。どうか俺に預けてくれないか……?」
前を向きなおし、アルフとリードに尋ねる。
二人は真剣な面持ちで俺の目を真っ直ぐ見ると、やがて全身を弛緩させる。
「不死の冒険者の『贈り物』探しか。……まぁ、そこらの雑魚を狩って燻ってるより、おもしれぇもんが見れそうだ。それに、稼げるかもな」
「だな。先輩として、新米がどのように育っていくのかを見届けるのも興味深い。それに正直、慣れ親しんだ武器を手放すのも惜しい。だから、俺達でよければ、いくらでも力を貸そう。よろしく頼む、タツミ」
二人は自らの剣を下げ、代わりに拳を差し出す。
俺はその拳に自らの拳をぶつけ、「よろしく」と返す。
異文化ばかりだと思ったが、こういった体育会系のノリはこの世界でも通じるらしい。そんなどうでもいいことがなぜか嬉しくなり、思わず笑みが零れる。
だけど、この嬉しさは、きっとそれだけじゃない。そう思った。
そして背後に控えるゴリやローシ達に視線を向けると、全員が満足げな笑みを浮かべ、ローシは「悪くないでしょう」と言わんばかりに肩を竦める。
しかし、その瞳はこう語っているようだった、「合格です」、と。
「それで、このあとはどうするつもりなんだ?」
再び、六人で営業前の酒場の円卓を囲みながら打ち合わせる。
朝からいざこざがあったものの、時刻は昼前。一日はまだ始まったばかりだ。
「んー……女将さんから休みはもらってるが、特に未定なんだよなぁ」
ここ数日は、先日の『女王』討伐で頭がいっぱいだった。それを終えた今では、次にすべきことの目処は未だ立っていない。
だけど、ひとつだけ、やりたいこと――やってやりたいことがある。
そのためには――。
「行きたい場所があるんだ」
周りの建物より、一際大きく立派なレンガ造りの建物を見上げる。
その建物には門もなければ、扉もない。申しわけ程度に備え付けられた窓と大きく開いた入り口。何でもどんな人間も迎い入れる、という意味合いで扉がないらしいが色々とどうなのか。とかく、中には無数の人間が蠢いている。
屈強な男だったり、貧相だったり、あるいは身形が整っていたり、そうでなかったりと毛色は様々だ。
そんな建物の中に入り、辺りを見回す。
数人あるいは数十人規模の人が居ても、屋内はまだまだ余裕があり、立ち止まって辺りを見回す。
中に居た男達はチラリと俺を一瞥するも、すぐに興味をなくしたように視線を戻す。おのぼりさんは珍しくもないらしい。
「はぁ……ここがギルドねぇ……」
外観もさることながら、中身も非常にシンプルなものだった。
中には黒板やホワイトボードぐらいしか目立った物はなく、それらだけには収まらず横壁にまでべたりと紙や羊皮紙が貼り付けられている。
「何もないとがっかりしたか?」
「ここでする事と言えば冒険者として登録し、『依頼』の登録、斡旋ぐらいですからね。シンプルでいいんですよ」
両脇に控える二人――アルフとローシが言う。
「そんなもんかねぇ……」
「そんなもんなんですよ。登録さえしてしまえば、あとは壁の紙を窓口まで持って行き『依頼』を受けておさらば。達成して報酬を受けて完了」
「それ以外でここに来る人間なんて駄弁りに来てるか、情報収集してるかぐらいだからな。あとは……あれか」
クイッと軽快な様子で、リードは指を指す。建物の正面。
さながら銀行の窓口のように机が並び、その奥には数人のスーツ姿の女性が腰掛け、粗野な男達を丁寧に対応している。
その光景にミスマッチさを覚えながらも、スーツ姿の女性や窓口のさらに奥で忙しなく動き回る同様の姿の男性達はどこかの企業のオフィスを連想させた。
「レンガ造りに現代オフィスときたか……。ますます世界観が混乱してきた……」
傍らのリードとローシに聞こえぬように呟き、異様な光景に頭を抱える。
しかし、ギルドに用があったのは事実。そしてこれからも訪れるであろうこの場所に長居する必要は今はないと断じ、とっとと用件を済ませようと意気込むと丁度俺達の真ん前、入り口正面の窓口で男が立ち去り、空くのがわかった。そしてその隣も。
どちらに尋ねようかと迷い、他に空いてる窓口はないかと探してみると、ある一点に気付く。
それは、この窓口の女性――受付嬢のレベルの高さだ。
いずれの女性も歳若く、見目麗しい。
この世界に来て西洋系の白人種らしき女性ばかりを見かけたが、受付には東洋の黄色人種らしき女性や白人よりも白い肌で長い耳の女性、更には猫科らしき耳を頭部から生やした女性なども見受けられるが、いずれも綺麗であったり、可愛らしかったりとかなりの高水準を保っている。
そしてどの窓口でも受付嬢はにこやかに対応し、冒険者と思しき粗野な男共はデレッデレに鼻の下を伸ばしている。中には楽しげに談笑をしている窓口も珍しくなかった。
「なるほど。乱暴な男には貞淑な美女をあてがい、手綱を握ろうって魂胆か」
「ほぉ、鋭いじゃないか。それにほら、丁度俺達の真ん前、入り口正面。あそこの二箇所は中でも人気の女性が与えられる席だぞ……お?」
リードが促すと、何かに気付いたように声を上げる。
視線はちょうど正面の窓口……そのままリードはその席に向かっていき、俺は何も言わずついていくしかなかった。
「あれ、リードさん、こんにちは。其方の方は……はじめまして、ですね。珍しいですね、アルフさんとご一緒じゃないなんて」
「まぁな。今日はこいつの登録に来たんだよ。それにしても、フー嬢ちゃんも席替えしたのか。正面とは大人気じゃないか」
窓口に着くと受付嬢が立ち上がり、リードと軽く挨拶を交わす。そしてそのまま椅子に座るように促し、俺達が座った後に自らも着席した。
どうやら二人は顔見知りらしく、リードに吊られるまま右側の窓口に来てしまった……。
俺個人としてはこの隣、正面左側の金髪エルフの娘も捨てがたがった……。
少し垂れた目がおっとりとしてて、にこやかな笑顔が人懐っこそうだった。そして何より、スーツを盛り上げる胸部。エルフにはスレンダーな女性が多いと聞いていた割に、グラマラスな肢体。あの胸は少なくとも、D……いや、Eはあったかもしれない……。
惜しい。実に惜しい事をした。
過ぎたことは仕方がないと割りきり、眼前にの女性を見る。
艶やかな黒髪は肩にかかるぐらいに綺麗に切り揃えられ、茶色い目はぱっちりとしている。この世界には珍しいアジアンビューティー。
しかし、その顔立ちはまだあどけなさを残し、年齢は十代後半ぐらいだろうか。
綺麗といよりも、可愛らしいといったところか。
そして何よりも――
(胸が可愛らしいんだよなぁ……。悪くはないんだが、隣のエルフっ娘と比べるとどうしても物足りない……)
心の中で嘆息し、リードとの会話が落ち着いたらしい目の前の彼女に挨拶をする。
「どうも、初めまして。フジ タツミと申します」
「これはご丁寧に、ありがとうございます。私はフー。フー・グリウィンドです、気軽にフーとお呼びください。それと敬語はいいですよ」
フーと名乗った彼女は活発そうな見た目そのままに、生き生きと喋っている。
やはり美女と呼ぶよりも、はつらつとした美少女の方がふさわしい。
容姿が悪くないだけに、その至らなさが浮き彫りになる。
「そうか、そう言ってもらえると助かる。あと少し、あと少しでも大きければ……」
敬語はいらないという彼女の言葉に甘えつつ、不満を溢す。彼女に聞こえぬ程度に。
真っ平ら、とまでは言わないが、彼女の胸には物足りなさは感じえずに要られなかった……。クレアや女将さんといった人並み以上の乳房を毎日見ているだけに、よりそう思ってしまった。
「……なんだか、ものすごく失礼なことを言われた気がしますが、気にしないことにします……」
「は、はは……」
俺の隣に立っているリードには俺の呟きが聞こえたようで、乾いた笑みを浮かべていたが、何も言わないあたり、同じようなことを考えたことはあるのだろう。
「それで、本日はどういったご用件で?」
コホン、と咳払いをしてフーが問う。こうしてみるとやはりギルドの受付嬢なんだなぁ……。
「ああ、今日は冒険者登録に。頼めるか?」
「かしこまりました。それでは身分を確認できるようなものはお持ちでしょうか?」
「うぐ……」
やっぱりこの世界でもそういった物は必要なのか……。それどころか俺には戸籍すら存在しないはず、どうしたものか……。
「あぁ、それなら心配いらない。彼は女将さんとこの剣客だよ」
「あら……そうなんですか。なら不要ですね」
え、えぇ……。
「ま、待った。それでいいのか……?」
「心配要りませんよ。酒場の女将さん――ジョディさんのところの方なら、責任は全て女将さんに取らせるからやりたいようにさせておけ、というのがうちのギルド長の方針ですから」
なんと。女将さんの顔パス……『女帝』の権力、恐るべし……。
「そういうもんか……」
「そういうもんです。実際、女将さんが保障される方でハズレ、失礼。素行の悪い方はいませんからね」
「でしたら、登録はほぼスルーですね。お名前はフジ タツミさん、でしたね。
少々お待ちください」
そういったフーは立ち上がり、オフィスの奥へと向かっていく。彼女の小ぶりなお尻が目に付いた。
胸は残念だが……お尻は優秀だった。
「女将さんの名前出すだけで身分証明要らずって……」
「この街じゃあそれだけ女将さんの名が知れてるんだよ。彼女に見切りを付けられたら、この街じゃあ生きて行けないから肝に銘じておけよ、タツミ」
さすがにそこまでは……と思いきや、リードは真剣な表情。先程の事もあり、あながち嘘ではなさそうだ。もし女将さんと敵対したらと思うとゾッとする。
「あぁ、肝に銘じておくとするよ……。なぁ、ローシ……ってあれ?」
リードの反対側に立っているであろうローシを探せば、姿が見えない。
「ローシなら情報収集と『依頼』探しに行くって言ってたぞ、聞いてなかったのか?」
「いつの間に……」
時折、ラットとローシの手際のよさというか、迅速さには目を見張るものがある。
何時の間にやらいなくなっていたり、姿が見えなくなっていることが少なからずある。
一体何をしているのやら……。
「お待たせしました」
ローシを探していると、奥に行っていたフーが戻ってくる。手には鈍色の薄い板のようなものがいくつか握られている。
「ではこれを手足、首に付けていただけますか?」
そう言うとフーはそれらを机に置いていく。それらは色は同じだが、わずかにサイズの違いが見受けられ、試しに一枚手にとって見るとそれは冷たく、どうやら薄い鉄板のようなもので、表面には字が彫られていた。
「フジ タツミ……1504……?」
「其方ネームタグとなっておりまして、お名前、冒険者登録された年代が刻まれています」
「『依頼』を受けて街の外に出れば、そこはもう『ギルド』の管理の外だからな。冒険者だって五体満足で帰ってこれる保障もないし、遺体が見付からないこともある。でも、このタグさえ見付かれば……ってわけさ」
「そういうことです」
リードの言葉に、フーは苦い表情で頷く。どうやら認識票ということらしい。
「まぁ、最もお前には要らないかもしれないがな」
「どうだろうなぁ」
リードは俺の不死の身体を皮肉るが、俺だって手足や首を切断されればどうなるかわかったことではない。持っておいて損はないだろう。というかこんな場所で
俺の身体について軽々しく言わないでもらいたいものだ。
現にフーは不思議そうに俺達を眺めているが、口出しはしてこないので安心した。
「では登録はこれにて。『依頼』などの説明はどうします?」
「それは俺の方から言い聞かせておくよ。しばらく同行する予定だからな」
「そうなんですか。じゃあアルフさんとはコンビ解消ですか?」
「いや、アイツも一緒さ」
「そうなんですか。じゃあしばらくは二馬鹿……失礼。コンビではなくなるんですね」
俺の登録を終えて、フーとリードが歓談を始めるが……なんというか、フーの発言は所々に毒が入り混じる。
失言だったと所々侘びが入るが、反省してる様子もなければ、リードもそれほど気にした様子もなく笑い流している。
確かに、活発なフーの毒気も大して気にならないのは彼女自身の人柄故だろう。
「複数人で組まれるのなら、『パーティ』登録でも致しましょうか?」
「『パーティ』?」
「部隊みたいなもんさ。数人で組んで、目的を同じにするんだ。個人では弱いが『パーティ』として名を売ったり、ひたすら同じ魔物を狩るために組んだり。とりあえず、複数の冒険者の集いと思っておけばいいさ」
「ふぅん……」
アルフとリードも二人で活動していたようだし、毎回二人をそう呼ぶのも不便だ。だとしたら彼らにも二つ名やパーティ名があったりしたのだろうか?
「ちなみにアルフさんとリードさんはパーティ名がなかったので、よく二馬鹿と陰口を囁かれてましたよ」
俺の疑問を感じ取ったのか、フーが口を開く。
そしてそれを聞いて、リードはギクリとわかりやすく動じた。
「ぐ……余計なことを。大体、あの馬鹿のせいで俺まで巻き添いに……」
そう言うならばアルフと別れればよかったのに、と思うもののそうしないのがリードの良さだろう。悪態をつくものの、彼は面倒見が良い。
「と、このように残念な呼ばれ方をされたくないのならば、『パーティ』登録をすることをおすすめしますよ。手っ取り早く名前も売れますし、遠征なんかでも優遇されますから」
「それはまぁ……考えておくよ。こう見えて結構忙しいからな」
「かしこまりました。でしたら、本日は以上でよろしかったでしょうか?」
「あぁ」
「ではあなたが良き冒険者として大成なされることを、ギルド職員として願っております。お気をつけて」
「ありがとう」
フーが立ち上がり、深々と頭を下げる。こういうしきたりなのだろう。
挨拶を程ほどにし、席を立つ。
思いの外、長居をしてしまった。
今は一刻も惜しいとギルドを後にしようとすると、いつの間にかローシが傍らに並び歩いていた。
「何かあったか?」
「いえ、特に何も。いつもと変わらず、何もありませんでしたよ」
「そか……」
ローシと多少言葉を交わし、後ろを振り返ればフーはすでに頭を上げており、うっかり目が合い、気まずそうにしている。
気にすることはないだろうと視線を隣のエルフっ娘に向ければ、相変わらずそこは空席で、エルフ娘はにこりと笑って、手を小さく振っている。
二の腕に押しつぶされているおっぱいがなかなかの眼福だった。
後ろ手を引かれる思いでギルドを後にした。
「さて、それじゃあ一旦帰って、また行くとしますか……」
「ねぇねぇ、フーちゃあん。さっきの男の子、女将さんの秘蔵っ子ってほんとー?」
「聞いてたのですか、おっぱいお化け……失礼。サファイア」
隣に腰掛けたおっぱいエルフが暇つぶしにと声をかけてくる。
おっぱいお化けとうっかり口を滑らせた私に気を悪くするでもなく、彼女は「も~、フーちゃんってばうっかりさん~」と独特の間延びした声でカラカラと笑っている。
本当は故意におっぱいお化けと漏らしたのですが、彼女がうっかりと思っているのならばそれでいいでしょう。
隣のエルフ娘――サファイア。珍しいエルフの娘で、眩い金髪と青い瞳……それとその大きな胸が特徴のおっとりとした女性。
彼女の人柄やのほほんとした雰囲気は気に入ってますが、やはり気に入らないのは……。
「それで、どうかしたのですか。おっぱいが垂れてきたのですか」
「アハハハ、フーちゃんってばおもしろ~い」
相も変わらずのほほんと笑いながら、私の悪口を聞き流す。
「くっ……どうせ私には垂れるほどもありませんよ、えぇ」
気に入らない。彼女の大きな胸も。彼女との胸の対比という下らない理由で彼女の隣の席を与えたギルド長も。
「あの爺、いつかセクハラで訴えてやりますよ……」
「ねぇ、フーちゃん~、私もその時にフーちゃんを訴えていい~?」
隣のおっぱいお化けが何か言っていますが、気にしないことにしましょう。
「それでサファイア。さっきの少年がどうかしましたか」
先程登録を済ませた少年……名は確かタツミと言っていましたか。
彼はよく隣のサファイアをちらちらと見ては私を見、嘆息していたのはすぐに気付いた。
苛立ちはしたものの、珍しいことでもない。
おそらく彼もサファイアと私の胸を比較していたのでしょう。
どいつもこいつもおっぱいおっぱい……そんなに胸が恋しいのか、マザコン男共めっ!
「それでさっきのマザコンがどうかしましたか」
「マザコン?」
「気にしないでください」
「うん~、わかった~。それでね、女将さんのお店が『賢狼の森』の『ゴブリン』討伐の『依頼』を急に取り下げたって昨日話したよね~」
「そういえばそんなこと言ってましたね」
「それがね~、なんでも賭けに使われたって話~」
「賭けとはまたあの方々がやりそうな事ですね……」
実に二馬鹿と称されるお二人らしい。
「だよね~」
「それで、その賭けとは一体どんなのです?」
「そこまでは知らない~。でも、さっきの子とも関係あるんじゃない~?」
なるほど。さしずめ敗者が勝者に従う、とかそんなものでしょう。
「しかし、珍しいですね。ずっとお二人でやってきていましたのに」
「だよね~。でも、あの子に何かあるんじゃない~?」
単なる礼儀正しいスケベな少年にしか思えませんでしたが……。
でもまぁ、礼儀正しいというだけでこの業界じゃあ珍しいですけど。
「なんせ女将さんの秘蔵っ子だから……ですかね」
「だね~。実はすごかったりするのかな~」
サファイアは頬杖をつき、恋する乙女のように先程の少年を想っている。
特別顔立ちが整ってるわけでも、強そうでもありませんでしたが、何か特別なものでもあるのでしょう。
「なんせ女将さんが目をかけるぐらいでしょうし……」
言うも、最早サファイアには聞こえていないのか、自分の世界に浸っている。
女将さんの考えは常人には理解できない、計り知れないものだ。この街の住人は彼女に振り回されるばかりだ。
そして、彼女の身近な人間もまた――。
私は旧き友人を思う。
隣にいるエルフの娘のような眩きブロンドで、燃えるような真紅の瞳の少女を。
「一体、どういうつもりなんでしょうね。クレア……」




