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要求

「ふぅ、妙に疲れたもんだ……」

「だな……」

 リードと頷きあい、再び席に座る。


「そういや、その『夜を導くもの』(ナイトロード)とやらは今はどうしているんだ?」

「わからん。恐ろしく不死性が高く残虐であるとは言われてているものの、奴が『夜の軍勢』を作り上げた以外はその実、詳細は掴まれていないんだ」

「なんじゃそりゃ……。野放しかよ……」

「いや、そうでもないみたいだ。一説によると、奴は賢者と相打ちになったとも、賢者と共にどこかしらの『迷宮』(ダンジョン)を居城とし、ひっそりと鳴りを潜めているとも言われている。少なくとも、ここ数十年、奴の姿は確認されていない」

「そうなのか……。それじゃあ『夜の軍勢』とやらは?」

「危険度の高い奴は、既に何体か討たれている。そして『迷宮』(ダンジョン)内に戻った奴も確認されている」

「まだ現存してるのがいるってのか……」

「そうだ。魔物はどの種族よりも長命な生物が多い種族だからな。放っておけば死ぬというわけではないのさ。『夜』は明けたとも言われているが、魔物の脅威に脅える日々は続いているということさ」

「なるほどな……」

「そうなると、やはり『夜の軍勢』を率いる番人、これもまた魔王と呼ばれる存在達なんだが、奴らを全て討つのが当面の人類の目標だろうな」

「魔王を討つ、ねぇ……。それじゃあやっぱり」

「ああ。魔王を討てるだろう者、魔王を討った者は勇者と呼ばれる。

 神に祝福されし恩恵を賜った者、それが勇者だ」

「ご大層なこって……」

「まぁ、俺達平凡な冒険者には無関係なことさ。お前が『夜を導くもの』(ナイトロード)ではないとわかったのなら尚更な」

「まぁ、そうだろうなぁ」


 魔物に脅かされる人々がいる。守りたいと思ったとしても、守れるものは限られている。所詮は人の身であり、不死であっても万能ではないのだ。


(せめて身近な人だけでも、この両手で救ってみせるさ……)


「だから、俺達平凡な冒険者としては平凡な魔物を狩って細々と生きるさ。幸い今回の狩りは金にはならなかったが、当分の食には困らなくなりそうだからな」

 リードは女将さんとクレアを見ながら、笑って言う。

 確か彼らの報酬は酒代の当分の呑み放題の保証だったはず。金に直結はしないものの、浪費は抑えられるだろう。

 そして俺達は当分の間の酒場の仕事の免除……だったはずだが……。


「なぁんか忘れてる気がするんだよなぁ……」

「ところでタツミ。今回『女王』を仕留めたのはお前だ、よって賭けはお前の勝ちとなるんだが、その権利はどうするつもりだ?」

「あっ、おいリードてめぇっ!」

 何気なく言ったリードに対し、アルフはしまったとばかりに声を上げる。


「ん?賭け……?」

「なんだ、忘れたのか?どちらが『女王』を狩るかの賭けだよ」

「バッカ、リードてめぇ……余計なこと言うんじゃねぇよ……」

「あぁ!思い出したっ!そういえばそんなこと言ってたな!」

「なんだ、本当に忘れてたのか……。それにアルフ、どうせこいつならいずれ思い出すだろうし、無駄だろう。その時、黙っていたツケとか無理難題を付け加えられんぞ」

「リード、お前は俺をなんだと思ってるんだ……」

「冗談さ」

 リードはおどけたように言う。その調子は軽く、アルフに警戒心が強いと言わせてた人物とは思えない。それほどまでに打解けた、と思っていいのだろうか。


「ったく、どっちも馬鹿正直で真面目だねぇ……。これからお前ら、苦労すんじゃねぇの?ゴリ達よ」

 アルフは黙々と水と食事をついばむようにしていたゴリ達に尋ねるが、

「それが俺達の選んだ道だよ」と一言返すと、再び食事に戻る。

 そんな彼らにアルフは無言で肩を竦め、リードが「変わったな……」とぼやいている。

 彼らの様子の変化は詳しくは知らないが、彼等は彼等なりに思うところがあるのだろう。そう判断して、深くは掘り下げないことにした。


「しかし、賭けかぁ。場数を踏むための一貫ぐらいで、正直勝つとは思ってなかったんだがなぁ……」

「ん?そうなのか?勝てない勝負はしないんじゃなかったのか?」

「まぁなぁ。一切ないとは思ってなかったんだが、まさか本当に勝っちまうとは思ってなかったよ」

「ぐ……言ってくれんじゃねぇか……」

 俺の様子に、アルフが悔しそうに歯噛みして呻く。

 彼もまさか新人(ルーキー)と侮っていた俺に負けるとは思っていなかったのだろう。心底悔しそうだ。

「ハハッ、お前のことだ、勝った時を想定して要求も考えてたんじゃないのか?」

「ん、まぁなぁ……」


 確かに、この賭けは一切勝ち目がないとは思ってはいなかった。

 アルフとリードの二人に対し、此方は俺を含めた四人。

 半人前の俺を込みでも人数的に優位で、経験もゴリ達の冒険者暦は彼等とそう変わらない。勝率は五分以上と踏んでいた。

 しかし、賭けに勝った時の要求を、今の二人に要求する気が今の俺にはない。

 アルフとリードはゴリ達と違い、俺が会ってからずっと評価が変わらない、おそらく善人だ。

 最初のゴリ達と違い、おそらく彼等は無意味に、利己的に人を襲ったりはしないだろう。そう思っている。


 そして、俺の要求はそんな二人を……。


「……いいのか?」

 俺はリードの目を真剣に見つめ、問う。

 片やリードは先程のおどけた調子で。

「どうした、急に。勝者の特権はお前にある、要求を言えばいいさ」

 リードは、これからする俺の要求を未だ知らない。


 だからこそこの調子なのだろう。

 俺の要求を聞けば、リードのこの様子も、アルフの様子も一変するだろう。

 きっと、次会うようなことがあれば、おそらく俺はこうして、彼らと笑い合えない……そんな気が、どうしても拭いきれない。


 だけど、俺は……。


「俺の賭けの要求は……お前達の、命が欲しい」

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