恐怖
物語と遅々として進まぬっ!
そろそろ書き方を変えて進行を優先とさせるべきかしら……。
「『夜を導くもの』……」
その言葉に聞き覚えがある。
それは昨日アルフ達がゴリとの会話の中、俺の不死性を見て口走った言葉だ。
その実がまさか魔王とは……。
「ああ。俺達はお前が喉を斬ったのを見た後、当時はお前がその『夜を導くもの』と疑ったもんだ」
「おいっ!」
静観していたアルフが酒を嚥下しながら、さも何もなさげに語るのをリードが諌めるが、アルフには気にした様子もない。
「いいじゃねぇか。それに黙ってる方が感じがワリィ」
「それもそうだが……」
裏表のないというか、隠し事をしない性分なのだろうか、アルフのこういった明け透けな性格には正直、好感を持てる。
逆にバツが悪そうにリードは押し黙り、場の雰囲気が何とも言えぬ空気になり、たまらず口を開く。
「俺はそんな大物と間違われたわけか……。それで、俺の誤解は解けたのか?」
「まぁ俺は最初っから違うと思ってたが、心配性のリードの野郎がな」
「何を言うか、まったく。お前も疑ってだろうが。とりあえず……だろうか」
「とりあえず?」
視線を向ければ、アルフがジョッキを片手に、ニィッと半月状に口端を浮かべる。
なんだ、この嫌な予感は……。
「そりゃあ、ゴブリンを真っ二つにして気をヤる魔王様がいるかってんだ」
言うや否や自らのふくらはぎをバンバンと叩き、ゲラゲラと笑い始めた。おいてめぇ、おいてめぇ、コラ。
「お、おい、アルフ、あ、あんま笑ってやるな……ククッ」
リード、てめぇも笑い隠しきれてねぇからな。
「おい、お前ら!旦那を馬鹿にすんのも大概にしとけよ!」
ゴリがガタッと立ち上がり、俺のフォローに入ってくれる、思わぬ助け舟だった。いいぞ、ゴリ、もっと言ってやれッ!
「旦那はなっ!旦那はな!その……旦那はだなっ!」
役にたたねぇなお前……何が言いたいんだよ……。
「ダーッハッハッハッ!タツミがどうしたー!ハハハハハッ!」
立ち上がったゴリが徐々に萎縮していき、遂には何事にもなかったかのように席に座る。お前は何がしたかったんだ……。
「タツミ!お前人望ねぇなぁっ!ハハハハハッ!」
相変わらずアルフはゲラゲラ笑いながら、今度は俺を指差す。
人望は関係ねぇだろ、こんにゃろう。そもそも俺が気絶したのは……。
いい加減、アルフの物言いと態度に苛立ち、文句の一つでも言ってやろう。
「あぁ?喧嘩売ってんのか?上等だ表出ろやアル……」
フ、といいおわる前に何かがプツリと切れる音が聞こえた。
ダンッとけたたましく、机を叩く音が響く。
その音が合図となり、アルフの馬鹿笑いとリードの忍び笑いが止み、店内から一切の音が消え、シィンと静まり返る中、唯一、机を叩いたクレアだけが声を放つ。
「アルフさん?リードさん?あんまり、タツミさんを馬鹿にしないでもらえますか?私の恩人なので。恩人を馬鹿にされると正直、いい気もしないので。それに、タツミさんはお優しいですし、お二人と違って繊細なんです。そのうえ、冒険者にもなっていない、ビギナーどころの話じゃないんです。そんな方が、お二人を差し置いて女王を倒したんですから。……凄いですよね?」
有無を言わせず、怒涛の勢いで捲くし立てるクレア。
その彼女の背後に、ゴゴゴと燃え盛る炎を見える……気がした。
自分が怒られているわけじゃないどころか、褒められているはずなのに、嬉しく感じない。それどころか、そんなクレアに対して不安や恐怖といったものを感じてしまうのは何故だろうか。
アルフとリードは呆然とし、クレアを見ている。
その表情からは先ほどの笑みは消え、驚愕と恐怖に彩られている。
今のクレアからジッと見つめられるのは一体どれほどの恐怖だろうか。
傍から見てもわかる。今のクレアの瞳にはハイライトが消え失せ、きっと正気ではない。いわゆるヤンデレ目、といったやつだろう。
……なんでだろう、彼女の気持ちが嬉しいはずなのに、素直に喜べないのは。
「凄い、ですよね?」
「え、あ、その……」「あ、あぁ……」
自分達よりも一回り違う歳の少女に迫られる、男二人。
情けなさと、哀愁が漂っている。
しどろもどろになり、戸惑っているあたり、情けなさが勝る。
「凄いですよね?」
念押し、とクレアが尋ねる。
「は、はいっ!」「凄いですっ!」
二人は肩をビクリと震わせ、声を張る。
……哀れ、馬鹿二人。
「じゃあ、タツミさんに謝ってください」
クレアがにこりと笑う。その可憐さに目を奪われそうになるが、対面する馬鹿二人などはその笑みに脅えきっている。
先ほどのアルフへの怒りはとうに失せ、なぜだか俺が申しわけない気がしてきた。本当になんでだ。
そして、クレアたんが怖いです……。
「あ、あぁ、そのなんだ、悪かったなタツミ……」「すまなかった……」
居心地が悪そうにして、二人が告げる。
その態度に怒る気にもなれず。
「あ、あぁ、いや気にするこたぁねぇよ。俺が気をヤったのは事実だし、我ながら情けないとも思ってるしな。むしろゴリ達にも迷惑や心配をかけた、悪いな……」
「い、いえっ、旦那も初陣だったんでしょうし、お疲れだったんでしょう。俺達に気ぃなんて使わないでくだせぇっ」
「そうか……すまんな、本当に助かった、ありがとう」
俺とゴリ達の出会いは、正直最悪だった。それこそ憎まれても仕方ないと思うほどに。
なのに、彼らは俺を憎からず思っているというし、事実逆襲として俺をあのまま放置さえしてもよかったはずだ。
しかし彼等はそうせず、足手まといの俺を負ぶって帰ってきた。
彼らの忠誠心や忠義は、今や俺の中で疑うものではなくなっていた。
「それにアルフとリードも、本当にありがとう」
二人と向き合い、頭を下げる。
「お、おい……」「なぜお前が頭を下げるんだ……」
頭上では二人が困惑の声を上げるが、気にせず頭を下げたまま言葉を紡ぐ。
「俺の説明不足で、俺の実態が不鮮明なままお前らを危険な目に晒して、要らぬ心配をさせた。本当にすまなかった」
「なんじゃ、そりゃ……」
「本当に危なかったのは、俺達だったんだがな……」
アルフは髪をガシガシと掻きながら、リードは気の抜けたような声をあげる。
「タツミ、もういいから頭を上げろ。調子が狂う」
「まったくだ」
「謝ったのに、感謝を返されるってどういうこった……」
「少なくとも、お前達があの時駆けつけてくれなければ、死んでいたのは俺達だったはずだ。いずれこの借りは返すぞ」
あの時……おそらく、彼らが『女王』と対峙していた時だろう。あの場にハイゴブリンがいるということは誰も想像しておらず、奴の一矢はまさしく誰しもに向かう可能性があった。
それがたまたま激昂していた俺だったから、彼等は無事で済んだ。そういうことだろう。
パンッ、と乾いた音が鳴る。
見れば、クレアがにこやかに微笑み、手を合わせている。
「はいっ、ではこれで皆さん、手打ちということでいいですか?」
先程の笑みとは違い、今度の笑顔は純粋なものだ。恐怖などは感じず、ただただ愛らしくある。
そんな拍子抜けの態度に、思わず戸惑う。
「あ、あぁ……」「お、おう」
「ではこれにて皆さん仲直りということで、良かったですねっ、タツミさんっ」
俺達の態度とは裏腹に、クレアは可愛らしく首を傾げ微笑む。
先程の修羅のごとき彼女は本当になんだったんだ……。
「クレア、遊ぶのはその辺にして、片づけを手伝ってくんないかね」
「はーいっ、女将さんっ」
何事もなかったかのように女将さんが呼びかけ、クレアも同じような態度でカウンターの奥へと引っ込んでいく。
「……なんだったんだ。初めてクレアを怖いと感じたぞ……」
「俺もだ……。彼女の空気に背筋が凍て付いた……」
「俺は背面に燃え盛る炎を見た……」
アルフとリードが各々、その恐怖を語り、疲労しきった顔で呆然として彼女を見送っている。
残された俺達、ゴリ達を含めた男六人。
クレアを怒らせるような真似だけは避けようと、ひっそりと誓った。
やはり、女子は強し……。




