話せぬ事情
「やはり『ギフト』も知らんか。どうもお前は物を知らんな。馬鹿ではない、単に物を知らぬ無知といったところか……」
「なんじゃそりゃ……」
「いや、すまん。決して馬鹿にしたわけではないが、気に障ったなら謝ろう」
そういったリードの表情は至って真剣そのもので、俺に対する侮蔑や嘲笑、そういったものは一切感じられない。
どうやら『無明』が何かを考えた延長で俺のことを考えていたのだろう。
「いや、気にしてねぇよ。それよりも『無明』への見解とその『ギフト』とやらのことを聞いていいか?」
「あぁ、もちろん。ただその前にお前の出自等も聞いていいか?」
「それは……」
「無理にとは言わんが……」
返答を渋っていると、リードが気を遣ってくる。
決して無理というわけではないのだが、いかんせん説明し辛いからだ。
なんせこの世界はゲームの世界だと言われ、少なくとも自分はこの世界に存在しいてなかった存在で、戸籍なども存在しない。
そんな出自などをどう話せばいいのか……そう考えていた。
「……すまん」
説明しても信じてもらえるか、どう説明したらよいものか。結局答えは出せずにリードの言葉に甘えさせてもらうことにした。
「いや、気にするな。冒険者の出自を聞くなんて一部の人間はタブー視してることを聞いた俺が悪い。それにお前のその様子だと俺達を謀るというより、何かに悩んでるようだしな。秘密主義でも致し方なしと割り切っておくことにするよ」
どうやらリードは俺の表情から懊悩を汲み取ってくれたらしく、またしても此方を気遣ってくれる。
アルフは無遠慮な豪放な性格に対して、リードは慎重な気遣い屋、といったところか。対極のような二人で、うまく均整が取れているのだろう。
少なくとも――酒の入っていないうちは。酒が入ると、途端にどちらも似たようなお調子者に成り果てるが、そういった点も相性がいいのだろうと判断する。
「本当にすまん。いつかきちんと説明できるようになったら、ちゃんと話す……」
申し訳なく思いながら、肩を竦める。
「気にするなって。若いうちからそんな気ばっかはってっとリードみてぇにハゲっぞ、ハハハッ!」
「うるさいぞっ、馬鹿アルフっ!俺はハゲてないっ!」
傍らで話を聞いていたアルフが、茶々を入れる。そしてリードが渇を飛ばす。
そんな二人のやり取りを、ゴリ達三人が馬鹿笑いし、笑い飛ばしている。
「……ありがとう」
「ん?何がだ?」
「気にするな、タツミ。アルフはいつもこんな感じだ」
アルフが怪訝な顔をし、リードが微笑む。
二人が俺を気遣ってくれたのは明白だったが、気付かなかったことにしろ、ということらしい。本当にありがたい限りだ。
「あぁ、ただな、タツミ。クレアの嬢ちゃんにはできるだけ真剣に、不義理な真似だけはすんじゃねぇぞ?どうやらお前らは懇ろな関係らしいからな!」
そういってアルフはガハハと大口を開けて笑う。この様子だとまだ酔っているらしい。がしかし……
「ねんごろってお前……。俺とクレアは別にそんな関係じゃ……」
「私とタツミさんの関係がどうかしたんですか?」
「うおっ!」
突然の声に驚き、声の聞こえた店奥の階段スペースからクレアが顔を覗かせていた。
そういえば、長く話し込んでいて階上の彼女の存在を忘れていた……。
「いや、クレアの嬢ちゃんとタツミが……「いや、俺とクレアの仲がいいなぁって話をしててな!年齢が近いからだろうなぁって!な?ハハハハハッ!」
酔っ払いに言わせると面倒になりそうだったので、強引に割り込む。
「いや、だからな……「おっとアルフ!酒が切れてるぞ!おかわりはいいのか!?」む?なら貰うとするかっ!」
「だろっ!?気にせずじゃんじゃん呑めよ!俺のおごりだっ!ハハハハハッ!」
「おうっ!」
アルフと顔を見合わせ、ハハハと二人で笑いあう。しかし、俺の場合はおもしろいからではなく、苦笑いも同然だ。
果たして上手く笑えているだろうか。
そう考えていると、アルフと挟み込んだ円卓にガンッと麦色の酒が入ったジョッキが勢いよく叩きつけられる。
見れば女将さんがしかめっ面で、「あんたのおごりというより、依頼の正当報酬なんだがねぇ……」と毒づく。
そのしかめっ面だけで睨まれるだけで、蛇に睨まれたかえるのように萎縮してしまう。
「ハ、ハハ……。いいじゃないか……。一度ぐらい俺のおごりだ!好きなだけ飲め!って気前良くってみたかっただけなんだ……。なぁ、クレア?あれ、クレア?」
助けを求めて、クレアに話を振るが、一向に援護は来ない。
見ればクレアは俺の後ろに立ち、口をムーッと可愛らしく尖らせている。
「あの、クレアさん?どうかしました?」
「私とタツミさんの関係がどうこうって話はどうなったんです?気になるじゃないですか」
これは怒っているというより、拗ねてるらしい?
昨日まではクレアとの間に妙な壁のようなものを感じていたが、昨晩のアレのおかげか、随分と素直になったというか、歳相応の付き合いになったと思う。
(というか、幼くなった、といったところか……?)
何故か不機嫌になっている女性陣二人に針のむしろになりそうな視線を注がれながら、笑う。
「ハ、ハハ……」
上手く笑えている気がしなかった。
どうにかしてくれとゴリ達に視線で助けを求めるも、苦笑いや視線を逸らされるだけに終わる。
一体、どうしてこうなった……。




