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話し合い

 シリアスな場面だと思っていたのに、一人だけなぜか酒を口にしている輩がいる。

 真剣な姿勢で臨むべきだと思っているのは俺だけなのか、俺がおかしいのかと不安になり、尋ねてきたリードを含めゴリ達を見回してみても全員が真剣な表情で俺を見つめている。


 おそらく、場違いであろうは酒に向き合ってるアルフなのだろう。

 にも関わらず、我関せずといった態度でアルフは酒を呑む手は休めない。


「あ、女将さん。おかわり」

 おい、アルフてめぇ、何気なく手を上げておかわり要求してんじゃねぇよ。


「はいよ、ちょっと待ってな」

 女将さんも何で普段の営業スタイルで接客してんすかねぇ……。


 俺はそっとアルフから視線を外し、脳内から彼の存在を抹消した。


「俺は紛れもない人間だよ。リード」

「とは言うがな、タツミ。お前のその身体……おかしいとは思わないのか?」

「おかしい……ね。どうおかしいって言うんだ?」

 わかっていても、意地悪く尋ねる。彼の口から、確かめねばならない。


「それは……その治癒能力、それに俺は確かに見た。お前が『女王』に追い詰められて、喉を斬ったとこを。あの血飛沫、並みの人間なら死んでいる……。それどころか、喉を掻ききって生きてるなんて獣人、亜人でもありえない。

 なのに、どうしてお前は今、生きてるんだ……?」


「なんだ。見られてたのか」

 どうにか言い訳を、などと考えることもなく、思ったことをそのまま口に出す。

 その口調は自分でも思った以上に、素っ気無いものだった。今更とぼけるつもりもなかったが、どうやら俺は積んでいたらしい。


「じゃあやっぱり、お前はっ!?」

 リードは、慌てて立ち上がり、傍らの直剣へと手を伸ばす。しかし、それを遮るように、口にする。


「それでも俺は、人間だよ」

「馬鹿を言えっ……!」

「まぁ、落ち着けって。とりあえずはこいつの言い分を聞く。そういう話だっただろ?」

 立ち上がり、激昂しているリードを傍らの空気が宥める。いたのか、空気。


「リードの言う獣人だとかを見たわけでもないし、見聞きしたエルフだとかを俺は見たことはない。それらではないと俺は正直、言い切れない。だけど、彼らには目立つ身体的特徴があるんだろ?

 なのに、俺にそれらはない。それだけじゃ不服か?」

 聞いた話では。獣人には獣の耳と尻尾、エルフには長い耳と白い肌と言った特徴があるらしい。俺にはそのどちらの特徴も当てはまらない。

「……いや。確かに、獣人でもエルフでもないと思っているが……」

「じゃあ、魔物か?」

「……」

 無言の肯定。


「俺も、正直そうじゃないと断じれる判断材料はなかった。昨日までは。

 でも、昨日あいつらを、ゴブリン共を見て思ったんだ。

『俺はこいつ等とは違う。こいつ等のような醜悪な化物とは一緒じゃないんだ』ってな。「人間に似た魔物、なんてのもいるんだろ?女将さんなんかは真っ先に俺をヴァンパイア、吸血鬼とも呼んだしな」

「確かに。お前の見た目は人間だが……」



 ヴァンパイア――古くから多数の伝承のある正真正銘の怪物。

 中でも有名なのはドラキュラ。創作物の産物であり、かつてルーマニアに実在した『串刺し公』ヴラド・ツェペシュをモチーフとした者だろう。

 ドラキュラは個人名とし、ヴァンパイアは種族を指すらしい。

 ヴァンパイアの種としての特徴は、紅い目に鋭い牙。

 そして銀でしか止めを刺せないといった伝承をこの世界では継いでるらしい。


「で、だ。女将さんの誤解は解けてるんだが、お前らはどう判断するんだ?

 俺の瞳は赤いか?牙はあるか?」

 自らの瞳を指差し、口をニッと開く。

「そんなことは、ないが……」

 俺の目と歯を確認し、リードは不承不承と言った態度で告げる。

 鏡で確認した通りならば、俺の瞳はブラウン。日本人特有の濃い褐色色だ。赤といえば女将さんやクレアの瞳だろう。俺のは赤い瞳と呼ぶには程遠い。


「くぁ~!やめだ、やめっ!」

 机をドンとけたたましく叩く音が響く。

 見れば、先ほどまで静観を決め込み、酒を呑んでいた空気がジョッキを置き、立ち上がろうとしていた。


「まどろっこしい腹芸なんぞいいじゃねぇか。所詮人の心中、胸中なんぞ他人が推し量れるもんでもねぇんだし。とっとと腹割って話そうぜ」

 立ち上がったアルフは、心底どうでも良さそうに髪をガシガシと乱雑に掻いている。偉丈夫然とした容貌にその仕草はよく似合う。


「タツミ。この際、お前が何者でも構いやしねぇよ。ただ、一つ聞かせろ」

 ガシガシと髪を掻く手を一旦止め、顔を上げ、此方を一瞥する。

 その視線に、ゾッとした寒気を感じる。

 先ほどまで酒を呑んでいた体たらくな男とは思えぬ、気配。きっとこういうのを『殺気』と呼ぶのだろう。そう思った。

 此方の瞳を覗き込むような、それどころか感情さえも覗き込むようなアルフの視線。

 その瞳には何の感情も読み取れず、ただ身を脅かされるような恐怖だけを感じる。


「ッ……俺、はっ……」

 逸らされることなく見つめ続ける視線。

『返答次第では殺す』そう思わせる視線に、自らの特性、不死であることも忘れ、脅え竦む。

 しかし、すぐさま思い直す。

 自らの目的を。特性を。何もやましいことも、恥じることも、俺にはありはしないのだから。


「俺は……探し物をしている」

「あ?探し物だ?」

 アルフは変わらず、険しい表情のまま怪訝な声をあげる。

 とりあえず、聞いてくれるらしい。


「そうだ。正直俺自身、何を集めていいのかわからない。

 多分、集めてみてやっとわかるもんなんだと思う」

「何を集めるべきかわからないのに、探し物、なぁ……」


 ふと、この世界の創造主とも呼べるでもあろう、少年のことを思い出す。

 彼と初めて出会い、自分を送り出すときに告げた言葉。

 その一節が妙に引っかかっていた。


 彼は、ささやかながらプレゼントを用意したと言っていた。

 それらはきっと巡り巡って俺の元へたどり着く。上手く使いこなせ、とも。

 そのプレゼントの一つが――自らが『無明』と名づけた刀。


「そういうことか……」

「ん?」

「俺がとりあえず、とも言うべきか集めるものの目処がついた」

「へぇ。聞いていいか?」

「多分――武器だ」

「武器……するってぇと、お前のその奇妙な刀とやらもそうか?」

「ああ。多分だけどな。こいつ、俺は『無明』(むみょう)って呼んでるんだが、こいつは貰い物でな。多分、これと似たような物がいくつかある、そう睨んでる」


 俺とアルフの会話をリードは顎に手を当てて、思案顔で聞き込んでいたが、何かを思いついたように口を開く。


「ふむ……。タツミ、少しその『無明』とやらを見せてもらっていいか?」

「ん、『無明』をか……」


 リードのに手渡そうとし、一瞬躊躇する。

 なんせ『無明』からは例の声(・・・)がする。

 全てを斬れ、殺せと喚く恨めしい声。


 昨晩、自分の腹の『無明』をブッ刺した時、咄嗟にクレアが『無明』を掴んだ。

 そして引っこ抜くために、しばらく触り続けたにも関わらずクレアにはその声は聞こえなかったらしい。


 あの声は俺にしか聞こえないのか。

 あるいは――何かしらの条件があるのか。

 俺とクレアとの違い、男女の違いかそれとも……。


(いや、やめよう……)


 思考が嫌な考えに移行するまえに、(かぶり)を振るい、止める。


 あの声は昨晩からか、少なくとも今朝からずっと帯刀しているが聞こえない。幸い、害の無いものと判断して、リードに手渡す。


「……おう。ほら」

「すまんな」

 アルフが自らの剣を命と同等に大事と言っていたように、俺がぶっきらぼうに渡した『無明』をリードは恭しく受け取り、刀身を抜き出してはしずしずと眺め、アルフと共に「ほぉ……」「これは……」と二人して感嘆の声を漏らす。


「ありがとう、タツミ」

 しばらくの間、二人して眺めていた『無明』を感謝の言葉と共に、手渡した時同様、恭しく渡される。

「もういいのか?」

「ああ。十分見させてもらったよ。それといくつか聞いてもいいか?」

「別に構わないが……。俺に答えられる範囲ならな」

「その刀は貰った、と言っていたな?誰からだ?」

「……すまん。早速で悪いが、言えない……」

「それは、後ろめたさからか?」

「いや……。ある人物からもらったんだが、俺自身そいつに関して詳しく知らないんだ……」


 ばつが悪い返答になってしまったものの、嘘はない。

『無明』。俺のために誂え(あつら)えられた刀。

 それを誂えたのはおそらく、例の少年だろう。電車事故で死んだ俺を真っ白な荘厳な空間に誘った少年。

 彼はゲームと称し、俺をこの世界へと送り込んだ。

 何かを集めて、俺を正しく生かし、死ねせる。そのようなことを言っていた。

 それ以外、あの少年についての情報は特に無い。

 この世界に来てからは、胡乱げだったあの空間でのやり取りも、今でははっきりと思い出せる。

 一度死んだ俺を、この世界へと誘った不可思議な存在。

 死んだあとの人間が出くわす存在など、天使や閻魔大王などがお決まりだ。

 しかし、彼からはそんな宗教じみた様子は一切感じられなかった。


(どこの国にもうたわれるような、超常的な存在……)


 神様。


 一瞬、そんな考えが過ぎったものの、神などをいないと思ってる自分らしからぬと自嘲し、否定する。


「タツミ?」

「すまん。続けてくれ。他にあるか?」

 どうやら長考してしまっていたらしく、呆けていた俺にリードから声がかかるが、気にしないように促す。

「いや、大して他に気になることもないんだが……。あくまで、俺個人の意見として言わせてもらっていいか?」

 リードは恐る恐るといった口調で告げる。やはり彼は慎重派らしい。

「あ、あぁ。構わないが……」

「多分、それは『ギフト』、贈り物だと思う」

「ギフト……?贈り物……?」

 贈り物、そういうのならばプレゼントじゃないのか……?

 微妙な違和感、またしても文化の違いかと思い、首を傾げるしかなかった。



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