これから
そこには噎せ返るほどのアルコールの臭気が充満し、臭いだけで酔いそうな程だった。
臭いの原因とおぼしき男達は巨大な円卓にそれぞれ突っ伏し、「もう呑めねぇ」
「吐きそう……」と力なくぼやいている。
まるで死人のようだ。というか酒に溺れた死人だ。
「くせぇなぁ……。なんだこりゃ……」
酒場という店柄、酒の臭いにはいくらか慣れたつもりだったが、ここまでの強烈なのは初めてだった。
呑んでいるのはゴリ達三人とアルフとリードの二人、合わせて五人だけだったはずだが―。
「おや、タツミ。起きたのかい」
死屍累々といった凄惨な現場を棒立ちで眺めていると、傍から声がかかる。
その声の主はいつものように、カウンターに立ちキュッキュッと皿を鳴らし、拭いている。
臭気だけで酔いそうな自分とは違い、表情をしかめる事も無く素面を保つあたり、さすが酒場の店主、といったところか。
「女将さん……」
「なんだい。素っ頓狂な声をあげて」
この人はいつだって、こうやってカウンターの奥に居て、店内を俯瞰している。
でも、それはただ見回すだけじゃない。
きっと、必要とあらば手を差し出してくれる。
ぶっきらぼうに、不器用に。
出会ったばかりで、そう詳しくは知らない雇い主ではあるが、なんとなく。本当にただなんとなく彼女がそんな人間であるような気がした。
能面のような面も、困った人がいれば手を差し伸べてくれる。不器用な俺の恩人なのだと。
「んや。なんでもないよ。おはようさん」
「ああ。もうそんな時間かい、おはよう」
何時ものような、素っ気ない挨拶。
この人は本当に変わらない――。そう思った。
「それと、ありがとう。よろしく」
そっと聞こえない程度に、クレアを部屋に差し向けて、結果的に俺を奮い立たせてくれたことと、これからも世話になるであろうことを、口にした。
「なんだい。藪から棒に礼だなんて、らしくない」
「ありゃ。聞こえたのか、しまらねぇなぁ」
気恥ずかしさから、照れ隠しに笑いながら、頬を掻く。
女将さんは皿を拭く手を止め、怪訝な顔でこちらを見つめる。
どうやら本気でいぶかしいんでいるようだった。
「なんてこたぁないよ。昨晩、クレアが部屋に来た。女将さんに言われて様子を見に来たってな」
「なんだい。それだけのことかい」
そっけなく言い、女将さんは視線を皿に戻し、作業を再開する。
耳ははどことなく紅く、恥ずかしそうに見えた。照れ隠しなのか。
照れるその姿は妙齢の女性よりも可愛らしい、うら若き生娘を思わせる。
「ああ。それだけだよ」
「随分素直になったもんだ。変なモンでも食べたんじゃあるまいね」
「ハハハッ、かもしれないなぁ」
「……あんたが何を悩んでたのか知らないが、吹っ切ったとしたらそれはあの娘のおかげさね。あたしゃあ何もしてないよ」
「クレアが来てくれたのは女将さんのおかげだろ。だから、ありがとう」
「フン」
女将さんは話は打ち切りだといわんばかりに、鼻で一笑する。
俯いた表情はやはり少し紅く、どうやら本当に照れているらしかった。
その姿は愛娘であるクレアとそっくりで、正反対な一面を持ちながらも、似通った点が多々あり、やはり彼女らは親子なのだなと、つくづく思った。
「ハハッ」
そんなどうでもいいことがとても可笑しく、思わず笑みをこぼす。
「何をいつまでもボーッとしてんだい。挙句ヘラヘラして。いいからとっととその呑んだくれ共をどうにかしな」
「あいよー」
彼女との会話をほどほどにし、酔いつぶれたゴリ達に水を促す。
彼らには改めて、きちんと話さねばならない。
俺の身体のことと、今度、互いにどうしていくかを――。
「さて、ひいては今日、あるいは今後をどうするか決めたいんだが……」
ゴリ達を起こし、酔いも幾許か覚めたところで、円卓を囲んだまま話し合う。
俺の対面にはゴリが向かい合い、両隣にラットとローシが腰掛けて計四人で机を囲んでいる。
アルフとリードは二人で別の席に着き、俺達を眺めている。
しかし、二人の視線は確実に俺一人に向いており、昨日とは違う、険を帯びたものだった。
「アルフとリードは、どうかしたのか?」
針のむしろのような視線に、白々しくも戸惑ったように尋ねる。
理由はわかっている。おそらく、昨日見た俺の身体――不死についてだろう。
「……タツミ。改めてお前に聞きたいことがある」
「なんだ?」
間もなく、リードが重苦しく口を開く。
一方でアルフはジョッキに注がれた小麦色の液体をゴクゴクと飲み干していく。
……おい待て、お前それ酒じゃねぇのか。
「お前は……人間、だよな?」
緊張した面持ちで尋ねてくるリード。
しかし俺の気はそぞろになって、それどころではない。
アルフ……お前、酒だよな?それ。
二日酔いの人間が迎い酒とか、馬鹿な呑んだくれか……。
つうか、空気読めよ……。
久々に投稿。
ドクタースランプア○レちゃん!




