帰るべき場所
「んっ、くぁ~・・・」
酒場『女帝』にそろそろ着こうという頃合に、白々しく欠伸と伸びを声にした。
「そろそろ着きますぜ、旦那」
俺を背負ったゴリが首を向けて此方を振り返る。
ゴブリンとの数多の連戦を繰り広げたというのに、その顔に疲労は見られない。
隣を並び歩く、ラット、ローシもだ。
やはり冒険者というのはタフなもんらしい。
対する自分は何だ。
一人で怒り、痛い目にあってわけのわからぬ声にうなされ・・・。
まだまだ至らぬ点が多々あるのだと自らの力量不足を実感する。
「このあとはどうする?」
いつの間にか後ろになっていたアルフとリード。そして問いかけてくるリード。
「旦那を送り届けるのと女将さんに報告ですね。そのあとはもちろん・・・」
「だよなぁ」「これだけはやめられん」
抑揚のないローシの声に次々と頷く声。
報告のあと、何かあるのか?
疑問が解決することなく、皆足早に帰路へとつき、やがて酒場『女帝』へと着く。
時間も深夜から早朝になりかけており、いつもは店の外にさえ漏れ出す喧騒はなく、今や静寂に包まれており、扉に掲げられたボードは閉店を示唆している。
「閉まってるようだが、大丈夫か?」
扉の前でボードを確認したリードが立ち止まり、後ろの俺たちに尋ねる。
「大丈夫さ。たぶんまだ片付けの最中だろうしな。ほら、扉が開くだろ?」
リードはドアノブを捻り、おっかなびっくりといった様子で店へと入り、俺たちもあとを追うように入る。
扉の内側に備え付けられたベルがからんからん、と音を鳴らして訪問を報せる。
いつものように、カウンターの奥の厨房では女将さんがカチャカチャと皿を擦らせていたが、音に気付くと俺たちを一瞥し、「おや、あんたらかい」とだけ声をかけるとまたすぐに俯いて皿を洗っている。
同じく、ベルの音を聞きつけたのか、店の奥からパタパタとクレアが駆け寄ってくる。
「すみません、今日はもう・・・って皆さんじゃないですか、それにタツミさん、どうかしたんですか!?」
客だと勘違いし、閉店を告げようとしたクレアが俺たちだと気付く。
しかし、俺を見てやけに慌てる。
「ん?俺がどうかしたか?」
「どうかした、じゃないですよう!ゴリさんに背負われてるし、体中血塗れで・・・!どどどど、どうしましょうっ!?」
クレアはあわあわとパニックに陥っている。
そういえば、あまりの心地よさにおろしてもらうのをすっかり忘れていた。
「あぁ、これな。ゴブリンの血だから、俺は別に大して」
怪我はない、そう言おうとした俺を、クレアは矢継ぎ早に遮る。
「さすがに紫の血はゴブリンだって気付きますよっ!でも背負われてるって事は足かどこか怪我されたんじゃ?!」
「あ、いや、本当に怪我とかじゃなくてだな・・・」
さすがにゴリに背負わせて自分は寝ていた、とは体面上言いづらい・・・。
「姐さん、安心してくだせぇ。旦那はちょっとお疲れなんすよ。なんせ今回の立役者だったので、功を労ってたんですよ、だから、ほら」
ゴリはそういいながら、俺を下ろし、自らの二本足で立つを俺をクレアにアピールする。この言い方ならば俺の体裁も保たれる。
言わずともこういう気遣いのできるゴリは、よくできた男だと思う。
「そうなんですか、よかったぁ・・・」
ゴリの言葉と俺の立ち姿を見て、クレアが大きな胸に手をあて、ホッと撫で下ろす。
いくらなんでも怪我程度で心配しすぎではなかろうか。
「まぁ、見ての通り全員大した怪我もなく、言われてた女王ゴブリンの駆除、それと傘下とおぼしきゴブリンは粗方狩り尽くした。
他にゴブリンのコミュニティがあるってのなら話は別だが、森の中は殆ど回ったし、遭遇もしなかったから大丈夫だと思う。森のゴブリン退治、完了だ」
俺の報告を女将さんは皿を洗う手を一旦止めて、瞠目し聞いている。
「他に、何かあったかい?」
女将さんは瞠目したまま、告げる。
「他・・・?いや、特には・・・」
森の中で、女将さんに報告するような特別なことは特にないはずだが・・・。
「そういや、旦那が白い狼を見たそうですよ」
困惑していると、ローシが手を差し伸べてくる。
「白い狼・・・ね。随分懐かしい話じゃないか」
「知ってるのか?女将さん」
「なんてこたぁないよ。昔、群れを逸れた一匹の白い狼があの森に棲みついて、どうも人語を理解するらしく、色々とこの街の人間に良くされて、良くしてくれてと一種の共存関係さ。
だからこの街の人間、といっても年寄りなんかはその白い狼を『賢狼』と呼んで崇めてるぐらいさ。
その話も数十年ぐらい前の話だから、世代的にもそのガキかもしれないね。
それに、今となっちゃあその賢狼も獣人なのかもしれないし」
「へぇ・・・。そういうもんか」
聞いていると、特別大した話ではなかったか・・・。
少しばかりの落胆と、現実なんてこんなものさといった諦観。
しかし、ものめずらしいもの見れたという喜びは確かにあった。
確かに、あの毛色といい毛並みといい、稀少なだけとは違い、綺麗ないいものを見れた、といった気持ちがある。
もし叶うのならば、もう一度見てみたいものだ。
「まぁなんにせよ、ゴブリン退治、ご苦労様。
今日ばかりは報酬とは別に、ご馳走してやるよ。たんと飲みな」
そう言うと、女将さんは目を開き、ニッと歯を見せて笑う。
その様相は女性がするものというよりかは、元気な魚屋のおっちゃんが見せるような、快活な笑みだった。
同じように、クレアも笑みを見せる。
ただ、彼女の笑みは貞淑な佇まいで、微笑みかけてくる。
女将さんの快活な笑みを太陽に例えるのならば、彼女は月のように、お淑やかに。
「皆さん、お疲れ様でした。それと、おかえりなさい」
「ん、あぁ、ただいま」
照れくささを覚えながら、二人に微笑み返して応える。
ぎこちなさは拭えなかっただろうけど、今はこれでいい。
この場所に帰ってくることが当たり前になれるように、いつかきっと自然に笑顔で応えられるように。
「いっ――――――」
隣に並ぶ、ゴリが力を溜めて、何かを言いかける。
いっ?
「「「「「いいいいいいいよっしゃああああああああああ!」」」」」
途端、爆発するかのような、男達の歓喜に満ちた雄たけびがあがった。
うるせぇ!
「おっしゃあ!酒だ!タダ酒!呑むぞぉっ!」
二つ並べた円卓にはところ狭しにジョッキが並べられている。
中には麦色の酒がこれでもかと注がれている。ビールだ。
「くはぁっ!」
ゴクゴクと喉を鳴らし、ビールを飲み干すリード。
知的な印象を受ける彼だったが、さすがに酒をバカ呑みしてる今ではそんな印象もなりを潜める。むしろ、アルフと同じぐらいバカに見える。
他人が見れば、うまそうに呑む姿だと思うのだろうが・・・。
「さて、俺は風呂入って寝るわ」
円卓を囲む騒ぐゴリ達や、給仕に回るクレアや女将さんを他所に、席を立つ。
「あれ、旦那は呑まないんですかい?」
ゴリか不思議そうに尋ねてくる。
「いや、いい。俺は酒は嫌いなんだ。それに今日ばかりは疲れた。じゃあ、おやすみ」
未成年だからと酒を呑んで咎める法も、人もいない。
不快なアルコールのにおいにも嗅ぎなれた。
ただどうしてか、酒だけはどうしても気に入らなかった。
「なんだ、つれねぇなぁ」
「タツミさん、どうかしたんですか?今日はなんかちょっと変って言うか、元気がないというか・・・」
「クレアの嬢ちゃんは、タツミのことをどこまで知ってるんだ・・・・?」
「どこまで、とはどういう意味、ですか・・・?」
「それは・・・」
自室とも呼べる質素な寝室の窓を開けて、外を見る。
外は暗く、窓からは月が見えた。
明かりのない街の中からは星空も良く映えた。
夜空を見上げ、星を眺めるなんていつ以来だったろうか。
慣れないことをし、見慣れない物を見る。
だからかもしれない。どこか感傷的になっていたのは。
腰に帯びた『無明』に触れる。
恐ろしい程の切れ味を誇る刀は、相変わらず。相変わらず―――――。
「-れ、―け、―せ、―部。全-。全部。全部、ギャハハハハッ!」
手をひっこめたのは、反射だった。
触れれば聞こえる、怨嗟の声。脳裏に響く誰かの怨嗟。不快な笑い声。
触れ続ければ、自分が自分でなくなる、意識を乗っ取られそうになる。
得体の知れない恐怖に脅かされながら、それでもこの刀、『無明』を手放すことはできないのは、なぜだろうか。
「きっと、お前のようなのを「妖刀」って言うんだろうな・・・」
疲労感に苛まれながら、独りごちる。
心身ともに滅入りそうになるのを何とか堪え、今日は大人しく床につこうと決めた。明日にはきっと、寝て起きればきっとこの恐怖に怯えることはなくなると信じて。
寝ることを決めた直後、コンコン、と部屋が控えめにノックされる。
こんな夜更けに、誰だろうか。
返答を渋っていると、
「タツミさん、起きてらっしゃいますか?」
この声は・・・。
「クレアか、あぁ、起きてるよ」
「入っても・・・いいですか?」
その声にはいつもの力はなく、か細い。
「どうぞ」
その顔には元気がなく、覇気を感じられない。
「タツミさんに、お尋ねしたいことがあります・・・」
階下の店舗から、ゴリ達のバカ騒ぎは聞こえない。
窓からは、虫の音だけが聞こえる。
夜はまだ、明けそうにない。




