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揺り篭

 ゆらゆらと揺り篭のようにゴリの背中で揺られ、疲労と相まって眠りへと誘われ、瞼は自然と落ちていく。


「旦那は?」

 背中越しにゴリの声。


「眠ってるよ、スヤスヤと」

 厳密にはまどろんでいるんだが。


「こうしてみると、歳相応の少年ですね」

「それでいいんだよ。斬った張ったなんてガキがすることじゃねぇんだ」

 ローシの言葉に、ゴリが返す。

 いつもの口調とは変わり、言葉には険がある。


「お前らは・・・知っているのか?」

 先行くリードが問う。


「何をだ?旦那の正体のことか?」

 それは他ならぬ答えだった。


「・・・そうだ」

「詳しくは知らねぇよ。無知で、素っ頓狂なガキで・・・」

 楽しげに語るかのようなゴリ。

 背中越しに聞こえるその声は本当に楽しそうで、顔は見えないがしかし、笑顔でいるであろうと察した。誰が素っ頓狂だコラ。


「あとは、不死ってことぐらいか」

 知って、気付いていたのか。

「不死だと・・・!?」

「馬鹿なっ、そんなのは高位のモンスターでも!?完全な不死性なんてそれこそ伝説の『夜を導くもの』(ナイトロード)ぐらいしか・・・!まさか・・・?」


(ナイトロード・・・knight(騎士)night()か。road()load()か)


 そういえば女将さんが俺のことを真っ先にヴァンパイアと呼んだ。

 ヴァンパイア(吸血鬼)・・・人の血を啜って生きる化生。あるいは死者。

 創作の中ではその高い不死性から生と死の超越者、不死の王とも称される。しかしヴァンパイアにも弱点はあり、にんにくや銀、そして浴びれば灰になるという逸話も存在する・・・日光。


(だったらやはり・・・ナイトロード、夜の王か)


「まさか。旦那は、彼はフジ タツミっつう一人の人間だよ。紛れもなく、な」

「しかし、人間が喉を掻ききって生きていられるわけがないっ!」

 半ば悲鳴のように、ヒステリック気味に声を荒げるリード。

 その声が俺の、俺の体の異常性を物語っている。


(そりゃあそうだ。普通の人間が生きているわけがないんだよ。普通の、人間が・・・)


 わかっていた。

 自らの体が普通ではない、特別であることは。

 特別に異常(・・)であることを。


 どこの生き物が大量の血を失って生きていられるものか。

 どこの生き物が喉を掻ききって生きていられるものか。


 今更当たり前のことをと自嘲し、冷静に自らの身体の異常性を反芻する。

 しかし、思っていた以上に俺の頭は、心は事実を冷静に受け止めていた。

 冷たすぎるほどに。


(もっと、傷つくものだと思っていたんだがな・・・)


 折角得た戦友を早くも失うかもしれないのだ。

 苦楽を共にした冒険者が、仲間にたりえるかもしれないとも思った。

 いつまでも自らの体を秘することはできるとは思っていなかったし、それがばれるまえに、もっと自らへの情を持たせれば、と打算的な考えも抱いていた。

 しかし、あまりにも早すぎたのだ。

 フジ タツミが不死の化物であることが露見するにはあまりにも早すぎたのだ。


(まぁ・・・しゃあないわな)

 自らに言い聞かせる。

 失いかけている戦友たちは、仲間たりえなかったが、そんなに大事ではなかったのだと、自らの傷を塗りつぶすかのように、言い聞かせる。


 俺は傷ついてなどいないのだと。


「リード、アルフ。旦那はな、人間なんだよ。人間でありたい、そう願った紛れもない人間なんだよ」

(その言葉は・・・)


 人間でありたい。フジ タツミという人間でありたい。

 自分の言葉だった。

 女帝・・・・ジョディ・スカーレットに言い放った自分の言葉。


(それをなんでゴリが・・・)


 まさか聞かれていたのかと恥ずかしくなり、あるいは言いふらされたのかと怒りを覚える。

 確かに「誰にも言うな」なんて箝口令も強いてなければ約束にもしていないが、まさか自らの独白を他人に言われるとは、と僅かに赤面する。


「人間でありたいと願った?こいつがか?」

 黙していたアルフが重い口を開く。

「ああ、そうだ」

「馬鹿な。人間でありたいと願えば人間?そんなわけがないだろう!

 自らの在り様を望んだからと言って変わりはしない!モンスターはどうあってもモンスターなのだから!」

 リードがまたしても叫ぶ。


 まったく以って、その通りだと思った。

 俺が人間でありたいと思ったところで、この不死性は失われるわけではない。

 死にたいと思っても、死ねるものではない。そういうものだ。

 これは絶対不変の不死であり、俺はそれを兼ね備えた・・・化物なのだ。

 だからといって、人に拒まれて生きたくなどない。モンスターと蔑まれたくなどない。

 だから、俺は、俺ぐらいは、自らを人間だと認めてやるのだ。

 例えこの世界の住人が、この世界が俺を「化物」と拒んだとしても。


「確かに、不死の人間なんて聞いたこともなかったし、未だに信じられないのは俺も一緒だ。モンスターだと言われたほうが納得する。

 しかし、お前らも旦那を確かに見ただろう?喉を斬っても死ななかった。だからなんだ?フジ タツミって人間が何か変わったのか?違うだろ。この人は、真っ直ぐだった。ずっと、ずっと真っ直ぐだった。何かのために怒れる。間違いを正せる。だったらそれいいじゃねぇか」


 ゴリの言葉に違和感を覚える。

(喉を斬ったことをなぜ気絶していたこいつが知っている?)

 ラットやローシが言ったのかもしれないが、ゴリの口調はあたかも見ていたかのような口ぶりだった。

 いや、きっとこいつは起きていたのだ。起きたうえで見ていた。


(そうか、俺を試していたのか・・・)


 色々と事が上手く行きすぎな気もしていたし、俺もゴリを試すようなこともあったので、これでおあいこというものだ。このことで奴に腹を立てるのは不条理だ。


「俺は、俺たちは間違いかけた。仲間を失い力に溺れ、金のために、私欲を満たすために女を、クレアの(あね)さんを犯そうとした」

「クレアって・・・」

「あのクレア嬢ちゃんか・・・」

 アルフとリードの二人は呆然と、あるいは戦々恐々といった様子。

 女将さんの血縁に手を出すということがどれほど恐ろしいことなのかを再認識する。

「だけど、それを旦那が止めてくれた。俺たちを人間のままでいさせてくれた。

 この人を見て思い出したんだよ、俺たちは何かを得るために冒険者になったんじゃない。大事なものを守りたいがために冒険者になったんだと」


 大事なものを、守りたいため・・・。


「俺達は、知ってたはずなんだよ。人でありながら人とは思えない化物を。

 俺はそいつの最期を見て、あいつのようになりたくはない、そう思った」


「―オウルフのことか・・・」

 ボソリとアルフの呟きが聞こえた。


(オウルフ?ゴリやラットが似た生き物の名前からもじった名なのだから、オウルフ、とはオウル()ウルフ()から文字った名前なの?)


「あいつは結局、モンスターへの怨嗟しかなかった。復讐、怨讐の亡者。モンスターを殺すことでしか生を実感できない奴だった。

 俺達はそれが酷く空虚で虚しく感じた。

 そんなガキに何かの楽しみを見出して欲しかった、だけど叶わなかった。

 結局あいつは、最期まで恨んで死んだよ。目の前のドラゴンを、モンスターを、獣人も亜人も、人間も・・・。全部、全部、滅んでしまえと世界を唾棄して死んだよ」


「あいつらしいな・・・」

 呟くアルフの声には懐かしさと、悲しみが込められているように感じた。


(人でありながら、人とは思えない化物・・・か)

 全てを憎んで死んだ。そいつには一体、何に対する恨みがあったのか。

 何をそこまで憎んだのか、どうすればそこまで憎めるのか。

 俺にはまったく想像もできなかった。


「旦那を見ていると、あいつを思い出すんだよ・・・。

 結局、俺達はあいつに教えてやれなかったけど、旦那にも教えてやりたいんだよ。世界は、この世界はこんなにも色鮮やかで美しく、楽しいんだぞってな」


「それがお前らがこいつに、タツミと共にいる理由だっていうのか・・・?」

「あぁ。旦那には道を違えて欲しくないんだ。楽しいことはいっぱいあるんだって教えてやりたいんだ」

「もし・・・仮にもし、こいつがあいつのように、モンスターだけでなく人に刃を向け、仇なす存在となったらお前達はどうするつもりだ?」

「どうするもなにも、させねぇために俺たちが付くのさ。それに、仮に、万が一そうなったら・・・そうだな、殺してでも止めてやる。

 旦那が平然と人を殺すような化物に成り果てたなら、俺たちが人間として止めてやる。

 今度こそ、俺たちが人として生かしてもらえたように、今度は俺たちが旦那を化物にすることなく、人として殺して、生かしてやるんだよ。

 なんせ旦那は不死の、人間、だからな」

 人間、という言葉を強めてゴリはリードの問いに返す。

 彼の言葉を聞いても、女帝の言っていた人間らしさ、とは何かがわからなかった。

 それでも彼は、彼等は俺が全てを恨み、全てを殺そうとするようになったならば、「せめて人間として」葬ってくれるらしい。

 人の尊厳を保ったまま、人間として殺して、人間として生かす。

 俺が人間か化物であるか、その境目は不死という特性で分かれるものではなく、俺の在り様次第ということらしい。


(人に刃を向け、仇なす存在となったら・・・か)

 この世界に来てゴリ達と闘いになったとき、俺は躊躇うことなく拳を振るい、彼らを痛めつけた。

 その結果として、彼等は自分達は道を違うことがなくなったと喜んでいるようだが、それは結果論だ。

 俺自身が現状で何かを痛めつけることを悪いとは思わなくなっている以上、人に刃を向けることはそう遠くない気がする。

 善悪を問うこともなく・・・。


(それに・・・)


 ソッと腰に下げた『無明』に手を触れ・・・


「―せ、―け、-して-まえ」


 すぐに伸ばした手を引っ込める。


 俺たちが森を抜けた頃、夜の帳はすっかりと下ろされ、寝静まった街は静寂に包まれている。


 それでも、俺の耳からは声が消えることはなかった。

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