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狂った時間

「ギギャ!?」

 断末魔を聞きながらゴブリンの首を『無明』を水平に薙いで、刎ね飛ばす。

 何匹も、何匹も。


「ハハッ!」

 乾いた笑みが零れる。なのに、楽しくない。

 馴染み深い黒い愛刀『無明』はもはや重みすら感じることなく、手刀のようだ。

『無明』が俺に馴染んだのか、あるいは俺が『無明』に憑かれているのか。


(やめろ・・・)

 斬って、薙いで、突いて。嬲って、殺して、屠って。

「ハハハッ!」

 それでも俺は笑っている。高らかに哄笑している。

 紫紺の血に塗れながら、とても楽しげに。


(やめてくれ・・・)

 俺はもう疲れたんだ。もう殺したくない。

『無明』を手放そうとしても掌は開かず、逃げ出そうとしても足は動かず。

 されど笑いと手は止まらない。

「ハハハハハッ!」


 意思とは相反し、体は勝手に動く。ゴブリンを殺し続ける。

 築かれるゴブリンの山。

 暗闇の森の中、死んだゴブリン達の瞳がギラギラと、しかし光のない目で俺を睨んでいる。


 憎い、憎い、憎い。殺してやる。殺して殺して殺してやる。


 向けられる負の感情。

 それでも俺は止まらない。

(怖い、やめてくれ、もう嫌だ)

 そう思う心中とは裏腹に、体だけは止まることなくゴブリンを殺し続ける。

「ハハハハハハハッ!」

 血まみれになりながら、高らかに笑う。

 天を仰ぎ、慟哭をあげるかのように。

 空は黒く、月はおろか星も光もない、『無明』の夜天を見上げながら。


 どれほどの時間見続けただろう。

 俺は飽きることなくゴブリンを殺して、涸れることなく笑い続けている。

 そして俺はそれを見続けて、拒み続けている。もう殺さないでくれ、と。


 いつの間にかゴブリンは姿形を変え、人の形になっていた。人になっていた。

 それでも俺は止まらない。相変わらず殺しては笑っている、人を、殺しては。


(もう、嫌だ・・・やめてくれ・・・)

 終わることのない無間地獄。

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 狂った時間の中で、狂ったように人を殺し続ける、狂った俺。


「ハハハッ!」

 言葉も無くひたすら俺は、笑っている。『無明』を振るうのが楽しいと。人を殺すのが楽しいと。何もできない俺を嘲笑う。


 そして見知らぬ人達はやがて、見知った顔へと変わる。

 雑多な人混みの中に、アルフとリードの姿を見つける。

 二人は自らの得物を持ちながら、恐怖でひきつった顔を浮かべ、俺と対面する。


(やめろ・・・)


 二人は共にゴブリンを駆逐した、いわば戦友だ。

 二人を殺したくなどない。

 しかし、言葉を交わすことなく二人は無防備な姿で俺に首を刎ね飛ばされた。


 宙を舞うリードの首が光りなき目で俺を見つめて、口だけを動かして言葉を紡ぐ。


 バ、ケ、モ、ノ、と。


「ハハハハハッ!」


(あ・・・)


 次は、ゴリとラットとローシだった。


 三人は笑顔を浮かべて俺に寄ってくる。


(来るな・・・来ないでくれ・・・やめてくれ・・・)


 俺の願いも虚しく、三人は横並びのまま首を飛ばされた。


「ハハハハハッ!」


(あぁ・・・)


 やがて人はいなくなり、残ったのは一匹の巨大なゴブリン。


『女王』(クィーン)・・・)


 恨みがましい瞳で俺を見つめている。


 しかし、変わらず俺は『無明』で一刀両断し、斬られた『女王』は直立したまま二つの肉塊へと成り果てる。

 そして二つの肉塊はそれぞれがグニャグニャと変容し、やがて人間へと変わる。

 二人の、緋色の名を冠した女性へと。


 片や守ると決めた女性(ひと)。片や生き様を考えさせてくれた|女性《ひと

 》


(クレア・・・女将さん・・・)


 二つの巨大な肉塊が、それぞれ二人の女性を象る。

 そうなった時、今までの流れから次にどうなるか、俺がこの二人をどうするのか(・・・・・・)

 考えるまでも無く、簡単なことだった。

 俺はこの二人の首を刎ね飛ばし、笑うのだ。

 そして二人には憎悪の籠もった目を向けられる。


(嫌だ!やめてくれ!この二人は俺の大事な人達なんだ・・・!

 守ると決めた人なんだ!生き方を考えさせてくれた人なんだ!頼む!だから!やめてくれ!)


 俺の意思に反して、俺はまたしても笑みを浮かべながら『無明』を振るう。

 首を目掛けて水平に薙ぐ。


 時間が遅くなったように感じる。


 振るわれた『無明』は緩やかに、されど着実に横並びに立つ二人の首目掛けて動いている。


(やめてくれ・・・。頼むからやめてくれ・・・。

 その女性(ひと)は俺が守ると決めた、右も左もわからないこの世界での生きる理由なんだ・・・。

 その女性(ひと)は俺が人間らしく生きるために、どうやって生きるかを定めさせてくれた人なんだ・・・。

 その人達が居なくなったら、俺はどうやって生きればいい!殺さないでくれ・・・俺にその人達を殺させないでくれ・・・頼む・・・お願いだから・・・!)


 俺の願いをあざ笑うかのように、俺ではない俺が笑っている。

 二人を殺さんとばかりに『無明』を振るう。


(嫌だ嫌だ嫌だやめてくれ!頼む!頼むから・・・!)


『無明』はゆっくりと一人の女性の首に食い込み、皮を裂き、ツプリと血の珠が浮き上がってくる。

 ゆっくりと、ゆっくりと首を刎ねようと無明が突き進んでいき・・・


(あ・・・あぁ・・・あぁあああ・・・)





「やめろオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」




「ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・」

 目が覚めた。


「ここは・・・そうか・・・」


 辺りを見回し、自らの体を眺めて思い出す。

 鬱蒼と生い茂る木々には僅かな月光が差し、体は紫の体液、ゴブリンの血に塗れながら汗だくだった。

 自分はどうやら『女王』を()ったあとに、気をやったらしい。そして誰かの手によって運ばれ、木にもたれかかっていた。

 辺りには人の気配は無く、静寂に包まれている。


(それにしても、嫌な夢だった・・・)


 涼やかな夜の森だというのに、先程までの悪夢のせいで体中は汗まみれ。

 目を覚ますとむしろ寒いぐらいに。悪夢と寒さのせいで、心細く感じてしまう。

 誰かを見つけようと辺りに気を向けて視線を彷徨わせると、ふいにガサガサと草葉が揺れる。


「・・・誰だ?」


 恐る恐る尋ねて、一拍、二拍と間を開けど返事は無い。

 人ではなくゴブリンの残党なのか、あるいは獣なのか。

 今は立ち上がり見に行く気力も無いが、幸い手には『無明』を握ったままであり、襲い掛かってきても返り討ちにする自信はある。

 ただ、今はそんな気分ではなかった。

 それでもわが身のためならばと『無明』を握る手にグッと力を込める。


 すると、草葉の陰からひょっこりと何かが飛び出す。


「・・・犬?いや、こいつは・・・」


 狼。しかし体毛は驚く程真っ白で、鼻先が黒く鋭い目は金色に輝いていた。


「こりゃたまげた。白狼(はくろう)って奴か?・・・いや、北極オオカミ?」


 言った後に、こんな森で北極もクソもあるものか、と自嘲する。

 飛び出してきた狼は、タツミと向かい合い、犬歯をむき出しにしグルルと唸っている。一触即発の状況。


「いやぁ、俺は犬より猫派なんだよなぁ・・・。昔っから噛まれた記憶しかねぇし・・・シッシッ」

 ゴブリンの次は狼とは、今日はつくづくついてないなと落胆していると、狼も邪険に扱われているのを察したのか、威嚇をより長く強める。


「グルルルルル・・・・」

「見たところ、五十センチぐらいか?ガキ?」

「グルルルゥッ!」

 呑気なことを言ってると、狼が心なしかガキという単語で怒気を増した気がする。どうやら馬鹿にされているのはわかるらしい。


「あぁ、もうめんどくせぇなぁ。今はワンちゃんと戯れてる気分じゃねぇんだよ、とっとと帰ってママのお乳でもしゃぶってろよ」

 シッシッ、シッシッと手をぞんざいに振ると、またしてもグルルと喉を鳴らしている。

 どうやら人の言葉を理解してるらしかった。もしかしたら犬とも会話ができる世界、ファンタジー。


 狼と戯れていると、またしても遠くの草葉が揺れる。


「旦那?目が覚めたんで?」


 声だけが聞こえ、徐々に草葉の音が近づいてくるのがわかる。どうやらゴリが向かってきているらしい。

 目の前の狼は一瞬ビクリと体を震わせて音の方を睨みつけ、そしてすぐに俺に視線を戻してはまたしてもグルルと唸っている。

(一体どれほど俺に夢中なんだ、この犬っころ・・・。出会って間もない狼さえ魅了する俺って・・・あほくさ)

 脳内でナルシストを気取って、すぐに鬱陶しくなってやめた。実に気分屋である。


 ふざけていると、ゴリがひょっこりと草むらから顔を出す。

 こうしてみると野生児かゴリラそのものだった。恐ろしい程似合っている。

 束の間ゴリを見て、正面の狼に視線を戻すと、そこにはもう何も居なかった。


「旦那?」

「おう。どこのゴリラかと思ったら、ゴリか」

「ハハハ、嫌だなぁ、旦那。こんな森にゴリラなんているわけがないじゃないですか」

(さっきまで居たけどな、というか目の前に今も居るけどな)

 思っても口には出さない。タツミは口の堅い男だった。


「ところで、さっきまで誰と話してたんで?」

「ん。あぁ、犬っころ、というか狼が居たんでちょっと遊んでやってたんだよ」

「狼・・・ですかい?」

「あぁ。真っ白い、綺麗な毛並みのな。まだちっこかったから子供なんかねぇ」

 狼が顔を出した辺りを見る。そこには道も無く、草がただ生い茂っているだけで何かがいる気配はなかった。


「そりゃあもしかしたら、賢狼(けんろう)かもしれませんねぇ・・・」

「けんろう?」

「えぇ。賢い狼と書いてけんろう、です。この森の名前の由来にもなってまさぁ」

「そういえば、この森はなんていうんだ?」

「それも知らなかったんですか、旦那・・・。此処はその名の通り、賢狼の住む森、賢狼の森でさぁ」

 ゴリは半ば呆れた様子で、ジト目で俺を見ている。

 やめろ、俺はこの森の名前を知らなかったんじゃない、ただ興味がなかっただけなんだ。


「ふぅん・・・賢狼の森、ねぇ・・・」

 もしまた遭遇するようなことがあれば、遊んでやってもいいかもしれない。そう思うタツミだった。


 それからすぐに、ラットとローシ、アルフとリート達も戻ってきて、合流した。

 どうやらゴブリンの残党狩りを行なっており、おおよそは駆除し終えたらしい。

 しかし、アルフとリードの顔は晴れやかとは程遠く、しきりに俺のことを見て表情を曇らせている。


(当然っちゃ当然だが、一体なんだと思われてんだろうなぁ・・・)


 二人は怪しげなものを見るような目で俺を見ている。

 こうも露骨だと、少し悲しい。


「さて、そんじゃあお疲れさん、と。帰るか・・・ととっ」

 もたれかかっていた樹から離れ、立ち上がると不意に足がよろめく。


「タツ・・・」

「大丈夫ですかい?旦那」

「お、サンキュー」


 転びそうになっていたところをゴリに支えられ、体勢を整える。

 どうやら自分が思っていた以上に疲労が溜まっていたらしく、思ったように体に力が入らない。

 転びそうになっていたところにゴリ以外にリードの声が聞こえた気がして、見てみればリードが踏み出して、アルフが肩を抑え制止していた。

 どうやらリードも支えようとしてくれたのをアルフが止めたようだ。

 となると、リードは俺のことをそんなに警戒していないのか。そう思うと嬉しくなった。


「歩けますかい、旦那」

「あんがとな、大丈夫大丈夫・・・とっとっと、・・・すまん」

 ゴリの手を離れ足を踏み出すとまたしてもよろめいて、助けられる。


「乗ってくだせぇ」

 ゴリが腰を下ろし、背中に乗るように促される。おんぶだ。


「いや、さすがにそこまでは・・・」

「ゴリに甘えた方がいいですよ、旦那。疲労でしょうね、顔色も悪い。

 起き抜けで森の中を歩くのは色々としんどいですからね」

 迷っているとローシからの忠告を受ける。ここは素直に甘えた方が良さそうだ。


「・・・すまん、助かる」


「・・・大丈夫なのか?」


 言葉に甘えゴリの背中に乗っかろうとすると、不意にアルフの険しい声がかかる。

 俺の身を案じてくれているものなのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 その証拠にアルフの表情も、俺を見るリードの目も険しいものだった。


「俺を背中に乗せて大丈夫なのか、害はないのか」そういうことなのだろう。


 束の間とはいえ、同じ戦場で(くつわ)を並べた戦友と思っていた存在に、そんな事を思われるとは・・・。

 悲しいとは思うものの、しょうがないとも思う自分が居る。

 なんせ、俺は得体の知れない化物、なのだから。


「大丈夫だ」


 ゴリは二人の心配も気にすることなく、そう言い切り俺を背に乗せて立ち上がる。

 その声は強く、背中は温かく逞しかった。


「しっかりつかまっててくだせぇ、旦那」


 誰かに背負われることなど、いつ以来だったろう。

 もしかしたら、初めてだったかもしれない。

 自分の身を誰かの背中に預ける。預けられる背中がある。

 それはとても素晴らしいことのように思えた。


「あぁ、そういえばローシ」


 アルフとリードが先導し、街へと帰る森の中。

 ゴリの背中に揺られながら、隣を歩くローシに声をかける。


「なんでしょうか」

「ゴブリンを襲った獣がいるとか、いたとか話してたよな」

「えぇ、結局、見付かりませんでしたけどね」

「俺は見たぞ。多分、あれは狼だわ。白い毛並みの狼」


 俺の言葉にローシは一瞬目を剥き、すぐに顎に指を当て思案する。


「なるほど・・・。白い狼、ですか。この森の由来も狼でしたね。そいつかもしれませんね」

 ローシはおどけた様子で言う。


「しかし、よくご無事でしたね」

「うん?」

「いえ、狼の群れに遭遇してよくご無事で・・・」

「いんや、群れ?そいつ一匹だけだったぞ?」

「狼が一匹、ですか?そいつは珍しい・・・。はぐれだったのか、あるいは本当に賢狼そのものだったのかもしれませんね。しかし、そうだとしたら旦那は本当についてる。白い狼は王の素質を持つものの前に現れいずる、なんて逸話もありますからね」

「ほほぉ、王、ねぇ・・・」


 俺にもし、王の素質があるとすれば、それはどんな、何の(・・)王なのだろうか。


 人の王か。あるいは・・・化物の、王。


「魔王はいるよ」


 確かに、この世界の創造主たる少年はそう言っていた。それはきっと、モンスターを統べる長なのだろう。

 人に仇なすモンスターの長、それは確実に人類の敵だろう。


 その役割を担うものがどうか・・・俺でないことだけを願いたい。


 ゴリの背中は、人の温もりは温かく、仲間の気遣いは嬉しかった。


 おっかない女将さんが居て、優しいクレアがいる。

 彼女たちが母や姉か妹であるとすれば、ゴリはきっと父で、ローシやラットもきっと祖父や叔父にでも当たるのだろうか。

 ふと母しか知らなかった「家族」という枠組みに嵌めてみたくなった。

 そんな「家族」と笑いあう毎日。それはとても温かく、優しくて、幸せな日々。

 考えただけで、自然と頬が緩む。


 だからこそ・・・。

 だからこそ、守りたい。人でありたい。彼らと仲間で、家族でありたい。


 そんな誓いや願いを胸に秘め、ゴリの背中に揺られてまどろんでいく。

 幸せな日々を夢見ながら・・・。




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