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「ふぅ・・・」

 吐息にも似た、ため息ひとつ。


 最早慣れたものだ。

 自分の体に刃物を宛がい、傷をつける。


 しかしその前にふと考える。人間を生へと執着させるものは一体何だろうか。

 夢や希望、願い。そういった正の感情と呼ぶものだろうか。


 自分にそういった憧れはあっただろうか。否、無かった。

 将来の夢と呼べるものも無く、きちんとした未来設計も無い。

 夢も憧れもなく、「学生だから」という理由で目的無く惰性で勉学の日々を続けた。

 きっと、俺のような人間を生きた屍と呼ぶのだろう。


 別に、死んでもよかった。

 母親を悲しませたくなかったので、決して口に出したことはなかった本心。

 死のうと思えど、痛いのは嫌だ。

 かといって死を望むだけの口先だけの人間も嫌だ。挙句の自傷行為。

「死んでもいい」「死ねるならば」と自らを痛めつけた。

 結果、死ぬことは無かった。


 確実に死ぬ手段はいくらでもあった。

 それでも、それらを行なうことをなかったのは痛いのが嫌だ、という理由だけでもない、そんな気がする。

 しかし、思い出せない。


 死んでもいい。そう思っているはずの自分が、なぜ今まで生き永らえてきたのだろう?


 脳裏に、フラッシュバックのように突然光景が浮かび上がる。


 夕焼けをバックにし、道行く子供が二人。

 一人は・・・幼い頃の俺?そして、先行くも・・・子供。

 しかしその子供には白い靄のようなものが掛かっていて、背丈で子供であろうことしかわからない。


 先行く子供は「地獄行き♪地獄行き♪」と物騒な歌詞の鼻歌をご機嫌な様子で、スキップしながら歌っている。

 その歌声もモザイク交じりの電子音のようなもので、怪しげなものだ。

 しかし不快感は無く、むしろ心地よく、心に染み入るような気がした。

 そんな謎の存在を、幼い俺は楽しげに追いかけている。

 やがて二人の姿が見えなくなる。


「まっ・・・」

 待ってくれ、そういって伸ばした掌は指の先から夕日に溶けるように、光の粒となり消えていく。

 ならばせめてと踏み出した足の感覚も無く、地面に縫い付けられたように動けない。

 この感覚を俺は知っている。

 あの真っ白な不思議な少年と出会った空間、あそこと同じ感覚。


(あぁ・・・そうか・・・。)

 きっと、これは俺の幼少の頃の記憶なのだ。それを夢のように見ている。

 そのはずなのに、覚えが無い。それでもなんだか懐かしく思える。

 自分のでありながら、自分のではない。不思議な感覚だった。


「自殺は・・・地獄行き、か。耳が痛いな・・・。」

 きっと、これが理由なのだ。


 死にたいと望みながらも、俺が今まで死ななかった理由。

 約束、あるいは誓約。俺を生へと執着させるもの。


 俺が今やろうとしていることは、自傷を通り越した紛れも無い自殺行為だ。

 きっと、あの靄がかった存在にばれれば、諌められることだろう。

 なんとなくそんな気がしてクスリと笑みが漏れる。


「あぁ、楽しいなぁ・・・。ずっとああありたかった・・・ああであって欲しかったんだな・・・」


 だけど、あの光景はもう二度と来ない。

 わかっている。この光景は失われたものなのだ。

 いつまでもこの光景に見惚れ、感傷に至っている場合ではない。


 今俺が立ち上がらなければこの光景どころか、ゴリ達との楽しい冒険も、クレアを守るという誓いすら守れない。


 だから・・・


「だから・・・ごめんな。俺、どうやらまだそっちには行けねぇや。だけど待っててくれよ。いつか、いつか絶対そっちに行くからさ。だからもちっと待ってくれよ」

 謝るだけのつもりが、堰きとめることなく言葉が溢れる。


 一体誰をどこで待たせているのか。

 その答えは、今の俺にはわからなかった。


 喉元に宛がった『無明』をひき、喉を斬る。

 すぐさま、間欠泉のように血飛沫が喉元から吹き出る。

 自分の血だというのに、綺麗なもんだと思った。

 コヒュー、コヒューと喉から空気の漏れる音。滑稽だと思えた。


 熱を持っていた痛みも、頭も、急速に冷めていく。


 アルフとリードがゴブリン相手にチャンバラを繰り広げている。

 ラットとローシがゴリの防衛を強いられている。

 戦況は芳しくない。


『女王』でもあり、『ハイ』でもあるゴブリンは戦場を静観している。後ろに控え『ハイゴブリン』もまた。


(俺のことなんて眼中にないってか?)


 きっと、余裕なのだろう。その態度には不気味さも、恐れも何ら抱くことはない。むしろ、そのままでいてくれとさえ思う。

 俺はこいつらと戦うつもりもない。

 そう。ただ殺すだけなのだから。


 体を起こし『無明』の刃の背で、トントンと肩を叩く。

 体には痛みも疲労も無く、快調そのもの。


「さて、改めまして『モンスター』退治と参りましょうか」

 ゆるりと歩を進める。


 独りごちた言葉を『ハイゴブリン』が聞きつけたのか、鳴き声をあげて矢を放つ。

 矢は真っ直ぐと俺の腹辺りを目指して向かってくる。

 しかし非力なゴブリンの力で放たれた矢は短距離でさえも遅く感じる。

 これならば、としっかりと目を凝らし、落ち着いて矢を斬り払う。

 真ん中から叩き斬られた矢は俺に突き刺さることなく失速し、落下する。


「ギギャッ?!」

 ゴブリンは俺の行動が予想外だったのか、狼狽している。

 その証拠に、次の矢を番えようとする手がもたつき、覚束ないでいる。


「タツミ・・・?」

 ゴブリンの喧騒の中から、怪訝そうな声があがる。

 おそらくリードのものだろうが、無視を決め込み拳程の石ころを上半身だけを折り曲げ拾い上げて、体勢を整えて『ハイゴブリン』の顔面目掛けて全力で放り投げる。


 なかなかの豪速球もとい速石は『ハイゴブリン』の顔面を凹ませ、眼球を浮き彫りにし紫の脳髄をぶちまける。


(脆いな・・・・)


 非力な自分の投げた石でも頭蓋を砕かれるゴブリンには憐れみにも似た感情を覚える。しかし今更殺意は揺るがない。

 あとは、『女王』のみ。


『女王』は脂肪に覆われて見えない目で俺を睨みつけ、グルルと獣のように喉を鳴らして俺を威嚇しているが、怯むことなく足を進める。


 傍らから風を斬る轟音が轟く。横目を向ければ『女王』の小柄な人間、それこそラットぐらいなら丸々握り潰せそうな拳とそれに不釣合いな細い腕が迫ってきていた。

 しかしこの行動は織り込み済みであり、向かってくる腕を先ほどの矢の様に『無明』で斬り落とす。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 紫の大量の血飛沫を浴びながらも、進む。『女王』はもはや目の前だ。

 片腕を失った『女王』は咆哮をあげるが、先程の威嚇とは違い、悲鳴だった。


「フーッ、フーッ、フーッ・・・」

『女王』からは既に威厳は損なわれ、品位も見受けられない。手負いの獣同然だ。


(いや、威厳も品位も最初っからねぇか・・・)

 他愛ないことを考えて、『女王』を直視する。

 敵意を込めた視線の中に感じる、確かな、怯え。

 今までとは明らかに違っていた。


「安心しろよ。すぐに逝かせてやる」

『女王』は片腕の肘から先を失い、血を垂れ流している。

 放っておけば死ぬかもしれない。されど無下に苦しませることもない。

 ならば、一太刀だ。


 俺の言葉を理解したのか、『女王』は敵意よりも怯えを増して、反転し逃げ出そうとするも、トストスと軽い音が連続する。

 そのおかげか、ただでさえ鈍足だった『女王』の動きが鈍くなり、更につまづいたのか、ドスンと大きな音と軽い地響きを起こして倒れこむ。

 見れば手足に複数の弓とナイフが刺さっている。

 おそらくローシとラットだろう。


『女王』は俺に背を向けたまま、片腕で重たすぎる腹を抱えて地べたを這い蹲っている。その姿が妙に人間染みて、どこか滑稽だった。

 もはや刃向かってくることもなく、逃げることしか頭にない。


 しかし、絶対に逃がさない。

 こいつを生かせば、きっと群れで森を出て人や物を食い漁る。

 そうなれば多数の人や俺が守ると決めた女が困る。

 そういう『モンスター』なのだ、こいつらは。

 害獣は殺さねば、誰かが泣きを見る。

 だから・・・。


 一刀で切り伏せる。

 思い浮かべたのは、『鬼』とも称された戦国の猛将。

 二の太刀要らずと言わしめた流派の刃。


 想像し、体現しろ。

 (女王)を一太刀で沈める刃を。怨敵を打ち破る力を。そのためならば俺は・・・不死身の身を化物に、鬼にでもなってみせる。


 そうとも、俺は・・・鬼だ。


「フッ!」

 短い呼気と共に『女王』の頭部を目掛けて大上段に構えた『無明』を振り切る。

『無明』は相変わらず何の抵抗も無く『女王』に吸い込まれるように肉を断ち、骨さえも断ち切り『女王』の股下まで裂いてみせた。

 バシャバシャと紫紺の血は床を濡らし、臓腑をぶちまける。

 見事なまでに、真っ二つだった。


 あれほどまでに憎いと思った相手も『無明』の力でいともあっさりと事切れた。


(あっけない・・・)


 どこか寂寥感を感じながらも、『無明』で相手を屠ったという高揚感。


「フ・・・フハッ!フハハッ・・・!」

 狂ったように笑みが零れる。堪えなければと思いつつも、腹を抱えて笑いが止まらない。まるで自分の意思と関係なく、何者かに体が操られたかのように。

 自分の体と意思が乖離していく、そんな気がした。


「タツミ・・・?」

 傍らから疑心に満ちた声がかかる。

 首を向ければリードが呆然と俺を見ている。その顔は強張っており、緊張と恐怖に満ちた表情。


(どうしてそんな目で見る・・・?)


「お前は一体・・・何者なんだ?さっき喉を裂いたはずじゃ・・・」


 どうやら一部始終を見られていたらしい。

 あの乱戦の中でも辺りを見る余裕はあったらしく、まさか自分も見られていたとは。

 死ねば傷が癒えるなど、容易く人に言えるわけもない。

 現に女将さんには化物呼ばわりされており、ゴリ達にも未だ教えていない。

 失態だった。まさかこれほど早くに露見するとは・・・。


 リード以外はどうなのかと思いアルフは蜘蛛の子を散らすように逃げるゴブリンを仕留めながらも、横目が俺の視線と重なる。


 その視線には、緊張と敵意、そして僅かな・・・恐怖。

 答えは視線が物語っていた。


(アルフにもか・・・)


 ラットとローシは未だに昏倒するゴリを庇う立ち位置のまま逃げるゴブリン達を掃討している。

 視線が此方に向くことはなく、手一杯のようで幸い彼等は俺の異変を気付いていない様子だった。


(さて、アルフとリードにはどう言い訳したものか・・・)


 笑みはいつの間にか落ち着き、今度は視線を慌しくうろつかせる。


「あ~・・・それはだな・・・」

 言い訳を感じながら辺りを見回すと、『女王』の亡骸に視線が定着する。


 真っ二つに割れた体からは紫色の血が流れ、臓腑が零れ落ち、白い骨なども見受けられる。

 紫紺に塗れた巨大な肉塊から僅かに垣間見える、琥珀色した肉片。


「あ・・・あぁ・・・・」


 気付いた。気づいてしまった。


「ギャ、ギャア・・・」


 肉片はかすかに声を上げて、間もなく息絶える。


(そうか・・・『女王』が、親が子の命を蔑ろにしてまで守りたかったのは・・・)


「あ、あぁ、あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 それもまた、子の命だったのだ。


「タツミ!?」「どうした!」

「旦那!」「どうしたんです!?」「旦那ぁっ!」


 薄れいく意識の中、呼び声が聞こえる。しかし俺の意識はあっけなく手放された。



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