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決意

「ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・」

 荒げた吐息だけが吐かれる。

「来てやったぜ」と、普段のタツミであれば軽口の一つでも叩いたであろう。

 しかし、今や彼は普段どおりではなく、普通ではない。

 血走った目で眼前の敵、女王を睨みつけて今にも飛び掛らんとしていた。


 彼を踏み留めていたのは、疲労感かあるいは最後に残った僅かな理性か。


「なんでッ・・・!守らなかったっ!なぜ殺したッ!」

 子を。ゴブリンを。


 お前が俺を憎むのはわかる。なんせ子の仇なのだ。

 憎くて、殺したくてたまらない。

 それならわかる、なのになぜ俺らを殺すために子を殺したのか。

 守るべきものさえ壊してでも、俺たちを殺したかったのか・・・!


 激昂する俺を嘲笑うかのように、女王の口角が釣りあがる。


「ゲッゲッゲッゲギャギャギャギャギャ」

 低くくぐもった、不気味な声が轟く。


「笑って、いるのか・・・」

 お前が、俺を、笑うのか。


 守れなかった、俺を。


 守りたかった子を、殺した親が、笑うのか・・・ッ!


「てんめええええええええええええええええ!」


「タツミっ!」


 ドスッ


 誰かの叫び声から、一拍置いて脇腹に鋭い痛みが走る。

 見ると、人体から生えるはずのない、矢が刺さっていた。

 出所を探ると、女王の背後から弓を番える一匹の・・・ゴブリン。


(あぁ・・・。あれが『ハイゴブリン』か・・・)


 怒りでいっぱいだった頭から、急速に熱が奪われていく。

 熱は頭から脇腹へと移行していき、熱は痛みへ変換される。


 痛みのおかげか、ようやっと周囲を認識できるようになった。

 敵のゴブリン達は戦意を取り戻したのか、あるいは恐慌に駆られているのか、アルフとリードを分断して囲みこみ、木にもたれかかるゴリを守るように戦うラットとローシにじりじりと近寄っている。

 アルフとリードはゴブリン以上に今だ対等以上の力を見せてはいるが、ラットとローシは武器である矢とナイフに限りがある。

 いずれ人海戦術で押し切られる。

 そうなった時、戦況は引っくり返り、パーティは瓦解する。

 そんな状況を招いたのは・・・




「くそっ、まずい・・・!」

「おう、どうしたぁ」

 分断され、互いにゴブリンに四方を囲まれながらも、余裕綽々のアルフがゴブリンを両断する。


「この群れはおかしい!」

「何を今更言ってやがる」

「わかっていたはずなんだが、気付けなかった!『女王』の背後に『ハイ』が潜むわけがない!」

「現にいたじゃねぇか。結局、『女王』じゃなく『ハイ』が群れのトップなんだろう?」

「違う!群れに『女王』がいるなら『ハイ』はそれを守るべきなんだよ!なんせ繁栄の要だからな!

『ハイ』の群れなんて所詮、滅びる宿命なんだ!人里を襲って、繁栄しても所詮『ゴブリン』なんて下級の『モンスター』だ!必ずより強い『モンスター』に淘汰される・・・!」

「だからどうだってんだ・・・まどろっこしい!」

「あの『ハイ』は守られていたんじゃない、最初から攻撃するための一手なんだよ・・・!」



 怒りに任せていれば、こんなことにならなかったのか。

 或いは理性をなくし、立ち止まることなく特攻していればよかったのか。


 俺がしていたことは、悪手中の悪手。戦場での、棒立ち。

 しかも、敵の目の前で。


 ブゥォン

 風を斬る轟音。束の間の内に自らの体は風に舞う紙のように吹き飛ばされ、側面にあった木へと叩きつけられて肺にあった空気を全て吐き出させる。


「ゴホッ・・・ゴボッ・・・」

 空気だけと思いきや血も口から吐き出されて、口の中に血独特の苦味が広がる。


「ゲギャギャギャギャギャギャギャギャ」

『女王』は大木を片手に、高笑いをしている。

 どうやら弾き飛ばされたのだろう。


 沸々と、しかしゆっくりと怒りがこみ上げてくる。

 今度は、怒りで我を見失うことのないように。


「タツミ、無事か!?」

 リードの悲鳴じみた声が聞こえる。

「あぁ。なんとか・・・な」

 喋ると脇腹に激痛が走るが、意識はまだある。


「それだけ喋れるなら十分だ!そいつはきっと、単なる『女王』じゃない!

 おかしいとは思っていた!ゴブリンを投げるなんて!」

「は?」

「知恵があるんだよ!道具を正しく使うのみならず、様々な用途で使える!だからゴブリンを投げて、食ったんだ!」

『女王』(クィーン)の上位種・・・ねぇ・・・」


 今更、奴の素性などどうでもよかった。

 知恵があるからなんだ。知恵があるうえで子を殺したのか。

 ならば尚更性質が悪い。


 愛でることなく投げ、生かすことなく殺した。

 慈しむことなく、嘲笑う。


 理解ができない。理解ができないからこそ、人智を超えたからこそ『モンスター』(化物)なのだ。


「俺は、お前と相容れないんだろうな・・・。何度戦おうと、何度殺しあおうと。

 ただ殺しあう。そこには意味もなく、理由もなく・・・。

 なら俺は、お前を殺そう」


 混濁しかけた意識がクリアになる。

 あるのは純粋な殺意のみ。

 怒りも憎しみも、哀れみもない。

 ただただ、殺す。


 そのためには、しがらみとなるこの傷をどうにかせねばならない。


 不死となった肉体。

 老いさらばえることもなく、死に朽ちることなき肉体。

 しかし、傷は負う。

 完全に思えても、どこか不完全なこの体。

 現に未だに脇腹の傷はドクドクトと血を垂れ流し、熱を帯びたまま。

 瞬間再生なんて便利なものはなく、自然治癒は望めない。


(だったら、今までの傷はどうなった?)


 この世界にきての初夜、冴えない男から刺された背中の傷は。

 クレアを案じて暴挙に走った女将の、頭蓋を砕かんばかりと殴打は。


(そのとき、俺はどうやってこの傷を癒した?)


 答えは・・・簡単だった。


「あぁ・・・そうか・・・」



「どうすれば、どうすればいい・・・!」

 募る不安と焦りに駆られ、思考がまとまらない。

 ゴブリンを斬りつけど、数が減っている気がしない。

 普段は雑魚と見下しているゴブリン達が、今や死へと誘う使者に見えてくる。


「退くか?俺たちだけならなんとかなる」

 アルフが大剣を振るいながら、問いつける。

 普段から荒々しく、豪胆なその太刀筋も今では単に粗く見えてしまう。


「馬鹿言え!怪我人を放っていけるか!」

「馬鹿はてめぇだ!今この場で俺たち以外に生きれる奴がいるのか!?逃げれる奴はいるのか!?」

「それは・・・!」


 ゴリは今だ昏倒し、ラットとローシは投擲武器で迫り来るゴブリン達を捌いている。しかし、もはや手持ちも尽きかけているようだ。

 焦りが手元に表れ始めているが、彼らに逃げ出す様子は見られない。


 タツミは『女王』に大木で薙ぎ払われ、木にもたれかかっている。

 脇腹には矢の傷跡があり、未だに血を垂れ流している。

 ・・・もう長くは持ちそうになかった。


「・・・くそっ!」

「あいつ等はよくやった。タツミなんて新人(ルーキー)のくせにな。

 それに・・・見ろよ、あいつ。餌になるぐらいなら、ってか?

 腹を据えたぁようだぜ」


 アルフに促されるまま、タツミに視線を向ける。

 彼は木にもたれかかったまま、自らの黒い剣を首元にあてがい・・・


「よせッ!タツミッ!」


 スッと喉をかき切った。

 その証拠に、喉元からは矢傷とは比べ物にならないほどの血がだくだくと溢れ、掠れた呼吸音だけが耳に届く。


「馬鹿野郎・・・!」

 前途有望な荒っぽくも律儀な少年は、静止の声も虚しく自刃した。





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