交戦
「納得いかん、なぜ俺が馬鹿扱いなんだ・・・」
「馬鹿だ、馬鹿がいるぞ!」
「本物の馬鹿はお前だったのか、タツミ」
アルフとリードが戦場であるというのに、俺を指差しゲラゲラと笑っている。
なんだ、元気じゃないか。
しかし、リードはともかく、アルフに言われるのは気に入らない。馬鹿はお前だ。
「まぁ、いいか。元気そうだし・・・しっかしほんとでっけぇな、あいつ」
近づいてよくわかる、醜悪で巨大な緑の肉塊。
ずんぐりむっくりな体系で、腹のたるみは三重四重にも及んでおり、まさしく肉ダルマといった体だ。
顔に至っては天狗のような伸びた鼻以外は肉に埋もれ、どこに目があり、口があるのかわかりやしない。あれで見えるのだろうか。
「で、あれが女王でいいのか?」
「あぁ。それは違いないのだが・・・」
ようやっと落ち着いたのか、リードと会話する余裕ができた。
周りにいたゴブリン達も、突然の助成に驚いたのか、ビクビクと脅えているようだ。
しかし、ゴブリン達もまだまだ多く、少なくとも百匹ぐらいいるのではないかと思うほど。対する俺たちは精々六人。何にそんなに脅えることがあるのだろうか。
「だが、気をつけろ。今まで見た女王よりも遥かにでかい。それに・・・」
「あれじゃあ女王っつうより肝っ玉かあちゃんだよな」
「あいつは、何かおかしい」
軽口を叩く俺に、神妙な面持ちでリードは真っ直ぐと、俺の瞳をジッと見つめながら言う。
「おかしい?サイズだけなんじゃ・・・」
「危ねぇっ!」
気がつけば、突き飛ばされていた。
体は木の幹にぶつかり、鈍い痛みが走る。
次いで、凄まじい衝突音が響き頬にピチャリと熱い粘液がかかる。
「いってぇな・・・お、い?」
目を疑った。
自分たちが先ほどまで立っていた場所には、紫紺の血飛沫。
何があったのかと状況整理をしようにも頭が追いつかない。
「ゴ、ゴリ!?」
誰かの悲鳴。
視線で追いかければゴリは木にもたれ掛り、ゴホゴホと咳き込んでいる。
そして、彼の防具の盾はゴブリンの血肉に塗れ、中心は大きく凹み、赤とも紫とも取れる肉片をぶち撒け、悪臭を漂わせる。
むせかえるような、濃厚な血肉の香り。
「なんだ、何があった・・・!?」
「まさかゴブリンを投げたのか・・・?女王が!?」
そんな馬鹿な、と思いながらも女王を見れば、先ほどより少し大きく見える。
体には不釣合いな細さの棒のような物がのびていた。
「あれは・・・手足、か?まさか、さっきまでずっと座ってたのか・・・!?」
先ほどはまん丸な球体だった生き物には貧弱な手足が伸び、しっかりと地を踏みしめている。
「舐めやがって・・・!」
(先ほどまでは座り込んで静観し、今になってゴブリンを投擲してきた、だと?
お前は『女王』なんじゃないのか?こいつらの親なんじゃねぇのかよ。
確かに俺たちはお前を、お前の子を殺しに来たがよ・・・せめて親であるお前ぐらいは、最期まで子の味方であるべきなんじゃないのか・・・!?)
それをあまつさえ投げつけるなど・・・!
「お前が群れのボスだろうと親であろうと、なんでもいい・・・!イラつくな・・・!」
子を粗末にする親など、親ではない。
タツミは父親を早くに亡くしている。最早父の顔も覚えていない。
それでも母親の愛情を一心に受け、他の家庭を羨んだことはあれど、自らの環境を憐れんだことはない。何せ自分には母がいたから。
自分にとっての母は最大の味方であり、最後まで味方でいてくれる存在。
そう信じて疑わなかった。
だが、眼前の敵は親でありながら、子の命を使い捨ての道具にした。
『女王ゴブリン』に文字通り投げられたゴブリンは盾にぶつかり、弾けた。
『女王』は弾けた子の命など気にした様子もなく、今や別のゴブリンをひょいと摘み上げた。
「ギ、ゲギャ!?」
摘み上げられたゴブリンは手足をばたつかせ、他のゴブリン達は脅えきった目でその光景を見上げている。
女王は摘み上げたゴブリンをそのまま口に運び・・・
ゴリッ、グジュッ、バキッ、グッチャ、グッチャ・・・ゴクン
「ゴブリンがゴブリンを喰った、だと・・・!?」
「そんな、馬鹿な・・・!奴は『女王』なんじゃないのか!?子を喰っただと!?」
最早、我慢の限界だった。
「くそったれが・・・ッ!ラットとローシはゴリを見てろっ!」
そう叫び、駆け出した。
「ちょっ、旦那!?」
「チッ、先走りやがって・・・!」
ゴリは木を失っているのか、起き上がることはない。呼吸はしているようで、一応は無事だ。
しかし、此処はゴブリンに囲まれた戦場であることに変わりはない。
放っておけばゴブリン達の餌になりかねない。
アルフの舌打ちが後ろに聞こえるが、もう脚は止められない。
『女王』との距離は五十メートルもありはしない。数秒あれば詰めれる距離だ。
奴の図体にゴリを吹き飛ばした豪腕、怪力は確かに恐ろしい。
しかし、動きは全体的に鈍い。当たらなければどうということはない。
今まで邪魔をしていたゴブリン達も、畏怖に駆られ身動きできていない。
奴は今や裸の大将も同然だ。
進路上のゴブリンを斬りつけ、あるいはどかし女王に近づく。
「このままじゃタツミに負けるっ、俺らも行くぞ!」
「何かがひっかかるが、言ってる場合でもないか・・・!」
「どけええええええええ!」
斬って、斬って、斬り進む。
所詮は誰も彼も敵だ、わかっている。結局さっきのゴブリンも、そこいらのゴブリンも全て自分が殺すはずだった。
それでも、目の前の女王には敵意以外にも湧き上がる感情が多々あった。
怒り、憎しみ、悲しみ-。
なぜ殺した。なぜ守らなかった。なぜ、なぜ、なぜ。
こいつらに言葉は通じることなく、問いただす術もない。それでも、聞きたかった。
なぜ、お前は自らの子を殺したのか・・・!
心を、頭を、体の全てをドス黒い感情で埋め尽くされる。
殺せ、殺せ、殺せ・・・!
自分の中の何かが殺意のみを囁き続ける。
周りを見ることもできず、冷静な判断ができなくなっていた。
だから、きっと、気付けなかった。忘れてしまった。
目の前に迫る危機にも、目の前の存在が、どんな存在であったかも・・・。




