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参戦

「なんだ、これ・・・」

 音を辿って行き着いた場所は、大きく開けた場所になっていた。

 木々は折れていたり、薙ぎ倒されていたりと人の手によって開拓された場所ではなく、今まさに開拓し始めたといった、過程の場所だった。


「ギ、グギャァ・・・」


 苦しげな声が聞こえ、見渡せばかしこにゴブリンがいた。

 しかしいずれも木に潰されて息絶えていたり、辛うじて生きながらえているといった、五体満足であるゴブリンは確認できない。

 地面は夥しい量の血で埋め尽くされて、歩けばピチャピチャと血を滴らせる。


「旦那・・・あれ・・・」


 息を呑むような凄惨な光景に呆然としていると、ラットから声がかかり、見れば開拓地の奥を指差していた。

 奥では剣戟の響き、ブォンと風を切るどころか空間さえも引き裂かんと、轟音が唸る。


「あれは・・・アルフとリードと・・・なんだ、ありゃあ・・・」


 もはやわけがわからなかった。

 奥ではアルフ達がゴブリンに囲まれ、チャンバラを繰り広げている。

 そしてそれを見守るように、さらに離れた位置には大きな緑の肉の塊。


 遠近感がおかしくなっているのか、サイズがおかしい。

 ゴブリン達が豆粒のような大きさで、アルフ達はもう一回り大きい。

 しかし、その肉塊はアルフ達よりも更に一回ほど大きい。

 アルフ達がおそらく百八十センチほど、それよりも更に・・・ということは三メートル、四メートルほどあるのではなかろうか。


「そんな・・・馬鹿な・・・」

「ローシ、あれが何か知ってるのか?」

「おそらく・・・いえ・・・しかし・・・」

 ローシは熱に浮かされたかのように、うわ言ばかりで要領を得ない。


「見たところ、ゴブリンを仕切ってるみたいだが・・・まさか、あれが・・・?」

「おそらく・・・いえ、確実に『女王(クィーン)ゴブリン』です」

「おいおい、誰だよ、ゴブリンを小人呼ばわりした奴は・・・!」


 そんな者は誰一人としておらず、タツミが言い出し始めたことであったが、混乱したこの場でそのことを覚えているのは誰一人としていなかった。


「ク・・・ハハッ!でっけェなァ、オイ!俺たちも行くぞ!」

「正気ですか!?旦那!」

「手出し禁止、なんてルールもねぇしな!ましてやあのゴブリンの量を二人きりじゃあいずれ押し負ける!加勢に行くぞ!」

「あんなの俺らの手には余りますって!まともな武器だって、旦那の剣ぐらいしかないんですよ!?」

「弓もナイフも残ってんだろ!ゴリは盾で殴りつけろ!」

「んな、無茶苦茶な・・・!」

「本格的にやばくなったら、逃げりゃあいい!このまま指を咥えて見てるなんて真似できるかよ!」

 せっかくの大物だ、みすみす逃すこともあるまい。

「行くぞ!」

「だ、旦那!あぁ・・・くそっ!」

「本当に無茶苦茶だ・・・!」




「くそっ!あのデカブツさえ叩けば・・・!」

「それができれば苦労せんだろ、リード!」

「わかってる・・・!」

 俺たちの前に立ち塞がるかのように、ゴブリン達は壁を作り上げる。幾重にも及ぶ、肉の壁の如き、ゴブリンの群れ。

 その壁は女王を守らんとばかりに前方に長く、厚く連なる。


 この壁を突き崩すには、圧倒的に火力が足りない。

 幸いゴブリン達は群がって襲い掛かってくるも、前方からのみ。だがやがて、側面や背面に広がってかかってくるだろう。俺たちだけでは側面まで相手取れない。奴らが広がるまでになんとかせねば・・・!


「クソっ!こんなことになるなら、ケチケチせず魔法使いでも雇えばよかった・・・!」

 不安と苛立ちをぶつけるかのように、前方から来るゴブリンを斬り付ける。

 ギャアと短く鳴く悲鳴さえも煩わしい。

「ハハハッ!ちげぇねぇなぁ!今から戻って探すかぁ!?」

「戻れたらな・・・!」


 相方であるアルフを見れば、無駄口を叩きながらも愛剣で半円を描くと、数匹のゴブリンを斬ったり、吹き飛ばしてなどして絶命させている。相変わらずの馬鹿力で頼もしい限りだ。

 負けじと自らを奮い立たせ、ゴブリンを突き貫く。

 三匹に貫通し、剣に刺さるが、小柄なため抜くのに手間はかからない。


「相変わらずちまっこいなぁ、お前の剣はよぉ!」

 アルフの奴は大剣を大上段に構え、振り下ろす。

 ゴブリンの断末魔と骨が折れ砕ける音がして数匹のゴブリンが巻き込まれてひき肉と化した。


「うるさい、誰もがお前みたいに馬鹿でかい剣を振り回せるわけじゃないんだよ!俺は突きが主体なんだ!」

 ゴブリンの頭蓋を突き砕き、殺す。

 何度も何度も繰り返しても、ゴブリンの数が一向に減っている気がしない。

 連戦に次ぐ連戦で、正直体力も尽きかけている。


「このままじゃ本当に・・・!」


「ウオオオオオオオオ!」

 突如、ゴブリンの歓声がけたたましく響く戦場に、雄雄しい咆哮が聞こえる。

 女王(クィーン)に挑んだときに奴が上げた咆哮と似ていたが、今度は森中に響く様な音と違い、まだ大人しく聞こえるものだ。

 しかし、もしやと思い未だに遠くから静観を決め込んでいる女王(クィーン)を見れば、左右に広がりつつあるゴブリンの右翼をジッと見つめていた。


 何事かと釣られて目を向ければ、

「あれは・・・盾か?ハ・・・ハハッ、ハハハッ!」

「あん、どうしたぁ、リードォ?とうとう気がおかしくなったかぁ?」

 アルフの奴は見る余裕がないのか、大剣を振り回してゴブリンの骸を作り上げている。

 俺自身あまりにも馬鹿げた光景におかしくなったのかと思った。

 しかし、紛れもない現実だ。

 白銀の巨大な盾が右翼のゴブリン共を弾き飛ばしながら、此方へと一直線に向かってくる。

 今この森の中に居て、アルフ並みの馬鹿げた力を持っている奴は誰のパーティだったか。こんな無茶苦茶な作戦を、いや、作戦と呼べるようなものではない。

 こんな馬鹿げた突貫を考えた馬鹿は一体どれほどの馬鹿だというのか。


 白銀の大盾は、通過した道に跡を残しながら前方のゴブリン達を轢きながら、弾き飛ばしながらも着々と此方に向かってきている。

 グシャ、ベキ、と歪な音を奏でながら、着々と。


 その音はゴブリン達にはどのように聞こえるのか。

 俺にはその音は、救いのファンファーレに聞こえた。


「あん?なんだ、ありゃあ・・・」

 アルフも確認したのか、呆然と見続けている。

 しかし、その時にはすでに、白銀の大盾は目の前にまで来ており、すぐに止まった。そして大盾の脇からは・・・


「馬鹿騒ぎが聞こえたもんで、参加しにきたぜ」

「む、無茶苦茶だ・・・・」「間違えた、俺たちは色々間違えたんだ・・・」「ハァ・・・ハァ・・・ハアァァァァァ・・・」

 大盾の脇からは、白髪の老人に、上の空の小柄の男、息を整えながらも盛大にため息を吐く大男。

 そんな彼らを見もせずにヘラヘラと笑うひょうきんな少年。


「ハハハハッ!馬鹿はお前だったか、タツミぃっ!」

 思わず、笑いが止まらなくなった。

「ん?なんで俺が馬鹿扱いされるんだ・・・?」

 無謀な突貫を繰り広げた少年に、もはや呆れ、笑うしかなかった。







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