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尾行

 ポツポツと続く血痕を追いかけ、鬱蒼と茂る森の中を歩む。

 すると、すぐに次のゴブリンの群れに遭遇する。


 出会う、狩る、出会う狩る、狩る、狩る、狩る・・・


 一部隊、二部隊、三部隊と同じように狩り尽くしては一匹だけ残し、餌にする。

 もはや『無明』で斬れないものはない。そう思えるほどにゴブリンを斬り続けた頃には、空はすっかりと紅くなっていた。


「なぁ・・・」

「なんでしょうか・・・」


 ギャアギャアと泣き喚くゴブリンを斬りながら、うんざりとした様子で弓を放つローシに声を掛ける。


「本当に巣なんてあるのか?クィーンなんているのかよ・・・」

「いる・・・はずなんですが・・・。そろそろ餌の方も巣に戻っていいはず・・・」


 そういいながらも慣れた手つきで生き残ったゴブリンに傷をつけ、歩かせる。

 そしてそのゴブリンを俺たちは距離を開けて追いかける。

「はぁ・・・さすがに疲れたし、血生臭いし・・・帰ってシャワーでも浴びたいもんだ・・・」


 黒だったはずの学生服はゴブリンの紫の血がところどころにつき、ゴリ達の灰色の外套もすっかりと紫に染まっている。正直、臭くてたまらない。


「そういや旦那はクレアの姉さんや女将さんと一緒に住んでるですよね?」


 ゴブリンの生態の話題も既に尽き、持て余しているとふとラットが尋ねてくる。


「ん、まぁなぁ。街に知り合いもいねぇし、世話になってる。

 ただ、労働が過酷すぎんがな・・・」


 それはゴリ達も同様のようで、一同に一瞬で虚ろな目をしては「ほんとっすよね・・・」「酒だ、酒を持って来い・・・お待ちください・・・」「勘弁してください、女将さん・・・皿を割ったのは俺じゃないです・・・」とそれぞれぼやく。


 もうだめだ、こいつらは冒険者じゃない、立派な社畜だ。


「落ち着け、仕事のことは今は忘れろ・・・。で、俺の住まいがどうかしたか?」

「え?あぁ、いや・・・旦那はどちら狙いなんで?」

「またそれか・・・。お前らはなんでそう・・・」


 競合相手のアルフとリードといいゴリ達といい、なぜそうも俺の下心を疑うのか。

 脳と下半身が直結してるのか?


「別に俺はどちらかを狙ってなんてねぇよ。クレアは可愛いと思うし、女将さんも別嬪(べっぴん)だが、落とせるなんて思ってねぇしな。

 分不相応の夢は見ないんだよ、堅実が無難ってこった」

「んー・・・女将さんはともかく、姉さんは脈ありと思うんですがねぇ・・・」


 ローシが言う。

 観察眼が優れているだけにもしや本当なのではないか、と淡い夢を抱いてしまう。やめろ、お前の場合は説得力がありすぎる。


「年頃が近いだけに、お前らとの距離感との違いがあるだけだろ。

 俺がしたことなんてちょっと助けたぐらいだし、そんだけで惚れた腫れたなんてねぇだろうよ」

「十分だと思うんですが・・・」

「そんなんじゃこの世界、体がいくつあっても足らんだろうよ」


 今もこうしてゴブリン相手に命のやり取りをしてるのだ。

 一回助けただけで惚れるだなんて、チョロインもいいとこだろう。

 体を張って女を助けたお礼に恋心を戴けるというのならば、不死の俺からすれば惚れられ放題だ。ハーレムも夢でもない。


(ハーレム・・・ハーレムねぇ・・・悪くない・・・かもしれん、な)


 傍らにクレアを侍らせ、反対側には女将さんを侍らせる自らを想像した。

 しかし、女将さんが男に(うつつ)を抜かす様が想像できず、有耶無耶とした夢想は掻き消された。


「そういや重婚とか認められてんのか・・・?」

「認められてますよ。実際、一部の富豪や貴族は何人か妻を持ちながらも内縁の妻さえも多数囲ってますしね」


 なるほど、婚約に関しては特にしがらみはないのか。

 やばい、ハーレム実現の可能性、やんばい。

 夢ではないとわかると、希望を抱いてしまった・・・。

 幸い、俺には時間がある。多数の女を囲うことをやってみてもいいかもしれない。


「旦那、ローシ」

「ん、なんだ?」


 俺たちより少し前を歩いていたラットから声がかかる。


「見てくだせぇ」


 ラットが地面を指差す。そこにはゴブリンの大量の血溜まり。

 しかし、追いかけていたゴブリンの姿はそこにはない。


「・・・どういうことだ?」

「血はまだ乾いてません。おそらくついさっき襲われたのかと」

「アルフとリードか?」

「いえ、俺たちも彼らと仕事をこなしたことは少なからずあります。手口は知ってるので、便乗はすれど邪魔はしないはずです」

「競っているのにか?」

「はい。彼らは自分達の腕前に自信を持っています。相手の邪魔をするぐらいなら、自らの研鑽を重ねる。彼らはそういう類ですよ」


 アルフ達の事を話すローシの表情は、どこか嬉しげで、誇らしげだった。

 言われると確かに。酒場で話した彼らは堂々としており、気のいい奴らだった。

 妨害をするぐらいなら、直接立ち向かってくる。そんな気は確かにする。


「なら俺らやアルフ達以外にゴブリンを狩っている奴がいる、ということか?」

「おそらく。そいつはおそらく獣の類かと思います。人間ならば、ゴブリンは素材もゴミにしかならず、死体をどうこうするだけ無駄ですから」

「ゴブリンを殺して、喰った、といったところか」

「でしょうね」

「だとすると、かなり素早いな」


 ゴブリンと俺らの距離は目視ができる範囲内で、そう離れていない。

 しかし、少し会話に気を削いでるうちにゴブリンの姿は消えた。

 まるで神隠しにでもあったように。


「警戒はしておいた方が良さそうです。獣の餌がゴブリンだけとは限りませんので」

「なるほど・・・俺たちも喰われかねないか」

「ええ」

「もう少し固まって動くか・・・。しかし、まさかまた振り出しでゴブリン探し

 とはなぁ・・・」


 散々歩き回った挙句、いくつかのゴブリンの群れを潰しただけ。

 これなら虱潰しに潰しただけに過ぎず、一体どれほどの日数を重ねれば親であるクィーンを見つけ出せるのか・・・。


 ヴォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!


 辟易としていると突如、獣のような咆哮で大気が振るえ、木々がざわめき、地面が揺れる。

 突然の轟音に耳がおかしくなりそうだった。


「ぐっ・・・」「なんだ、今の!?」「くそっ、耳が・・・」

 ゴリ達にも聞こえたようで、三人とも顔をしかめながら辺りを見回すが、辺りには樹や茂みがあるだけで、他には何もない。


「なんだよ、今の・・・!」

「今のは・・・距離はそう遠くないみたいです」

「なんだってんだ、一体・・・!」

 それぞれが平常心を取り戻し、悪態をつきはじめる。

「大型の獣か『モンスター』か?威嚇か何かかね・・・」

「アルフ達が交戦してるのかもしれませんね。でも、この森に大型の奴なんていなかったはず・・・」

「ゴブリンも最近居ついたみてぇだし、生態系の変化でもあったんじゃねぇか?」

「かもしれない。・・・どうしますか、旦那」

「・・・ゴブリン狩りが思いもよらない大物退治になるかもってか。そんなおもしろそうなもん、逃すわけねぇよなぁ」


 戦いとは呼べそうにない小物狩りをうんざりするほどさせられた。お陰でストレスが溜まっている。

 先ほどの声量からして、相手がゴブリンより小さいなんてことはなさそうだ。

 退屈だった狩りが一転、おもしろそうな奴が出てきそうだ。


 駆け出しそうになる好奇心を抑え、納刀している『無明』をいつでも抜けるように手をかける。

 しかし、何かが現れそうな気配はない。

 手持ち無沙汰になり、指で『無明』を僅かに持ち上げ、指を離す。

 重力に従い、『無明』は鞘へと納まる。

 カチンッと『無明』の鍔鳴りの心地よい音が響く。


「さぁて、獣狩りと参りますか・・・!」


 進行方向を変えて、声が聞こえた方へと歩みだす。

 夜の帳はすぐそこまで来ていた。


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