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依頼

「ふぅ・・・」

 額の汗を拭い、手に持った刀『無明』を見る。

『無明』はいつものように黒々とそして燦然と輝いている。

 その刃には傷一つ、刃毀れも一切ない。

 樹を貫こうと突き刺しても、斬れないとわかりながらも岩を斬りつけても、だ。


 おかしいとは思わなかったわけでもない。

 日本刀とは結構脆いもので、真剣同士の鍔迫り合いやひいては人間の骨にぶつかっただけでも刃毀れをする、とも聞いたことがある。

 あくまで口伝に過ぎず、実際はそうでもないのかもしれない。使い手の技量次第とも聞く。

 しかし、刀など初めて持つ自分にはそんな力量、技量があるとは決して思えない。


 手に持つ『無明』には脆弱さを感じながらも、アルフの持つ大剣のような頑強さ、丈夫さは感じられない。

 だからこそ思ったのだ。

 いつか『無明』も折れてしまうのではないか、と。

 されど、それは杞憂だった。


『無明』を大木に突き刺せば穿ち、斬り付ければ微かな刀傷を残す。

 それは岩に対しても同じだった。さすがに穿つことはなかったが。


「やっぱりお前も・・・特別なのか?」

 刃が傷つくこともなく、折れることもない。

 錆びることもなく、永遠に存在をし続ける。

 目の前の刀、『無明』はそう思えた。




 ゲームだから。

 人は存在し続けて、武器も在り続ける。


 違う。


 この世界でも人は確かに死に、武器もまた手入れをしなければ切れ味を失う。

 それはゴリ達にも確認を取ったことだ。

 しかし、死ぬことがない自分のように、この刀もまた、朽ちることはないのだ。


 なんとも頼もしき相棒か。


「旦那ァ!居ました!数は十!おそらく全てノーマル!武器は棍棒のみ!」

 森の入り口で軽いウォームアップを済ませ、斥候として先に森に入っていたラットの報告を聞く。


「わかった、行こう。ローシは?」

「向こうで合流し、今は待機。見張っててもらってます」

「了解、急ぐぞ、ゴリ」

「わかりやした!」

 樹に背中を預け、腰掛けていたゴリは身の程はあろうかという大きな金属製の盾を背中に担ぎ、ゆっくりと歩き出す。

 報告待ちとはいえ、ラットとローシ、それぞれを分断し一人ずつ斥候に走らせたというのに、ゴリには彼らを心配する様子は見られなかった。

 長年『パーティ』を共にしただけあって、信頼しあっているのだろう。

 ゴリが立ち上がるのを見届けて、俺たちは歩みだす。


「さぁて、楽しい楽しい、狩りの始まりだ」


 いざ行かん、血肉沸き踊る、闘争の坩堝へ-。





「ゴブリン狩り・・・?」

「そうさね」

「これは・・・依頼書ですか。『ギルド』へ?」

「そう思ったんだがね。競いたいって馬鹿がいるんなら、こいつらの討伐数でどうだい?

 ゴブリンは片付くし、あんたらは白黒付けれる、一石二鳥じゃないかい」

「ふむ・・・おもしろそうだな」

「しかし、ゴブリンかぁ・・・」

 俺の好奇心とは裏腹に、アルフとリードはあまり乗り気ではない。


ルーキー(新人)にはおあつらえ向きだがなぁ・・・いかんせん・・・」

「マズい。割りに合わん」

 渋るリードにアルフがきっぱりと断言する。


「マズい?どういうことだ?」

「そのまんまの意味さ。

 まずゴブリンってのは、数が多い。殆どが群れや集団で動く。

 嫌なのが稀に知恵をつけた『ハイゴブリン』なんてのがいる。大体そういうやつが群れのリーダーなんだが、まぁた性質が悪い。

 どうも指揮を取るのか、組織立って動いてくるし此方の嫌なところや弱点を付いてくる。

 極め付けには武器、剣や弓を使ってきたり、聞いた話によれば魔法を使う『メイジゴブリン』なんてのも確認されてるらしい。

 俺たちのような前衛のみの『パーティ』には雑魚を押し付けて後ろからチマチマと仕掛けてくるから、うっとおしいったらありゃしない。

 魔法使いでも居れば大火力の魔法で一網打尽にできるんだが、新人でそんな魔法を使える奴はそういないし、魔法使いを雇い入れるほうが高くつく。

 止めには、『ハイゴブリン』の素材なんてゴブリンに毛が生えた程度で、ろくに売れやしない。

 だからこそ、マズイのさ」


「ふぅん。『モンスター』っつっても色々居るんだな・・・」

「まぁな。ひとえにゴブリンっつっても色々居るんだよ。組織で動く『ハイゴブリン』に巣を作る『女王(クィーン)ゴブリン』とかな」

「『女王(クィーン)ゴブリン』?」

「あぁ。さっきの『ハイゴブリン』は強い者が群れを率いる、軍みたいなもんだ。

女王(クィーン)ゴブリン』の群れは雌のゴブリンが子を産み、繁殖した群れ。いわば家族のようなもんだ。

 繁殖力が強いゴブリンでも出生率は雄の方が圧倒的に多いんだが、極稀に雌が生まれる。

 その雌が『女王(クィーン)ゴブリン」。いずれは群れの核となり、母となり、トップとなる。

 こいつを潰さないとゴブリンの群れは増大し続けるのさ」


「待った、雌ってことは(つがい)となる雄がいるんじゃないのか?

 そいつを叩いてもダメなのか?」


「無駄だよ、無駄。結局クィーンを潰さないとまた群れの中や人里から子種を見つけ出し、すぐに増えだすさ」

「群れ・・・家族の中から見つけるってことか・・・。人里・・・あぁ、異種で・・・」

 雄のゴブリンが人間の女性を襲う創作物は珍しくもなかったが、まさかファンタジー世界でも聞くとは。

 直接耳にすると、生々しくて嫌だな・・・。


「うえぇ、タツミ、改めてわかりやすく噛み砕くんじゃねぇよ・・・。想像しちまったじゃねぇか・・・」


 アルフの奴もどうも俺と同じような想像をしたらしく、吐き気を催していた。

 こいつの場合、単なる呑みすぎではなかろうか。


「間違っても店の中で吐くんじゃないよ。せめてトイレでやんな」

「りょーかい、女将さん・・・うっぷ、ちょっとトイレ・・・」

「おいおい、まじで吐くのかよ・・・」

「あいつの場合、昔『女王(クィーン)ゴブリン』に見初められて、痛い目にあってるからな・・・。トラウマってやつを思い出したのかもしれん」

「まじか・・・。アルフはゴブリン社会でモテモテってことか?キングゴブリン・アルフの誕生か?」

あいつら(ゴブリン共)に社会なんてありはしないさ。ただただ本能に従って、食う、寝る、増えることだけ。強い種族を見つけては、子種をもらうことしか頭になくなるだろうさ。

 武器を扱えるような知恵を得た『ハイゴブリン』が異端なんだよ」

 俺の冗談に、リードは苦笑交じりで答える。


「ゴブリン社会も今や女系か・・・。うちの店と一緒だねぇ・・・」

 女将さんを見ながらしみじみと言う。彼女にはいつまでも頭が上がりそうにない。


「と、ルーキー(新人)へのありがたい説明はほどほどにして、安心しな。

 今回の群れは練度が低いらしいから、多分クィーンの群れだろうさ。

 あまり数は見られてないから、できてからそう時間も経ってない」


「そうですか、なら多少楽になるのか。しかし・・・」

 リードが言い辛そうに口を紡ぐ。


「安心しな。報酬のほうは弾む。

 本当ならトイレでゲロってるツレのツケを帳消し、としたかったんだがそれじゃあお前さんに旨みがない。

 だから、うちの店での半年間、飲み放題。これで手を打とうじゃないか。

 ただし、ツケは別にきちんと払ってもらうがね」


「ほぉ・・・!」


 呑み放題と聞いたリードの目が輝く。

 こいつもどうやら相当ののん兵衛らしい。

 ツレの馬鹿は未だにトイレでゲェゲェ言ってるが、おそらくこれは受けるのは確定と見ていいだろう。


「それで、日時はどうする?」

うちの店(酒場)は基本夕方から早朝の営業だが、ゴブリンは昼行性。

 昼は狩りで夜は仕事じゃあ大変だろうから、特別にその日はタツミは休みにしてやる。

 此方の都合で二、三日後になるけど、あんたらはいいかい?」


「えぇ。此方も一仕事終えたばかりで、二、三日は空ける予定でしたので、ちょうど良いかと」


「決まりだね。改めてタツミ、リード、あんたらに依頼するよ。

 内容は『女王(クィーン)ゴブリン』の討伐、それとできるだけ多くのゴブリンの駆逐。

 報酬は・・・折半でいいね?

 タツミには別の報酬を用意しとくよ」


「乗った!」「承った!」


「あいよ。それじゃあ細かな勝負の勝ち負けはあんたらで決めな。リードは馬鹿が戻ってきたら説明してやること。

 タツミは・・・そろそろ仕事に戻るこった」

 女将さんがクイッと親指を差し向けると、ヒィヒィと火の車状態で配膳するゴリ達三人と、同じように火の車でクレアが一人で料理を作っている。

「あ・・・やっべ・・・」

「悪いと思うならとっとと戻ってやるこったね」

「ゴリ、すまん、手伝う!」

「旦那ァ!俺ぁこっちを!旦那はあっちをお願いします!」

「おう!任せろ!」

「・・・やれやれ、先が思いやられるねぇ・・・」

「女将さんもしみじみしてないで、手伝ってくださいー!」

「はいはい、やかましい娘だよ。一体誰に似たんだか・・・」


「まぎれなくあなたですよ」と言いたくなったリードだが、苦笑だけで留めておいた。

 呆れていると、トイレからは見慣れた馬鹿面が出てくる。

 長年苦楽を共にし、見飽きた馬鹿面だが、ここぞというときに頼りになる馬鹿だ。

 憎むことのできない愛すべき馬鹿。

「ふぅ~・・・出た出た。さて、呑みなおすとすっかねー」

「なぁ、アルフ。仕事を請けたんだが、お前も来るか・・・?」

「あぁ?今更何言ってんだよ、行くに決まってるだろ。で、内容は?」

「あぁ・・・。それなんだがな・・・




(ゴブリン狩り・・・か。いよいよロープレらしくなってきたじゃねぇか)


 ゴブリン。

 その名前を聞き、思い浮かべたのは緑色の小人。

 武器は棍棒らしく、きっと想像通りの様相をしているのだろう。

 耳も鋭く尖っていたりするのだろうか。

 どんなナリをしていて、どれほど数はいて、どれほど強いのだろうか。

 群れで動く辺りや、新人向けの仕事と聞いた辺り、個々の強さはあまり期待できない。


 それでも、初めての『モンスター』戦。

 チュートリアル呼ばわりだったゴリ戦やお遊びのように余力を残して向かってきたアッシュ。

 彼らとはきっと、また違った趣の戦いになる。

 そう予感する。

 互いに生きるか死ぬかの生死を賭けた戦い。


(あぁ・・・、楽しみだ。お前達はどう立ち向かってくれる?緑の小人さん達。

 精々俺を楽しませてくれ・・・!)


 数日後を楽しみに、タツミは日に日に期待を胸に膨らませる。

 ゴブリン狩りの仕事を請け負ったその日から、酒場での仕事はほとんどタツミの記憶から抜け落ちていた。



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