ひとつの戦場
「らっしゃっせー!」
挨拶そこそこに、しかし声だけはしっかりと張り、客を迎える。
一体何組目の客だっただろう、数える手間さえも惜しく感じた。
開店してからはただただ忙しなかった。
狭い店内には熱気と喧騒が絶えず籠もり、次から次へと押し寄せる客。
その殆どが男であり、集団であり、冒険者だった。
いずれも精悍な顔つきであったり、屈強な体であったり、果てはぼろぼろだったりと風貌様々でありながらも、どこかささくれ立った雰囲気の者たちばかりだ。
女将さんの話では、どうやらこの店は雰囲気や女ばかりの従業員のため、更には『ギルド』が近いということもあり、そういう人種ばかりが集まるのだそうだ。
それとクレアにひっそり耳打ちされたのだが、元・冒険者『女帝』の店だけあって彼女を未だに尊敬し、崇めているような人間も『女帝』見たさに訪れるそうだ。
引退してかなり経つらしいが、それでも未だに尊敬を集める彼女、『女帝』の当時の人気、カリスマっぷりはさぞ凄かったのだろう。
いつか彼女の伝説とまでは言わないまでも、武勇伝を聞いてみたいものだ。
『ギルド』では今でも『女帝』の逸話なども聞けるらしいが。
ちなみに先ほどからちらほらと耳にする『ギルド』とはなにやら同盟やら組合だとかそういうものらしい。
冒険者たちが集まり組織した組合で拠点があり、そこに行けば同業の人間と情報交換やら仕事-ギルド内では『クエスト』と称する、を斡旋してもらえるのだとか。
この辺はオンラインゲームの要素だろうか。
『ギルド』に行き『クエスト』を受注しソロ、あるいは集団-『パーティ』を組み、赴く、というのが『冒険者』という職業の生業らしい。
特別資格は必要がないということで、『ギルド』で登録さえすれば誰でも晴れて冒険家だとか。チョロい。
まぁ、今の生活が落ち着けば、できれば早いうちに『ギルド』に足を運んでみたいとも思う。
幸い、『冒険者』の先達は至るところにいるわけだし。
そのためにはまずは、『女帝』に認められて当面の生活を磐石にせねば、と改めてふんどしを締めなおす。この世界でも下着はトランクスなのだが。
「おまっとさん!」
気を取り直し、お客の待つ一卓に料理を運び込む。
「おう!あんがとよ!」
「そこ置いといてくれ!あぁ、待った待った、兄ちゃん!」
気のよさそうな男二人組みが座っており、赤ら顔でなにやら歓談をしていたが、料理と酒を置き、足早に去ろうとすると呼び止められた。
「はい、なんでしょ?」
「兄ちゃん、見ねぇ顔だが新人さんか?」
「えぇ、まぁ。本日からこのお店で世話になる、タツミって者です。店共々よろしくお願いします」
「おうおう、ご丁寧なこった!」
「おうとも!よろしくな、お坊ちゃん!」
屈強な男二人はガハハと笑いながら、俺の肩をバシバシと叩く。
やはり気のいい人間らしいのだが、酒のせいなのか、もともとの力強さか、正直痛い。
思わず顔をしかめていると、不意に体を引き寄せられ、男の一人に首を脇に絞められた。
「ところで、おめぇさんは女将さん狙いか?それともクレア嬢ちゃん狙いか?ん?」
酒臭い息を吐きかけながら耳元で囁かれる。
酒臭いのと男から囁かれるのとで二重に不快だ。
正直、そういう浮ついた感情はなかったのだが、せめてもの意趣返しとして少し意地悪してやろう。
慣れない環境下での慣れない仕事を押し付けられたせめてもの憂さ晴らしだ。
「ハハハ、やだなぁ、お客さん。僕はどちらかを狙ったりなんてしてませんよ」
「ほんとかぁ?女将さんはまだまだ別嬪だし、クレアの嬢ちゃんはなんといってもあのスタイル!
あの2人に興味ねぇなんて、おめぇさん、さては女に興味ねぇくちか?ワハハ!」
俺を脇に抱えた男は大口を開けて笑う。相当酔っているらしい。
「両方です」
「「は?」」
「ですから、二人ともですよ。男なら美人は我が物にしたいと思うものでしょう?」
そういえば、一夫多妻制は認められるのだろうか、ゲームならば夢を見させてくれてもいいのではなかろうか。嫁を誰にするか、とゲームでも悩みたくはない。
男達は呆気に取られたのか、呆けている。
一人は杯を手に取ったまま、もう一人は俺を脇に抱えたまま固まっている。
そこまでふざけたことを言ったつもりもないのだが、しかしいい加減解放して欲しい。首が痛くなったらどうしてくれる。
「プ・・・ククッ、ハハハッ!兄ちゃんおもしれぇなぁ!おめぇがどちらか一人でもものにできたら、俺は『ギルド』で裸踊りしてやんぜ!ワハハハハッ!」
「ハハハッ!ほんとにおもしれぇなぁ、あんた!お坊ちゃん呼ばわりしちゃ悪ぃなぁ!おまえさんは立派な男だ!ハハハ!」
どうやら、気に入られたらしい。
今更冗談とも言いにくいうえに、裸踊りを賭けられてしまった。いらん。
美女に生まれ変わって出直して来い。
「はぁ、笑った笑った!兄ちゃん、名前は?」
「タツミです、というかさっき名乗ったじゃないですか」
「あぁ、そうだっけか?すまんすまん、堅っ苦しいから忘れたわ!ワハハハッ!」
俺を脇に抱えていた男は、ようやっと解放してくれた。
どうやらかなりいい加減な男らしい。この裸踊り男め。
「あぁ、無駄だよ、タツミ。こいつは馬鹿だから、自分のペースじゃねぇとろくに覚えやしない、だから敬語はなしでいい。ちなみに、俺はリードってんだ」
杯を口元に運ぶ男は連れの男を指差して笑いながら言う。
こちらは結構律儀な人間のようだ。
「誰が馬鹿だ、クソリード!」
「おまえだよ、馬鹿アルフ!ハハハ!」
二人してなじりはじめるが、どうやら酒が入っているからなのか、互いに本気ではなくじゃれあっているようだ。
俺を脇に抱えた奴がアルフ、杯を持ったのがリード。
アルフはいい加減な男で、リードが律儀そうな奴。
単なる客の一組だからと覚えるつもりもなかったが、妙な約束を押し付けられたし、自己紹介された以上は忘れるわけにもいかない。
しかし、本当にアルフの裸踊りはいらない。誰が筋肉隆々の男の裸踊りなぞ見て喜ぶんだ。
見れるのならもっと別のものがいいし、今は何よりも金が欲しい。
せめて金をくれ。
とは思いつつも、酒場に来て安酒を呑んだくれている冒険者が金を持っているとは思えないし、衣服や防具といったものも精々革製品ばかり。
初心者から見ても決して裕福には見えず、初心者装備丸出しだ。
金目のものは期待できなさそうだし、あまり身包みを剥ぐと店にも来なくなりそうだ。
それは困る。
客を減らしてしまったとなったら、女将さんに殺されかねない。
どうしたものかと思案を張り巡らしていると、二人の足元に剣を見かける。
アルフには巨躯に見合った大剣が、リードの方には長剣が。
どちらも鞘に収められており、良し悪しはわからないが質素な防具とは違い、鞘には多少の模様や装飾といった手が加えられている。
少なくとも、粗悪品、というわけではなさそうだ。
(ふむ・・・・)
「あの、お二人さん」
「ん、なんだぁ、タツミぃ?」
「お二人とも冒険者なんですよね?」
「あぁ、一応な。『モンスター』狩りを主とした、まぁ猟師みたいなもんだ」
「ならやっぱりお二人共、剣は大事ですか?」
「もちろんよ。命より大事、とは言わんが命と等価値ぐらいだと思ってる。なんせこいつがねぇと戦えねぇからな」
アルフは笑いながら、鞘に収めた大剣をバシバシと叩いている。
命の扱い、雑だなおい。
「リードさんもですか?」
「あ、あぁ、もちろんだ。それと敬語はやめていいぞ、タツミ」
「わかった、助かる。さっきの賭けのことなんだが、アルフの裸踊りじゃなく俺の言うことを一つだけ聞いてくれないか?」
「おうおうおう、なんだぁ、勝つ気でいんのかぁ?」
「負けるつもりで戦いに臨む気もないし、勝てない戦はハナからやらない主義でな」
「勝気なのか、ヘタレなのかわからんなぁ」
「慎重だと言ってくれ」
「いやいや、慎重なぐらいでいい事もあるもんだ」
「まぁ、お前が言うなら別にいいぞ、その賭け。のってやらんでもない」
「本当か?」
「が、しかし、だ。こちらが何かしらを賭ける以上、おめぇにも何かを賭けてもらわにゃ釣り合わん。さぁ、何を賭ける?」
アルフが指を一本、立てる。
その顔は先ほどまでの顔と違い、真剣味を帯びた表情だ。
常にその引き締まった顔であれば、そこそこの美男なのに、もったいない。
「・・・そうだな、俺は冒険者志望なんだ。
此処の仕事が一段落したら、ギルドに足を運んでみたいと思ってる。
これに、この賭けに俺の冒険者生命を賭けようと思ってる、どうだ?」
「・・・具体的には?」
「俺の剣、正確には刀というんだが、それを賭ける」
「おいおいおい、言っただろ、タツミ。俺たちには既に大剣がある。
二つの剣、二つの命もいりゃあしねぇよ」
「生憎、手元にはないんだが、女将さんのお墨付きの刀と言ってもか?」
「ほぉ、『女帝』の・・・」
リードが唸る。もう一押し。
「それに、見た目も十分。見ればきっと惹かれるはずだ」
「ふむ・・・いいぞ、のった」
「おいおいおい、リード!賭けは俺のはずだろ!?」
「なんだ、乗らないんだろう?俺は乗るぞ」
「そうは言ってねぇだろ!」
「なんなら二人とも乗ればいい。俺は一向に構わない。ただし、二人とも俺の言うことに従ってもらうが」
「「・・・乗った!」」
「さて、賭けの方法だが、俺がどちらかを落とせばいいんだろ?要は惚れさせろ、と」
「まぁ・・・そうだな」
「どう証明したらいい?」
「そりゃあおめぇ・・・抱くしかねぇだろ」
「肉体関係か。それもまたどうする?あんたらの前で抱くか?」
「いや、おかしいだろ、どんな状況なんだそれは・・・。
証明は告白とかその辺でいいだろ」
「「例えば?」」
「そ、それはその、す、好きだとか愛してると言わせれば・・・」
「うえぇ、なんだそりゃ、ガキかお前は。それに恥ずかしがってんじゃねぇよ、リード、おえぇ」
「な、おまえらが言わせたんだろうが!」
「まぁまぁ。クレアが俺に惚れたかどうかの証明・・・ねぇ・・・」
一体どうしたものか。
なんとなく、彼女は押しに弱そうで、好きだといわせるだけならば難しくなさそうな気がする。
元より、そのつもりだった。
しかし、目の前の彼らはそれでは納得しなさそうだ。
それでは目的が達成できない、どうしたものか・・・。
「お、おい、タツミ」
「う、後ろ、後ろ・・・・」
物思いに耽っていると、アルフとリードが後ろ、後ろと言いながら指差している。
この世界でもその芸風はあるのか、とふざけたことを考えていると・・・。
「いつまで油売ってんだい、馬鹿タツミぃ!」
雷と共に、お盆が頭上に降ってきた。
「いってええええええええええええええ!」
「料理を運ぶだけでいつまでかかってんだい、この阿呆が!
運び終えたのならとっとと次に持ってくんだよ!」
女将さんがおこである。激おこ。
それこそ火に油を注いだかのようなファイアー状態。
眩い金髪の彼女には燃えるような赤はよく似合うと思う、などとは言っている場合では決してなく・・・。
「す、すんませんしたぁ!至急、次に取り掛かる所存であります、閣下!」
痛む頭を抑えながらも、なんとか鎮火を図る。
「ったく、いつまでもくっちゃべって、料理を取りに戻りやしない。
挙句、クレアか私があんたに惚れるか賭けるか、だって?
馬鹿言ってんじゃないよ、十年後に出直しな」
聞かれてたのか、恥ずかしい・・・。
「十年後?なら女将さん、俺は?俺は?」
アルフが席を立ち上がり、挙手する。
俺の年齢から十年足したらアルフぐらいの年齢になるのか。
二十代後半ぐらいだろうとは思ったが、男の年齢には興味はない。忘れよう。
「お前は賢くなって出直しな」
年齢云々どころか見事な玉砕を見たな・・・。
アルフは何を言うでもなく、静かに着席して下を向いている。
まさしくショボン状態。
「元気を出せよ、馬鹿」
「そうだぞ、お前は元気だけが取り得なんだからな、馬鹿」
「お前らには優しさはないのか!?つうかタツミ、お前初対面だよな!?年下だよな!?」
「俺、歳とか関係なく尊敬できるかどうかで判断してるから」
「お前俺を尊敬してねぇな!?」
「当たり前だろ、お前のどこに尊敬できる要素があるんだよ、言ってみろ」
「バッカ、そりゃおめぇ・・・」
「ないな」
「ないだろ」
「ないね」
俺の冗談にリードだけまでもなく、女将さんすら乗っかる。
よかったな、アルフ。お前の立ち位置は今確立した。いじられキャラだ。
愛されてるな。
女将さんが止めとなったのか、今度こそアルフは下を向き沈黙した。
いや、下を向いて鼻を啜っている。
泣いてるのか?飲みすぎだぞ、馬鹿。
「さて、漫才は程ほどにしてタツミ、あんたはそろそろ働きな、といいたいところだが・・・アホな賭けをしてんじゃないよ」
ゴツン、とまたしても頭上に拳骨が降る。
「あだっ!すんませんした・・・賭けはやめます・・・」
「勘違いすんじゃないよ、タツミ。あたしゃあ別に、あんたが博打をしようが、それで破産しようがどうでもいいんだ。社会勉強の一環さね」
「うん?」
「あたしが言いたいのは、人の思いや思慕を賭けに使うんじゃないよ。
そんなの、誰も喜びやしないんだ。わかったね」
「・・・はい」
「なんだい、気の抜けた返事のうえに、鳩が豆鉄砲食らったみたいな、アホ面して。あぁ、アホ面は元々かい」
「ひでぇ、これでも昔から親戚の皆からはタツミちゃんは可愛いね、かっこいい男になるって言われてたんだぜ、昔は」
「単なる身内びいきじゃないかい、しかも今はどうなんだい」
「・・・誰も、何も言わなくなった・・・」
「・・・」
「・・・」
「まぁ、元気出せよ、タツミ。一杯呑むか?ん?」
やめろ、馬鹿。お前に慰められたらより情けなくなるだろ・・・。
しかし、意外だった。
『女帝』は冷血で、冷徹だと聞いていたのだが、存外情の深いことを言うんだな・・・。
「まぁその、なんだい。
賭けなり、張り合いたいってのなら他の方法にしな。
幸い、いいネタがあるからこれにしな」
そう言って女将さんは、一枚の羊皮紙を取り出す。
そこには・・・




