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いざ開戦!ならぬ開店

「何か、忘れてはいけない、大事なことを忘れているような気がするんだ・・・」

「・・・はい?」

 一拍置いて、間抜けな声を上げたのは誰だったのだろう。


「なんとなくそんな気がするってのと、あとは昨日の夜、というか今朝方の記憶がないんだが、誰か知らないか?起きたら浴室前の廊下だったんだが・・・」

「ア、アハハ・・・」

 呆れたような、疲れたような愛想笑いはおそらくクレアだろう。

 彼女は開店前の酒場、「女帝」の準備をしながら四人で円卓を囲む俺たちの話を聞いている。

 それまでは忙しなく動いていた彼女も、俺の発言の後だけは動きを止めていた、というか露骨に止まった。


「何か知ってるのか、クレア?」

「え?い、いえ、私は何も・・・」

 そういった彼女の視線は泳ぎ、やがて一点に止まる。

 カウンターの奥でカチャカチャと皿同士が擦れる音を響かせる、『女帝』ならぬ女将さんへと。

 どうやらクレアと女将さんは俺が廊下で寝ていた理由を知っているようだ。

 しかし、クレアの視線に気付いた女将さんは手を止めて、円卓を囲む俺やゴリ達四人をジロリと一睨みし、

「さぁ、あたしゃあ知らないね。いいからとっとと開店に備えな」とだけ告げるとまたしてもカチャカチャと音が鳴り始めた。

 こ、こえぇ・・・。この人は視線だけで人を殺せるのではなかろうか。


「そ、そうか・・・一体、なんでだろうなぁ・・・ハ、ハハハ」

「え、えぇ、本当に、どうしてでしょうねぇ・・・あ、アハハ・・・」

 俺とクレアは二人で見合って、互いにぎこちない愛想笑いを浮かべる。

 そんな俺たちと離れた場所の女将さんを怪訝な目で見ては、ゴリ達は首を傾げていた。


「ところで旦那、その貧乏ゆすりはどうにかならないんで?」

「ん?貧乏ゆすり?」

「テーブルの下の足でさぁ。さっきからずっとガタガタ言ってて正直、その・・・」

 ゴリに指摘され、足を見る。

 何時からか俺の膝はガタガタと震えて、しきりに机に足をぶつけては机をけたたましく揺らしていた。

 その音がゴリ達にはかなり迷惑な騒音だったらしい。

「え?あ、あぁ、すまん。こればっかりは癖じゃないんだ・・・」

 というか、指摘されて初めて気が付いた。

「癖じゃねぇんですか?てっきり抜剣といい、旦那の妙な癖なのかと・・・」

「なんでだろうなぁ、フシギダナァ」

 サッと視線を逸らし、しらじらしくも宙空を見つめて口笛を吹く。

 抜刀はわざとだが、この足の揺れは意識してのものではない。


「しかし、一体何時からだろうなぁ・・・」この足の揺れは。

 いつの間にか無意識下で震えており、未だにガタガタと膝が震えている。

 みっともないと思うものの、今朝方は廊下で涎を垂らしながらアホ面で寝ていたと聞かされたらば、今更体面を取り繕うのも手遅れだと思う。


「女帝・・・じゃなかった、女将さんがこっち見てからですね」

 黙して見守っていたローシが口を開く。

 うっかり『女帝』と口に出し、女将さんから睨まれて慌てて修正していた。


 やはりというか、どうにも女将さんは『女帝』と呼ばれるのはお嫌いらしい。

 店名にしておいて何を今更とも思う、さすがに命が惜しいので口にはしないが。


「へぇ、ローシはよく見てるんだなぁ・・・」

「まぁ、職業柄と言いましょうか」

 ローシは照れくさそうに頬をポリポリと掻いている。


 出会った日、というか昨日までは無造作に伸びた髭や髪が鬱陶しいほどに伸びていたが、今では髭は剃られ、髪も多少切られた上に、手入れも行き届いており、その風貌は仙人や老師といった世俗からかけ離れた人間よりかは紳士然とした好々爺といったところだ。


 そして今では俺たち全員が店の制服だと渡された燕尾服のような、ファミレスのウェイター服よりかはいくらかフォーマルに感じる服に身を包んでいる。

 やはりというか、ローシが俺たちの中で一番その服(燕尾服)が似合っており、どこぞの貴族の執事と言った様相を保っていた。


 ちなみに、ゴリの服は彼に見合うサイズがなく、一回りほど小さなサイズで全体的にはちきれんばかりにパツンパツンだった。

 彼の逞しい腕などは収まることができず、女将さんからは腕まくりの許可をもらっていた。

 見た目はSP(セキュリティーポリス)、というよりかはクラブの門番、ボディガードといったところか。

 それに意外というか、飲食店であるための衛生面への気遣いはそれなりにあるらしい。

 やはり、ゲーム世界といえど文明的にもあっち(現代日本)にも似たところはあるようだ。


 ちなみに、ラットの場合は逆に少し大きいらしく、まるで子供が大人用の服を着ているようで少しほほえましく思ったのは秘密だ。

 彼の身長は本人的にはネックに思っているらしいが、ゴリやローシの仲間二人からすると返って助かっているらしい。


 思えば、彼らは冒険者だった(・・・)と言っていたが、役割分担や、彼らが冒険者を辞めざるを得なくなった理由とは果たして一体、なんだったのだろうか。

 冒険者に憧れる身としては、大いに興味を持った。


「・・・な!だ・・・な!旦那!」

「ん?なんだ?」

 つい考え込んでいると、思考の海からゴリの声で呼び戻される。


「そろそろ開店らしいですぜ、女将さんやクレアの姉御が言うには」

「ん?そうなのか?」

 時間を確かめるべく、店内を見回すが、時計はない。

 どうやら時刻というよりは感覚で店を開くらしい、素晴らしきスローライフだ。

 既に俺以外の三人は円卓から立ち上がり、臨戦態勢。

 俺も遅れをとるまいと立ち上がる。

 いつの間にか足の震えは止まり、すんなりと立ち上がれた。


「おや、旦那。足はもういいんで?」

「あぁ、考え事してたら止まってたわ。なんだったんだろうなぁ」

「女将さんの眼光にやられたんじゃないですかい?」

「ハハハ・・・まさか、な」

「旦那、女将さんが急かすように睨んでますよ」

 ローシが言う。

 途端に、俺の足が再び震える。

しかし女将の姿は見えず、どうやらブラフだったらしい。


「「「旦那・・・」」」

 三人ともが憐れむように俺を見る。やめろ、そんな目で見るな!

「な、にゃんだよ、別に女将さんにびびびびびってるわけじゃ!」

 噛んだ。

「いいんです、旦那。臆病なのは悪いことじゃありません。怖さに屈しなければいいんです」

 ローシがポンと俺の肩に手を置く。

 そういえばクレアを襲っていた路地裏で一番脅えていたのはローシだ。

 臆病な彼の持論らしい。

 でもお前、あの時確実に俺に屈してたよね?

 しかし、ローシの言葉に感銘を受けたのも事実、このことは忘れよう。


「さ、さぁて、気を取り直して働きますか!」

 俺は腕まくりをして、女将さんとクレアの元へ向かう。

 どうやら店の人員としては俺たちだけらしい。

 心許ない気もするが、彼女達がいるのならば大丈夫だという安心感がある。

 勇み足で女将の下へ向かう。


 しかし、腕まくりをするなと女将さんから叱責とお玉を頭に食らった。痛い。


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