ラッキースケベ
そこには確かに桃源郷があった。
色白い肌の胸部、その頂点にはつんとした桃色の小さな突起。大振りな桃を彷彿とさせた。
何事かと思いきやそれらの全貌を確かめる。真っ先に視界に入ったのは乳房、全貌は全裸の女体。
否、全裸、というには些か語弊がある。何せ女体は局部を覆う極々小さな衣類に片足を通し、前傾姿勢になっていたのだから。
それゆえにタツミが部屋に入るなり視界に入ったのは乳房。惜しげもなく晒された乳房は前傾姿勢によって重力に従い下を向いていた。
それでもただただ『垂れ下がる』だけに映らなかったのはタツミ自身の希望的観測であろうか。
きっと年齢を感じさせぬ美貌の持ち主、他ならぬ『女帝』のたゆまぬ努力の賜物だろう。
そしてタツミは考える、(たゆまぬ努力ってなんか柔らかそうだよな、たゆまぬおっぱい!みたいな)
ハプニングにより脳内はすっかりと恐慌状態に陥っており、女帝、死、おっぱいなどの言葉が脳内をぐるぐると回り続け、もはや正常な思考ではなかった。
これによってタツミが生きるために、この場を凌ぎきるために取った行動は・・・
静観。
女帝の全身を眺めつつ、女帝の目から自身の目を離さない。
「獣と遭遇した際、獣から決して目を離すな」という訓示に従ったのだ。
この訓示の是非はともかくタツミは本能で悟った。
(今この場で女帝から目を離せば確実に死ぬ・・・!)と。
冷静になって考えれば、この場を凌いでもいずれ痛い目を見ることは明らかだったが、恐慌状態のタツミはこの考えには至らない。
大きな音、強いていうなれば『女帝』がこの場で大きく、可愛らしい悲鳴でも上げてくれれば我に返り落ち着けようものなのだが、と妙に落ち着き払い未だにタツミに気付かぬフリをしている『女帝』に奇妙な責任を押し付ける。
もしや本当に気付いていないのでは?ということは絶対にありえない。
何せ入室するなり、タツミと『女帝』はばっちりと視線を合わせているのだから。
それでも『女帝』は黙々と着替えを続行している。
男からすると心もとない布切れで局部を纏い、ゴムのパツンッという音が密室に響く。
(ふむ、『女帝』は下から履く派か)
乳房を寄せてパンツと同じ色、真っ赤なレースのブラにしまいこみ後ろ手でホックを留めている。
(なるほど、こっちにもブラもあるのか。しかも真紅とはど派手な、勝負下着か?)
腰まで伸びた眩いブロンドヘアーは娘のクレアの髪とは少し違い、ところどころ跳ねている。
クレアのきちんと整えた真っ直ぐな髪とは違った印象で、『女帝』の髪はどこか粗雑に見受けられた。
そして瞳も垂れ目がちなクレアとは違い、釣り目。
タツミにとってもっとも重要といえる乳房は、クレアのは大きすぎて重力に逆らえず下向きだが、『女帝』の乳房はクレアほどの大きさはなく、タツミにとってはベストと呼べる大きさであり、未だにハリが見受けられ、ツンと天を向いている。まるで本人達の眼のようだった。
腰にはくびれがあり、脚はスラリと伸び、さながらモデルのようだった。
見惚れるように眺めていると、そこからはあっという間に『女帝』は着替えを終えていた。
一糸纏わぬ姿からしっかりと衣類を纏った彼女を見届けたタツミは満足げに鷹揚に頷くと踵を返し、退室しようとすると「待ちな」とドスの利いた女帝の声が響く。
内心で焦るも、ここでうろたえてはいけない、自我を保てと自らに言い聞かせて「何か?」と背を向けたまま聞き返す。
その声はすっかり裏返っていたが、気にしない。
「何か言うことがあるんじゃないかい?」
「はて・・・何のことだろうか」
しらばっくれる。
「人様の裸を見たんだ、何かあってもいいんじゃないのかい?」
ガシッと鷲掴みにするような音と、自らの頭部に突き立てられた五指の感触。
(何時の間に・・・!?)
追われるようならば、逃げ出す覚悟と準備はしていた。されども、そんな覚悟さえもなくあっけなく、まんまと背後に迫られ、頭部という自らの弱点を文字通り鷲掴みにされた。
『女帝』はその昔、名を馳せた冒険者と聞いた。
その手腕は今でも健在であると示されたような気分で、平凡な自らとの力量差をも示されるような、不快な気分だった。
そして、そんな不快感さえも塗りつぶすかのような圧倒的な・・・恐怖。
(これは死・・・!?)
死を覚悟し、今際の際にせめて敵の顔を拝まんと振りむこうとするがその行動は遮られる。激痛によって。
ギリギリギリと軋むような音。
そんな音が幻聴として聞こえるかのような、万力のような力で頭部を圧迫される。
アイアンクロー。
タツミと同じ程の背丈であり、タツミよりも華奢な体躯でありながらも『女帝』は細腕でタツミの頭部を締め付けながら、タツミを持ち上げる。片腕のみで。
(どんな怪力だよ!?俺よかあんたのが化け物じゃねぇか!?)
そう思った矢先、『女帝』の指先に更に力が篭った、気がした。
「あだだだだだだだっ!」
「何か、言い残す、ことは、ないかい?」
ギリギリと締め付けられながら、徐々に高度を増していく自らの体。
彼女の腕が伸びきったとき、その時は斬頭台の斧が振り下ろされるときだとタツミは思った。
緩やかに、区切り区切りで言葉を発するのは処刑人。
「あだだだだだ!ひとつ、だけ!いいか!?」
「・・・いいだろう、言ってみな」
『女帝』の指から僅かに力が抜け、喋るだけの余裕が作られた。
タツミは、思い出した。
『女帝』ジュディ・スカーレットの豊満な乳房を。くびれた腰。程よい肉付きの臀部。
俗に言う、ボンキュッボンなナイスバディを。
そして、それらに感謝の意味を込めて。
瞳を閉じて、祈るように。
「ご馳走・・・様でした・・・」
その言葉は確かに『女帝』の耳に届いたであろう。
しかし、タツミには『女帝』がどんな顔をしているのか、わからなかった。
怒っているのか、呆れているのか。
それでも「お粗末様でした」と言葉を返され、妙に心が落ち着いた。
もしかしたら、万が一の可能性、許されたのでは・・・という気がしないでもなかった。
「なんて、言うと思った?こんの馬鹿ちんがぁっ!」
雄雄しく凄まじい声量の雄たけびと共に再び頭部に走る激痛。
「あだだだ!閉まってっから!頭、潰れるううううう!」
「なぁにがご馳走様よ、馬鹿じゃないの、あんたは!普通はごめんなさい、でしょうが!」
「すんませんでしたぁっ!」
「遅いのよ!」
「あだだだだ!閉まる!爆ぜる、頭が爆ぜるうううう!」
ギリギリギリと際限なく込められる力。増し行く痛み。
そして遠のく意識。
ビキリとひび割れるような音と、激昂し妙な口調となった『女帝』の罵詈雑言を背に受けて、タツミの意識はまたしても眠るように落ちていった。




