せめて夢の中で
「ねぇ、タッちゃん。死んだらどうなると思う?」
足を止め此方を向く。
夕焼けを背にし、少女は俺に問う。
いつもの夢だ。
何度も何度も繰り返し見た夢。
視線はこちらを向いているが、問われたのは俺ではない。
そう、今の俺ではない。
振り返れば生意気そうな少年が歩いている。
昔の俺だ。いつ見ても生意気そうで殴りたくなる。
「はぁ?死んだらどうなるって、そんなの終わりに決まってるだろ」
生意気そうな少年はその様相通り、生意気な口を利いている。
‐よし、殴ろうか。
しかし、決意とは裏腹に踏み出そうとした足は動かない。
いつも通りだ。
俺はいつも通りの夢と変化のないことを確かめて、静観を決め込む。
といっても、それしかできないんだが。
「ぶっぶ‐!はっずれ‐!正解は天国に行く、でしたぁっ!」
少女はケラケラと笑いながら言う。
「はぁ?なんだよ、郁。お前天国なんて信じてるのかよ?」
少年‐‐俺の馬鹿にしたような口ぶりにも郁と呼ばれた少女は落ち着いて答える。
「うん!だって、死んだら終わりなんてさみしいじゃない?
だから、私は天国ってあると思うんだぁ」
少女はゆったりとした口調で告げる。
「ふぅん…」
少年‐‐俺は素っ気無い口ぶりだが、本当は興味津々だったのを今でも覚えている。
郁‐‐目の前の少女は、父親から暴行を受けていた。
その暴行は過激で、俺はいつか郁が死んでしまうのではないかと常に心配していた。
今思うと、きっと郁もいつか父の暴力で死ぬのではないかと思っていたのではないか。
それゆえ、こんな質問をしたのだろうと、彼女にとって死とはそう遠くないものだったのだろう、とも思える。
心配はしているものの、子供の俺には何もできないと悲観し、それに何より当事者である郁の「大丈夫だから」という言葉を信じ‐‐鵜呑みにしていた。
郁は俺なんかよりもずっと優秀で、俺より優秀な彼女が言うのならば、きっと大丈夫なのだろう。
そんな馬鹿げた妄信を抱いて、まんまと郁を死なせる羽目になったのだが。
ともかく、俺よりも死を身近に感じていたであろう郁の口から死生観、死後の話などをされたのはこれが初めてだった。
俺は、俺よりも賢い郁の話を聞いていたかったのだ。
後悔と思考の海に沈んでいると、郁は悲しげな顔で問う。
「ねぇ、タッちゃん。もし私が死んで、天国に行っちゃったら、さみしい?」
俺はこのとき、いつもの冗談だと思っていた。
「あぁ、さみしいね。お前が俺より先に死んだら、俺がお前の後を追って死んじゃうぐらいにさみしいよ」
少年‐‐俺は顔を赤くして、冗談めかした告白をした。
少女‐‐郁は一瞬ポカンとした顔をし、ニッと笑顔を浮かべ、前を向き、歩き始める。
「‐‐あはは、ざ‐んねん!それなら、タッちゃんは地獄行きかなぁ。
自殺は悪いことだから、自殺しちゃうタッちゃんは地獄行き♪
私とは離れ離れになっちゃうなぁ、残念残念♪」
少女は歩きながら、後ろの少年を振り向くことなく先を行く。
俺はこのとき一世一代の告白が通じることはなかったと悲しんでいた。
改めて見せ付けられると恥ずかしく、昔の自分を殴りたくなるほどだ。
「はぁ?んだよそれっ。なんで俺が地獄行きなんだよっ!
それでなんでお前が天国行き確定なんだよっ!」
「んふふー、それはねぇ、郁ちゃんはいい子だから天国行きなのさっ♪」
少女はご機嫌に自作の歌を口ずさみ、スキップで先を行く。
内容は自らの天国行き、俺の地獄行きというなんだか残酷な内容だが。
縁起悪いからそろそろ止めなさい、郁ちゃんや。
スキップで駆け抜ける郁に、慌てて追いかける俺。
過ぎ去った過去だとしても、もっと見ていたい。
いつまでもこの甘美な夢に浸っていたい。
さっきまでここに居た郁は、過去であっても、紛れもない郁本人なのだから。
俺は郷愁に手を引かれる思いで二人を見送る。
追いかけたくても、足は動かなかった。
‐‐わかってる、もう夢から覚める時間なんだろう。
いつものことだ。
いつも二人を見送って目が覚める。
目を覚ましたくない、そう思っていても続きは決して見れない。
俺は観念したように目を閉じる。
今になって思う。
彼女が突如語りだした天国と地獄。
もしや彼女は自らの死期を悟って俺に告げたのではないかと。
「私はもうすぐ死ぬけど、タッちゃんは決して私を追いかけて、自殺なんてしないでね」という彼女なりのメッセージだったのではないか、と。
我ながら馬鹿げた妄想だと自嘲する。
そして現に、彼女はこの数時間後には死ぬ。
引き止めたい、もっと彼女と一緒に居たい。
どれだけ願ってもかなわない願いだ。
もっと彼女の顔を見ていたかった。
彼女は本当に俺の告白に気づかなかったのか。
確かめたかった。
そんな淡い願いを打ち砕くように、眠るように意識が途切れた。
「ここは…」
次に目覚めると、不思議な空間だった。
床は一辺の汚れのない、純白だった。
視線の先も、どこまでも広がるように、際限なく純白が続いていた。
前を見ても、後ろを見ても純白。
上を見上げると、こちらも天井知らずに、純白だった。
‐‐自然な白、じゃあねぇな。どこかの建物か。その割には壁が見当てらないが…。
こんな奇妙な建物があれば、見聞きしたことでもありそうだが、そんな情報は一切知らない。
広大でありながらも、一面広がる銀世界ならぬ白世界は、重苦しく閉塞感を感じさせた。
息の詰まる思いで、自分には場違いな気がしてここにいてはいけない、そう感じさせる空間だった。
書き溜めをしていた分を誤って消してしまい、絶望。
バックアップを此方で取っていなかったので、なろうの運営さんに問い合わせてみましたが、やっぱり其方様でもバックアップもないみたい。
ご丁寧に返信していただいてありがたく、あきらめもつきました。
ファンタジーをやりたいと思い、軌道修正できないかと模索中。
矛盾点や誤字の指摘、ご感想などをいただけると嬉しいです。