始まる日常の予感
何気にブックマークが増えてましたっ。
手探りで迷走しながら書きなぐってる作品ですが、褒めていただいたり、ブックマークに登録していただけるとても嬉しく思いますっ!
まだまだ拙い作品ですが、これからもめげずに書き続けていきたいなぁとは思いますので、見守っていただけると嬉しいです。
クレアと冗談めいた幾度目かの挨拶を交わす。
彼女の笑顔は明るく健気な十代の少女の笑み、そのものだった。
その笑顔を見ていると胸のうちが温かくなるような、そんな笑み。
それでも、その笑みに見惚れるだけではいけない、目を奪われるだけではいけないとタツミは考えていた。
「ところでクレア、掘り返すみたいで悪いが、よかったか?」
「はい?何がですか?」
クレアは大きな瞳をさらに大きくし、きょとんとした顔で不思議がっている。
「お前を襲ってたあの男だよ、ゴリ達と一緒にいた」
「あ、あぁ、あの人ですか・・・」
クレアは彼女らしからぬ、苦虫を噛み潰したような表情で応える。やはりというか当たり前、俺の逃がした冴えない男に対して良い印象ではないらしい。
「気絶してたとはいえ、確認も取らず逃がしちまった。早計だったと思う、すまなかった」
「あ、いえいえっ!そんなっ!助けてくれたタツミさんに文句なんて言えませんよっ」
クレアは困った表情で、パタパタと慌しく手を動かしている。
「それでもあいつの、あいつらの被害者はクレア自身だ。ゴリ達だって、お前が本当は許せないというなら俺が処理するぞ?」
俺はそう言いながら、『無明』に手をかける。
本人達も反省していると言っているし、少なくとも俺が見る限りでは、本当に反省しているようにも見える。だが、クレアが本当に許しているのかと気になった。
そして俺自身、彼女を守るという誓約のため、自らの手をどこまで汚すことができるのか、それを確認したかった。
あの場では冴えない男を斬れなかった俺に、人を斬ることができるのか。
しかし、クレアは相変わらず
「ゴリさん達はもう本当にいいんですよ。確かにあの時は本当に怖かったですけど、タツミさんが助けてくださいましたし、ゴリさん達も改心してくれました。
それに・・・、もしかしたら、あの逃げた人だってゴリさん達みたいに改心してくれるかもしれないじゃなですか」
朗らかな笑みを浮かべて。
「・・・そうか、わかった。クレア自身がそういうのなら」
俺は笑って奴を許そうとするクレアを見て、ふと誰かの姿が重なったような気がした。それが誰かもわからず。
そして、それとは別に奇妙な違和感も。
クレアは優しいのだ。
人の過ちを笑って許せる、無論、程度はあるだろうが、それでも自らの身を脅かすものも事過ぎれば笑って許せるほどに。それは美徳であり、欠点でもあると思える。自らを糧とできる、献身的な自己犠牲。
これらはあくまで俺の推測にしかすぎない。それでも彼女はそのような人間に思える。
だからこそ、俺は彼女を守りたいと思ったのだと。
純真すぎる彼女の身は、きっといつか誰かに食いものにされる。食い潰される。そんな予感を覚えて。
そうさせないためにもと改めて心中で密かに決意し、徐々に彼女を気にし始めている自分を自覚して、妙に気恥ずかしくなった。
「・・・なぁ、クレア。人は戦争を、争いをやめることが、この世から闘争はなくなると思うか?」」
「え?」
俺の突然の問いにクレアは呆気をとられている。
それは俺も一緒だった。ふと、何気なく気になったことが図らずしてつい口に出た。
「いや、なんでもない、忘れてくれ」
答えは、なんとなくわかった。
意を決したように、しっかりと俺を見据える女帝譲りの真紅の双眸を見て。
その真紅の瞳は女帝そっくりだが、彼女は母である『女帝』とは違う。決定的に。
『女帝』はおそらく、自分の手の内にあるものを絶対に取り零さない。
いかなる力を用いても、絶対に。
それは、俺が彼女と対峙した時に、酒瓶片手に立ち向かってくる姿を見て、思った。
彼女はクレアを大事に思い、守りたいと思ったからこそクレアの名前を出した見ず知らずの俺を敵と断定し、歯牙にかけたのだと。
さすがに手が早いというか、早計すぎるとも思うが・・・。
しかし、彼女は、クレアは違う。
きっと、彼女はいかなる執着があれど、きっと手放す。
それがどれだけ大事でも。どれだけ大切であっても。
その人のためになるのならば、と相手を思い遣り、自らを犠牲にする。きっと。
クレアは優しいのだ。そしてきっと、甘い理想主義者だ。
女帝とクレア、親子であっても、まるで間逆のようだった。
自らのために冷徹になれる親に、他人のために優しくできる娘。
なんとも極端なベクトルの違いだなと愉快な気持ちになった。
女帝には力がある、大事なものを守れる力が。
クレアにはきっとない。大事なものを守る力も、想いも。
ならばこそ、俺がなろう。
彼女の大事なものを守る盾に、彼女の大事なものを貫き通す矛に。
「どうしたんですか、変なタツミさん」
俺が突然、質問を引っさげたのを見てそう思ったのだろう。
「いんや、なんでもねぇよ」
そう言いながら、頭部を掻く。するとそこから小さく細かな赤いものがぽろぽろと落ちてくる。
どうやら酒瓶で殴られた傷が塞がり、かさぶたが落ちてきたようだった。
「ありゃ・・・すまん、風呂って入ることできっか?」
「お風呂・・・ですか?シャワーならすぐにでも・・・」
「そりゃあ重畳、重畳。ぜひとも浴びたいんだが」
「ですが、女将さんが・・・」
クレアが言いにくそうに家主である女帝の名前を出す。
そしてふと思い出す。
「そういや女帝・・・いや、女将って呼べっつってたっけか。しかし、名前聞きそびれたなぁ。なぁ、クレア、女将さんの名前、なんてぇんだ?」
「聞いてないんですか?」
クレアが目をパチパチと、白黒させている。
そこまで驚くことはないだろう。
「あぁ、すっかり呑まれちまってなぁ、聞きそびれた」
あんな剣呑な雰囲気の相手、泣く子も黙る女帝様に「あなたのお名前なんてーの?」と尋ねた矢先、閻魔様に名乗る羽目になりそうだ。
「むしろ、聞かなくて正解だったと思いますよ・・・」
「んぁ?そりゃあなんでだ?」
「私、言いましたよね。女将さんが『女帝』と呼ばれる理由、会えばわかるって」
「あぁ、雰囲気とか、気高さっつうの?そういうの、なんとなく伝わった」
「それももちろんあるんですけど・・・」
クレアは途端に口を紡ぐ。
「あるんですけど・・・?まだ続きあんのか?」
「その・・・ジ・・・ィって言うんです・・・」
クレアはそっぽを向き、ボソボソと何かを言っているが、うまく聞き取れない。
「あん?なんだって?」
「ジョディって言うんです!女将さん!ジョディ・スカーレッド!」
「・・・は?」
突如と声を大きくしたクレアに気圧されながら、随分とおかしなことが聞こえた。
「ジョディ?」
「はい・・・」
「女将さん?」
「はい・・・」
「女帝?」
「はい・・・というかなんでカタコトなんですか・・・」
仕方がないだろう、頭がおっつかないんだから。
女帝が女将でジョディだった。
ジョディが女将で女帝。
ジョディ=女帝、おーけー、どぅーゆーあんだすたん?
「ハ・・・ハハハッ!ジョディだから女帝ってかっ!ハハハハッ!くっだんねぇ!」
俺は思わず爆笑する。
なぜゴリといいラッドといいローシといい、この世界の人間はこうもわかりやすい名前をしているのか。
「もうっ!言わないであげてくださいっ!お母さん、気にしてるんですから!人から女帝って呼ばれ始めたのも名前のせいだし、ジョディって名前が似合わないって落ち込んだりしたんですから!」
「ハハハハッ・・・!いやはや、すまんすまん。なるほど、ジョディさんね、名前を気にするなんて随分可愛らしいじゃないか」
一見、獅子を彷彿とされる彼女でも、随分可愛らしいことを気にするものだ。
ジョディという名前が似合わないと落ち込んだとも聞くが、それほどでもないと思う。
彼女自身、経産婦とも思えぬスタイルで娘であるクレアと負けず劣らずだった。
胸の大きさでは娘のクレアに軍配が上がるが。
それでも、ゲームの世界だけあってか、外ですれ違った人達は整った顔立ちの人間が多かった。西洋風の人たちばかりで見慣れずにそう思ったのかと思いきや、『女帝』の見た目はその中でもずば抜けていた。
鋭く尖った雰囲気に隠れがちだが、俺と同年代のクレアを生んだ以上、そこそこ歳もいってるはずなのに、顔にはまったく皺がない。
いま流行の美魔女、というものかと思いきや、それどころかまだまだ現役の美女だ。
さすがに美少女とはいえないが。
それでもクレアと並ぶと親子どころか姉妹に見える、それほどまでに老いがなく、美しい女性なのだ。
さすが、ファンタジー。
「ジョディ、ジョディね、なるほど」
俺はしきりに呟き、ベッドから身を起こしクレアの横をすれ違い、ドアノブに手をかける。
クレアは未だにプリプリと怒りながら「お母さんの名前は呼んじゃだめですからね!」などと釘を刺してくる。
「はいはいっと、そんじゃ、風呂借りっぞー」
俺はクレアの忠告に耳を貸しながら、部屋を後にする。
「もうっ!お風呂は階段下のすぐ横にありますからっ!」
半ば怒声となりながらも、疑問に思っていた浴室の場所を教えてくれる辺り、本当に彼女は気の利く、優しい少女なのだと思う。
そしてそんな彼女だからこそ、例の冴えない男に彼女は付け狙われたのだろう、と。
多少なりと拳を交え、というか一方的であったが、奴と一戦交えて、なんとなく冴えない男のことがわかったような気がする。
奴は心底クレアを欲しているのだ。それこそ、助けに入った俺を殺さんばかりに。
奴はきっと、諦めない。またクレアを襲うだろう。
例え噂に名高い『女帝』の娘であろうとも。
前回は冒険者であるゴリ達に声をかけるなど、周到な準備を行っていたようだが、俺の闖入により計画は失敗。
しかし、奴は諦めないはず。必ずまたクレアをものにしようとするはず。
そして次こそ、奴の持てる限りの力を以って、全力で来るだろう。
ならば、次は俺も遠慮はしない、手加減はしない。
次こそ、お互いの全力で死力を尽くそうではないか。
俺はベッドに置いてきた『無明』を思う。あの刀は驚くほど俺の手にしっくりと馴染む。俺のためにあつらえたというだけあって。
とある少年は言っていた。
あれは俺のものだと。ならばあれは俺の力だ。
俺の力を全力で振るったとき、一体どれほど気持ちいいだろうか。
俺はいずれ来る冴えない男との再戦に胸を膨らませる。
次こそけりをつけてやる。クレアにまとわりつくしがらみは切り払おう。
雑草を抜き取ろう。その根元から。
遺恨は断ち切ろう。その根源から。
「あぁ、楽しみだ・・・」
短い階段を下りながら、誰にも聞こえぬようにと口元を覆いながら独りごちる。
小さく、ご機嫌で呟いた言葉は更に俺の心を弾ませ、大きく口端を吊り上げさせた。
次こそは、次こそは必ず、と。何度も念じながら。
それにはまず、気分転換だ、とそっとシャワールームと思しき部屋のドアノブに手をかけ、扉を開けるとそこには・・・。




