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制約

「さて、どうしたもんかねぇ・・・」

ベッドの上で背伸びをすると、ゴキゴキと骨が軋む。

此方に来て息をつく間もなく喧嘩、斬り結び、仕舞には瓶で殴られ昏倒。

つくづくこの世界には暴力が溢れているらしい。


「それはそれで、楽しいじゃねぇの・・・ハハッ」

人に拳を振るい、肉にめり込む感触。足先に全力を込め、蹴りこむ心地良さ。

受け止めた剣の重み、刀を振るった際の風切り音。

全てが初めてで、心地良かった。

いずれも日本では味わうことがなく、此方に来なければ知りえることのなかったものばかりだ。

これが全うな人間の、正常の感覚とは程遠いものだと自覚はある。

自らがここまで暴力的な欲求を秘めていたとは知らなかった。

それでも、この衝動は止められない。


人を殴りたい、蹴りたい。

悪とも呼ばれるであろうこの暴力的な衝動は決して掻き消えるものではない。

だからこそ、抑え込む。


この暴力衝動、破壊衝動に身を任せれば、たちまち悪逆無道を行い、それこそ女帝の言う化物に成り果てるだろう。

だからこそ、この衝動には枷を嵌めねばならない。

力を振るう、何のために振るうべきかの誓約を。

化物()不二 巽()であるために、己を律する規律を。


ふと傍らに置いた黒刀―『無明』と名づけたそれを一瞥する。


ここに来て初めて刃を交えた相手、灰色の髪を持つ長身痩躯の憎たらしい男、彼の持つ直剣とは違い、反りのある刃。長さは・・・60~70cm程、二尺とちょっとと言った程度か。


刀、日本刀。

古くから日本にある片刃の剣で、ルーツを辿れば、何時まで遡ることやら。

刀を持つものといえば、武士という印象がある。

武士・・・その言葉で思い浮かべた人間は誰か。


タツミが思い浮かべた武士は・・・集団は新撰組だった。

タツミ自身、取り分け新撰組が好きだったわけでも、詳しく知っているわけでもない。

新撰組。かつては「壬生の狼」などと揶揄された、近藤勇率いる京の武装集団。

近藤勇、土方歳三、沖田総司、斉藤一。

局長に鬼の副長、若き天才に最強の一角。

剣の腕でのし上り、「誠」の文字を掲げて戦った、という知識ぐらいしかタツミにはない。

ただ、それだけ。彼らが何を思い、散ったのかタツミは知らない。

だが、「誠」のために戦った、それだけでいい。

言ったことを成す、誠。

新撰組とは(えん)(ゆかり)もないタツミだが、同じ武器、刀を手にする同士というだけで彼ら、新撰組のように「誠」のような何か、大義を掲げて自らの力を振るおう、それがとりあえずの即席の誓約であり、規律であった。


俺がなすべきことは何か・・・。

クソガキのために何かを集め、女帝に人間らしさを示して生きる。

たったそれだけだった。


何せ一度は死んだ身。

日本に一人遺した母が気にならないでもない。

自身の身を省みず、電車に飛び込んでまで助けた名の知らぬ少女の安否が気にならないでもない。


それでも、俺にとって最早それらは過ぎたことだ。

母はのほほんとした性格だが、強かな女性だと知っているし、幸い手助けしてくれるであろう人間も心当たりがないわけでもない。

少女の無事も確認したし、そもそも名も知らぬ相手だ、自分がそこまで知る必要もないだろう。

亡くすには惜しいおっぱ・・・逸材だったから助けた、それだけ。

その代償として自分が死んだとしても後悔はない。

その甲斐あって二度目の生とも呼べる今を謳歌しよう。幸い、時間は腐るほどあるのだから。


ならばこそ、自由に生きよう。楽しく、自由気ままに。

そのために、適度なルールを。それが、人間らしく生きること。

化物じみた力を持つ俺が人間らしく生きるための誓いとルールを。

新撰組の「誠」のよう掲げる大義を。


一人で考えていると、ドアがコンコンと控えめにノックされる。

女帝だろうか、いや、彼女はあまりノックとか繊細なことはしなさそうだ、などと失礼なことを考えていると、声があがる。


「あの、タツミさん、起きてますか?」

女帝の娘・シンクレア・スカーレッドその人だった。


「あぁ、クレアか、起きてるよ、どうぞ」

クレアを部屋に入るように促すと、おずおずと扉が開き、そこからひょっこりと顔だけを覗かせてゆっくりと入室してくる。

その仕草が可愛らしく、小動物を彷彿とさせた。

「無事だったんですね、よかったぁ・・・」

厳密に言うと無事ではなかったのだが、事情を知らないであろうクレアに言う必要もないだろう。

現に彼女は小さな手で、大きな胸をホッと撫で下ろしている。

わざわざ水を差すような真似もしたくない。

「あぁ、まぁな。それより、女帝に便宜を計ってくれたんだってな、ありがとさん」

「いえ・・・私は何も。それじゃあ、ここで・・・?」

「あぁ、世話になることになると思う。よろしくな」

「はいっ!よろしくお願いしますねっ!」

そう言って彼女は朗らかに微笑む。

長い金髪を靡かせて、大輪の笑みで、ひまわりのように。

きちんと彼女の笑顔を正視したのは初めてで、思わず見惚れてしまった。

「あの、タツミさん?」

「ん?あぁ、いんや、なんでもねぇよ。そうだな、改めて不二 巽だ。よろしくな」

「はいっ、私はシンクレア・スカーレッドといいますっ、よろしくお願いしますっ!」

そう言ってクレアはまたしてもはにかむ。

そんな彼女の大輪の笑顔を見ているとごちゃごちゃ考えるのが馬鹿らしくなってきた。

そうだな・・・。わかりやすく、シンプルでいい。

俺が守りたいと思ったのは彼女だ。だったら、掲げるべき文字は「女」それでいい。

俺は彼女のために力を振るおう。俺は彼女のために人間であろう。

タツミはそう静かに胸の中で誓った。

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