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成れの果て

 俺は・・・


「俺は・・・人間だっ!不二 巽という紛れもない人間だ!

 確かにこの体は親から授かった体じゃないのかもしれない。

 化け物の身体なのかもしれない、それでも俺のこの心は、体は、不二 巽という人間の、俺自身のものだ!」


 俺は不二 巽だと自らに言い聞かせるように声を発し、未だに喉元に黒刀を突きつける眼前の女傑を見据える。

 女傑は俺の言葉をしっかりと聞き届けながらも睨みつけてくる。

 しかし、俺の言葉を聞き届けると、彼女の真紅の双眸の眼光が幾許か和らぎ、揺れ動いたような気がした。

 それはあまりにも一瞬で、俺の気のせいだったのかもしれない。

 それでも、俺にはそれが彼女が動揺したのだと思えた。


「・・・タツミと言ったね?」

 切迫した表情で女帝が口を開く。


「・・・ああ」

 俺の明確な意思を打ち明けたにしても、彼女自身は俺を未だにヴァンパイアだと疑い、喉元に黒刀が突きつけられた危機的状況に変わりはなく、自然と俺の口調も重苦しいものになった。


「あんたは・・・随分しぶとい体を持っているらしいが、なぜそれでも人間だと言い張れるんだい?」

「それは・・・」


 お前はなぜ人間なのか。

 随分と抽象的で、哲学的な質問だと思える。

 蟻は生まれてから死ぬまで蟻であり、人間もまた死ぬまで人間だ。

 卵から孵ったおたまじゃくしはやがて成長し、蛙になる。

 ひよこだった雛はやがて鶏となる。

 それらは成長であり、あくまで生命の種として変化をするわけではないと思う。

 ある意味、雛はいつまでたっても雛であり、蛙は蛙なのだ。


 俺は改めて問われているのだ。

「人間であると言い張るお前が得たその身体は、不二巽という生物は何なのか」と。


「それは・・・俺のこれまでが不二 巽という人間だったからだ。

 この身体になって、もしかしたら俺は本当に貴女の言うような化物になったのかもしれない。それでも、俺がこれまで不二 巽という人間として生きてきたように、これからも不二 巽という人間として、人間らしく生きたいんだ」


「要するにタツミ、あんたはフジ タツミとやらの人間の真似事をして生きるってのかい?」


「あぁ、そうだ」


「・・・なら、聞こうじゃないか。あんたがさっき言った人間らしく生きる、人間らしさってのはなんだい?」


 俺は目の前の女帝の真意を測りかねていた。

 彼女は出会うなり俺の頭に酒瓶でぶん殴ってきたり、起き抜けで殺そうとしてきたりともっと暴力や権力、そういった力で有無を言わさずに敵を排除するような存在だと聞いていたし、思っていた。

 しかし、実際目の当たりにする彼女はそういった力強さを兼ね備えつつも、どことなく何かに悩み、揺れ動いているような、力強さのみならず、儚さと呼べるようなものも持っているように見受けられる。

 そして、それを彼女は今、俺を試しながら見極めている、そんな気がした。


「人間らしさ・・・」

「そう。あんたは自分を化物かもしれない、とも言った。

 それでも、人間らしく生きたいと、なら教えておくれよ。

 あんたのいう人間らしさとは何なんだい?

 何を以って人間とし、何を以って化け物とするんだい?」


「それは・・・すまない。俺にもわからないんだ。

 俺の十数年程度の人生経験で、それは言い表せれない。

 綺麗な言葉で言えば、思いやりや慈しみの心とでも言えばいいのだろうか。

 でも、人間の中にはそれらを持ち合わせない奴らもいる。

 なら、その奴らは人間ではないのか、俺にはわからない。

 でも、だからこそ、人の身でなくなった俺でも、人間と呼ばれるようになりたいんだ。

 だから、もしよかったらでいい、それまで待ってくれないか。

 俺が、化物が、人間らしく生きる、その行く末をどうか貴女が見届けてくれないか」

 俺は女帝から視線を逸らすことなく言い切る。

 彼女もまた俺をしっかりと見据え、一言一句をかみ締めるように聞いていた。

 彼女が求める人間らしさとは何なのか、俺にはわからない。

 しかし、彼女が化物と呼ぶ俺を人間と認めてくれたなら、それは人間らしさを得た結果なのだろう。


 だから、どうか見届けて欲しい。

 怪物()が人間らしく振舞って生きる様を。

 怪物()が彼女に人間と認められるまでを。


「化物が無様にも人間らしく振舞って生きるってのかい・・・」

 女帝はやれやれと言わんばかりに頭を振り、呆れたように呟く。

 その態度からはすっかり険が取れ、心底呆れているようだった。

 どうやら彼女の了承を得て一安心となったようだが、呆れられて少し悲しくなった。がしかし危機は去ったのだと言い聞かせ、なんとか自らを鼓舞する。


「いいじゃないか。人間らしさとは何なのか、それをあんたへの課題として、ここの宿泊を許可する。ただし、ただ飯ぐらいを置いとくつもりもない。

 課題をこなしつつも、従業員としても働いてもらうからね、覚悟しな」


 そう言いながら彼女はベッドから降り、扉へと向かう。

 どうやら俺が寝ている間にクレアが話を進めてくれており、俺は晴れて住まいどころか職まで繕ってくれたようだ。

 彼女には大きな借りができ、クレアに対して足を向けて寝ることができなくなりそうだ。本当にクレア様々、クレアたんまじ女神。


「オイ、タツミ」

 俺が心中でクレア神を崇め奉っていると、扉に手をかけていた女帝から声がかかる。

 振り向くと黒刀が宙を舞っており、慌てて手を伸ばすものの、思った以上に重くて上半身で受けとめる。

「おっとっと・・・」

「いい剣だね。あんたの得物かい?」

「・・・あぁ、見ず知らずの、気のいい奴からもらったんだ」

 日本にいたころにはまさか日本刀の譲渡が無許可でされるとは思わなかったが、こっちの世界はファンタジー。どうやら帯刀に許可はいらないらしい。


 女帝は俺のもらったという言葉に驚いたのか、目をむいていたがすぐに表情を戻す。出会い頭のこともあり、彼女には恐怖や畏怖といった恐ろしさしか抱かなかったが、彼女自身は案外感情表現が豊かなのかもしれない。


「・・・ふぅん。随分気のいい奴からもらったもんだね。手入れも行き届いている」

「そうなのか」

「なんだい、あんた。そんなのも知らないのかい?」

 刀や剣に手入れが必要なのは聞いたことがあるが、刀の良し悪しなんてわからん。

 刃毀れしてなければいいんじゃないのか?刃の造詣だとか美しさとか知らんぞ。


 またしても呆れながら女帝のお小言を聞き流しながら、俺は黒刀を鞘から少しだけ引き抜くと、相も変わらず漆黒の刀身を慎ましやかに輝かせていた。


「・・・綺麗だな」

「同意だね、あんたにゃあ過ぎたモンだ」

 思わず溢れ出た賛辞に女帝から同意を得たものの、しれっと貶められた。

 女帝さん、結構、いやかなりひどい。

 心の中の裁判では俺の勝訴だからと謎の言葉で自分を励まし、なんとか毅然と振舞う。

 どうやら不死の体でも精神のダメージまでは回復しない模様。


「それで、その剣の名前は?」

「これか?これは日本刀といって・・・」

「そりゃあ知ってるよ。倭刀、日本刀、種類のことじゃないよ。その刃の銘は?」

「銘・・・?」

「たまげた、銘も知らないのかい?」

「あぁ、いや、知らないというか・・・これを誰が作ったのかとかどこでだとかそういうのは・・・」

「知らないんじゃないか・・・。心底呆れたよ・・・」

 女帝ははぁ~と露骨にため息をつき、またしても頭を振る。

 あれ、俺って彼女に呆れられてばかりなんじゃ・・・?

 見限られて殺させるのだけは嫌だぞ・・・不死だから死なないけどさ。

 しかし、体より先に心が死ぬ気がするなぁ・・・。


「大切なモンなんだろ?大事にしな。愛着があっても銘がない、なんてのは可哀想だ。ならせめてあんたがつけてやりな」

「俺が・・・この刀に・・・」

 銘を打つ。


 確かに何時までも黒い刀、黒刀(こくとう)と呼ぶのも味気ないというか、寂しい気はする。

 しかし、名づけるのか・・・。


「うぅん・・・」

 頭を捻りながら、ふと横を見る。

 するとそこには当たり前のはずなのに、今まで気づかなかった窓があった。

 窓の外はすっかり日が落ち、夜の帳が下ろされている。

 窓から見える家には明かりもなく、ただ暗闇。

 見上げた空からには申し訳程度の月光が差し込んでいた。

 思えば、クレアやゴリ達と出会った夜、俺のこの世界での初めての夜ははもっと暗く、まさしく・・・

「『無明』・・・」

「むみょう?」

「あぁ、決めた。この刀の名前は無明。名前がなかったこと、そして俺が初めてここに来たときの何の明かりもなかった夜。その夜をこの刀身になぞらえて『無明』だ」

「なるほどね・・・。大事にしなよ」

 それだけ言い放つと、女帝は扉を開け、部屋の外に出て行く。

 そうすると喧騒に呑まれていた部屋も、俺一人になると途端に静寂に包まれる。

 少しばかりの不安に駆られ、手元にある黒刀を見つめながら、

「よろしく、『無明』」と独りごちる。

 不安が和らいだような気がした。


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