衝撃
「またここか・・・」
ふと気づけば、いつもの白い空間。
一度目は、電車事故の後、二度目は眠りについた時。
三度目は・・・どうやって此処に来たのだっただろう。
もしや此処は常に夢の中ではなかろうか。クレアやアッシュ、ゴリ達も全て夢物語だったのではなかろうか、ふとそんな考えが脳裏をよぎる。
(違うな、ここは、今はともかくクレア達は確かに居る)
クレアを膝枕した感触も、アッシュも剣の重み、そして・・・此処に来るに至った理由、突如頭蓋に受けた激しい衝撃。
その全てを脳が、体が確かに覚えていた。
(思い出した・・・。俺はクレアの酒場に行って、中に居た人影に・・・)
その人物の事はあらかじめ聞いていた。
『女帝』
街の顔役にして、酒場「女帝」の女将。そしてクレアの母親。
しかし暗闇の中から近寄り、徐々に目に写った彼女の姿は『女帝』と呼ぶには荒々しくアレではまるで・・・・
「いやぁ。タツミ君、君にはガッカリだよ。チュートリアルを無傷でクリアしてみせただけに、まさか・・・プククッ、酒瓶で・・・プフッ」
出たな。
ふと気が付けば、眼前にはもはや此処の住人だと認識している、生意気なクソガキ。よっぽど俺の死に様が滑稽らしく、嘲笑が止まらない。つうか、俺は酒瓶で殴られたのか・・・。
「クククッ・・・。あー、おかしい。まさかこんな短期間にこうも君と出くわすとはねぇ・・・。これは思ったより時間かかるかなぁ。
君なら早いうちに欠片を集めきって、思い出すと思ったんだけど、僕の見込み違いだったかな?」
クソガキはニヤニヤとイタズラめいた笑みで俺を見ている。
「欠片?思い出す?なんのことだ?」
「おっと、口が滑ったよ」
そういいながらも表情はしまったというよりもしてやったりといった笑みだ。
確信犯である。
「さて、お話はお仲間、というよりは舎弟達かな?ある程度は聞いて、世界観はわかったろう?」
「まぁな・・・」
あの世界には所謂ダンジョンと言われる迷宮がある。
迷宮の中にはモンスターと呼ばれる生物が蔓延っており、迷宮の最奥には「ギフト」と称される宝具がある。
それらは必ず武器を象っており、魔法には似た力が宿る。
「ギフト」を得れば強大な力を得るか、あるいは一代にして莫大な富を得ることが可能。
冒険者はギフトを得ようとするもの、あるいは人々の依頼・クエストをこなして生計を立てているものを称するそうだ。
「本当にファンタジー、ロープレなんだな・・・」
ゴリ達に聞いた情報を反芻していると、自分がいた世界と乖離していると改めて実感する。
「どうだい?男の子として、ゲーマーとしてはワクワクするだろう?」
クソガキはニッと口端をあげる。先ほどまでの意地悪な笑顔とは違い、十代前半と思える、年相応の少年の屈託のない、純粋な笑顔だった。
「まぁな・・・。これで魔王なんか居て、勇者になれなんて言われた方がわかりやすくて、やりやすいんだが・・・」
現状、やることなんて「欠片」なるものを集めて「思い出せ」と言われただけ。
情報が少なすぎる。
「欠片」とは何なのか。「思い出す」とは何をなのか。
これではゲームクリアなんてほど遠い、遠すぎる。
「あぁ、魔王ね、もちろん居るよ。だけど、魔王を倒すのは君の役目じゃない。
だけど、君が望むなら魔王を倒すのも一興。倒して勇者と崇められるも良し、
でも忘れないでほしい。それは僕の、君のゲームクリアからは逸脱している」
おい、今こいつ聞き捨てならんことを言わなかったか?
魔王さん、実在するのかよ・・・。
「おいおい、魔王様居るのかよ・・・」
「安心しなよ。魔王って言ったって、今の魔王はまだ子供だし、無垢で無知なものさ。もし仮に今の君が出会ったところで毒にも薬にもならない、無関係な存在だよ」
(無垢で無知、ねぇ・・・)
目の前の存在は、子供だ。純粋で、無垢な少年。
ただし、見た目だけは。
その実は俺を得体の知れない、奴曰くゲームの世界に俺を運び出し、挙句には『不死』などとわけのわからぬ力を授ける始末。
(こいつは一体何を企んで、俺に何をやらせようと言うのか・・・。それにそもそも・・・)
「なぁ」
「なんだい?」
「そもそも、不死ってのはなんだ?」
「死なないことさ」
「んなこたぁわかってる。俺が聞きたいのは、なぜ死なないのか、だよ」
俺の言葉を聞いたガキは考えるような仕草をして、目を閉じる。
「んー・・・そうだね。どういう原理で死なないのか、という説明は省かせてもらおうかな。能力面、としては君もおおよそ考えて、見当が付いてるんじゃないかい?」
それについては確かに色々考えた。
不死。死なない。
どうして死なないのか。
その一、どんなものにも傷つかない鋼鉄の肉体。
その二、健全な身体を記憶し、その状態に引き戻す、巻き戻し。
その三、驚異的な回復力。
一に関しては除外する。これはすでに路地裏で冴えない男にナイフで刺されたことで実証済み。
そうなると、二か三が有力なのだが、そうなると・・・。
「そうだね。今は二と三、どちらも兼ねていると考えていいよ。
傷は回復するし、致命傷ももちろんのことさ。
それに例え体がペシャンコになろうとも復活するし、病に臥せることもない。
まさしく完全無欠の不老不死の肉体だよ」
クソガキは相変わらず、俺の心中を読むかの如く考えを、憂いを述べ、答えていく。
(そうか、ペシャンコでも死なないのか・・・)
本当に人間離れをしている。これではまるで化け物ではないか。
もし、俺のこの体のことを知れば、クレアやゴリ達はどんな反応をするのか・・・。
俺が助けた彼女や、俺を慕ってくれる奴らはそれでも俺を受け入れてくれるのだろうか。
もし、拒まれた時、俺は・・・
「そう暗く、深く考えないほうがいい。
今日はきっと、疲れたんだろう?
念のため確認しておくけど、今のところほかに気になる点はないかい?」
「いや・・・特にはない」
「そうか、それならよかった。
改めて言っておくと、君には宝探しをして欲しい。それだけさ。
今日はここまで、これでしばらくは君とお別れになる。
よろしく頼んだよ。それじゃあね」
クソガキはにこりと微笑み、俺に別れの挨拶をする。
クソガキは前回、チュートリアルは終わりだと告げていた。
それでも今回、此処に連れてこられたのは色々教えるためだったのだろう。
「・・・あぁ。任せろ。色々、あんがとな、じゃあな」
俺も別れの挨拶を済ませ、また意識がまどろむように、徐々に瞼が落ちていくのがわかる。
突如襲いくる睡魔に負けじと抗いながらもクソガキをじっと見据える。
クソガキは俺の言葉に対し、一瞬驚きに目を見開き、すぐにニカッと笑顔を向け、親指を立て、サムズアップしている。
その笑顔は屈託なく、友達に向けるような気軽さだった。
「これで君とはしばらくお別れになる」と先ほどクソガキは言っていた。
短い間に幾度か顔を合わせただけの相手だったが、今になって思うと俺は憎からず、奴をそれなりに気に入っていたらしい。
得体の知れない奴、存在だが、もし奴と全力でぶつかりあえたなら、もっと深くわかりあえるのだろうか。
もし次に会うときがあれば、そのときは・・・。
そう考えたら、たまらなく楽しみだった。
俺は自然と浮かぶ笑みを隠すことなくクソガキにまたしても「じゃあな」と告げる。
俺のこの言葉は声に出ることはなく、クソガキは笑顔でサムズアップのままだった。
そして俺の意識は深く沈んでいく。深く、深く、深く。
「此処は・・・どこだ?」
目を覚まし、真っ先に目に入ったのは、木目状の天井。
年季がそこそこ入っているのか、天井には染みなどが見受けられる。
どうやら俺はベッドに寝かされているらしい。
覚醒しきっていない体を起こそうと身をよじると、すぐ隣から声が聞こえる。
「目が覚めたかい?」
体を其方に向ければ、俺を見下ろす女性-クレアそっくりの細く、眩く輝くブロンドヘアーに、釣り目で勝気そうな真紅の瞳、そしてキュッと固く結ばれた唇。
俺は眠りに付く前に彼女を見た。
俺をこん睡状態に陥れた張本人・・・『女帝』
そして、俺ののど元には・・・黒刀の切っ先が、彼女より突きつけられていた。
目が覚めた?と枕元で尋ねてくる恋人を思い描いたことは幾度かあった。
青少年の淡い夢と言っても過言ではないだろう。
しかし、現実には目が覚めた?と尋ねながら刀を突きつけてくる美女。
現実とは非常にままならないものだ・・・しかし、言わせて欲しい。
どうしてこうなった。




