対峙
「で、俺とあいつの何が一緒だって?」
俺は露骨な機嫌を隠すことなく、苛立ちを声に出す。
自分でも思ってた以上に俺はあいつのことが嫌いらしい。
しかし、クレアは俺の機嫌など気にした様子はない。
やはり彼女は俺よりも大人らしい。
「アッシュ様も、よくそうやって剣を抜いていたんですよ」
「・・・は?」
どうやら性根が似ているではなく、行動の一致だったようだ。
「昔、言ってたんです。俺には剣の才能がない。力もない。
だから、ただ剣を抜き、振るう、それだけしかできない、と」
クレアは懐かしむように語った。
アッシュがどれだけ剣を振るったのか、俺にはわからない。
それでも、馬鹿正直に振るい続けたというのならば、俺の目で追えなかったあの剣速にも頷けるというものだ。
一体、あの剣速に至るまでどれだけの月日を、努力を費やしたというのか。
あの剣は立派な居合いだ。
力も才能もないまま振るい続けた、ただ速度だけの剣。
何も持たない男が愚直に求め続けた剣。
平凡な男の完成系。
(認めたくないが、なんか、格好良いな・・・)
居合いに憧れた。居合いに用いる男に相見えた。
その男は心底気に入らないが、それでも居合いへの憧憬は消えることはなかった。
性根の曲がった男だと思ったが、その剣はどこまでも真っ直ぐだった。
そう考えると、不思議と先ほど会った男もそこまで悪くない、嫌いではなくなったような気がした。
「へぇ、やっぱりさっきの『アッシュ』ってあの『アッシュ』なんですねぇ・・・」
いつの間にか俺の隣にゴリ達も並んで、クレアの言葉を聞いていたらしく、感慨深そうに呟く。
「あの『アッシュ』?」
なんだ、そのいかにも聞いたことあります、みたいな反応・・・。
「えぇっと、多分、皆様の思い浮かべる方と一緒だと思いますよ・・・」
「ってこたぁ、アッシュ・グレイその人ですかい?」
鼠男・・・名は確か、ラッドと言っていた。
ちなみに仙人はローシらしい。
ゴリラ男はゴリ、鼠男はラッド、仙人はローシ。
・・・俺は名前について深く考えるのをやめた。おい、名付け親。
「はい。アッシュ様のお名前はアッシュ・グレイ様ですが」
それがどうかしましたか、とクレアは首を傾げる。
その言葉を聞いたゴリたち三人共が喜色満面、パアァと笑顔を浮かべる。
「すげぇ!やっぱりあのアッシュかよ!」
「通りで速ぇわけだ!」
「くっそ、サインもらえばよかった!」
三人の喜びようは有名人を見たファンのような、ミーハーっぷり。
君ら本当はそんな口調なのね、うん、普通。
(え、ていうか何、アッシュって有名人なの?)
俺もサインもらえばよかったかな?売れば金になるかもしれん、などと無一文の現状では物の価値よりお金を稼ぐ方法を考えた。
幸い、食う、寝る、住む所は何とかなりそうだが、金は稼がねばならん。
勉学に励むか、金を稼ぐか。どちらにしろやらねばこの世界でも生きてはいけぬだろう。世知辛い世の中だ。
「で、アッシュってなんでそんな有名なの」
俺はアッシュの話題で沸く一同に問いをぶつけると、急激に場の空気が冷めたのを感じる。疎外感感じるからやめたげて!
「え、お前あのアッシュさん知らねぇの?」みたいな顔を全員がしている。
クレアさえも目をぱちくりとしている。可愛い。
「旦那・・・あのアッシュを知らないんですか?!」
ラッドがまじかよこいつ!みたいな顔で聞いてくる。
うん、だから知らないって言ってるじゃん・・・。
「あぁ、いやまぁ、世俗に疎いから、俺・・・」
ラッドの真っ直ぐな目を受けると、どうも居心地の悪さを感じ、視線を泳がせてしまう。
うっ、瞳が眩しい・・・。
「アッシュ・グレイと言えばこないだの剣術大会で優勝した兵士じゃねぇですか!」
あ、やっぱり兵士なの。そもそも剣術大会すら知らないんだけどね。
「・・・へぇ、優勝ってすごいんだなぁ」
どれだけの規模があるのかわからないので、曖昧な返事をするも、
熱弁をふるうラッドには幸い届かなかったようだ。
「そりゃあもう!なんせ一介の兵士が優勝しちまうんですから!
前々からちらほらと名前は聞いてましたが、まさか優勝しちまうとは!
決勝なんて凄かったんですから!俺も見てましたが、あっちゅう間に決着つけちまいやしたし、何よりあの速さ!対戦相手のでっかいやつなんか、一発も当てられずのされてましたしね!」
ラッドは目をキラキラと輝かせて語る。
やはりというか、アッシュは速さが売りなのだろう。
目の前のラッドの体も決して大きくはなく、むしろ小さい。
そうなるときっと彼も力よりも速さに頼るのだろう。
だからこそ、同じ速さ自慢のアッシュへの憧れも強いのだろう。
「なるほどなぁ。そりゃあ是非見てみたいもんだ」
「何言ってんですか!あのアッシュの剣を受け止めるなんて旦那だって大したもんじゃないですか!俺ァ惚れ惚れしました!」
ラッドは俺にもキラキラとした瞳を向けてくる。
受け止めたのは俺の力じゃない、と否定しても謙遜と受け止めそうだ。
それほどまでに心酔していそうだ。
いろんな意味で眩しかった。
そんなこんなでクレアの家、酒場に着く。
店先には「女帝」と書かれた看板が置かれた質素な木造の店だった。
さすがに酒場、朝方の今では準備中と書かれた札が掛けられていた。
(しっかりと日本語、漢字なのね・・・)
もうこの世界観には突っ込まないようにしよう。固く決意した。
クレアが重々しい表情で、店の入り口で立ち止まる。
「ど、どうしましょう・・・?」
どうするも何も、君の家でしょうに。
「入るっきゃないだろ?言ってたじゃないか、家の人間も心配してるかも、って」
彼女が昨夜、あんな場所に居て襲われたのには理由があるらしい。
理由を聞けば、言葉を濁していた。
どうも人にも、家族にも言えぬ事情があるらしい。
言えないことを無理やり聞くわけにもいかず、この話題は打ち切りになったが。
「そ、それはそうなんですけど・・・」
クレアはおずおずと答える、が未だ歩みだす様子はない。
「なんなら、俺が先入って事情を話そうか?
ゴリ達のこともきちんと話すつもりなんだし、俺が間に入ったほうがいいだろう?」
ゴリ達が反省しているとはいえ、加害者と被害者が被害者側に事情を話すだけとはいえ、ただではすまないかもしれない。
そのためにも第三者、完璧な中立の助言も必要になるかもしれない。
クレアの格好は何かがあったのかが丸わかり、ゴリ達は汚れ、破れたローブを纏い、お世辞にもまともとは言えない。
対して、俺はまだ比較的まともな格好をしているし、十代そこそこのひょろいガキを一見するなり敵視するほど相手も血走ってはいないだろう。
「う、うぅん・・・お願いしてもいいですか?」
クレアが俺の服を掴み、上目遣いで見てくる、可愛い。
女に可愛く頼まれたとあっては、男として断るわけにもいかんだろう。
「おう!任せろ!」
俺は背後にクレア、ゴリ達の視線を受け、木製の扉を開け、足を踏み入れる。
「お、お邪魔しまーす・・・」
中は薄暗く、酒場らしくアルコールの臭いが充満している。
すると、正面の奥、カウンター席に項垂れたような、人間のシルエットが見える。
「あ、あのー・・・」
俺は入り口から声をかけるも、シルエットは動く様子はない。
(人じゃないのか・・・?)
「すみませーん、誰かいませんかー」
シルエットに声をかけるのを諦めて、大声を張り上げる。
「クレア・・・」
さんのことでお伺いしたのですが、といおうとしたが声が出なかった。
出せなかった。
「クレア」と声を発した段階で、視線を感じた。
ジロジロと値踏みをするように、遠慮のない瞳で睨みつけられた。
気分はさしずめ、蛇に睨まれた蛙のようだった。
怖い、動かないと、食われる・・・!
動け、動け、動け・・・!
心の中で警鐘が鳴り響く、動け、動け、と促される。
しかし、意に反して、足は竦みきっており、動けない。
直感、いいや、本能的に察した。
「俺は敵わない」と。この視線の主にはどう足掻こうと敵わない。
絶望的だった。
暗闇に、俺の荒い呼吸だけが響く。
必死の思いで顔を動かすと、正面のシルエットが僅かにこちらを向いていた。
紅い、真紅の双眸が此方を見ていた。
「誰だい?あんたは」
おそらく、シルエットの発した声だったのだろう。
静かなその場ではよく響く声だった。
いや、きっと、この声は場所を問わず、よく響く、凛とした声だ。
「お、俺は・・・」
声を出そうとするも、緊張で喉が渇く、唇が乾き、うまく声を出せない。
「クレアだって?あの娘は今どこだい。もし、あんたらがどこかに連れてったってなら・・・」
シルエットがもぞもぞと動く。
カウンターの上に、持った細長い何かを手に持ち、此方へと歩みかけてくる。
(逃げろ、逃げろ、逃げろ・・・!)
頭の中で必死に自分に言い聞かせる。
落ち着け、慌てるな、動け!
いくつもの命令を必死に自分に言い聞かせるも、体は硬直しきっている。
シルエットはもう目の前だった。
大きな体に紅い双眸、体中に見える女性らしい隆起。
(女・・・?そうか、彼女が・・・!)
俺の意識は瞬く間に『女帝』によって刈りとられた。




