共通点?
アッシュと別れ、クレアの案内で俺達は帰路につく。
帰路と言っても、俺には初めての場所なので少しばかり違和感を感じるが、クレアが家主である母親、『女帝』と称される女性にうまくとりなしてくれさえすれば、彼女の家が俺の住まいになるだろう。晴れて居候、となるわけだ。
先導する美少女、シンクレア・スカーレッド。
先に言ったとおり、『女帝』の娘。
彼女に詳しく聞くと、『女帝』が街を取り仕切ると言うのは些か語弊であり、何かあれば旗印となる街の代表、顔役といった役割らしい。
彼女の営む大衆酒場という店柄、面倒ごとに首を突っ込んでいくという本人の気性もあって、「何かあれば『女帝』に頼れ」という風習がここら一帯で根付いているそうだ。
相手からすれば「自らの領域を荒らされたギャングのボスが出張ってきた」といったとこらしい。藪を突いて蛇が出た、ということか。
そして『女帝』が出向いた案件はおおよそ力ずくで有無を言わさず解決しては人気、または威光を益々増長させていゴリ達の弁だ。
(問題を力ずくで捻じ伏せておいて、人望や人気が増すってどういうこっちゃ。・・・カリスマ性って奴か?)
場合によっては台風一過、暴風さながらに全てを薙ぎ倒して強引に、誰にも有無を言わせず問題を解決した、という案件もあるとか。
それって解決してんのかね・・・。
とにもかくにも、『女帝』の『女帝』たる由縁やら人柄やらは会えばわかるという一言に収束した。
・・・説明が面倒だったわけじゃないよね?クレアたん?
次に、クレア自身について聞いてみた。
歳は今年で17。なんと俺と同い年らしい。
思わず「そのおっぱいで・・・?」と聞いてしまい、顔を真っ赤にしたクレアに渾身のビンタをもらった痛ひ。
だってほら、おかしいじゃん。あの暴力的なおっぱいで17とか。
腰も細いし、ああいうのを抜群のプロポーションというのだろうか。
あのおっぱいが未だに発展途上とは・・・タツミ、彼女の将来に期待・・・おっと、なんでもない。
よっぽど恥ずかしかったのか、クレアは俺が尋ねても「なんですか」「知りません」としか返してくれなくなってしまった。少しさびしいが、自業自得だろう。
頬を張られた時に後ろからゴリ達の「旦那ァ・・・」という落胆したような、あるいは憐憫を込めた声で呆れられたほどだ。
あとクレアたん、俺と話す際におっぱいを庇うように抱きかかえても君の場合は強調されるだけだからやめときなさい、目を引くから。
クレアが話に付き合ってくれなくなったので、俺は歩く速度を落とし、後ろを付いてくるゴリ達に歩幅を合わせて会話に勤しむ。
今は浮浪者同然に身を窶しているが、これでも熟練とは言わないまでにしろそこそこ名の知れた中堅冒険者パーティだったらしい。
しかし、メンバーが一人永久欠員になり、パーティはほぼ瓦解。
「永久欠員・・・?」
「はい。・・・死んだんでさぁ」
「・・・そうか」
やはり冒険者という職業は危険と隣り合わせらしい。
冒険中に死ぬことは珍しくはない、ゴリはそういったが、かといって容易く割り切れるものではないのだろう。言い放ったゴリ達の笑顔は悲しげだった。
(剣と魔法が蔓延るこの世界での冒険・・・現実より危険だろうなぁ。
そんな死と隣り合わせの世界でも死なない俺は・・・)
ふと心中に暗い影が落ちる。
生者必滅会者定離。
生あるものには必ず死が訪れ、出会いには別れがある。
ならば。
不死。
人間を模っていても、どんな生物でもありえない能力を持つ自分は、人間と呼べるのか・・・?
俺には出会いと別れだけが繰り返されるのか・・・?
そう思うと、自分がひどく虚しいものに思えた。
「旦那・・・ありがとう、ございます」
「ん・・・?何がだ?」
ふとゴリから感謝の声があがるが、俺にはそんな謂れはない。
「いえ・・・悲しんで、くれてるんですよね?あいつの死を」
あいつとは一体誰のことだろうかと考えるも、話の流れから察するに欠員になったという彼らの仲間のことだろう。
「あぁ・・・いや、その・・・なんだ、アッチで幸せだと、いいな」
違う、などとはさすがに言い憚られた。
言い淀んで、おかしな物言いになった。
しかし、知人も友人も近親者さえも死別したことのない俺にはなんと言ってやれればよかったのか。
十幾数年という自らの人生経験の少なさ、薄さが今ばかりは憎く思えた。
もっと気の利いた言葉があったのではないか。そうも思う。
でも・・・それでも、彼らの仲間が死んで尚、どこかで達者で暮らしていて欲しい。
その想いだけは紛れもない本心だった。
「アッチ・・・?」
ゴリは怪訝な顔を顔をしている。
そうか、死生観は日本とは異なるのか。
「・・・そうだな、俺の居たとこじゃあ、死んだ人間は『天国』って場所、あるいは『地獄』って場所に行くって言われてるんだよ。
だから・・・そいつが、天国で幸せに居られるといいな」
「天国と、地獄・・・。どんな場所なんで・・・?」
「そうだな・・・天国は楽園、いい場所なんだよ。地獄はその逆で・・・まぁ、なんだ。
とにかく、天国へ行けてるといいな」
「・・・そうですね、あいつならきっと天国で楽しくやってると思いやす」
「そうか。ならよかった」
天国へ行けるのなら、きっとそれは良いことなのではないか。なぜか根拠もなくそう思った。天国に行った、そう言われたゴリの仲間がとても俺には羨ましく思えた。
重苦しい会話に伴い、場の空気は静謐なものとなった。
それでも俺達は黙々と歩き続け、すっかり夜が開け、街行く人々が異様な格好の集団の俺達とすれ違っては怪訝な目を向けてくる。
やはり、この格好はこの世界でも浮くらしい。
(煤けた灰色のローブを頭からかぶった集団に、先頭を歩くこの世界にはなさそうな学ランを羽織っただけの美少女・・・。しかし、改めてみるとクレアの格好はエロいなぁ・・・)
背後から見れば、羽織っただけの学ランでは彼女の抜群のプロポーションの腰のくびれなどは見ることはできないが、それでもお尻の隆起だけはしかと確認できる。
(・・・ご馳走様です)
さすがにあの格好では不味いのはとズボンも貸すことを提示したのだが、クレア自身が長尺の俺の学ランだけでいいと言うので、俺は悪くない。
決して灰色のローブの下ではパンツ一丁の自分を想像しては「変態じゃねぇかっ!」とドン引きしたために貸さなかったわけではない。
・・・本当だぞ?
そのせいか、クレアのやたらと扇情的な格好に道行く人は様々な反応を示している。
すれ違っては頬を染めて目を背けるものや、「ヒュー」と口笛を吹いたり、ジロジロと下卑た視線を向ける者。
やはりどこの世界でもエロいことは共通なのか。そんなことを考えて少し安堵した。そのあと激しく自己嫌悪した。
しかし、自らの痴態を気にすることもなく、クレアは威風堂々と町を闊歩している。彼女は痴女の素質でもあるのか。
タツミ、やっぱり彼女の将来に期待・・・いや、心配になってきた。
「・・・あの、タツミさん?」
気が付けば、クレアが立ち止まり、振り返っていた。
「ん?なんだ?」
まさか、俺の熱視線に気づいたとでも・・・!?俺は悪くない!そんな格好をしている君が悪いんだっ!
俺を獣にさせる罪作りな君が悪いんだっ!
脳内で痴漢もびっくりな暴論を組み立てて自己弁護をした。
俺は悪くないっ!
「その・・・ソレ、やめません・・・?」
「ん?ソレとは何のことだ・・・?」
「え、えぇーっと・・・」
はて、彼女の言うソレとは一体なんぞや。
「旦那・・・その、剣でさぁ」
言いよどむクレアにゴリが助け舟を出す。しかし剣が駄目とは?
俺の他にもすれ違う人々には帯剣している者や槍を担いでいる者が見受けられる。
この世界には「銃刀法違反」やらはなさそうだ。
もしや、彼らはこの国で所持の許可を得ているというのか・・・!?
そうなると無許可の自分はしょっぴかれるのでは・・・不安と共に嫌な汗が流れた。
しかし、どうやらそういうことではなかったらしい。
「その、剣を納めたり、抜いたり・・・カチンカチンと鳴ってる音でさぁ」
「うん?抜刀、納刀を繰り返してるだけだが・・・不味かったか?」
やはり刀とは縁遠い現代人としては、おおよそ3尺、90cmはあろう刀を抜くのは一筋縄では行かないとアッシュとの剣戟で気づいた。
そのため、いざという時でもスラリと抜刀できるように、という俺なりの特訓だったんだが・・・。あと、抜刀術とか居合いとか、ああいうのに憧れたのだが・・・。
どうもこの尺の刀は居合いには向かないようなので、諦めた・・・。
それでも、抜刀を円滑に行うためにはやはり経験だと思い、黒刀を左腰辺りにベルトで固定し、ずっと抜刀の練習を行っているため、カチカチと鍔鳴りの音がずっとしていた。
どうやら、ゴリ達はその音が気になるらしい・・・。
「あぁ、すまん・・・。つい癖みたいなものでな、止められないんだ。
音が気になるだけだよな?」
「えぇ、まぁ・・・。モノ自体は隠してありますし、さすがに街中で得物を抜く奴ぁそうそう居ないんで、周りの奴も音を不審に思う程度でしょうけど・・・それでも、数人は剣に気づいて睨んでますぜ・・・」
ゴリは居づらそうに周囲をキョロキョロと見回す。
俺も真似て見回すと、柄の悪そうな数人と目が合い、睨んでくる。
(なるほど、柄の悪いやつら気が強いのか、あるいは斬りかかられるような後ろめたさがあるのか・・・)
やはり、現代日本よりかは治安は悪いようだ。
そして、金属音だけで武器だと判断ができる。それほどまでにこの世界では剣が身近な存在らしい。
黒刀自体は路地裏から出るときに銃刀法を恐れてクレアの破かれた衣服でグルグルに巻きつきて見えないようにはしていたのだが、納刀の際の音は防げなかったようだ。
それならば、と既にズタボロになったクレアの衣類を更に破り、鍔の少し上、確か部分的には・・・『はばき』と呼ばれる部分に幾重にも巻きつける。
そして、また抜刀、納刀を繰り返し・・・
「よし、これでいいか?」
音が出ないことを確認した。
「え、えぇ、まぁ・・・・」
「そんなことするぐらいなら、その癖は治せないんですか・・・?」
クレアの不機嫌な声。
「仕方がないだろう。癖なんだから・・・」
実際は癖ではなく、少しでも他の人間との遅れを取り戻すための練習なのだが・・・。
そう言えば「やめろ」だとか「場所を変えろ」だとか言われるのは想像に容易い。
だから、うそをつく。
「フフッ」
ふと笑い声がする。
見ればクレアが、先ほどまでの仏頂面はいずこへやら、楽しげに笑っていた。
「・・・なんだよ?」
先ほどまでは怒っていたくせに、今では笑っている。
俺の気遣いはなんだったんだ。
そう思ったら思わず低い声が出たが、彼女が気にした様子はない。
「いえ、なんだか、アッシュ様みたいだなぁって・・・」
「は?俺があの針鼠みたいだって?」
おい、やめろ、俺をあんなツンツンオールバックヘアーと一緒にするな!
「針鼠・・・プフッ。いえ、そのアッシュ様も同じようなことを言ってたんですよ・・・というか、やってたんですよ」
「アッシュが同じことをやっていた・・・?」
一体あの男何やってたんだよ・・・。
嫌いな男と思わぬ共通点があるらしく、俺は少し嫌な気分になった。
俺とあいつ、何が一緒だって言うんだ・・・




