帰還
「あ、あの~・・・」
背後からクレアの恐る恐るといった声がかかる。
「なんだ」「なんでしょうか」
俺達はグイと首だけをクレアに向ける。
この時も決して手の力は抜かない。奴の手なんぞ砕けてしまえ。
しかし、奴の力も決して衰えていない、チッ!
「そろそろ帰ってもよろしいでしょうか・・・?さすがに家族に何も言わず一夜を明かしたとなると、心配させますし・・・それに怒ってるでしょうから」
クレアは愛想笑いのまま俺達に向かって言う。
「確かに、そうだな。心配してる人もいるだろうし、俺も一息つきたいもんだ」
乱闘騒ぎの上に突如切りかかってくる馬鹿もいたし、汗も流したい。
(この世界、風呂はあるのだろうか、なければ湯浴みでもいいが)
西洋風でありながら土下座など日本と似た文化を持つこの世界、いったいどこまで類似しているのか、異国の文化への興味は尽きない。
「で、だ。そろそろ手を離してくれていいんだぜ、アッシュ?
そんなに俺の手が恋しいのか?ん?」
そのためにはまずは目の前のこの男だ。
アッシュは未だに俺の手を強く握っている。それこそ骨を砕かんとばかりに。
「何を馬鹿なことを。お前が離せばいいだろう?」
「ハッハッハ、なんで俺が」
お前が離せ、と手に一層力を込める。
(俺から離したらお前に負けたみたいだろうが!)
「グッ・・・。ならばなぜ俺が離さねばならんのだ?ん?」
アッシュは苦悶の声をあげながらも、ギリギリと更に手に力が込められる。
(こいつ・・・まだやる気かよ・・・!)
「ハッハッハ」ギリギリ「ハハハ」ギリギリギリ「「ハーッハッハッハッハ!」」
ギリギリギリギリギリギリ・・・・
「ていっ」
気の抜けた掛け声の直後、俺とアッシュの手に垂直にチョップが落ち、痛みでつい反射的に手を引っ込めるが、どうやらアッシュも引っ込めたらしい。
(どうやら俺の負けではないらしい。ならばよし、俺の勝ちだな!)
どうあっても、引き分けはないらしい。
「もう、お二人ともいい加減にしてください!
仲がいいのは結構ですけど、私だっていい加減帰りたいのです!」
クレアは腰に手を当て、踏ん反り返っている。
彼女の細い体に不釣合いな大きな胸がツーンとより主張されている。
(揉んでいいだろうか、いや、駄目だろうな)
さすがにお怒りのクレアに余計なことをすれば焼け石に水なのは日の目を見るより明らかだった。
余計な茶々を入れたくなるイタズラ心をグッと押さえ込んだ。
「アッシュ様も私を心配してくださるのはありがたいのですが、いきなり斬りかかるはおかしいです!
タツミさんがお強くてなんとかなりましたけど、アッシュ様もご自分の強さをご自覚ください!
貴方様の攻撃を防げる人なんてそうそういないのですから!」
どうやらクレアの目には、俺が奴の攻撃を自力で防いだように映ったようだ。
実際は防がされたというのに、思い出したらまぁたイライラしてきた・・・。
「ですから、まずはアッシュ様が謝ってください!」
「ぐ・・・しかし、クレア殿・・・!」
アッシュは苦虫を噛み潰したような顔をしている。おい、お前そんな俺に謝るの嫌なのかよ。
(これはいい・・・存分にいたぶってやろう・・・)
俺の心の中の小さな悪魔がニヤァと嫌な笑顔をしている。
天使?そんなもんはいません。
「ぐぅっ!?」
「タツミ様!?」「「「旦那!?」」」
俺が唸り声を上げると、すぐにクレアとゴリ達の心配そうな声がかかる。いいぞ、もっとやれ。
「くっ・・・アッシュに斬りかかられてどうやら手を傷めたようだ・・・」
生憎、外傷はないので手を抱えるようにしながら地面に膝を付く。
「そんな、旦那ぁ!?」
ゴリの悲痛な声が響く。どうもこいつは感情家らしい。今この場ではいい役者になってくれそうだ・・・!
おもしろくなるぞぉ・・・!
「大丈夫だ、少し痛めただけだ、心配するな・・・ぐっ」
「タツミさん・・・」「「「旦那ぁ・・・」」」
気丈に振舞う俺に、この場の皆は俺への同情ムードである、まぁ元々俺に非なんてないはずだしな!うん!
「おい、待て、貴様・・・手なんぞ傷めてないだろう・・・しかもなぜ今なのだ・・・!」
「バッカ、おめぇ、そりゃあ俺がなんとか耐えてただけで・・・うぐぅ」
ちくしょう、アッシュてめぇ、的確なところ突いてくんじゃねぇよ、いいからとっとと俺に謝れ!
「タツミさん!?本当に大丈夫なんですか!?」
「あぁ、大丈夫だ・・・」
「もうっ!こうなったのはアッシュ様のせいなんですからねっ!」
いいぞクレア、もっと責めてやれ!
「・・・申し訳ない・・・」
アッシュはか細い声で侘びを入れる。んぅ?なんだってぇ?
「私じゃなくて、ちゃんとタツミ様に謝ってください!」
「ぐぅ・・・!」
クレアの言葉で今日一番の表情の変化を見せる。え、何お前、そんな俺に謝りたくないの?
今日はじめて会った奴にここまで嫌われるって、俺、なんかしたっけ?
ちょっと悲しくなってきたんだけど・・・いいぞ、クレアもっと言ってやれ!
「・・・その、なんだ、タツミ、すまなかっ・・・「うぐぅっ!?手が、手が疼くぅ!?」
「タツミさん!?」「「「旦那ぁ!?」」」
「おい貴様!今俺が喋っていたとこだろう!」
「え?なんだって?何か言ってたの?もっかい言ってもらっていいか?」
こらえろ、俺・・・!今・・・笑っては・・・!
「きっさまあぁ・・・!」
アッシュが恨めしそうな声をあげるものの、俺にはクレアがついている。
鬼に金棒、俺にクレア!アッシュ対策はこれで万全!
「ほら!アッシュ様は早くタツミさんに謝ってください!」
「し、しかし・・・クレア殿・・・」
「ほーらっ!早く言わないと女将さんに言ってうちのお店、出入り禁止にしちゃいますよ?」
「うぐぅ・・・?!」
アッシュは俺に謝ることと店の出禁を秤にかけているらしい。
怒っては悲しんで、悲しんでは怒ってを繰り返している、何こいつ、おもしろいんですけど。
つうかいやまじで本当にどんだけ俺に謝るの嫌なのよ・・・。
「ほら、とっととゲロっちまえよ、楽になんぜ、アッシュさんよぉ」
気分は取調べ中の刑事だ。カツ丼はない!
「貴様ぁ・・・」
何度目かわからぬ貴様ぁいただきました。お前それ好きね。
「ほら、アッシュ様!」
クレアが早く早くと催促する。
「ぐぅ・・・タツミ、その、なんだ・・・突如斬りかかってすまなかった・・・。その、手は、大丈夫か・・・?」
「あぁ?んなもん、大丈夫に決まってるだろ、なんともねぇよ、ほら」
俺はスクッと立ち上がり、今まで抑えていた手を脱力し、ブーラブラと揺らす。
「貴様・・・、やはり、謀ったなぁ・・・!」
「ヒャッハー!ねぇどんな気持ち?ねぇ今どんな気持ち?謝りたくなかった相手に謝っちゃった今の気持ちどんな気持ち?ぷぎゃー!」
俺はもてるかぎりのネットスラングを多用し、アッシュを罵倒しまくる。
え?今どんな気持ちって?
最高ですよ、草不可避、ぷぎゃー。
「殺す・・・!貴様は今ここで殺す!」
激昂したアッシュは剣に手を伸ばす。
今の奴なら手加減などせず全力で俺にかかってくるだろう。上等!全力でやってやるっ!
全力の拳の殴り合いで和解?冗談!
全力の斬り合いで殺し合いです!膾斬りにしてやんよ!
「上等だオラ!俺の刀の錆にしてやんよ!」
俺も負け時と刀に手をのば・・・
「ていっ」
「「いてっ!?」」
「はい、ここまでです!タツミさんはアッシュ様に謝っていただいたのですし、今回はアッシュ様が悪いです。これ以上は駄目です!私は帰りますよ!」
「「しかし」だな・・・」
「しかしもこけしもありません!私はおうちに帰ってゆっくりしたいのです!いいですね!?」
クレアは腰に手を当ててプリプリと怒っている。
それだけなら可愛らしいものだが、声は本当に怒気を含んでいる。
さすがに遊びすぎたか・・・。
「返事は?!」
「「はい・・・」」
「よろしい!なら皆さん、行きますよ!」
「あ、あぁ・・・」「「「へい、姉御!」」」
「クレア殿、申し訳ない・・・私は少し寄るところが・・・」
「あら、そうなのですか?」
「えぇ。今回のクレア殿の捜索は『クエスト』絡みだったので・・・」
ん?クエスト・・・?
「そうですか・・・依頼主は・・・」
「はい。『女帝』殿ですが、私は先に・・・」
「わかりました、すみませんがお願いしますね。母には私から説明しておきますので・・・」
「此方こそお願い致します。しかし、本当に無事で何よりでした。おい、貴様ら」
「あん?」
「賊はまだ生きているのだろう?またクレア殿を付け狙うかもしれん、無事に届けろよ。もし彼女に何かあったら・・・」
「はいはい殺す殺す、ね。アッシュちゃんは本当に心配性でちゅね~」
「貴様・・・!」
「あ~、はいはい。タツミさんに任せなさいって」
こいつ、本当おもしれぇなぁ。
しかし、さすがに疲れたし、こいつをからかうのもキリがないので、俺はニヒルを気取ってポケットに手を突っ込んで、空いた片手で背後にいるアッシュに手を振り、通りに出る。
・・・で、あれ、これ、右と左どっち行けばいいの・・・?
気取った手前、聞くの恥ずかしいんだけど、誰か早く来てくんない・・・?
しかし、クレアもアッシュも、ゴリたちも一向に動き出す気配はない。
・・・じゃ、じゃあ右で。
「あの、タツミさん!」
「ん?なんだ?」
「その、逆方向、です・・・」
道がわからなければ素直にわかる人に聞きましょう、お兄さんとの約束だぞ!ばいたつみ
帰ってないじゃん、というツッコミは・・・




