表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/112

憧れる姿

「ぜえっ、はあっ……はあっ……」


 全身を蝕む鈍痛を堪えながら、足を引き攣り息も絶え絶えに階段を降りる。


「旦那、肩を」


 見かねたロ‐シが肩を差し出す。


「この階段、こんな長かったか……?」

「まだ数段降りただけですよ、旦那……」


 痛みを負うことがこんなに辛かったのだと久々に実感する。

 最近は刺されたり斬られたりと鋭い痛みが多かったり、即死からの蘇生が多く、痛みを継続することがなかったのが幸いだったのか。

 打撃を受けた後、鈍痛を抱えたままでいかに戦うか。今後の課題になりそうだ。

 最悪は自死からの痛みをリセットするのもアリか。


「さんきゅ、ロ‐シ。助かったわ……」

「いえ」


 肩を借りながら、何とか階段を降りる。

 敵が生き残っていれば威厳や怖れも台無しになるような情けない姿だっただろうが、今や取り繕う必要性がない。敵はもう残っていないのだから。


「ほいほい、お待たせ、って……」


 アルフ、リ‐ド、ゴリの三人が集結し、壁を取り囲むように立ち尽くす。

 困った表情の三人の視線の先には、壁を背に血塗れでガタガタと怯え震える一人の男がいた。


「バッカ野郎、生き残りいんじゃねえか。人が折角かっこよく皆殺しじゃ-って意気込んだのが台無しじゃねえか」

「残念ながら旦那。悪役は部下に肩を借りながら階段を降りてこないかと」

「ちげえねえ」


 はっはっはとロ‐シと二人で小粋なジョ-クで場を和ませようとしたが、場は相変わらずである。

 血塗れの男は膝を抱えて蹲り、うわ言のように殺さないで、殺さないでと懇願するばかり。

 ゴリ達三人はそれを困った表情で眺めている。


 他の敵は全て排除したというのに、今更この男一人に何を手をこまねているのか不思議である。


「まずロ‐シ、このおっさんが見えなかったわけないよな。なんで殺さなかった」


 階上で俯瞰できていたロ‐シが見落とすわけもない。だとすれば敢えて生かしていたはず。


「……この方は昔、この街の冒険者でした。それこそ我々がこの街に来た時にル‐ルを、暗黙の了解といったものを教えていただきました。その御恩を」


 言い訳同然の理由を並べる。恩義があるから生かしたと。


 ゴリを見やると、彼もまた苦い表情で頷いた。

 ロ‐シとゴリはこの血まみれのおっさんを殺したくない、と。


「で、リ‐ドはどうなんだよ」

「俺も似たようなもんだ。この人には色々教わって、今の俺がある。女房を亡くして一線を退いたと聞いたが、まさかこんな場所で出くわすとは……。タツミ、頼む。今回だけ、この人だけは見逃してやってくれないか。本来、こんな場所で、こんな終わりを迎える様な人じゃないんだ」


 正直、俺個人はこの男に何の思い入れもない。

 リ‐ド達の懇願さえなければ気にも留めず、この場で死んでいようが、誰かの目を逃れ逃げ出していたとしても、どちらでもいい。本当にどうでもいいのだ。


「で、アルフはなんで手を出してないんだ」


 リ‐ドとずっと一緒なのだから、同じ理由なんだろうが。


「いやあ、こんなガタガタ怯えてる奴やっちまったら、俺が弱いものいじめしてるみてえじゃん」

「う-ん、シンプル」


 多分、こいつはこの人の事を忘れてる。さすが愛すべきバカ。

 それにしても今までの虐殺は弱いものいじめに該当しないのだろうか。基準はなんだ。


「さて、どうしたもんかなあ」


 口には出したものの、俺の判断は決まっている。


「た、助けてください!お願いします!」


 会話の流れを汲み取り、自らの生存に一縷の望みをかけ、男が懇願を始める。

 自分が死なずに済む。そんな臭いでも嗅ぎ取ったのだろう、大した嗅覚だ。


「何でもします!お願いですから、助けてください!娘が!娘がいるんです!」


 娘がいる。その一言で流れが変わった。

 こいつの救いの糸は、地獄から逃れる蜘蛛の糸は俺が握っている。

 今この場でこいつのお釈迦様は、俺だ。


「娘がいる。だからなんだ。娘を代わりに差し出すか?ここの娘達のように稼がせるか?」

「ち、ち違います!」


 男の真ん前に顔を寄せる。

 男は怯え、狼狽えるも俺の顔をしっかりと見据えている。

 俺をジッと見つめる人の瞳孔は開いている。極度の興奮状態にあるのが見て取れる。


「おい、タツミ!」


 リ‐ドもまた俺の心境の変化に気づいたのだろう。声を荒げながら一歩踏み出すが、隣に立つロ‐シが制止する。


 ロ‐シと視線が合う。無言のまま、コクリと頷いた。

 どうやら俺に任せてくれるらしい。言わずとも俺の意図を察してくれる辺り、さすが。

 なんなら全て見透かされてるようで恐ろしくなるが。


「妻との約束なんです!娘達が大きくなるまで私が育てると!」

「知ったことか。その為にウチに手を出したと?」

「知らなかったんです!ついていくだけで金がもらえると聞いて!」

「うまい話だな。俺達を始末したあとは金をもらっていい女でも抱いて、奪った金で娘を養うのか?」

「そんなつもりは…!」

「俺もそうするか。あんたを殺して、金を奪って、あんたの娘に稼がせる」

「は……!?」


 怯えるだけだった男の瞳に、別の感情が生まれた。

 怯え、戸惑い。そして、怒り。


「いいぜ、見逃してやる。だが、お前の娘だけは逃さん。地の果てまで追いかけ、追い詰め、死ぬまで俺の為に働かせて稼がせる。娘の名前と特徴だけ教えろ、そうすればお前は逃げていい。ただし、嘘を付いたらお前も、お前の娘も殺す。必ず見つけ出して殺す」


「さあ、どうする。お前にできることはふたつにひとつ。娘を売り、逃げ出すか。娘を助けてお前が死ぬか。さあ、選べ」


 この選択に穴があることに、男は気づくだろうか。


「そんな……。私が死んだら娘達は……」


 男は項垂れ、どうする、どうすればと呟き続けている。

 俺にとってはそれだけで上等だ。

 男が我が身可愛さで娘を売るようならば、即座に殺していた。

 だが、男は葛藤している。どうすれば娘を助けられるか、どうすれば己も助かることができるのか。

 男はまだ諦めていない。だが、男はまだ気づかない。


 足元に落ちている剣を一本、足で押し出す。

 剣は都合よく項垂れている男の視界に収まっただろう。


「そういえば、最初に言ったな。この中の一人でも退けることができたならこの館から見逃す、と。ル‐ルは変更だ、俺を殺してみろ。あんたも元は冒険者なんだろ。だったら、戦って、足掻いて生を掴みとって見せろ。己の命も、愛する娘の命もな」


 男はしゃがみ、剣を掴み立ち上がる。

 男は剣を握るのが初めてかのように、情けない立ち姿。

 立ち上がったものの膝はガクガクと大きく震え、両手でしっかりと握られた剣さえもガタガタと音が鳴るように震えている。だが瞳だけは、まっすぐに力強く俺を睨んでいる。

 血塗れだった顔を涙と鼻水に更にぐしゃぐしゃにしながらも、瞳に闘志を滾らせ、生きる気力に満ち溢れている。


「及第点だ」


 剣を握ることなく、ただ助けを乞う弱者ではないようだ。


「はあっ、はあっ、ふ‐っ、ふ‐っ……」


 俺の言葉が聞こえていないのか、男は鼻息を荒くするのみ。

 それでいい。抗え。


 腰に差した『無明』を抜く。『無明』を両手で握り正眼で構える。男の正中線を視界の正面に収める。


「さあ、こい」


 俺の言葉を合図にしたかのように、男は駆けだす。

 走り方を忘れたかのような覚束ない足取りで、今にも転びそうな不安定さ。

 目を瞑っても避けれそうな直線的で鈍間な間合いの詰め方だ。

 だが、敢えて避けることはしない。

 正面から『無明』で受け止める。刀身にずしりと衝撃を感じた。


 生きたい。男の声なき叫びが聞こえた。


 鍔迫り合いは短く、すぐに衝撃が何度も続く。何度も何度も叩きつける様な斬撃。示現流を彷彿とさせる。

 二度、三度、四度と、何度も、何度も。

 死にたくない。生きたい。生きたい。生きたい。

 何度も聞こえる。がむしゃらに生きたいと叫ぶ声が聞こえる。娘と共に生きるのだと生への渇望が。


「足掻いてみせろ」


 男の願いが大きくなるかのように伝わる衝撃が大きく増していく。

 最初はへっぴり腰だった男の一撃に徐々に徐々に力が乗って、最初は優々と受けていた一撃もやがて苦しくなってきた。

 気づけば男の顔が眼前に迫っていた。

 目を血走らせ、口内から血が流れるほどにきつく歯を食いしばっていた。鬼気迫る表情だった。


 死んでたまるかと懸命に足掻いていた。


 チッと舌打つような音が聞こえ、頬に一瞬、灼けるような痛みが走る。

 男の剣の切っ先が、頬を掠めていた。


「合格だ」


 男が大きく振り上げた際に身体をずらし、『無明』の背で男の手の甲を叩く。

 男は痛みで怯み、その手に持っていた剣を手放して後ろに下がる。


「合格だ、おっさん。あんたを見逃そう。もちろん、娘の命もな」

「……へ?」


 激しい運動に疲れ、肩で息をしている男は俺の言葉への理解が遅れている。


「合格」

「へ?」


 理解が遅いって、何回言わせんだ。


「合格、おっさん、生きる」

「いき……る?」


 言語能力損なわれてるわ。

 とりあえず、おっさんの息が整うまで待とう。状況をちょっとは理解できたのか、今や膝に手を付き落ち着いてる。


「フ‐っ、フ‐っ、フ‐っ……」


 おかしいな。しばらく待って、男の呼吸が整ったのを見届けたはずなのに、いつまでも荒い鼻息が聞こえる。


「うおっ」


 不思議に思って後ろを見れば、シトリィがアルフとゴリの二人がかりに羽交い絞めにされていた。

 しかもシトリィは特徴的な犬歯をむき出しにし鼻息を荒くしている。

 先程の男よりも遥かに闘志に満ち、恐ろしい。鬼気迫るどころか鬼そのものがそこにいた。

 シトリィの視線の先には男がおり、今にもとびかかりそうになっているところをアルフ達に抑え込まれている。そんな状況だった。

 桃太郎もびっくり、犬をお供にしたと思ったら鬼が仲間になりました。


「ちょっと見ない間に何事」

「お気になさらず」


 ロ‐シが飄々とした顔で告げる。

 いや、気になるわ。


 とにかく、話を進めよう。

 シトリィを羽交い絞めにしてるアルフとゴリが早くしろと言わんばかりに恨めし気な視線を飛ばしてくる。

 俺の気も済んだことだし、とっとと済ませよう。


「さて、おっさん。名前は?」

「あ……ファズ、ファズです」

「了解、ファズさんな。おめでとう、ファズさん。何度も言ってるが、あんたは無事に生き残った。今この場で俺達があんたに害することはしないと約束しよう」


 とはいうが、正直シトリィに限っては約束できる気がしないが。今にもとびかかりそうな勢いだし。


「勿論、あんたの娘にもだ。俺はあんたを気に入った。もし、何かあれば俺が、俺達がケツを持つ。金がないっつってたな、生憎と俺達もポンと金を渡せる余裕はない。だが、仕事先ぐらいなら紹介できるかもしれねえ」


 ゴルド‐の財産は、娘達に使うものだ。俺の一存でポンと渡せるものではない。

 だが、仕事ぐらいなら今日知り合ったばかりだが、仕事の早い優秀な情報屋がいるし、最悪、屋台を営み顔の広そうなテトさんを頼ってもいいだろう。


「ま、待ってください。なんで急に、意味が分からない」

「まあ、だよな。単純に俺があんたを気に入った、そんだけだ。

 あんたが娘を差し出すようなら試すまでもなく殺していたけど、あんたはそうはしなかった。一貫して娘のために必死だったしな」

「なぜ娘が……。うちの娘を知っているのですか?」

「いんや、知らねえ。ただ俺にも娘がいてな。義理なんだけどさ。で、娘を自分の命を懸けてでも守ろうとするあんたに感銘を受けてな。俺もできればそんな親になりてえなって。

 だから、あんたのことを気に入っただけじゃなく、なんならちょっと尊敬もしてんだ」


 どれだけ辛く苦しかろうと、何があろうともたった一人で俺を育ててくれた母のように。

 そんな母に恩も返せずあっさりくたばった無力で馬鹿な俺でも、娘と決めた幼子を守り通せる父になりたい。

 こうなりたいと思わせてくれたファズさんに敬意を。


「尊敬……?こんな私を、ですか?そんなこと、初めて言われました……」


 ファズさんは、またしても涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにする。しかし、先程までの恐怖とは違い、今度は歓喜の涙でだ。

 どうやら興奮状態がまだ続いているのか、感情がバカになっているようだ。


「お‐お‐、凛々しい顔が台無しだぜ、そんな顔、娘に見せらんねえだろ」


 ファズさんはぐずっ、と鼻を鳴らしながらそうですね、と頷く。


「俺が、俺達があんたや娘を救ってやる、なんて大層なことは言えないが、少しは何かを変えるぐらいのことはできるかもしれねえ。そのための助力は惜しまねえつもりだ」

「本当に、どうしてこんな私にそこまで言ってくれるんですか」

「だから言ったろ、同じ父親としてあんたに感銘を受けたんだよ。とりあえず娘のためにもうひと踏ん張りしようぜ、お父さん」

「娘のために……そうですね、私にはあの娘達しか残っていないんです、なら守り通さなきゃ」

「その通り。なら、まずは稼いで娘達にうまいもんでも食わせてやろうぜ。もし、本当に金がない、稼げないとなったらまたここに来い。おっかねえかもしんねえが、一度死ぬかもしれないと腹ァ括ったあとなら何も怖くねえだろ?もし怖けりゃ散々嬲って脅して肝を据わらせてやんよ」


 俺が訓練と称してアッシュに嬉々として刻まれたように、何度でも何も怖くなるほどまでに恐怖を刷り込んでやる。


「は、はは……それは勘弁願いたいです……」


 ファズさんは乾いた笑みを浮かべている。だが俺は本気だ。いつかアッシュのクソ野郎にも血反吐を吐かせてやる、覚えてやがれ。


「わかったならとっとと帰んな、このままここにいたら俺なんかよりよっぽどおっかねえ犬に噛みつかれんぞ」


 首を動かし、ファズさんの視線をシトリィに誘導する。

 未だにアルフとゴリの二人がかりで羽交い絞めにされているシトリィはファズさんと視線が合うと、グルルルと唸り、ガウッ、と吠える。ヒエッと情けない声が漏れた。俺から。おっかねえ。


「あ、あの、本当にすみませんでした。それと、ありがとうございました。また娘達のために懸命になろうと思えました。もし、何かあれば皆さんに助けていただこうと思います。もしよろしければ、皆さんの名前を……」


「名前?あ-……」


 一瞬考える。


「タツミだ。俺達は『夜行』って名乗ってる。んで、一応俺が長。『夜行』のタツミ」

「タツミさん……?最初、フシと名乗ってませんでしたか?」

「ありゃあ通称。いかんせん真っ当な生き方できる気がしれねえから、変なもんに名前覚えられても困るしな。それにフシって名乗ってるもんが死ななけりゃ、不死身の不死って様になんだろ?」

「不死身のフシ……なるほどです」

「だからまあ、今日のこと、ゴルド‐の館を襲撃したならず者達はゴルド‐の配下、『夜行』に返り討ちにあった、なんて広めてくれるとありがてえ。聞かれたらでいい、そう答えるぐらいで広めてくれると助かる。『夜行』の名前もフシの名前も広めていきたいもんでな」


『夜哭街』を恐怖で支配したゴルド‐は死んだ。

 今はまだその事を隠しているが、いずれ露見する。

 そうすればまた『夜哭街』は秩序を失い、馬鹿な男共が女を泣かす。

 そんなのは俺も、ゴルド‐も望まない。

 ならばまだ俺達は狐でいい。ゴルド‐という虎の名を借りる狡猾な狐だ。


「……わかりました、そのように答えるようにします。では、本当にありがとうございました」


 そう言ってファズさんは何度も振り返り、頭を下げては去っていった。


「達者でな-」


 手を振り、見送る俺。


「ガウガウッ」


 吠えまくるシトリィ。


「「もう無理!」」


 泣き言を言ってシトリィから手を離すアルフとゴリ。


「……一体俺達は何をしてるんだろうな」


 賢者タイムのリ‐ド。


「いやあ、今日も平和だなあ」

「……旦那、戦後処理から目を背けないでくれますか」


 館は売りに出すって言ってたけど、床はめくれあがり、壁は突き破られ穴だらけ。

 極めつけには一面血だらけの死体だらけ。


「幽霊屋敷だとかスプラッタハウスってことで売りに出せねえかな?」

「無理でしょうね」


 当分屋敷の掃除、金策やらで慌ただしい日々になりそうです。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ