好敵手
「だああ!めんどくせぇっ!てめぇらいつまでも喚いてるんじゃねぇ!
クレアも笑ってねぇでちったぁこいつら宥めるの手伝え!」
路地裏は未だに混迷を極めていた。
この世の破滅を憂うように喚く者、助けを乞う者、神に祈りを捧げる者、そしてそれらを見て笑う者。誰一人として正常に見えない、まさに地獄絵図だった。
「頼むから、誰か助けてくれぇっ!」
俺はどうしようもない現状を打破してくれる者を切望した。
「クレア殿っ・・・!」
不意に路地裏に声が響く。
声のする方を見れば、声は路地裏の手前、入り口から響き、今では人が佇んでいる。
ただし、その姿はいつの間にか昇っていた陽光の逆光で眩く輝いて見えて、かろうじてシルエットが確認できるほどでしかなかった。
(声といい体系といい・・・男、だよな。クレアの名前を呼んでいたし、知り合いだろうか?・・・まぁ、この際どうでもいいか)
「おぉ・・・よかった、あんたも手伝って・・・」
男はカッカッと規則正しい足音を立てて、俺に近寄ってくる。
近づくに連れて、その姿が浮き彫りになる。
ツンツンに逆立った鈍く輝く灰色の髪の毛。精悍な顔つき。そして髪色以上に光り輝く銀色の胸当てに、腰に刺した剣。特徴のない黒い革靴。
(なんだこいつ・・・兵士、か?)
その姿は昔ゲームで見た、歩兵の姿そっくりだった。
(しかし、なんだこいつ・・・。能面みてぇな面しやがって・・・)
灰色の髪の男は路地裏に侵入するなり、クレアの名前を呼んで以来、何もしゃべらない。
ただ黙し、俺を目指しながら、歩を進める。
その顔は無表情で、何の感情も読み取れない。
その能面のような顔で、一定のペースで歩き続ける。不気味な機械的な男だった。
「アッシュ様・・・?」
後ろでポツリとクレアが呟く。
アッシュ。これがこの男の名前らしい。
(アッシュ・・・ね。髪色まんまじゃねぇか。ゴリといいもう少し名前考えろよ・・・)
タツミはこの世界の創造主であり、彼らの名付け親であろう少年を想う。
(あいつは三毛猫にミケとか名付けそうだなぁ・・・。そういやうちも昔、猫、飼ってたっけ・・・。名前は・・・確か、ミケ。でも誰が名付けたんだったか・・・?)
安易な名前だと想いつつも、飼い猫の名前も、飼い猫も大好きだったことを思い出す。
しかし、その名前を付けたのは誰だったか、それだけが靄がかかったように思い出せない。
(なんとも嫌な気分だな・・・)
アッシュは俺の前で立ち止まると、能面のような顔を綻ばせた。
「クレア殿、ご無事でよかった。今、お助けします」
ただし、俺に向かってではなく、俺の後ろにいるクレアに対して、だが。
(んだよ、そんな面もできんじゃねぇか・・・)
なんとも機械的な男だと思ったが、認識を改める必要がありそうだ。
(しかし助けるって・・・・?助けてほしいのは俺なんだが・・・)
アッシュはそれだけ告げると、またしても能面のような無表情に戻り、緩慢な動きで腰の剣に手をかける。
(お、おいおいおい、抜く気かよ・・・・!?)
そこからは一瞬だった。
「誤解だ」と叫ぶ間もなく、男の手はすぐさま動き、辛うじて見ることが・・・否、見えなかった。
見えたのは、男の頭上に掲げられた銀色の輝き。
そしてタツミに振りかかろうとする剣閃。
それがナニかを理解する前に、咄嗟の判断で自らの刀を抜刀しようとした。
(間に合わない・・・!?)
しかし刀を抜ききる前におそらく、男の剣はタツミを両断するだろう。
ならば、対抗するのではなく、専守防衛。
戦うために刀を抜ききるのではなく、守るためだけに刀で防ぐ。
ガキイィンと金属のぶつかり合う、甲高い音が響く。
アッシュの迅速な剣に、タツミは鞘からひき抜かれた僅かな刀身でその剣を受けた。
いや、それだけしかできなかった。
男は万全な体制で剣を振り下ろし、タツミは不恰好な体勢刀でその剣を受けようとし、体制を崩し片膝をついたまま、鍔迫り合う。
男は刃に力を込めたまま無表情、無機質な目でタツミを見下ろす。
「ほう。あれを受け止めるか」
アッシュは驚嘆の声を上げながらも、無表情で告げる。
(クソがっ・・・!)
苛立つ。驚いてもいないくせに、驚いたフリをする目の前の男が。
アレぐらい受けて見せろ、といわんばかりに試された。
苛立つ。試される立場の自分の弱さも、試す立場にいると上から見下すこの男の傲慢さに。
「てめぇ・・・ふざけんじゃねぇ!殺るなら本気で殺れ!手を抜いてんじゃねぇぞ!」
俺は剣を受けたまま、片膝立ちで足腰に力を込めて、アッシュの剣を押し返す。
アッシュは力を抜いた様子はない、どうやら力は俺のほうが僅かに上のようだ。
「・・・・なんのことだ?」
アッシュはとぼけたフリをする、しかし顔は変わらず無表情。とんだ役者だ。
「しらばっくれてんじゃねぇ・・・!お前、さっきの一撃で俺を殺せただろう・・・?!」
アッシュは俺と殆ど同じ背丈で、動きの速さは圧倒的に奴の方が早い。それは先ほどの一度だけの剣戟で嫌というほど思い知らされた。
なんせ、三工程だ。
俺は刀を抜き、応戦することもできず、中途半端に刀を抜いたままただ防いだ。
なのに、アッシュは剣を抜き、振りかざして、振り下ろした。
おそらく、奴はあの一瞬でもっと様々なことをこなしていた。
そう思うと、振り下ろす際に剣が煌いたのも不思議だが、そもそも振り下ろす必要はないのだ。
抜剣し、そのまま俺に突き刺せばいい。あるいは、斬り上げてしまえばいい。
俺を殺すつもりだったのならば、方法はもっとあったはずだ。
奴は俺を試したのだ。
「俺は今から攻撃するぞ。防いでみせろ」と。
手抜きだ。怠慢だ。
奴は俺に対して自らの全力を見せるつもりなどなかったのだ。
「クソが・・・!」
何も言わぬアッシュに募る苛立ちに意図せずして悪態が口をつく。
しかし、やはりアッシュは何も言わない。表情に変化も見られない。どこまでも機械的な男だった。
「・・・冴えない顔の割には、そこそこ考えれるようだな」
アッシュはそれだけ言い放ち、剣を鞘に戻す。
つまらなそうに俺を見て、横を素通りしてはクレアの元に跪いた。
「クレア殿、遅くなりまして誠に申し訳ない。皆が心配しております、すぐに片付けますゆえ、もう少々お待ちください」
そしてクレアの手を取り、手の甲にそっと口付けをした。
(騎士気取りかよ、キザ野郎が・・・!すぐに片付ける?上等じゃねぇか!)
俺は今度こそ刀を鞘から引き抜き、鞘を放り出す。
カランカランと音がする。
あいつが次に俺に向かって何かしてくるならば、それが最後だ。
こいつとはやりあわない。ただ殺す。ムカツクから殺す。
全力で向き合ってくるならば、分かり合えたはずだ。
しかし、奴は手を抜いた。それが罰だ。報いだ。奴のその怠慢が、傲慢さが奴を殺す。
刺し違えてでも俺が殺す。
「あ、あのアッシュ様・・・」
今まで閉口していたクレアが口を開く。
「なんでしょうか、クレア殿?」
「その・・・お助けにいただいたのはありがたいのですが、彼らは恩人です・・・」
「・・・なんと・・・」
アッシュは立ち上がり、俺を見つめる。その表情は先ほどまでの無表情ではなく、驚きに目を見開いている。
「この無骨な小僧共がですか・・・?」
誰が無骨だ、てめぇ。
「はい・・・」
クレア、お前も頷いてんじゃねぇ。
「なんと・・・」
「その、私が昨晩賊共に襲われていたところを彼らに助けていただきまして・・・」
「そうでしたか、してその賊共は?」
「え、えぇっとその・・・」
「逃げたよ。賊は一人だ」
「・・・チッ、使えん奴らだな。揃いも揃ってボンクラばかりか」
「あぁ?んだテメェ」
クレアと俺の対応違いすぎんだろ、猫かぶってんじゃねぇぞ。
「賊の一人ぐらい、捕らえて見せろ。捕らえられないならば殺してでも構わん。クレア殿に何かあってみろ、お前ら全員問答無用で殺すぞ」
「ハァ?お前はクレアの騎士様か何かですかぁ?守ってやったなんていうつもりはねぇが、感謝はされど文句を言われる覚えはねぇんですけど、あぁん?」
俺はチンピラよろしく顔をグッと近づけてメンチをきる。
すると奴も同じように顔を近づけてきた。
「クレア、様だ、クソガキ。敬称を付けろ」
「あぁ?クレアと呼べって言ったのは彼女だぞ、おっさん」
間近で見るアッシュは彫りの深い精悍な顔つきをしている。
随分若く見えるが、それでも二十代後半ぐらいだろう。
「なんだと?まことですか、クレア殿?」
「えぇ、はい・・・タツミさんには私からお願いしました」
「そういうわけだ、アッシュ様」
どうやらこいつはクレアに惚れてるらしい。
意中の相手が自分とは別の男に異なった対応をしている。おもしろいわけがない。
俺はわざと様を強調して、見せびらかすように言った。
アッシュの表情は変わらないが、額に青筋が浮かんで見えたのは間違いないだろう。
「ほぉ・・・そうか、タツミ、というのか、クソガキ。何なら貴様にはクレア殿と同じようにアッシュ様と呼ぶことを特別に許してやるぞ?」
アッシュは提案をしているかのような口ぶりだが、それは明らかな命令だった。
誰がお前なんぞを様付けするか、ボケが。
「いやいや、そんな恐れ多い。アッシュ、と呼ばせてもらうぞ、ロリコン親父」
「はて・・・ロリコン、とはなんのことだろうか、クソガキ」
「おや、俺の思い違いだったか?そうか・・・それは申し訳ないことをした。せめてもの侘びとして、おっさんには俺をクレアと同じようにタツミさんと呼ぶことを許してやるぞ?」
「ハハハ、なかなかおもしろいことを言うな、タツミは」
一切の抑揚のないまま、無表情のまま乾いた笑いをアッシュは浮かべる。
「ハッハッハ、あんたほどじゃねぇよ、アッシュ」
「ハハハハ」
「ハッハッハッハッ」
「「ハーハッハッハッハッ!」」
俺達は気がつけばどちらともなく手を差し出し、握手をして笑いあっていた。
仲良くなった・・・ように見えるだろう、あくまで外面は。
しかし、今でも奴は俺の拳を握り潰さんばかりに力を込めてくるし、俺もそうだ。
俺はこいつが気に入らない。
全力を出し合えばゴリ達のようにわかりあえたかもしれない。
しかし、こいつは端っから力を抜いている。今でも力を出し切る様子はない。
よーくわかった。俺はこいつとは分かり合えない。
俺も、こいつもこう思っているだろう。
「「こいつだけは絶対に気に入らない」」




