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兆し

「ん-とだなあ……」


 今から何をするのか。言い表すのは簡単だが、やはり雰囲気は大事。気取って、できれば格好をつけたい。

 悪党退治。それだけではつまらないではないか。

 どう言い表すか、直接的な表現を避けるために、言葉を一生懸命選ぶ。


「旦那」

「おっと、わりぃ」

「気をつけろや、ガキィ!」


 思案しているうちに集中力が散漫していたようでロ‐シの注意に気づかず、通行人と肩がぶつかる。

 ぶつかった相手は、ゴリやアルフに届かないにしろ大柄で屈強な男。

 鼻や頬には大きな傷があり、腰には短剣を帯剣している。見るからに冒険者、あるいは冒険者崩れと言ったなりをしている。


「いってえなあ、どこ見て歩いてやがる!」


 男とぶつかった際、頭にシトリィという大きな重りを乗せたままとはいえ、こけずにいたのは体幹を鍛えた賜物だろうか。


「タッきゅん、今何か失礼なこと考えなかったっスか?」

「いや何も」


 頭上の袋お化けはこういう時鋭い。


「何をくっちゃべってやがる!いてえって言ってんだろ!」

「だから悪かったって。そう怒鳴るなよ、周りの人に迷惑だろ。あといてえって何、おっさんの存在のこと?」


 そら街中で上裸で傷だらけの身体を晒すおっさんってなかなか痛い存在だよなあ。この街の治安はどうなってるんだよ。


「存在がいてえってなんだよ!俺の肩がいてえって言ってんだろ!」


 無駄話には付き合ってくれるらしい。中々優しいじゃないか。


「そっか、痛いか-、大の大人でも痛いもんは痛いもんな‐、いい医者でも教えようか?

 大分歳はいってる爺さんなんだけどさ、それが嫌なら俺がいい方法を教えてやるよ、痛いの痛いのとんでけ-」

「てめえ……!」

「こらこらこら、おいタツミ、お前はいつだってそうやって人を煽るんだ!」

「この度はうちの者が迷惑をかけて申し訳ありません。この度はどうか矛を収めていただけませんか」


 見かねたリ‐ドとロ‐シが仲裁に入る。


「ああ? てめえら、このガキの連れか? ガキぐらいしっかり躾けとけや!」

「おいおいおっさん、子どもは環境を見て育つんだぜ、親や周りの人間を見てな。今のおっさんの姿を自分の子供に見せれんのかよ!」

「俺にガキなんざいねえよ!」

「そっか、そうだよな、なんかごめん」

 このおっさん、独り身だろうな。

「謝んじゃねえ!」

「わかった。おいおっさん、肩がぶつかっていてえんだが」

「そりゃあ俺のセリフだ!」

「じゃあお互い痛み分けってことで、それじゃ」

「だからタツミ、煽るなって、くくっ」

「待てや、ガキィ!」


 踵を返しこの場を立ち去ろうとするも、男は声を荒げたまま引き止めてくる。リ‐ドなんかは思わず笑ってしまっている。ウケたならなにより。ところで笑いどころはあったかな?


「え‐、悠長におっさんと遊んでる場合じゃないんだけどなあ。急いでるから要件を纏めて伝えてくんない?できれば端的に。つまるところおっさんは俺にどうして欲しいの?」

「旦那がそれを言いますか」


 ロ‐シが何か言っているが、聞こえない。様式美とか形式美って大事じゃん?


「だから肩がいてえって言ってんだよ!」

「それはごめん、でも謝んなって言ったじゃん」

「ちげえよ!誠意を見せろって言ってんだよ!」

「よそ見をしていてごめんなさい」


 腰をおり、頭を下げる。


「お、おう……」


 思わず、おっさんはたじろいでいる。


「それでは失礼します」

「って、待てい!」


 おっさんがたじろいでる隙に逃げ出そうとするもおっさんは正気を取り戻した。


 タツミ は にげられない !


「ちっ」

「舌打ちしてんじゃねえよ!」

「しつこいなあ、謝ったじゃん。これ以上俺にどうしろってんの?」

「その舐めた態度をやめろお!」

「謝っても引き下がらないってさあ、何なの?俺にどうしてほしいの?ねえ?」


 いるよなあ、謝れっつって、謝ってもいつまでも謝れだとか誠意を見せろとかって奴。

 なんなの? お前の溜飲が下がるまで謝り続けないといけないの?

 それとも慰謝料でも要求してるの?でもそれをはっきり口に出さないのは何でなの?良心でも咎めるの?

 グレ-ゾ-ンなの?じゃあやめとけよ。


「ぐう……」


 俺の勢いに男は唸っている。まさかリアルぐうの音が聞けるとは。


「旦那-?」

「お‐い、どうした-?」


 都合よく騒ぎを聞きつけたゴリとアルフがやってくる。

 この二人は俺の前を歩いており、騒ぎに気付くことなく先をぐいぐい行っていたようだ。

 今更戻ってくるとかそれまでに気づかなかったのか。鈍すぎだろう。ゴリにクレアのスト-カ-対策や護衛を任せるのを不安になってきたわ。


「ぐうう……っ!」


 ゴリとアルフの姿を見て、男は更に唸る。自身の巨躯に自信があったようだが、それ以上の巨躯の二人を見て自信を喪失したようだ。自身の自信だけに。


「まあまあ、冒険者さん。この度はうちの若い者が大変失礼をし、申し訳ございませんでした。しかし、冒険者さんも避けられるものを避けなかったのはきっと何か理由があったのでしょう。きっと依頼で負った傷が痛むだとか、痛みのせいで呆けてしまったとか。傷の見舞いには後日伺わせていただきますので、この度はどうか水に流していただけませんか」


 ロ-シが丁寧な対応で腰を折る。一見すると丁寧だが、その瞳だけは射殺さんとばかりに鋭い。

 これ以上揉めるならどうなるか、そんな視線。


「なんだなんだ」

「また冒険者かよ……」


 街行く人々も喧騒を聞きつけて何人かは足を止めてこちらを見ている。これ以上の騒ぎはお互い好ましくないだろう。


「くそがっ!」


 おっさんは悪態をつきながら足早に去っていった。

 なんというか、テンプレ小悪党に困らないな、この街。マジで治安どうなってんの。


「まったく、いらん時間食っちまったぜ」

「主にお前のせいだがな」

「ハッハッハ」


 リ-ドに文句を言われる。ロ-シは笑っている。否定してくれよ。


「なんでお前はそう人を煽るんだ、まったく」

「いやあ、ムカつくじゃん、初対面なのに高圧的な人間とか、暴力的な奴。

 手段の一つに暴力があるのは否定しないよ、俺もそうだし。だけど話し合いやらを放棄して真っ先に暴力的に解決しようってのは俺は気にくわない」

「どの口が言ってるんだ」

「この素敵な口」

「付き合ってられん、お前と口論するのは不毛だ」

「よく知ってんじゃん」

「先程の男、暴力より金銭で解決しようとしてたのが透けて見えましたね。なんなら、旦那のほうが煽って手を出させようとまでしてましたよね」

「やだなあ、ロ‐シ、気のせいじゃない?」

「旦那って時折、正当性を武器にとんでもないことをしでかしますよね」

「いいよね、正義って。振りかざしてたら何しても許させるような気になっちゃう」


 デモなんて究極だと思う。正当性は自分にあるなんて言い聞かせて、集団で数の暴力を振りかざす。

 正義と数で他者を圧倒する。これほどまでの悪行はそうそうないだろ。


「ロ‐シ、こいつやっぱりとんでもない奴だな……」

「あのまま先の男が手を出して来たら、どうなってたんでしょうね……」

「いやあ、温厚な男でよかったなあ」

 主に俺が。


「……やめよう。考えても頭が痛くなるだけだ」

「ただ、これ以上の騒動になっていたことだけは確実です」

「なあ、何してたんだ?さっきの奴知り合いか?」


 頭を抱える二人をよそに、アルフは呑気なものだ。先程の男の剣幕さなんて露知らず。


「いやあ、アルフは馬鹿だなあ」

「唐突に人の事馬鹿にすんなよ!」


 先程の男の向かった方向を見つめる。

 男の姿はもう見えないが、男は『夜哭街』へと向かっていった。

 俺達が『夜哭街』に向かって歩いてる中、男もその後ろを歩いていた。

 俺達を追い抜こうとしたのか、肩をぶつけていちゃもんをつけ、そのまま逃げるように去っていった。

 だが、逃げた先も『夜哭街』。俺達の行き先と変わらない。

 本来、逃げるのであれば行き先を変える。俺達と再度出くわさないように。

 だが男の行き先は変わらない。『夜哭街』に目的があるからだ。


 辺りを見回す。市民に紛れて、柄の悪そうな輩が散見できる。

 冒険者にも見えるが、冒険者にしては身なりが些か貧相だったり、小汚い。冒険者崩れやならず者といったところか。


「今日は随分と街が賑やかですね」

「それにしても随分こう、柄が悪い者が多いなあ」


 ロ‐シとリ‐ドが俺の隣に立ち、同じものを眺めながら言う。

 本当にこの二人はよく見ているなと感心する。


 冒険者に似て非なる者達は、すれ違う市民を睨みつけたり、舌打ちをしたりと心持に余裕がない者が多い。なによりもわかりやすい特徴があった。


「冒険者はギルドに向かうが、ならず者は『夜哭街』に向かっているな」

「しかし、私が言うのもなんですが、随分と冒険者崩れといった風の者が増えましたね」

「仕方ないさ。一時は冒険者黄金期と言われた時代だが、『夜』の再来を恐れる者や強くなるモンスタ‐を恐れて冒険者を辞めた者もあとを絶たない」

「強ければ許される冒険者と違って、命惜しさに辞めた者は社会に適応しきれずに『夜哭街』に流れる者も増えましたしね」

「今のあそこは人が産み出したダンジョンとも呼べる魔窟だからなあ」

「秩序はなく、強ければ何をしても許され、弱ければ虐げられ、淘汰される。本当に人の業は深いですね」

「……ま、なんでもいいさ。それより思ったより人の動きも大きく、早いな。なるべく急いだほうがよさそうだな」


 欲を言えば、ギルド方面に向かって屋台を営むテトさん辺りに今日の街を行きかう人々の様子ぐらい伺いたかったが、今は時間が欲しい。

 日も暮れ始め、『夜哭街』に向かう人の動きも活発になっている。思ったよりも相手方の動きも素早い。

 酒場にいたゲイルの部下の飲んだくれ男は思ったよりも顔が広く、優秀らしい。


 ドンッと肩に衝撃を受け、上体がぐらつく。


「チッ、邪魔だ。突っ立ってんじゃねえよ」


 これまた柄の悪く凶悪な人相をした男が俺にぶつかり、我が物顔で肩で風を切るようにして『夜哭街』へと向かっていく。すれ違う人々は男をよけながら、迷惑そうにし眉をひそめる。

 男はそれに気分を良くし、傲岸不遜な態度を増長していく。

 まるであたかも天下人になったかのようにご機嫌だ。


「しかし本当に今日は『夜哭街』へ行く奴らが多いなあ。祭りでもあんのか」


 アルフもまた、今日のならず者の多さに気づいたらしい。

 行きつけの店だの特売日だの独り言を呟いているが、声が大きすぎて丸聞こえだ。


「さて、俺達も急いだほうがいいかな」

「なんでえ、俺達も祭りに参加すんのか?」

「ば-か、祭りじゃねえよ、掃除すんのよ、大掃除」


 事情を一部しかわかっていないアルフとゴリは首をかしげながらも俺の後を付いてくる。

 更にそのあとを、なんとなく察したのか、気難しい顔をしたロ‐シとリ‐ドが続く。


「さて、あんまり遅くなると先にギンと行ったギンとハク、ラットに申し訳ねえからな。俺達も急ごうぜ」


『夜哭街』へと歩を進める。夜に誘われるかのように、あるいは溶け込むかのように。

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