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ハイエナ

 先導するお嬢のドレスの裾を掴みながらも後ろを向きながら俺をジッと見つめてくる少女、クリア。

 名前のように少し青みがかった透明な瞳に見つめられると、後ろめたさから気まずさを覚える。

 何を言うでもなくただただ見つめられ、愛想笑いを浮かべて手を振ってみるも、何も言わずただ見つめられるだけ。


 仲良くなるのは難しそうだ。当然と言えば当然だが。


 一階の様相は思った通り‐‐ある意味、予想以上だった。


 壁に寄り添ったゴルド‐とル‐ジュの亡骸に集おうと泣き喚く娘達と、彼女らを一人で押しとどめ、なだめようとするフラウの姿。


「やだやだやだあっ」

「生きてるもん、ゴルド‐さん生きてるもんっ」

「見てよおっ、あんなにきれいなんだよ、寝てるだけだよおっ」

「待ちなって、あんたらっ、折角ボスとル‐ジュが二人きり、しかも綺麗にめかしこんでんだっ、邪魔しちゃいけないよっ」


 十代二十代の娘達が子供のように駄々をこね、泣きじゃくっている姿を見ると、ゴルド‐という男が彼女たちにとっていかに大事で父としてあるいは兄として精神的支柱になっていたのかがよくわかる。

 ゴルド‐等が死んだと聞かされ、はいそうですか、などと納得できるわけもなく、綺麗な二人の状態を見て、もしかしたら、などという希望が彼女たちの中に芽生えたのかもしれない。


 実際、壁に寄り添う二人は手を繋ぎながら幸せそうに微笑み、眠っているように見える。絵画的な美しささえ感じられる。だがゴルド‐に被せられた服の下には大きな裂傷もあるし、ル‐ジュの腹にも大きな傷がある。

 紛れもなくあの二人は死んでいるのだ。


「坊や」


 娘達を押し止めながら、フラウが首だけを向けて俺を呼ぶ。


「だから坊やはやめろって。なんだよ」

「ありがとね」


 一体何を。何のことだ。


 この惨状を、この悲劇を生みだしたのは全部俺の浅慮な独断なせいだ。


 俺がブロンを何も考えず刺殺したから全てが始まったのだ。


 俺がブロンを殺し、アッシュの元へと赴いた俺をビルとして動くル‐ジュが俺に目処をつけ、ゴルド‐との敵対が本格化し、ル‐ジュをダストが刺し、ゴルド‐と対峙することになった。

 素性も知らぬゴルド‐をアッシュに命じられるがままに討ったのは、他でもない俺なのだ。


 目の前で泣く無数の女たちが泣いているのは全て、ゴルド‐が守りたかった女達が泣いているのは全て、俺のせいではないか。


 そんな奴に感謝をするな。なんで。どうして。よくも。するならば糾弾を。弾劾を。断罪を。


「二人を綺麗にしてくれたのはあんただろ?私達皆、こんな生き方をして、まともな死に方なんてできると思っちゃいない。特に二人はずっとろくな死に方をしないなんて言ってた。死に方は選べないって。だけど、二人を見たら、最高の死に方をできたんだと思う。だってずっと幸せそうに笑ってるんだ。あんな顔で最低な死に方なわけないじゃないか。ありがとう、二人に新しい門出をくれて」


 何を言っているんだ、この女は。

 新たな門出?

 死ねば終わりじゃないか。

 違う、そうじゃない。

 死んだら終わりだと、俺が認めてしまっては。だとしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ズキリと頭が痛む。思考がまとまらない。俺は一体何を考えていた。


 ()()()()()()()()()()()()()()


 ドクン、と腰に差した『無明』が大きく脈打った気がした。

 殺せ、と叫ぶ。殺せ、殺せ、殺せと狂ったように笑いながら俺だけに聞こえる声で大きく叫ぶ。

 俺の身体に潜む理知的な何かとは違い、こちらはただ乱暴に暴虐を尽くせと叫び続けている。

 今までは『無明』を握った時にしか聞こえなかった声が鞘を通り抜け、頭の中で悪魔が笑い、叫び続ける。


「邪魔するぜえ~」


 突如、入り口の扉が開け放たれ、逆光と共にドカドカと乱暴な足音と野太い男達の声が入り込む。


「ちょっと!あんたら!」


 対抗するようにフラウが大きく声を上げるが、男達は気にも留めない。

 男達は無作法に扉を抜け、土足のまま建物へ入り込んだ。

 全員が髪の毛はボサボサで、おおよそ服とは呼べないボロボロの布を被っている。到底まともな生活を送れているとは思えない。清潔とは程遠い身なりで、はっきりと汚らしいと言える姿の男達。

 不快感に眉をひそめてると、風と共に食べ物が腐ったような、すえた臭いが届く。

 頭痛と相まって、心底不快だ。


「ヒヒッ、すげえすげえ!聞いてた通りでっけえ屋敷!」

「おい見ろよ!女が大量だ!しかも別嬪ばっかじゃねえか!」

「いい匂いだなあ!」


 男達の視線が不躾にフラウ達へと止まり、品定めをするかのように全身をジロジロと見つめている。

 傍で見ている男の俺でも失礼だと思うほどで、当の視線を受けた彼女達はさぞ不快だろう。


「なああんたら。誰か知らないが出てってくれないか」


 意を決して男達へと歩み寄る。すえた臭いが一層強まったが、男達の状態もよく見える。

 ボサボサの髪にはフケが浮き、歯茎は黄ばみ、目はギンギンに決まっている。あまりまともな様子ではない。


「ああ?誰に生意気な口きいてんだガキィ!」

「女の前だからってしゃしゃり出てくんじゃねえぞ!」


 怒鳴る男達を掻き分け、また別の男が現れる。


「まあまあ、そうカッカするなってお前ら。よお、僕ちゃん」


 現れた男は他の男達と比べ、多少マシな身なりをしているがニヤニヤと人を小馬鹿にしたような嘲笑が鼻につく。性格の悪さが顔に現れたかのような鷲鼻の男。

 だが、少しはまともに会話できそうな奴がいてくれてよかった。


「あんた、ゲイル」


 いつの間にか隣に立っていたフラウが呟く。

 ゲイルという名が鷲鼻の男の名前らしい。


「知り合いなのか」

「お店のお客さ。訳あってボスが出入り禁止にしたんだ」

「よおお、フラウウウっ、会いたかったぜええっ。また俺のために歌ってくれよ。耳元で愛の歌を歌ってくれよおっ」


 男は突如、感情が高ぶったかのように大きな声でさながら観劇のように大きな身振り手振りを添えて喋りだす。

 撤回。先程の少しはまともに会話できそうなどという淡い希望は潰えた。


「そういう仲だったりする?」

「まさか。見ての通り頭のおかしいスト‐カ‐野郎さ。ウチの店はボスが信用した男しか入れない、娘達のトラウマを癒すための会話練習するお店さ」


 ゲイルに聞こえないよう小声で会話を交わす。なるほど。

 やはり見た目通りのイカレぽんちらしい。


「なあゲイルさんや。見ての通り、俺たちゃあ今取り込み中なんだ。今日は大人しく帰ってくれないか。娘達も怯えてるし、今すぐ話がしたいってんなら俺が外で聞くからさ」


 娘達の様子を伝えると共に、自身の目で確認する。お嬢とクリアという娘がいない。

 おそらく男達の乱入してすぐにクリアに案内させて自身の武器を取りに行ったのだろう。

 機転が利くので助かる。


「取り込み中だア?俺たちゃあその取り込みに交ざりにきたんだよ。てめえがアッシュかゴルド‐かどっちのいけすかねえ奴の仲間かしんねえけど、死にたくなけりゃあ奴らんとこ案内しな!」


 チンピラの一人が肩で風を切り、俺の前に立つ。

 すえた臭いに加わり、更にドブネズミの死体が腐ったかのような口臭が鼻につく。

 危うく本人を前にしていなければ鼻を塞いでいるところだった。さすがに本人の前では失礼すぎる。

 どうやらゴロツキ共はアッシュとゴルド‐が今日中に事を構えることを知っているらしい。結果はいわずもがなだが。


「あ‐、アッシュならあいにく不在だ」

「ああ?なんで鼻塞いでんだ、ガキぃ!」

「失礼。ちょっと隣のフラウ嬢が粗相をしたようで」

「オイコラ!あたしのせいにすんじゃないよ!こいつの口が臭すぎるんだよ!」

「おいおいフラウさんや。客人の前でさすがに失礼だろ」

「鼻を塞いでるあんたに言われたくないよ!」

「すまん、無意識だった」

「~~~こんのがきゃあっ!」


 客人は顔を真っ赤にし、怒りに震え大声で叫んだ。

 汚く臭い唾を床にまかないで欲しい。


「まあまあ待てって、だから毎日歯は磨けって言ってんだろ?お前らは身だしなみがなってねえんだって」

「でもよ、兄貴……」

「でももクソもねえよダボが!てめえのそのクソ食ったあとみてえなゲロ臭え口は塞げって言ってんだろォが!」


 温厚に宥めたかと思えば、すぐさま激昂し、男は怯えた様子で後ろへと引き下がった。

 どうやらゲイルという男は相当の激情家らしい。

 多数の無頼者を連れてきている辺り、手も早いだろう。あまり怒らせず穏便に済ませた方がよさそうだ。


「いやいや、助かったよ、ゲイルさん。あなたは話が早くて助かる」

「いいってことよ、兄弟。フラウと仲が良いようで妬けちまうぜ。ところでだがよ、俺達ァアッシュとゴルド‐の野郎がやりあうってんで助太刀にきた次第よ。どこでドンパチしてるか知らねえか?」


 ゲイルは視線を彷徨わせるが、どうやら彼の立ち位置からは娘達が壁となり、ゴルド‐とル‐ジュの遺体が目に入らないらしい。


「それは助かる。皆様方はどちらの加勢に?」


 改めてゲイルや背後に控える男達へと目を配る。

 全員がボロボロの布切れを被るだけで武装という類は一切見られない。戦闘に参加するような装備はない。生活に困窮した物乞いそのものだ。不審でならない。


「あ‐、そりゃあどちらってもちろん、なあ?」

「なあ?」


 男達が顔を見合わせるも、いまいち要領を得ず、頷き合うのみ。


「そりゃあもちろん、ゴルド‐に決まってるだろ、僕ちゃん?

 なんせ『鉄塊』と勇名を轟かせたゴルド‐の旦那だって、相手はかの『剣鬼』アッシュ率いる武闘派一派だ。それに『剣鬼』には懐刀の二人、『炎剣』『氷剣』だっている。いかに武力でこの掃き溜めを支配したとしても相手が悪すぎるってもんよ。せめて俺達だけでも、そんなゴルド‐の旦那の手伝いに来たってもんよ。俺達だってこの街の一員なんだ、恩義あるゴルド‐の旦那に加勢しなけりゃあって男がすたるってんで義侠心に駆られ馳せ参じたってわけよ!なあ、お前らア!」


 そんな男達を見るや否や、ゲイルが意気揚々と芝居じみた演説を身振り手振りを交えて行う。

 締めくくりにゲイルは俺に背を向け、男達の方を見ると、途端に戸惑っていた男達は一斉に「そうだそうだ!」「『鉄塊』に救いを!『剣鬼』には鉄槌を!」「やってやる!」などと意気込んでいる。


「ってわけだ、僕ちゃん。俺達をゴルド‐の旦那の元へ案内してくれねえか」


 再度振り返ったゲイルは人のよさそうな笑みを顔を張り付けており、俺は不審に思い、隣に立つフラウを見る。緊張した面持ちのまま俺と視線が合うと、首を横に振るのみ。

 彼女自身もまたゲイルが信用できないのだろう。


「あ‐、わかる、わかるぜ、僕ちゃん。後ろの嬢ちゃん達が心配なんだろう?

 俺も皆が心配で心配でたまらなくってよ、うら若き美しい娘達が喧騒に巻き込まれておっちんじまうなんてこの街の損失だ。そんなことがあっちゃあならねえ。もちろんフラウ共々安全な場所へ避難させるからよ、安心してくれや。おうお前ら、嬢ちゃん達を早く安全な場所を!」


 ゲイルは矢継ぎ早に喋ると、有無を言わせずにすぐに男達に合図をし、背後の男達数人がドタドタと娘達へと駆け寄る。


「やだあっ」

「やめて、離してっ」

「いいから来いっ」


 娘や男達のやり取りが後ろでバタバタと続いているが、隣に立つフラウは一向に動こうとせず、ゲイルから視線を外さない。俺もまた、この胡散臭い男が気になって仕方がない。


「さあ、フラウも早く安全な場所へ行こう。こんな血生臭くて危険な場所から離れて。大丈夫だ、一時安全な場所に身を寄せるだけ。すぐにまたこの屋敷で幸せに暮らせる。早く」


 ゲイルはフラウへと歩み寄り腕を引くが、フラウはその腕を振り払う。


「触るなっ!」

「こんの……くそアマァッ!」


 鈍い音が響き、すぐさま大きな何かが地面を滑る音がした。

 見れば、ゲイルは拳を振り抜き、その足元にはフラウがうつ伏せで倒れこんでいた。


「きゃあああっ!」

「姉さんっ!」


 背後から娘達の悲鳴が轟く。

 その悲鳴を皮切りに、全身が沸き立つかのように熱くなり、止めどない衝動が溢れる。

 腰に差した『無明』へと無意識に手が伸び、手の中でドクンと一拍脈打つ。

 また声が聞こえた。

「殺せ」と。


「ぎゃあああああああっ!」


 薄汚い悲鳴が屋敷中に響く。視界が紅く染まるほどの鮮血が迸り、宙空を舞った手がボトリと音を立てて墜落する。

 無意識に描こうとした軌道を慌てて逸らし、気づけばゲイルの手を斬り飛ばしていた。


「きゃあああっ!

「兄貴いっ!」


 娘の悲鳴と男達の悲鳴が連なる。

 倒れこんだままのフラウを見やると、数人の娘達が傍らに屈みこんでフラウへと声をかけているが、当のフラウはミノムシのように体を丸めて震えながらひたすら呟いている。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」、と。


 その姿を見ると、再び頭に血が上ってくるのを感じたが、なんとか落ち着く。


 フラウの状態は心配だが、娘達が懸命に声をかけ、抱き寄せ、守ろうとしている。優しい娘達だ。

 気になるのは傷の状態よりも、おそらく彼女の言っていた男から与えられたというトラウマの再発だろう。

 彼女自身が気丈に振舞っていたので大丈夫だと思っていたのだが、彼女自身もまたそのトラウマを抱える一人だったようだ。


 そんな彼女に一体何をさせているのだろう、俺は。本当に馬鹿だ。

 こんなざまではゴルド‐の奴に合わせる顔がない。


「いでえっ、クソクソクソクソがきゃあっ、許さねえ許さねえ殺してやる殺してやる絶対!」

「兄貴!早く血を抑えないと!」

「がああっ、触るな、痛ェだろうがアッ!」


 再びゲイルへと視線を戻すと、ゲイルは蹲り、残った手で手を失った手首を一生懸命に握っているが、そんなもので血が止まるわけもなく、ダクダクと血が流れている。

 部下である男達も慌てふためきながらもゲイルの傍らに跪いて懸命に対処しようとしている。

 こんな奴でも部下からの信頼は厚いらしい。


「なあゲイルさんや。手ってのはなんであるんだろうな」

「ああああ、知るかあっ!」

「俺はさ、昔よくお袋の手に包まれてたんだよ。頑張ったら頭を撫でてもらって、寒い時には手を握ってもらって温めてもらって、頬もよく両手で温めてくれたっけ。あったかい手に包まれて、身体だけじゃなく、心も温かくなった気がしたんだよ」

「何ごちゃごちゃわけわかんねェこと言ってんだよガキィっ!」

「そう思うとお袋の、女の手ってのは小さいのにいろんなもんを包んで、守るためにあるんだろうなあって思ったもんだ。だったら、もっとでっけえ男の手ってのは何のためにあるんだろうな。

 少なくとも女を殴ったり、突き放したりするためじゃねえだろ。女を包んで守るべきなんじゃねえのかよ」

「うるせええええええっ!」

「ああ、そっか。そういやてめえの手はもう一つしかねえのか。だったらもひとつ飛ばしとくか?

 俺に約束を反故にさせるんじゃねえよ」


 頭が沸騰するような感情の昂ぶりを感じる。先程までのゲイルが乗り移ったかのように、無意識に舌が回る。我ながら役者じみた言い回しだなと思った。

 しかし、女を殴り飛ばしたのだ。俺の大好きな、守りたいものに手をあげたのだ。


 そんなクズは死んでしかるべきのはずなのに、なぜか躊躇してしまった。

 ゴルド‐のようにはしたくなかった。


「このがきゃあああっ、ぶっ殺してやる!」

「上等だよ、クソが。俺が死ぬまでにてめえら何人か道連れにしてやる。手どころか命までさよならする覚悟しとけ」

「こんなガキほっときましょうよ兄貴!早くしないと死んじまいますって!」

「そうですよ!」

「ふざけんなよてめえらァッ!このガキぶっ殺せ!」


 ゲイルの目は血走り、唾をまき散らしながら部下へと喚き散らす。

 痛みで気が狂ったとしてもおかしくないはずだが、アドレナリンの過剰分泌でも行われているのか痛みよりも怒りの方が勝っているらしい。

 このままだと俺を殺すまで屋敷を去らなさそうだ。


「おいおいあんま殺すって言うなよゲイルさん。命が安っぽくなっちまうよ。やるならきっちり、俺だってやるならしっかりあんたとあんたの部下を何人か一緒に連れてってやるってよ」


 だが、部下達は違う。


「ここは行きましょう、兄貴!女や屋敷だってまた奪いにきたらいいじゃないですか!」

「命あっての物種ですよ!」

「クソが!離せこの腰抜け共が!クソクソクソ!覚えてろ、このガキィッ!」


 臆した部下たちは喚き散らすゲイルを担ぎ上げ、そそくさと退散し始める。


「あ、俺、『夜行』ってパ‐ティの主、フジって言います。今後ともよしなに‐」


 そこいらに落ちていた持ち主不明の片手を拾い上げ、ぷらぷらと振る。ばっちい。

 丁度都合よく片手が足りないおじさんがいたので、投げつけておく。


「覚えたからな、クソガキィッ!覚えてろよおおおっ!」


 一瞬で忘れそうなうっすい捨て台詞を吐き捨てて、クズ共は退散した。

 結局のところ、奴らはアッシュとゴルド‐の戦果をハイエナしにきた畜生共だったようだ。


「さてと」


 独り言ち、フラウを見る。

 彼女は未だに蹲り、ガタガタと震えたまま「ごめんなさい」と呟きながら何かへと謝り倒している。

 その目は光を失い、虚ろで焦点もろくに定まっていない。

 彼女のトラウマは相当に根深いものらしい。


 娘達は全員でフラウを囲み、声を掛け続けたり、膝枕を行ったり、抱きしめたりなどと様々な方法で介抱を続けている。

 皆で支え合い、助け合う姿がとても美しいものに見えた。

 おそらくゴルド‐が守りたかったものがそこにはあった。


「タツミ!」


 お嬢とクリアがどこからともなく現れた。

 お嬢のドレスの裾は捲し上げられ、白く健康的な太ももが露わになり、額には薄い水色の髪が汗で張り付いている。

 慣れない服装で広い屋敷中を駆け回ったのだろう。


「おう、お嬢」

「すまない、遅くなった」

「気にすんな、なんとか終わったよ」

「私はまた間に合わなかったのか…」

「大丈夫だって、それよりフラウを見てやってくれ」

「負傷か!?」

「まあ、頬を殴られたんだよ。傷っつうより、心の傷の方が相当でかいっぽい。せめて頬だけ冷やしたほうがいいのかな。まあわからんけど、一緒に見てやってくれ」

「う、うん? わかったが……。お前はどこへ行くんだ?」

「あ‐、俺はちょっと疲れたよ。ゴルド‐の部屋でも借りて休ませてもらおうかな。クリアちゃん、案内頼める?」


 クリアを見れば、コクリと頷き、ゆっくりと歩き出す。

 つい先程戻ってきたばかりで疲れてるだろううえに、フラウ達をチラチラと気にしているが案内はしてくれるらしい。ありがたいかぎりだ。




 クリアの案内で一室に辿り着く。

 部屋には必要最低限と呼べるような家財しかなく、広い部屋にはベッドとクロ‐ゼット、机と椅子しかなかった。

 なんとなく持ち主の性格のようだなと思った。

 椅子へと深く腰掛けると、きしりと音を立てる。

 大分皮は痛んでいるが、元は結構高価なものだったのだろう。座り心地は抜群で、すくにでも眠ってしまいそうな程だった。

 椅子に座ったまま微睡んでいると、どこにいたのか一匹の蝶が部屋へと迷い込んでいた。


 白く、何の柄もない質素な蝶。


 窓も閉まっており、俺が来るまで閉まっていた部屋。

 飼育していたのかと思えば、そんなキットや環境でもない。どうやら部屋に迷い込んだらしい。


 そんな蝶をボ‐ッと眺めていると、敵意がないと察したのか、呑気にも椅子の手すりへと止まった。


 手を伸ばせば潰せそうだな、なんて考えて、俺はもしこの蝶を殺せば何か思うのだろうか、なんて。


 きっと、何とも思わないだろう。

 悪戯に虫を殺し、その延長で人を殺したとしても俺はきっとなんとも思わない。

 そう考えるほどに俺はこの世界に適応した。順応した。

 きっと、俺はこの先、もっともっとたくさんの人を殺すだろう。

 もっともっとたくさんの生物を殺すだろう。

 俺はそういう道を行くのだと決めた。

 それは俺の罪で業であり咎。


 だが、目の前で止まる蝶を殺すことはなぜか、できなかった。

 窓を開け放つ。

 白い蝶はやがて部屋の外へと飛び出し、どこからか現れた派手な柄の美しい蝶と並んで飛び立って行った。

 遠く、どこまでも遠くへ。


 その様子を見届けた俺は、眠りに落ちた。





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