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『女帝』について

 曰く、この街には『女帝』が君臨する。

 曰く、この街では彼女こそが規律であり、神である。

 曰く、彼女を怒らせたものはただでは済まされない。


 俺の虚仮脅しにも動じなかったゴリラのような者、名はゴリというらしい-は語った。

「なんとも壮大なこって・・・」

 俺は苦笑いを浮かべる。


「笑い事じゃねぇんですよ、旦那ァ!」

「女帝の一門、ましてや娘に手を出したとバレたら俺達ゃ殺される!いや、俺達どころか家族すら市中引き回しの挙句、吊るし上げて殺される!」

「うおぉぉぉぉ!親父、お袋、エリサ!すまねぇ、すまねぇ!馬鹿な俺のせいで、うおおおおおう!」


 もっと詳しく事情を聞こうにも、大の男が三人も揃ってこの有様だ。

 慌てふためき、ゴリに至っては家族に懺悔すら始めている。

 元はといえばクレアに手を出した蛮行による自業自得とは言え、さすがにここまで取り乱すと憐れに思い、少しは情は沸いてくるというものだ。

 ましてや彼らはこれから俺の手足となってもらわねばならないので、死なれては困る。


「わかったわかった。俺も一緒に詫びるから、ちょっと落ち着けよ。

 お前らもその『女帝』とやらと直接会ったわけじゃないんだろ?

 なら噂が一人歩きしてるだけなんじゃねぇのか?

 ・・・つうか、旦那って俺のことか?」


「あああ、ありがとうごぜぇやす!旦那ァ!旦那が一緒なら心強いっすぅ!」

 先ほどまで膝を折り、天に向かって祈りを捧げていたゴリはすぐさま立ち上がり、俺の手をギュッと握ってブンブンと振り回す。

 彼の巨体は伊達ではないらしく、力が強い。そんな馬鹿力でブンブンと振り回されると肩が痛い・・・。

 というか、やはり旦那とは俺のことなのか・・・。


「わかった!わかったから離せ!それに泣くな!うっとうしい!」

 泣きながら感謝の言葉を述べ、俺の手を振り回すゴリを強引に振り払う。

(あぁ、痛ってぇ、肩が外れるかと思ったわ・・・)


「つうか、旦那って・・・なぁ。どう見てもお前ら、俺より年上じゃねぇか」

(そんな奴らに旦那と呼ばれても正直むずがゆいのだが・・・)


「何言ってんですか、俺達の兄貴分といえば、旦那。

 それかあるいは・・・」「兄貴・・・?」「兄貴・・・!」

「「「兄貴!兄貴!兄貴!」」」

 よくわからぬ言い分・・・。

(なんだ、お前らの兄貴分といえば旦那って、そこは普通に兄貴だろ。

 つうか、それも年下に言うもんじゃ・・・ないんじゃないか?

 いや、もしらこいつら、ヤのつく方々なのか?)

 未だに兄貴コールをしているゴリ達を複雑な表情で見る。

 ヤのつく方々といえば、ピシリとスーツを着こなす印象がある。

 それも偏見なのだが・・・。


(いや待て、そもそもこの世界にもスーツがあるのか?)

 この世界にはなさそうな、自分のTシャツや今じゃクレアに被せている学生服を見ても、彼らは特に気にする様子はない。

(ならば、衣類も日本とそう差異はないのではないか・・・?)


 またしても文化の違いに戸惑いつつ、再びゴリ達に意識を向けて、身に纏う衣装を確認する。

 彼らのそれは、どう見てもスーツなどではなく、日本ではろくに目にすることのなさそうな、茶色く煤けた襤褸切れでしかなかった。


(ヤーさんどころか、チンピラでもない。どう見ても浮浪者じゃねぇか・・・)

 彼らがろくな仕事、生活を送れていないのは目に見えて明らかだった。


(・・・まぁ、いいか。こいつらの境遇やらは後々詳しく聞こう。まずは・・・)


「いい加減そのコールはやめてくれ・・・。わかった、旦那でいいから・・・。

 そろそろ話を進めようぜ。

『女帝』の事は実の娘であるクレアに聞けばいいだろ、なぁ?」

 背後に控えるように佇んでいるクレアに問いかける。・・・しかし、彼女の表情は実に浮かないものだった。


「・・・もしかして、さっきの話、本当なのか?」

 問いかけておいて、真偽も何もあったものかと思う。


『女帝』こそが街の規律、神である、など。

(本当、であってたまるものか・・・。神なんぞ、いやしない・・・。そんなのは都合のいい幻想だ・・・。何かに縋らねば生きていけない、そんな弱者の理想だ・・・!)

 自分の中でどす黒い感情が埋め尽くされていく。

 怒り、憎しみ・・・。


(もし、神がいるのならばなぜ助けてくれなかったのだ。

 敬虔であらねば救われないというのか。

 自らの信者しか助けないというのか。

 自分の都合の良い者しか助けない、そんな人間臭い神など俺は信じない・・・!)


「・・・タツミ、さん?」

「うん、なんだ?」


 クレアが俺の顔を覗き込み、声をかけてくる。

(どうも彼女は距離が近いな・・・)


「いえ・・・随分怖い顔をしてらっしゃったので・・・」

「そうか・・・?気のせいだと思うぞ」


 どす黒い感情を埋めるように、無理やり愛想笑いを浮かべる。

 心配そうに此方を見やる彼女の表情こそ優れない。


「クレアこそ顔色悪いぞ、大丈夫か?」

「はい。大丈夫です、ありがとうございます・・・。

 女将さん・・・『女帝』と言われる、私のお母さんなんですけど、そこまで怖くはないですし、むしろ優しい方だと思いますよ?

 ただ、怒ると怖いですけど・・・。噂が広まったのはどうも、昔は名の知れた冒険者だったらしくて、その時から似たような噂があったそうで、引退した今でも変わらないらしくて、特には冒険者の方々に尊敬と畏怖を込めて『女帝』と呼ばれてるって、お母さんが言ってましたよ」

 クレアは青白い顔でアハハと笑いながら言う。

(起きてから間もないのに色々と聞きすぎたし、ましてやあんな事件のあとだ。

 さすがにそろそろちゃんとした場所で休ませるべきか・・・?)


「だってよ。『女帝』さんの事はお前らが単に怖がりすぎなんじゃねぇの?

 さすがに一家郎党皆殺しはねぇだろ、なぁ?」

 暗に、お前らの命はわからんけどな、と心中で毒づきながらクレアを見やる。


「アハハ・・・」

 クレアはポリポリと頬を掻きながら、力なく笑っている。

 ・・・マジ?


「・・・クレアさんや、そこは頷いてあげましょ?さすがに一族郎党皆殺しとかないよね・・・?」

 俺は恐る恐る確かめるも・・・

「アハハー・・・」

 クレアは視線を泳がせながら、乾いた笑いを浮かべ続けるのだった。


 背後からサーッという音が聞こえた気がする・・・。

 見れば、彼ら三人共血の気の引いた首を並べていた・・・。


「「「う、うわあああああ!俺達ゃ仕舞いだああああああああ!!!!」」」

 三人が一斉に恐慌し始める。


「ちょっ、お前ら、落ち着けって!なんとかする!頑張ってなんとかするから!な!?」

 必死に宥めようとするものの、三人とも聞く耳を持たない。

「ちょ、クレア!?うそでもいいから!うそでもいいから、こいつらをなんとか落ち着かせてくれよ!?」

 三人の慌てふためく姿を、クレアはケラケラと笑いながら見ている。

 のんきか!

「アハハ、落ち着いてください、皆さん、さっきのは冗談ですからー。皆殺しなんてあるわけないじゃないですかー、アハハー」

 のほほんと笑いながら・・・。


(あ、この娘可愛い顔して実はサディストだわ・・・!)

 この状況をもたらした奴はイジメっ子だとかヤンチャとかそんなちゃちなもんじゃねぇ・・・!

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