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放課後

作者: やまだ

 目の前に座る担任は進路調査のプリントを眺めていた。進学か就職かを記入する欄は空白だ。

「どうだ?決まりそうか?」

 何度もこの面談をしていて、そろそろ怒られるかと思ったが先生はそんな様子を見せることもなく少し微笑んでいた。先生には申し訳ないが全く決まっていない。

「先生ごめん」 

 先生は椅子の背もたれに寄りかかり、うんうんと首を動かした。そして立ち上がり、隣の職員室に行った。やべ……やっぱり怒ってんのかもしれない。とりあえずでも決まったとか言っておくべきだった。

暫くして先生は戻ってきた。先生はコーヒーカップを持っていた。これから長いんだろうなと思うとため息が出そうだった。

「ブラック飲めるよな?」

「えっ」

「俺だけ飲んでたらずるいだろう」

 そう言って俺の前にコーヒーを置く。やっぱり長くなるからコーヒーくれんのかな……。コーヒーに口をつける先生を眺める。怒っているようには見えない。

「俺もさ決まらなかったよ。高校の時」

 さっきと同じ表情だった。安心したどうやら怒られるわけではなさそうだ。

「怒んないからさ、ちょっと聞けよ」

 にやにやとした表情で先生は言った。見透かされている。

「俺もお前と同じで決めろ決めろ言われてるのになんも決まらなかった。こんな風に放課後居残りさせられてな。教師には呆れられてたよ。とりあえずでいいから進学と書けと散々言われたよ。さすがにやばいと思って進学って書いてしまったよ」

 コーヒーを一口啜り、続ける。

「そのまま入れる大学に行って目標も夢もないままなんとなくで教師を目指すことにしたんだ。

公務員で安定してるしな。こんな奴採ってくれないだろうなって思ってたんだけど奇跡が起こってこの学校が採ってくれたんだ。……悪いなこんな話して」

「あ、いえ……。あの聞いていいですか?」

「ああ」

「先生って小さい頃から夢とかなかったんですか?」

「んーそうかもな。スポーツとかもいろいろやったけど、つまらなくはなかったけど結局これだってものは見つからなかった」

「そうなんすか……。俺もそうなんですけどこれってやばいですかね?」

「やばくはないだろ。意外と俺らみたいな奴はいるもんだ。今日はこのぐらいで終わるか」

 コーヒーを飲み干して先生は立ち上がる。

「悪いなつまらん話して。今月中は待てるから決めておけよ。とりあえずでもいいから」

「わかりました。何とかします」

 そう言って帰ろうとしたら鍵を渡された。

「コーヒー分働いてくれよ」

 屋上の鍵閉めを頼まれた。なんでも貯水槽の点検にきた業者のために開けていたらしい。理由はどうでもいいが閉めるついでに屋上に出れるのは嬉しかった。こんなことでもない限り屋上に出る機会などない。

普段全く使わない階段を上り、屋上へ出る。

屋上には先客がいた。

 見てないふりをして帰ろうかと思ったが、目が合ってしまった。膝上丈のスカートに腰にはカーディガンが巻いてあり、右手にタバコという格好の女子生徒がいた。そしてその子はうちのクラスの委員長だった。

どうやら俺は最悪のタイミングできてしまったらしい。計らずも俺は委員長の秘密を知ってしまった。成績、人物ともに優秀な彼女の生活を壊してしまうような秘密を。

 委員長は一瞬驚いた顔をしてからあーあとため息混じりに言った。

「見られちゃったね」

「いや、その、ごめん」

「むしろこっちがごめんだよ」

 委員長は俺を見ながら続ける。

「このこと誰かにしゃべる?」

 委員長が屋上でタバコを吸っていた。そんなことを言って誰が信じるだろうか。クラスでそんな話をしても問われるだろう、なぜそんな嘘をつくんだと。

けれども、俺の目の前で彼女はタバコを手にしている。非行とはほど遠いところにいると思っていた。なぜなのだろうか。

「別にしゃべらないよ。それにしゃべってもだれも信じないじゃない」

「しゃべらないんだ……。うん、ありがとね」

 なぜか委員長は少し残念そうな表情浮かべた。

またしても気まずい空気が漂う。やはりここは帰るべきだろう。そもそも、ここへは鍵を閉めるだけにやってきたのだ。鍵の施錠など本来すぐ終わる。あまりに遅いようなら先生はここへきてしまうだろう。

「じゃあ俺は帰るね。今日のことは誰にも言わないから安心して」

 入り口を目指し、振り返ろうとした。ひんやりとした感覚が手首に触れる。委員長の細く白い腕が伸び、制服の袖を掴んでいた。

「ねえ、わたしって真面目で、こんなことをしない人間に見える?」

「え、急にどうしたんだ?」

 いきなりの事で戸惑う。なぜそんなことを聞いてくるのだろうか。問われる意味がわからない。

「あ、うん……いきなりごめんね」

 委員長の手が離れる。

「委員長悩みでもあるの?」

 自分が他人にどう思われているか。俺だってそれは気になる。俺は異性からも同性からも良く思われたい。カッコいいやつ、面白いやつ、そういういい奴のカテゴリーに入っていたいと思う。

委員長の悩みはそういったことだろうか。他人からの評価はいつでも付きまとう。学校での評価は自分を形作るものだ。

「悩み……うん、そうだね。けど、こんな悩みどうしようもないからやっぱなし!」

 そう言ってさっきとは打って変わった笑顔を作った。勉学、人物だけでなく彼女は容姿にも恵まれてる。男子から評判がいいのは当たり前だが、女子からも評判が良く彼女の周りには常に人がいる。そんな彼女が悩みを抱えているのはなんだか不思議に感じた。

屋上を委員長と出て、入り口を施錠する。下りの階段は埃っぽく、俺らの足音が妙に渇いた音に聞こえる。

「委員長ってさ進路もう決めてるの?」

 後ろにいる委員長に問いかける。彼女のことだ地元で最も偏差値の高い大学にでも進学するのだろうと見当つける。

「私は進学だね」

 予想した通りの答えが返ってくる。続けて地元の某大学の名前を出す。

「あそこの大学には行かないんだ。恥ずかしいけどね私、東京の大学に行こうと思ってるの」

 意外だった。いや、彼女の成績ならば不思議ではないが。

「新しい環境でね生活してみたいの。たぶん、ここにいたら私はずっとこのまま。真面目でおとなしいまま」

「けど、委員長隠れてたばこ吸ってる不良じゃん」

 冗談半分でいう。今にして思えばあの場面はかなり衝撃的だ。

「不良に見える?」

「うん。ちょー不良」

 なにがおかしいのか委員長はくすくすと笑いだす。

「そんなこと言われたの初めて」

 先ほどとは違い、委員長の声は明るく感じる。別におもしろい事を言ったわけでもないのに不思議だ。

「ねえ私の話聞いてくれる?」


 俺達は誰もいない自分たちの教室に来た。夕日が教室内を満たしている。昼間と違い誰もいない教室は寂しく感じる。

窓際の席に腰掛ける。窓からは陸上部が軽快に走っているのが見えた。委員長は俺のひとつ前の席に腰掛け同じように外を眺めている。こんな風に彼女とちゃんと話をするのは初めてだった。何度か短い会話ならしたが、親しくなる程の会話ではない。

「さっきも聞いたけどさ、私って真面目に見える?」

 窓の外を見ていた委員長が俺に問いかける。

「真面目っていうか、俺には要領のいい人に見える」

「要領がいい……そういう見方もあるんだね」

 小さくそう言いながら、なにかを考えているようだ。屋上での様子から察するに彼女が何かに悩んでるの確かだろう。言葉をかける。

「真面目に見られるのが嫌なの?」

 さっきほども真面目という言葉を使っていた。どうにも彼女は真面目と自分が認識されることを嫌がっているように見える。

「別に嫌ってわけじゃないけど……んーとね、私はみんなが思ってるほど真面目じゃない。けど、みんなが私は真面目?みたいな感じで言ってくるのがすんごくもやもやする」

「それに私隠れてタバコ吸ってるし……」

 う〜ん良くわかんない、そう言いながら委員長は机に顔を伏せてしまった。なるほど、周りが思っている人物像と彼女自身が思っている自らの人物像、そのギャップで彼女は悩んでいるようだ。

「あのさ、じゃあなんでクラスの委員長なんてやったんだ?」

「あーそれはね……周りの人が私が適任適任っていうから……」

 はぁっとため息をつき続ける。

「なんか中学からこんな感じでね、そしたらなんだか私は真面目な子みたいな感じになっちゃって……別に勉強は好きじゃないけど、将来のために仕方なく頑張ってるわけだし……」

 鬱憤が溜まっていたのかぶつぶつと言葉を続ける。クラスで見る委員長と目の前にいる委員長は別人のようだった。

「だからね、私の事を誰も知らない東京で新しい生活をしたいの」

 夕日に照らされているその表情はなんだか生き生きとしている。

羨ましく思う。彼女は自分でどのようにしたいか選択することができるのだ。彼女と対称に俺は何も選べずにいる。

「なんかかっこいいね。俺だったらそんな風にはできないよ」

「本当にかっこいいって思ってる?」

 疑わしげな表情で見つめてくる。

「思ってるよ。俺だったらそんな風にいろいろ決められないから憧れるよ」

「そっか……ありがと」


 その後少しだけ、委員長の愚痴に付き合い学校を後にした。さっきまで夕日に染まっていた町には夜の帳が下りようとしている。

「すっかり話しこんじゃったね」

「委員長ばっかり話してたけどな」

「う……ごめん」

「いいよ、全然。なんか意外で楽しかった」

 互いに笑いあう。委員長とは途中まで帰路が同じだ。もう少し歩けば別々の道に別れてしまう。もう少し彼女と話をしたかった。今度は俺が相談に乗ってほしいそう思った。

「ねえ、屋上に行きたくなったら私に声かけてよ」

 彼女は胸ポケットから鍵を取り出した。どうやって手に入れたのかわからないがどうやら屋上の鍵らしい。

「明日も屋上にいる?」

「うん、いるよ。なんたって私の隠れ不良スポットですから」

「なんだよそれ」

明日も話せることが嬉しく思えた。そう思ってる自分に気恥ずかしさを感じた。

 交差点に差し掛かり、足を止める。二人で歩けるのはここまでだ。

「今日はありがとう」

「どういたしまして。こんな奴でいいならいつでも話聞くよ」 

「優しいね、じゃあ明日もいい?」

「うん」

 信号が変わる。いつもは早く変われと思うのに今だけはもう少し赤でいてほしかった。

「それじゃまた明日」

「うん。じゃあね」

 彼女の後姿を見た後、自分の帰る方へと歩く。

帰路の途中、明日も進路相談があることを思い出す。委員長は自分の進路を決めていた。なんだかそのことが情けなく感じる。

少し沈んだ気分をさらうように春の風が抜けていく。

まだ、日にちはあるのだ。

それに放課後に相談に乗ってくれるのは先生だけではなくなった。今日は長々と話を聞いてやったのだ。今度はこっちの相談に乗ってもらっても悪くはないだろう。

 

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