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藤宮美子最強伝説  作者: 篠原 皐月


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19/20

(19)戦慄の野球拳大会

この作品は、Web拍手お礼SSとして2015.01.28~02.03に掲載後、こちらに再収載した物です。

「きゃあっ!! また勝ったぁ――っ!!」

「やれやれ、美子さんは強いなぁ……」

「それじゃあ加積さん。また一枚、脱いで下さいね?」

「仕方あるまい」

 立ったまま勢い良く万歳した美子の前で、座ったままの加積が苦笑いしながら長袖シャツを脱ぎ出す。そして上半身裸になった彼からシャツを受け取った美子は、帯に挟んでおいた裁ち鋏を取り出し、勢い良く一直線に切り裂いた。


「もう! 皆もあなたも、だらしないですよ?」

 すっかり高みの見物を決め込んでいるらしい桜が笑うと、もはや身に着けているのがステテコだけという、かなり情けない姿になった加積が、苦笑しながら言い返す。


「お前、他人事だと思って、言いたい放題だな」

「あら、だって女性に冷えは大敵ですもの」

「そうですよ。特に桜さんは、お年を召していらっしゃるんですから」

 しれっとして主張した桜に、切り裂いたシャツを畳に放り出して再び鋏を帯に挟んだ美子が、力強く同意する。その為、加積は些か哀れっぽく声をかけてみた。


「美子さん。それなら俺にも、敬老精神を発揮して貰えないものかな?」

「駄目です! 加積さんは今日の主役なんですから!」

「いやいや、手厳しいな」

 ビシッと自分を勢い良く指差しながら断言した美子に、加積は苦笑を深めた。そして加積より先に美子に打ち負かされたらしい七人の男達が、全裸でそれぞれの席に座り込み、周囲に切り裂かれた衣類が散乱する中、膝の上に座布団を乗せて蒼白な顔で上座を眺めているのを視界に入れた秀明は、半ば呆然としながら妻に声をかけた。


「おい……、美子。一体、何をやっているんだ?」

「あら、あなた。どうしたの? まだ宴会は終わっていないけど?」

 振り向いて不思議そうに尋ねてきた彼女に、秀明は困惑も露わに問いを重ねる。


「どうしたのって……、それはこっちの台詞だ。どうして皆、裸になっているんだ? しかも、どうしてお前が着物を切っている?」

「だって野球拳で勝った人は、相手の身に付けている物を一枚貰って、罰ゲーム代わりに二度と着れない様に切るんでしょう? ちゃんと知っているんだから!」

「ちょっと待て。誰がそんな事を言った?」

「美恵よ」

(何だ、その歪みまくった情報は……)

 微塵も疑っていない風情で述べた美子に、秀明は頭を抱えたくなった。しかし先程から気になっていた事について尋ねてみる。


「ところで美子、その鋏はどうした?」

 帯に挟んでいる、家から持参した覚えのない裁ち鋏を指差しながら尋ねると、美子は上機嫌に笑いながら答えた。


「笠原さんに持って来て貰ったの。背広もベルトも大して力を入れずに楽々切れるのよ、この裁ち鋏。このお屋敷の物だけあって、さすがに最高級品よね」

 感心しながら妻が述べた内容を聞いた次の瞬間、秀明は自分の背後に控えていた笠原を振り返って睨み付けた。


「おい……」

 その抗議の視線を受けた笠原は、再び取り出したハンカチで額の汗を拭いつつ弁解してくる。


「鋏をご所望されたので、縫い目が解れた糸でも、お切りになりたいのかと思いまして」

「それでどうして貴様は、あんな気合いの入った裁ち鋏を渡すんだ?」

「……ひとえに、私の判断ミスです。誠に、面目次第もございません」

 深々と頭を下げて謝罪してきた相手に秀明は小さく舌打ちしてから、現実的な問題について言及した。


「それはともかく、どうしてさっさと鋏を取り上げない。危ないだろうが?」

 しかし頭を上げた笠原が、これ以上は無い位真剣な面持ちで、秀明に訴えてくる。


「私共で試みてみましたが、下手をするとこちらの手足の一本や二本、切り落とされそうでしたので。今日の藤宮様は、まさに神憑りです。今のあの方の、ご機嫌を損ねてはいけません」

「真顔であまり馬鹿な事を言うな」

 完全に呆れかえった秀明は、自分で何とかするべく、美子の方に歩きながら右手を伸ばした。


「美子。危ないから、その鋏をこっちによこせ」

 すると美子は帯の間から再び鋏をスルリと取り出し、しっかり指を通して秀明に向かって振りかざす。

「駄目よ。これは野球拳をする為の、必須アイテムなんだから!!」

 シャキシャキ言わせている鋏の刃に届かない様に、素早く右手引っ込めた秀明は若干険しい表情になり、足を踏み出しながら美子に言い聞かせようとした。


「馬鹿な事言ってないで」

「い~や~よ」

「美子」

「ずぇぇーったいに、渡さないんだからっ!」

 腕を掴んで押さえようとしてもスルリと抜け出し、何度か顔や腕を切られそうになりながらも、捕まえる事ができない美子に、秀明は内心で動揺した。


(何だ? 一見隙だらけの様に見えて、全く隙が無い。着物を着ているくせに、動きのキレも尋常じゃないし。どういう事だ?)

 そして無意識に問いかける視線を笠原に送ると、彼は(お分かりになりましたか?)と目で訴えてくる。その隙に何を思ったか、美子が秀明に組み付いて来た。


「秀明さん! 秀明さん!」

「……どうした」

 美子が右手に裁ち鋏を握ったまま、スーツの襟元に両手でしがみ付くと同時に、秀明は首筋にひんやりした冷感と、棘が刺さった様な僅かな痛覚を感じた。それで位置的に見下ろせないまでも、自分の首筋に裁ち鋏の切っ先が触れている事を理解し、引き攣り気味の笑顔で応じる。すると美子は上機嫌に、その体勢のまま夫に話しかけてきた。


「あのね? 私、一度もきちんとお勤めをした事が無いから、所謂無礼講って体験した事がなくて。日舞教室では時々懇親会とかあっても、羽目を外す人なんて皆無だし」

「そうだろうな。上品な女性ばかりだろうし」

「でも男の人が沢山参加する宴会では、最初は大人しく飲んでいても、途中から無礼講になってどんちゃん騒ぎになって、野球拳をやるのが定番なのよね?」

 にこにこしながら、突然そんな馬鹿な事を言ってきた美子を見ながら、秀明は呻く様に尋ねた。


「……誰がそんな事を言った?」

「小早川さんが言っていたわ」

(淳……、あの野郎……)

 秀明は頭の中で悪友をボコボコに殴り倒したが、美子の話は更に続いた。


「それで、ラスボスを倒したらその人が新しい王様になって、最後は裸になった全員で裸踊りかフォークダンスをして貰って、皆の結束を深めるのよね?」

 美子が瞳をキラキラさせて、微塵も疑っていない様子で言ってきた内容について、秀明は盛大に突っ込みを入れた。


「ちょっと待て! 誰だ、そんなアホな事を言ったのは!?」

「美実よ」

 にこにこと不気味な笑顔を披露しつつ端的に答えた妻に、秀明は僅かに動揺しながら考えを巡らせた。


(絶対、王様ゲームと混ざっているだろ? そもそもどうして美子は、こんな与太話を信じているんだ?)

 本音を言えば、秀明は自分の首筋にいつ刺さるともしれない裁ち鋏ごと、美子を引き剥がしたかったが、彼女にあまり手荒な真似はしたく無かった為、彼にしては珍しく判断に迷った。しかしそんな逡巡を物ともせず、美子は上機嫌に話を続ける。


「以前三人と話していて『宴会って結構大変』という話題になった時に、皆が話した内容を聞いて、そんな馬鹿なと笑って話半分で聞いていたの。だけど全員でお酌し終わったら、野球拳って流れがそのままだし。きっとこれが、日本の宴会の本式なのね。さすが加積さん主催の祝宴。こんな本格的な宴会に、参加できる日が来るなんて……」

 感極まった様に涙目で見上げてきた美子に、何となく危険な物を察知した秀明は、何とか相手を宥めようとした。


「ちょっと待て。落ち着け、美子」

「そして勝者を除いて全員全裸になったら、皆でフォークダンスか腹踊りをやって親睦を深めるなんて、なんて非日常的で感動的なの!?」

(おい! 俺を殺す気か!?)

 嬉々として美子が叫んだ瞬間、裁ち鋏を手にした右手が秀明のジャケットの更に上の方を強く掴んだ為、鋏の先端が僅かだが秀明の首筋にはっきりと刺さったのが分かった。


「だからそれは、明らかに間違い」

「今日は加積さんのお祝いの席ですし、最後は加積さんに決めて貰うのが筋ですよね! どちらが良いですか!?」

 冷や汗を流しながら必死に言い聞かせようとした秀明だったが、美子は全く聞いてはいなかった。それどころか、秀明に組み付いたまま加積に視線を向け、容赦の無さ過ぎる選択を迫る。


「ふむ……、これは困ったな。選ぶのが難しい」

「じゃあ勝負が付くまでに、決めておいて下さいね? あとは下着だけですから!」

「ぶふっ! あははははっ! やっぱり最高よ、美子さん!」

 苦笑いしている加積の横で桜がお腹を抱えて爆笑し、室内の全裸の男達と、秀明達に続いてやって来て情けない夫の姿を目の当たりにした女達は、揃って顔色を無くして絶句した。そして相変わらず首筋に鋏を軽く突き立てられている秀明は、舌打ちしたい気持ちを抑えながら、必死に考えを巡らせる。


(美子の奴、本気だ……。誰だ、こんなに正体を無くすまで、飲ませた奴は? 一見酔ってる様に見えない分、余計に質が悪いぞ)

 そこで秀明は、今後同様の状況を再び引き起こさない為にも、少々険しい表情で美子を問い質す事にした。


「美子。今日はどれだけ飲んだんだ。あまり飲むなと言っておいただろうが?」

 その叱責まじりの問いかけに、美子はキョトンとしながら返事をした。


「全然、飲んでいないわよ? だって皆さんから、杯に一杯ずつしかお酒を注いで貰ってないもの」

「本当か?」

「ええ」

 美子がしらを切っている様にも見えない為、秀明は(余程アルコール度数が高い酒でも飲まされたんだろうか?)と疑問に思いながら、何となく彼女が座っていたであろう空いている席に視線を向けると、そのお膳の横に信じられない物を認めて、声を上ずらせながら問いかけた。


「……おい。あの金杯は何だ?」

「お祝い事の時は、あれで飲むのが本式なんですって! 初めてみたわ、あんな立派な物。さすが加積さんのお宅よね。感激しちゃった!」

 相変わらずにこやかに美子が説明した“それ”は、直径五十㎝はあろうかという存在感の有り過ぎる金杯で、その傍に一升瓶が転がっている事からしても、彼女がどんな飲ませられ方をしたのかは、一目瞭然だった。


(あれで七杯……。傍観してないでさっさと止めろ! この役立たずが!!)

(誠に、申し訳ございません)

 すぐに状況を察した秀明が、更に首筋に鋏の先が突き刺さる事も厭わず、首を捻って憤怒の形相で笠原を睨み付けた。対する笠原も秀明の怒りの程が分かって、無言のまま深く頭を下げる。


(おぅ、怒ってる怒ってる。まだまだ若いな)

(あらあら怖い顔。イケメンが台無しよ?)

 そんな秀明を加積と桜は面白そうに見やり、秀明はその視線を感じて益々渋面になったが、何とか理性を取り戻し、この事態をどう収拾すべきかを考え始めた。


(ここまでの事態を招いた原因は、ひとえに主催者側の手落ちに他ならないから、加積のじじいが裸になって裸踊りをしようが風邪をひこうが、俺は一向に構わんが……。この件が外に漏れて「加積様に何をさせるんだ!」と美子が非難されたり、変な恨みを買ったりするのは避けるべきだろうだな)

 そんな結論に達した秀明は、なるべくいつも通りの口調を心掛けながら、美子を説得にかかった。



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