(15)藤宮家のラスボス
今度は一気に年代が進んで、第49話から約十一年後、第50話から約二年後の話になります。(この作品は、Web拍手お礼SSとして2014.12.09~12.22に掲載後、こちらに再収載した作品です)
「と言うのが、私の二番目の姉が結婚相手の谷垣さんを、家族に紹介した時の顛末です」
笑顔で話を締めくくった美幸だったが、テーブルを挟んで向かい側に座っていた彼女の恋人である城崎義行は、強張った表情と若干掠れ気味の声で、彼女に問いを発した。
「……あのな、幸」
「何? 義さん」
妙に重い空気に美幸が首を傾げながら問い返すと、城崎は俯き加減で愚痴めいた呟きを漏らす。
「俺は……、改めて結婚のご挨拶に訪問するのが、不安で不安で仕方がないから、これまでの前例の中で少し安心できる話をしてくれと、頼んだつもりだったんだが……」
「ええ。だから比較的ほのぼのとした、二番目の姉が結婚相手を連れてきた時の話をしたの。これで安心できたでしょう?」
「できるかっ!! それに今の話のどこがどう、ほのぼのとして安心できると!?」
勢い良く顔を上げながら問い質した城崎だったが、その訴えを聞いた美幸は途端に難しい顔付きになり、腕を組みながら真面目くさって反論した。
「そう言われても……。三番目の姉と小早川さんの時は、危うく姉が未婚の母になりかけた、双方の家族を巻き込んだド修羅場人生劇場だったし。美野姉さんの一度目の結婚前後は前に簡単に話をした通り、藤宮家に立て続けに不幸が降りかかった暗黒時期で、微塵も精神的余裕が無かった父と義兄の笑顔が凄く怖かった話になるんだけど、その詳細がそんなに聞きたいの?」
「……それは全力で回避させてくれ」
途端に盛大に顔を引き攣らせて懇願してきた恋人を、美幸は困惑気味に宥めにかかった。
「あのね、知的で理性的な秀明お義兄さんと正反対のタイプの谷垣さんでさえ、姉達や義兄達と馴染んで問題無く親戚付き合いしてるのよ? それを考えたら秀明義兄さんと小早川さんと同窓生、かつサークルの先輩後輩の関係の義さんは、普通楽勝だと思うんだけど」
「相変わらず騙されてるし……」
そこでぼそりと呟いた城崎に、美幸は本気で呆れかえった表情になった。
「義さんも相変わらず、騙されてるとか何とか。それは確かに二人ともやるときはやる人だし、厳しい所もあると思うけど、悪い人じゃ無いわよ?」
内心で(困ったわね)と困惑しきりの美幸だったが、ここで城崎が自分の顔を無言で凝視しているのに気が付いた。
「……………………」
「な、何?」
何となく緊迫感溢れるその表情に、美幸が思わず気圧されながら声をかけてみると、城崎は淡々と話し出した。
「幸の義兄に……、《氷結の大魔王》が居るのは早い段階で知ったから、とっくに諦めはついた。その後にツートップの片割れ、《微笑みの断罪者》まで居る事には人生に絶望しかけたが、この間で何とか立ち直った」
「『大魔王』と『断罪者』って……。秀明お義兄さんと淳お義兄さんの事よね? どうしてそこまで言われてるのよ?」
「だが……。以前から、ひょっとしたらと思っていたが……」
「何が?」
テーブルの上に乗せた両拳を微かに震わせながら、思い詰めた口調で告げてくる為、何事かと思った美幸だったが、ここで城崎は両目を限界まで見開きながら、美幸に訴えた。
「やっぱり一番上のお姉さんが、藤宮家のラスボスなんじゃないか!!」
「…………それに関しては、全く否定できないわね」
思わず美幸は城崎から視線を逸らしながら肯定し、そんな恋人の様子を見た城崎は、両肘をテーブルに付いて頭を抱えた。
「世間一般的には最大の難関の父親に加えて、大魔王とラスボスが揃っている場所に、俺に孤立無援で飛び込めと……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だから! 孤立無援じゃないわよ、私が付いてるし。それに義さんに会えるのを、皆、楽しみにしてるんだから。久しぶりに全員揃うから、私も今から楽しみだし!」
城崎の気持ちを少しでも楽にしようと、明るい口調で美幸が声をかけると、城崎が思わずと言った感じで顔を上げ、彼女に尋ねた。
「ちょっと待て。今の『全員揃う』って、どう言う意味だ?」
「今回美子姉さんが全員に招集をかけたから、父に加えて姉が四人、義兄が四人、姪が四人、甥が三人、藤宮家勢揃いなの! こんなのお正月でも滅多に無くて。やっぱり谷垣さんが、良くて年の半分しか国内に居ない上に、その分美恵姉さんが社長業をバリバリこなしてて、忙しいからなかなか」
「…………」
そこで城崎が血の気を無くした顔で固まっているのに気付いた美幸が、話すのを止めて不思議そうに声をかけた。
「あれ? 義さん。どうかしたの?」
「も……」
「も?」
「もう駄目だぁぁぁぁ――――っ!!」
首を傾げた美幸の目の前で、城崎が悲壮な声で絶叫しながらテーブルに突っ伏し、両手で頭を抱えた。
「え? ちょっと義さん、大丈夫? 気を確かに! しっかりして!!」
当然美幸は何とか宥めて落ち着かせようとしたものの、彼が通常の精神状態を取り戻すまでに、かなりの時間と労力を費やす事になった。
その二日後。帰宅後に夕食を食べてから、美子と彼女の子供達に囲まれてお茶を飲んでいた美幸は、世間話のついでに城崎の事を口にした。
「一昨日、義さんのマンションに様子を見に行った時、そんな風に錯乱気味だったの。今度の事で凄いテンパってて、どうしようって感じだったわ……。昨日と今日、同じ部署の人にさり気なく聞いてみたら、仕事に影響は出ていないみたいだけど」
そう言って美幸が溜め息を吐いてから一口お茶を飲むと、美子がおかしそうに笑った。
「あらあら。城崎さんは秀明さんと小早川さんの後輩にしては、随分気が小さい方だったのね」
「普段はそんな事無いのよ? 仕事は相変わらずバリバリこなしてるし、眼光鋭く有象無象を蹴散らしてるし。本当に……、武道愛好会にトラウマが有るのは分かるけど、もう卒業してから何年経過していると思ってるのよ……」
思わず愚痴っぽく独り言のつもりで呟いた言葉に、美子が不思議そうに反応する。
「美幸、トラウマって何?」
「なっ、何でも無いのよ! 何でも!」
「ふぅん? 秀明さんに聞いたら分かるかしら?」
自分が何を口走ったか認識した途端、慌てて盛大に首を振った美幸だったが、何やら考え込みながらお茶を飲んでいる美子を見て、冷や汗を流した。
(いっ、言えない! 学生時代義さんが先輩達に嵌められて、醜態を晒した時の内容なんか! 皆の前で面白おかしく暴露された日には、義さんが確実に再起不能になっちゃう!! 後から秀明義兄さんと小早川さんに、口外しない様にくれぐれもお願いしておかないと! その前に、さっさと話題を変えて、美子姉さんの気を逸らさなくちゃ!)
そこで慌てて美幸は、ここ暫く密かに懸念していた内容を口にした。
「それよりも! 今度の日曜に義さんが来た時、どんな料理を出すつもりなの? まさか、かけ蕎麦とかじゃ無いわよね!? せめて美恵姉さんの時の様に天ぷら蕎麦にして、お願いだから!!」
そんな事を鬼気迫る勢いで訴えられた美子は、一瞬驚いた顔になってからころころと楽しそうに笑った。
「いきなり、真顔で何を言い出すかと思えば。本題はそれなの?」
しかし美幸にとっては笑い事でも何でも無く、現時点での最重要問題であった。
「笑い事じゃないんだから! かけ蕎麦なんて出されたら、フォローの仕様が無いじゃない!」
「美恵の時は色々あったもの。まあ、美実と美野の時も色々あったけどね」
「……確かに、色々有り過ぎだったわね」
当時の色々な事を思い出し、美幸が思わず遠い目をしていると、美子が宥める様に言い聞かせてきた。
「そんな心配をしなくても、城崎さんには普通のお料理を出すつもりでいたわよ? ちゃんと内容も考えていたし」
「あ、そ、そうなんだ。それなら良かったわ」
「でも……、そうね。そんな風に期待して貰っているのなら、それに応えないと城崎さんに申し訳ないわよね?」
話を聞いて美幸は一瞬安堵したものの、急に美子が微妙に口調を変え、何やら含み笑いすらその顔に浮かべたのを見て、美幸の背筋に悪寒が走った。
「え? 期待って……、何? 義さんは別に何も」
「分かったわ。予定を変更して、城崎さんの期待に応えられる料理を準備するから、安心して頂戴。秀明さんにも相談して、より喜んで貰えそうな物にするわ」
「ちょっと待って! 美子姉さん! 勿論、普通の料理よね!?」
そこで静かに立ち上がった美子に釣られる様に、美幸も立ち上がりながら必死の形相で確認を入れた。しかしそれを見た美子は、美幸に向かって微笑みながら、何でも無いように言い返してその場を後にする。
「嫌だ、何を言ってるのよ。普通の料理に決まっているじゃない。さあ、そろそろ秀明さんが帰って来る時間だから、夕飯を温め直しましょうか」
「美子姉さん!」
不安に駆られた美幸が思わず後を追おうとしたが、ここで背後からポンと軽く左肩を掴まれた。
「……美幸ちゃん」
「美樹ちゃん、どうかしたの?」
美幸が振り返ると、未だ小学校高学年ながらも年齢の割に上背がある美樹が、それ程違わない目線を美幸に合わせながら、厳かに告げてくる。
「私にも、これだけは分かるわ」
「な、何が?」
「確実に状況が悪化したわ。城崎さんに心して来るように、言っておいた方が良いと思う」
真顔で姪に断定されてしまった美幸は、立ったまま項垂れた。
「……言わなきゃ良かった」
「ゆ~ちゃ?」
心配そうに一番下の美那が片手を伸ばし、くいくいと美幸のスカートを引っ張りながら見上げてくるその横で、美樹の弟の美久が、冷静に追い打ちをかけてくる。
「これっていわゆる『藪をつついて蛇を出す』って奴?」
それに美樹が真顔で頷きながら、合掌してみせる。
「『後悔先に立たず』とも言うわね。あと『覆水盆に返らず』とも。皆で城崎さんって方の、冥福を祈りましょう」
「南無阿弥陀仏」
「なむあむ~」
姉に倣って神妙に合掌した二人を見て、美幸は悲鳴混じりの声を上げた。
「美樹ちゃん、美久君、義さんは死んでないから!! 当面死ぬ予定も無いし、お願いだから縁起でもない事しないで! 美那ちゃんが真似しちゃってるし!」
必死の形相で訴えた美幸だったが、美樹と美久が明るく笑い飛ばす。
「冗談だってば、美幸ちゃん」
「そうそう。骨を拾うのは、美幸ちゃんの役目だし。僕達、邪魔しないから」
「全然冗談に聞こえないんだけど!?」
「……ほね?」
そんな風にケラケラと楽しそうに笑う姉兄と、狼狽している叔母を、暫くの間美那は不思議そうに首を傾げながら、静かに観察していた。




