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藤宮美子最強伝説  作者: 篠原 皐月


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11/20

(11)進退窮まる時

 この作品は、Web拍手お礼SSとして2014.10.12~10.21まで掲載後、こちらに再収載した物になります。

「実は私の二番目の妹は、去年大学在学中に作家デビューしたんです。年明けに出した二作目もなかなか好評だったらしくて、今春卒業してから執筆活動に専念する事になりました」

「そうでしたか」

「おめでとうございます」

 多少照れ臭そうに美子がそう口にすると、二人は率直に祝いの言葉を口にした。しかしすぐに美子が心配そうな表情になって話を続ける。


「それは良かったのですが……、三作目の執筆に取りかかってから、煮詰まってしまったみたいで。このひと月、食事とトイレとお風呂以外は、自室に閉じこもって机にかじり付いている状態なんです」

「それは……」

「ご家族としては、心配ですね」

 本心から妹を案じている様に見える美子に、二人は心の底から同情した。するとここで、美子が予想外の事を言い出す。


「その問題の三作目なんですが、偶然にも佐竹さんと柏木さんをモデルにしているんです」

「は? 俺達を、ですか?」

「確かに藤宮さんには面識がありますが、妹さんとは接点が無い筈ですが……」

 さすがに面食らった二人だったが、美子は如何にも申し訳なさそうに事情を説明した。


「あの……、気を悪くなさらないでね? 以前秀明さんに頼まれて、お二人が私を助けて下さった後、何かの折、妹にその時の話をしたんです。そうしたらお二人について、妹が色々好奇心と想像力をかき立てたみたいで。主人と結婚後に、実はあの二人は秀明さんの後輩だったと話したら、妹が主人に根ほり葉ほり聞いて、益々想像を膨らませていたそうなんです」

「お前達の在学中の面白いエピソードを、俺が知る限り話してあげたからな」

 ここで今まで黙っていた秀明が、薄笑いをしながら口を挟んできた為、二人はげんなりしながら呻いた。


「……一体、どんな話をしたって言うんですか」

「何だか他の人間に聞かれたら、驚かれたり引かれたりする話ばかりの気がする……」

 揃って項垂れた二人だったが、彼等に向かって美子が切々と訴えた。


「妹が『大体の方向性と流れは出来上がっているんだけど、どうしてか私の創作意欲のスイッチが入らないのよ』とか言って、導入部を書いては消し、書いては消しの状態みたいで。ですから話のモデルになっているお二人をその目で見て、色々妹の希望に沿う事をして頂けたら、ひょっとしたら妹の筆が進むかもと思ったものですから……」

「なるほど」

「そういう事でしたか」

「駄目でしょうか? 長々とお引き止めするのも申し訳ありませんから、一時間位お付き合い頂ければ結構ですが」

 控え目にそんな事を申し出てきた美子に、二人は一瞬顔を見合わせてから快諾した。


「遠慮なさらないで下さい。そういう事情なら、これも人助けですから幾らでもお引き受けします。なあ、清人?」

「ああ、俺も同感だ。それに生みの苦しみと言う物は、同業者として身に染みて分かっています。そんな事で遠慮なさらないで下さい」

「え? 同業者、って……、まさか……」

 驚きを露わにして美子が無意識に夫に視線を向けると、秀明は悪びれずに言ってのけた。


「そう言えば言ってなかったな。清人の奴は、『東野薫』の名前で執筆活動をしてる」

 それを聞いた美子は、狼狽しながら夫を詰った。


「まあ! あなたったら、そんな事一言も言ってなかったじゃない! 東野薫と言えば新進気鋭の若手作家として私だって名前を知ってる位なのに、そんな人に向かって箸にも棒にもかからない美実の事について愚痴を零したなんて、恥ずかしいわ!」

 思わず涙目になって訴えた美子を、秀明が苦笑いで宥めた。


「そこまで気にする事はないだろう。こいつだって今は偶々売れているだけであって、いつ鳴かず飛ばずになるか分からないんだからな」

「あなたったら、またそんな失礼な事を!」

 到底宥めているとは思えないコメントに美子が声を荒げたが、ここで二人が割って入った。


「いえ、本当にお気になさらず。幸運な事に物書きで生計を立てる事ができましたが、俺だっていつ妹さんの様に煮詰まってしまうか分かりませんから、お話を聞いて身につまされました。俺で良ければ、幾らでも妹さんのお力になります」

「そうですよ。俺も出来る限り協力します。一時間と言わず、二時間でも三時間でも、妹さんの気が済むまで。構わないよな、清人?」

「俺もそう言おうと思っていたところだ」

「まあ……、ありがとうございます。それでは今から妹をここに連れて来ても良いでしょうか? それと、お時間は大丈夫でしょうか?」

 力強く請け負った二人に、美子は忽ち顔色を明るくして申し出た。


「勿論、構いません」

「今日はこの後、特に用事もありませんから、お気遣いなく」

「それでは今から連れてきますね? 少々お待ち下さい」

 そしていそいそと立ち上がった美子が、嬉しそうに一礼してから部屋を出て行ってから佐竹と柏木は安堵の顔を見合わせた。そして緊張のあまりこれまで手を付けていなかった茶碗に揃って手を伸ばし、一気に茶を飲み干してから、どちらからともなく思いついた事を口にする。


「そう言えば先輩の義妹さんは、どんな名前で執筆活動を?」

「どこの出版社の、どんなレーベルから出しているんですか?」

 その疑問に、秀明は淡々と答えた。


「紫藤エミの名前で、宝玉社のマゼンダ文庫から出ている」

「そうですか……。すみません、聞き覚えがないもので……」

「相変わらず正直者だな、浩一。気にするな。本当に清人と比べたら、世間の認知度は天と地程に差があるからな」

「はぁ……」

 冷や汗をかきながら柏木が謝罪したが、秀明は鷹揚に笑って宥めた。するとここで佐竹が、難しい顔で呟く。


「宝玉社……、マゼンダ文庫……」

 そのまま何やらブツブツと自問自答している風情の佐竹に、柏木が怪訝な顔をしながら声をかけた。

「清人? どうかしたのか?」

 すると顔を上げた彼は、秀明に強張った顔を向けて確認を入れた。


「先輩……、俺の記憶違いかもしれませんが、宝玉社のマゼンダ文庫と言ったら、BL本のレーベルだったのでは……」

「ああ、そうだ。さすが作家。畑違いの分野でも、良く知ってたな」

「え?」

 上機嫌に拍手する秀明の前で佐竹は盛大に顔を引き攣らせ、予想外の展開に頭が付いて行かなかった柏木は、絶句して瞬きした。するとドアの向こうから騒々しい音が聞こえて来たと思ったら、ノックも無しに勢い良くドアが開けられ、壁で跳ね返って来る前に一人の目を血走らせた女性が室内に突入してくる。


「義兄さん!! イケメン二人を私の好きにして良いって本当!?」

「ああ。二人とも快諾してくれたぞ? もう煮るなり焼くなり好きにし」

「きゃあぁぁぁぁっ!! 美子姉さんから聞いたとおり、普段は氷の美貌を誇る一匹狼だけど、絆されて心を許した相手にだけはとことん尽くしちゃう流浪の騎士様に、一見気弱な受けキャラだけど、実は眼鏡を外すと鬼畜な攻め役王子!! いっ、やぁぁぁぁっ!! これまで聞いた話だけで、散々脳内で妄想を繰り広げてきた人物が、今ここに正に目の前に!! 夢じゃないかしら! ……あ、嫌だ。涎が」

 室内に飛び込んで来るなり、秀明の台詞を遮りつつ絶叫したと思ったら、ふいに真顔になって舌なめずりをした二十代前半の女に、佐竹と柏木は顔色を変えて反射的に立ち上がり、素早くソファーの後ろに回り込んだ。そんな後輩二人に向かって、秀明がのんびりと声をかける。


「彼女が妻の二番目の妹の、美実ちゃんだ。暫く仲良くしてくれ」

「…………」

 そんな事を言われて、さながら得物を目の前にした肉食獣の様な目をしている女性に対して、二人が心底慄いていると、パタパタと軽い足音を響かせながら美子が応接室に戻って来た。


「もう、美実ったら、話の途中でいきなり走り出すんだもの。はい、忘れ物。カメラにノートに筆記用具。机から勝手に持って来たわよ?」

 そう言って差し出された物を笑顔で受け取った美実は、ちらりと男二人に視線を向けながら確認を入れる。


「ありがとう、美子姉さん。ねえ、本当にこの人達、二時間好きにして良いの?」

「そうねぇ……」

 そして美子も蒼白になっている二人に目を向けてから、真顔で妹に釘を刺した。


「美実。一応言っておくけど、お触り厳禁よ?」

 さらっと言われたその内容に、美実から盛大なブーイングが上がる。

「えぇぇっ!? 何よそれっ! 今時場末のキャバクラだって、そんな事言わないわよ!?」

「その代わり、自分で脱いで貰ったり、当人同士で脱がせ合うのは構わないから」

「あ、なるほど。確かにそっちの方が、絵的にも話的にも良いわよね」

 美子の言葉に一瞬安堵の表情を浮かべたものの、美実がうんうんと頷いた内容に、二人は絶望的な表情になった。しかし美子の注文は更に続く。


「それから、家の中でご先祖様やお母さんに顔向けできなくなる様な行為も禁止」

 それにも美実は、不満を訴えた。

「えぇ~? じゃあどの辺りまでなら良いのよ?」

「仮にも社会人でプロだと言うなら、それ位自分で判断しなさい。その上で、何か問題があったと分かったら……」

「分かったら?」

 思わせぶりに黙り込んだ姉に美実が尋ね返すと、美子は如何にも楽しげに微笑んだ。


「家から未来永劫叩き出すから、そのつもりでね?」

 しかし長年の経験上、それが美子の最後通告である事を熟知していた美実は、素直に軽く右手を挙げて宣言する。


「了解しました。藤宮美実、社会人としての最低限の節度と、常識人としての一線を守る事を、ご先祖様とお母さんと美子姉さんに誓います」

 それを受けて、美子は満足そうに微笑みながら、佐竹と柏木に向き直った。


「宜しい。それでは佐竹さん、柏木さん。この子に二時間お付き合い下さいね?」

「…………っ!」

 ソファーの後ろで立ち尽くしたまま、盛大に顔を引き攣らせていた二人だったが、ここで押し殺した声で佐竹が柏木に囁いた。


「……浩一、覚悟決めろ」

「清人?」

「ちゃんと紹介して貰った手前、ここで引くわけにはいかないだろう」

 その決意漲る表情を見て、柏木も瞬時に腹を括った。


「分かった。お前にだけ嫌な思いはさせない。こうなったらどこまでも一蓮托生だ」

 そんな悲壮な覚悟を決めた二人に向かって、秀明が笑いを堪える表情で再び拍手する。


「二人とも、良い心がけだな。安心しろ。今回は妻が手配したから、まだ俺への頼み事はノーカウントだ。これから困った事があったら、遠慮無くいつでも俺を頼って来い」

「……どうも」

「ありがとうございます……」

 どこか虚ろな表情での感謝の言葉は、(今後どんなに困っても、この人にだけは絶対泣きつかない)との決意がほの見えていたが、秀明はそれはスルーして美樹を抱えたまま立ち上がった。


「さあ、それじゃあ俺達は席を外すか」

「そうね。お二人ともごゆっくり。二時間経ったら様子を見に来ますね。美実、くどいようだけどくれぐれも」

「分かってますって! 可愛い妹を信用してよね!」

 上機嫌にウインクしてみせた美実に苦笑いしながら、秀明は美子と連れ立って応接室を出た。


「じゃあ美樹を昼寝させて来るわ」

「ああ、行って来い」

 部屋を出てから秀明から美樹を受け取った美子は、日当たりの良い和室に向かい、秀明は自分用の書斎へと向かった。そして三十分程読書をしてから、「俺も少し昼寝するか……」と呟いて腰を上げる。そして階段を下りて二人が昼寝している部屋に向かおうとして、反対の方向から微かに響いて来る声に気付いた。


「……のよ!……して、そ…………、……なの!」

 それで「頑張っているらしいな」と興味をそそられた秀明は、少し様子を見てから和室に向かう事にした。しかしドアを開けて覗く必要も無く、ドアの向こうから漏れ聞こえてくるハイテンションな美実の声が、廊下に響き渡っている。


「ほら、そこで抜き取ったベルトで、両手首をぐるぐる巻きにして……、そうそう、焦らす様にファスナーを下ろすの! ……くっはあぁぁっ! 何その涙目、そそるわっ! 寧ろ泣いて!! 悶えて泣き叫んで!! 大丈夫、うちは広いから! ……いっ、嫌ぁぁっ! そんな睨み殺されそうな視線を向けられたら、背中がぞくぞくしちゃって、もう駄目ぇぇっ!! あ、そこでそっちの片腕をそこの腰に絡めて! ………そうそう! いやぁぁん、分かってるじゃない!! 実際男の一人や二人、口説いて押し倒した事があるんじゃないの!? ……はい次、両脚を持ち上げて………、そうよ。そしてそこに顔を寄せて…………、ああっ! 鼻血出たっ! やだっ、絨毯に落ちて染みになったら姉さんに殺されるっ! ティッシュティッシュ!!」

 それを聞いた秀明は、廊下の壁に手を付きながら必死に爆笑を堪えた。そして「滅多に無い経験だろうな。強く生きろよ?」と呟きながら、妻子の元へと向かった。


「美実、そろそろ時間だけど、入っても良い?」

「ええ、大丈夫よ」

 美子が応接室を出てきっちり二時間後。再び美樹を抱えて美子と秀明が顔を見せると、室内にはすっきりした顔付きの美実と、服装は一分の乱れも無く整っているものの、げっそりとやつれた感の二人が存在していた。


「お二人ともご協力ありがとうございました。お疲れになったでしょう?」

「……いえ」

「お役に立てたのなら幸いです」

 どこか暗い表情で頷いた二人に苦笑しつつ、美子は続いて妹に問いかけた。


「美実も、満足できたわね?」

「ええ、もうばっちり! シリーズ化して十冊は書けるわ!」

「十冊……」

「シリーズ化……」

 握り拳で力強く宣言した美実に、佐竹と柏木の顔色が更に悪くなる。それを横目で見た美子は、溜め息を吐いて美実に言い聞かせた。


「美実……、幾らインスピレーションが刺激されたと言っても、ダラダラ十冊も書いたら読者に飽きられると思うわ」

「そうかしら?」

「シリーズ化するにしても、三冊までにしておきなさい。その分、内容を濃くすれば良いでしょう」

 そう提案した美子に、忽ち美実が不満顔になる。


「えぇ? 内容を凝縮して濃厚にするのは理解できるけど、三冊じゃ書ききれないわよ。やっぱり八冊位は」

「三冊」

「だって、今回思い浮かんだあれこれを無駄なく盛り込もうとしたら、最低でも六冊は」

「仮にも物書きのプロよね?」

「うぅ~」

 含み笑いで翻意を促してきた美子に、美実は最終的な妥協案を提示して両手を合わせつつ頭を下げた。


「……せめて五冊は書かせて下さい。お願いします」

「仕方が無いわねぇ」

「美子姉さん、凄腕の編集者になれるわ……。取り敢えずご協力感謝! 私、これから早速書くから! お邪魔様!」

 取り敢えず呆れ顔の姉から了承を取り付けた美実は、うきうきと断りを入れてその場を後にした。そんな妹を見送ってから、美子は佐竹に視線を移す。


「佐竹さん?」

「……何でしょうか?」

 今度は何を言われるのかと、ソファーに座ったまま身構えた佐竹に、美子はさり気なく言い出した。


「これはあくまで、私の独り言なのだけど……、明日はどう話を進めて行くつもりなのかしら?」

「は?」

「あの方達は大抵の物はお持ちだし、その気になれば大抵の物は手に入れられる立場の方だし。普通に金銭や代替え品を渡して譲って頂こうとしても、拒否されるのがオチだと思うの。それに大した考えも覚悟も力量も無いくせに、『何でもやります』なんて軽々しく口にする類の人間は、本当にお嫌いだし」

「…………」

 誰に言うともなく美子が呟いている内容に、佐竹は思わず無言になった。柏木も神妙に耳を傾ける中、彼女の独り言が続く。


「でも……、お二人ともお年を召して、最近では刺激が少なくて暇を持て余しておられるから、予想外の面白い話の持って行き方をすれば、喜んで食い付いてくださるかもね。それこそ見返り無しで、あなたが欲しい物を譲ってくれるかもしれないわ」

 そんな事を言ってにこにこと笑っている美子を見て、佐竹が慎重に口を開いた。


「……助言して、頂いているんでしょうか?」

「あら、私は独り言を言っているだけよ。ねえ? あなた」

「そうだな」

 要するに、これに関して礼は不要だと告げた夫婦に、佐竹と柏木は素直に頭を下げた。


「分かりました。それでは明日、宜しくお願いします」

「はい、時間厳守でお願いしますね?」

「お邪魔致しました。失礼します」

 そして二人が帰ってから、秀明が苦笑いしながら美子に言った。


「お前も甘いな。わざわざあの妖怪夫婦の攻略のヒントなんかやらなくても」

「予想以上に頑張ってくれたみたいだし、あなたのお気に入りの後輩さん達だから、ちょっと色を付けただけよ。それに幾らヒントをあげたと言っても、最後は本人次第でしょうし」

「確かにな。しかしあいつらがBL本のモデルとはな、気の毒に」

 そう言ってクスクスと笑っている夫に、美子は不思議そうな目を向けた。


「あなたもなっているでしょう?」

「は? 何がだ?」

「あなたと小早川さんが、美実のデビュー作のモデルじゃない。読んでいなかったの?」

 一瞬質の悪い冗談かと思った秀明だったが、あくまでも真顔の美子を見て、盛大に顔を引き攣らせながら確認を入れた。


「…………冗談だろう?」

「ちょっと待ってて」

 そこで美樹を秀明に預けた美子は、応接室を出て行った。そして三分程で戻って来て、秀明の前のテーブルに一冊の本を置く。

 

「はい、これ。てっきりあの子に貰って、読んでいるのだとばかり思ってたわ。あんな風に書かれても平然としているなんて、流石だと思ってたのよ。……さあ美樹、お待たせ。遊びましょうか!」

「あぁ~!」

 そして再び上機嫌な美樹を抱えて美子はその場を後にし、秀明は無表情で渡された本に手を伸ばした。


「………………」

 確かに表紙に描かれたイラストが、何となく自分と友人のイメージに重なるのを自覚しながら、秀明は如何にも嫌そうにページをめくり始める。

 それを無言で斜め読みし初めて十分後。秀明はそれを勢い良く壁に向かって投げつけ、スラックスのポケットに入れていたスマホを取り出し、長年の悪友兼、美実の恋人でもある小早川淳に電話をかけた。


「淳!! 貴様、付き合ってる女が書いている物の内容位、きちんと把握しておけ!! 迂闊過ぎるぞ、この馬鹿が!!」

 相手が出るなり怒鳴りつけた秀明に、相手から非難の声が返ってくる。


「秀明? いきなり何を言い出すんだお前は。鼓膜が破れるかと思ったぞ」

「お前、彼女のデビュー作、目を通して無いだろう!?」

「それはまあ、興味がない分野だから。美実に感想を聞かれても、適当にそれらしい事を言って誤魔化したし」

 それがどうしたと言わんばかりに淡々と返された秀明は、盛大に歯軋りした。


「その話……、モデルは俺とお前だそうだ」

「……え?」

 呻くように告げた秀明の言葉に、淳の戸惑った声が返ってくる。

「手元に有るなら今すぐ確認しろ」

 言うだけ言って通話を終わらせた秀明だったが、どうやら本自体は貰っていたらしい淳から、きっかり十分後に電話がかかって来た。


「何だ、このおぞましすぎる話はっ!?」

 先程の自分の電話同様、いきなり用件を繰り出してきた相手に、秀明が怒鳴り返す。


「俺が知るか!!」

「と言うか、ひょっとしてこれの発売直後、藤宮家を訪ねた時に『考えてみれば得体の知れない変な女より、小早川さんの方がよっぽどマシね』とか美子さんが俺の顔を見ながらしみじみ言ってたのは、この事かよ!?」

「そこで怪しめ!! お前は阿呆か!?」

 それから暫く男二人の間で、不毛な怒鳴り合いが展開されたのだった。


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