オラクルパーティ
貧乳は正義です。
「さーいらっしゃいいらっしゃい!本日特売大安売り!はいどーですかそこの方!お安くしときますよ!」
雑踏の中、石塀を背に威勢よく客引きの声をあげる女性占い師。──そう、占い師である。
大人の階段の踊り場で激しくブレイクダンスでもしているような、同年代の女性と比べるといささか残念さが漂うこの女性占い師こそ、占術を遣う者に知らぬ者はないと謳われる『シストの占い師』総帥であるアデライン・シストの一人娘、ミスフィトである。
親元を離れ、独り立ちする為の第一歩を踏み出したのだが……一歩目にして、早くもすっ転びかけている模様。
(占いで特売って……なに……?)
(インチキくせぇ……)
(八百屋……?)
通行人が訝しげな視線を投げてよこすのも無理はない。メガホン片手に、もう片手のハリセンで卓上の水晶玉をべしべし叩きながらの口上は、どう贔屓目に見ても占い師要素は皆無である。辛うじて服装こそそれなりのものを身に付けてはいるが、周囲に与える印象としては焼け石に水、どころか熔けマグマに水を垂らすようなものだ。
しかし、背後に立てた幟にはしっかりと『人生相談承ります』『失せ物・探し人等何でもご相談ください』『辻占いのbush warbler』……等と記されている。
説得力などありゃしないけど。
「うーん……お客さん来ないなあ……。サービスが足りないのかな?……むむむ。よーし、それなら!」
彼女は腰のポーチから何かを取り出すと、水晶玉の隣に積み上げた。
「今ならこのスルメも付けちゃうよ!産地直送旨味抜群タウリン豊富!疲労回復に持ってこい!早い者勝ち先着10名さま!さーいらっしゃい!」
説得力などありゃしない。
……と思いきや、まさかのお客さん第一号。柔和な笑みを浮かべた、幸せそうなおばあちゃんである。
「おおおおっ!ようこそいらっしゃいました!ではでは、何を占いましょうかっ!?」
「これ2つくださいな」
「はいかしこまっ、と、や、えっ、こ、このスルメは売り物じゃ」
「これで足りますかな」
「っっっっっっっっ、……はいっ、バッチリです!よく噛んでしっかり味わってくださいね!おばあちゃん!歯を大切に!」
笑顔でおばあちゃんを見送り、そしてがっくりと膝から崩れ落ちた。
「うう……初めてのお客さんだと思ったのに……いやお客さんではあったんだけどさ……わたし占い師なのに初の収入がスルメ代ってどういう事……?……これじゃ普通にスルメ屋さんじゃないですかわたし。……えーいつまみ食いしちゃえ」
もぐもぐ。
「……うっし元気出た!復活!今なら吹雪の白狼にもこゆび一本で勝てる気がする!気がするだけだけど!……元気出たついでに、ちょっと占っちゃおっかな。おかーさんからは自分の事は占うな、って言われてるけど……一回くらいいいよね」
占う内容・今日、お客さんは来るのか
「け、結構切ないけど背に腹はかえられないっ」
彼女は椅子に座りなおすと水晶玉を正面に据え、スルメをポーチにしまい、……やっぱり一枚取り出し、足をちぎってもぐもぐ。残りをポーチへ。
「……ごくん。では、いきますよー」
目を閉じ、水晶玉に手をかざす。
(……木霊、火幻、土精、金妖、水神、四方八角十二道、遍く在りし虚弦の真理……)
占いとは能力ではなく技術である。天地の狭間に犇めく、世界を構成している無数の要素。
それらの相関、因果を読む事で人の流れ、物の移り、世界の運行を知る。
これが占いである。
『シストの占い師』では、そう教えている。
その教えに忠実に従い、導きだされた答えは……
「クル━━━(゜∀゜)━━━!!」
そこへ。
「ちょっといいか」
「キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━!! ちょっとどころかいくらでもウェルカムですよ!さあさあ何を占いましょうかっ!? あ、スルメ食べます? これ、はわたしの食べかけだ、はい、こっちは新品ですよ!」
しかし、彼女の前に現れた男は険しい表情を崩さない。腕章には警備の意味を表す太陽と月を模した印章が鈍く輝いている。
「あ、スルメはお嫌いでしたか?」
そうじゃない。
男は腕を組み、指先で肘の辺りをトントン叩きながら、
「貴様、ここで営業する許可は取ったのか?」
「……え゛っ!?……許可って……いるんですか」
「ここは貴様の土地か?違うな。ここは我が主の土地だ。他人の土地を借りるなら許可を取るのが常識だな。違うか?」
「せ、正論すぎてスルメが食べたい」
「何を言っとる。貴様、名は」
「うう……ミスフィト・シストと申します」
「シスト……だと……? まあいい、今回は見逃してやるからとっとと去れ」
「はいそれはもう迅速に!スミマセンでした!」
ミスフィトは光の速さで椅子と机を畳み幟を丸め、一式を背負い水晶玉を指輪に収納すると、ぺこんっとお辞儀ひとつを残すや否や、ダッシュでその場を後にしたのだった。
隣街、宿屋。
ここはミスフィトの母親の知り合いが経営している店で、彼女が実家を出て武者修業を始めたと聞くと、格安で部屋を提供してくれたのだった。
(ごめんおばさん。あんなに喜んで貰っちゃったけどあれ実はスルメ代なんだ)
暗い部屋。こんもり膨らんだ布団。中では赤ちゃんのように丸くなったミスティトがちびちびスルメをかじっている。スーパー反省会タイムである。
(また占いも外れちゃったしねーもーなんなんだろーねーほんとにねーもー)
客が来るどころか自分が退去を命じられるとは、単なるハズレよりもひどい。会心のハズレ。ハズレのクリティカルとでもいえようか。
元より、生まれてこの方、彼女の占いは当たった事がない。外すのは慣れっこではあったのだが、武者修業一日目、一発目でのミスは流石に堪えたのである。
(でも必ず外れるんだったら、結果の正反対をお客さんに教えてあげれば……いやいやいや、それじゃあわたしの占い師としてのコケンに関わるっ!コケンってなんだろうっ!)
ミスフィトには、母親達が会話の中で使っているのを何となく聞き覚えたものの、実はよく理解していない語彙というのが結構あった。
この辺のテキトーさが占いの結果に影響を与えている……のかどうかは定かではない。
(ま、いっか。とにかく今日はもう寝よう。プロのすいみん力を見せてやる!そして明日また頑張ろうそうしよう!)
そうして、気持ち伸びたものの、相変わらず丸まったまま、彼女は眠りに落ちたのだった。
──深夜。
彼女は、ノックの音で目を覚ました。
「……ふぁい……ミスフィトは…現在眠っております……御用の方は……ぴーっという発信音……」
あんまり覚めてなかった。
「夜分遅く失礼します。占い師の先生、ですよね。是非とも占って頂きたいこ」
客。
「はいはいはいはいようこそいらっしゃいましたわたしが美少女天才占い師bush warbler主宰のミスフィトですッ!」
突然ドアを突き破らんばかりの勢いで出現した弾けんばかりの笑顔に、ノックの主……フードを目深に被った女性は、若干気圧された様子で会釈を返した。
「あ、ど、どうも……」
「さあさあ、中へどうぞー。一名様ごあんなーい」
ミスフィトは室内に入ると灯りを点け、……そして淡い期待と共にちらりと時計を確認して……既に日付が変わっている事を知り、小さくため息をついた。
しかしすぐさま気を取り直し、フードの女性へ椅子を勧めた。自分はテーブルを挟み、反対側に座る。
「ではまず、名前を伺ってもよろしいですか?」
女性はフードを上げた。歳の頃はミスフィトよりやや上だろうか。きりりと通った鼻筋、射るような眼差しに意志の強さが感じられる、キツめの美人顔である。
「フォンと言います。……が、その、占い師様、……寝癖が大変な事に」
「へっ!? こっ、これはそーいうそれなのでお気になさらず!」
どーいうどれなのかはよく分からないが、枕元に投げ出してあった帽子を素早く装着。隠蔽完了。
「よし。それではフォン様、何を占いましょうか」
「……はい。実は、あなたをかの偉大なるシスト師の御息女であると見込んで、協力をお願いしたいのです」
待望の顧客。それも、数多ある占い師の中から特別に指名しての依頼。初仕事として申し分のないものである。
……が、それまで真夏の太陽よりもやかましいくらいに晴れ晴れしかったミスフィトの表情が、僅かに陰った。
「……そういう事ならお受けできません、かな」
「理由をお聞かせ頂けますか」
ミスフィトは水晶玉に人差し指を這わせ、その軌跡を眺めながらぽつりぽつりと語る。
「おかーさんとそのお弟子さん達……シストの占い師って呼ばれてる人達。フォン様もその噂を知ってるからわたしの所に来たんですよね」
フォンは無言で頷いた。
「わたしはおかーさんを越えたいんです。自分の力で。シストの占い師じゃなくって、わたしというひとつの存在になりたい。だから家を出たし、必要な時以外にはシストを名乗らない。関わらない。名前を借りるような事もしない」
「……」
「そう決めたんです。なので……申し訳ないですけど、シストの占い師を望むならば別の方に依頼してくださいますか」
「そう……ですか」
「あっ、でも」
ミスフィトは顔を上げた。
「失礼ですけど……フォン様、政府の方ですよね」
堅気の人間にしては鋭く、奥底を見透す様な目付き。そして、単に几帳面というには洗練されすぎている、キビキビとした雰囲気、所作。
ミスフィトが導きだした推論に、フォンは静かに頷いた。
占い師にとって、相手の微妙な仕草や表情の変化から情報を読み取る『洞察力』という能力は必須の要素である。幼い頃から母親を始めとした有能な占い師に囲まれて育ってきたミスフィトは、自然とこの能力を高い水準で身に付けていた。
占い師としての実力は占い以外超一流。例えるならば、容姿端麗超絶美声だけどクソ音痴の歌手のようなものだ。肝心なポイントをピンポイントで外す。それがミスフィト・シストである。
そんな残念占い師は、続けて語る。
「おかーさん言ってました。『政治家に関わるとロクな事がない。関わっちまったら、でたらめ出任せ嘘八百、適当並べて大金ふんだくってトンズラこきな』って」
「ず、随分ですね」
「とにかくドロドロした世界なので、過去に色々あったらしいです。その辺はフォン様の方がお詳しいんじゃないですか」
フォンは目を伏せた。ミスフィトは肯定の意、と汲んだ。
「そういう訳なので、フォン様がシストに依頼するのは難しいかもしれませんね。……ねー?」
ミスフィトはニヤニヤと笑みを浮かべながら、意味深な抑揚を付けた。
その意味する所はひとつである。
『裏』で海千山千の老獪な怪人達と渡り合ってきたフォンに、それが読めない筈もない。
「分かりました。……では、bush warblerのミスフィト様に、改めて依頼をします」
机の下で小さくガッツポーズし口の中で「っしゃーーー!」等と喜声をあげているミスフィトに、フォンはそこはかとない不安を覚えたが、ここまでのやり取りから、ミスフィトには充分な資質がある事も感じていた。
「ふふふふふお受け致しましょう!……それで、協力、とは具体的に何をすれば良いのですか?……あ、ここから先は守秘義務が発生しますのでご安心ください!」
「ありがとうございます。ではよろしくお願いします、占い師様。……実は、この男の摘発に協力していただきたいのです」
そう言うと、フォンは一枚の紙を取り出した。左上には魔法で転写された人相書きがあり、その下に名前や素性等が列記されている。
「ランベル・タリアン……実業家。へー。お金持ちなんですね。お金持ちって大体悪いことしてますもんね(偏見)……あ、この住所って」
昼間、ミスフィトが警備員に立ち退かされた場所。その背後にあった石塀の向こうに、ランベルの館が鎮座していたのだった。
「普段は露店商が商品を広げても干渉してこないのですが、占い師というのには警戒したのでしょう」
「……フォン様、見てたんですか……?」
「偶々です。それよりこのランベルという男ですけど、彼には盗品売買の嫌疑が掛かっており、他にも都市協定で禁止されている物品を取引しているという情報もあります」
「ふむふむ。……つまり、限りなく黒だけど、お金パワーの力で政府高官あたりとズブズブの関係で、そっちから横槍が入って表立っての捜査ができないとかいった感じですか?」
フォンは目を丸くした。
「……ほぼ、その通りです。さすがですね。それも占いで?」
「いえ、この間読んだサスペンス小説の内容です!シチュエーションが似てたんで。へへへ」
「……え、ええと、ケーススタディの様なもの、なのでしょうか。それで、踏み込もうにも決め手に欠ける状況なので、まず占い師様には失せ物探しの要領で」
「あるはずのないモノを探す、という事ですか」
「お願いできますか」
「……結構簡単に忍び込めましたね!」
「それはいいんですけど……」
ランベル邸、内部。夜陰に紛れ、秘術に分類される『解錠』の魔法を使い、裏口から潜入を果たしたフォンは、後ろにぴったり着いてきたミスフィトに渋面を向けた。それを受けたミスフィトは、なぜか得意げな顔で、
「スルメですか?」
「違います」
ポーチに手を伸ばしたミスフィトを制し、ため息をついた。
何故こんな事に──。
時間は少し遡る。
まず──占いの結果は『平』と出た。
ランベル邸に卦の乱れはない。あるはずのないモノなど存在しない。
それどころか、卦の乱れが一切ないという事は、ランベル氏自体が全くの無実であるという事になる。ミスフィトは焦った。まじなの嘘でしょ嘘だよね。
まじである。占いの結果は『平』。何度やっても変わらない。神妙な面持ちで見守るフォンを、水晶玉に集中してるフリをして冷や汗だらだらかきながらチラ見しつつ、ミスフィトは考えた。
(ふおおおおおどーしょーーこれえええええこれ絶対アレだよ例の法則発動してるよそうだよ逆だよ黒だよランベルさんのちくしょうめ!この悪党!月に代わってお仕置きしちゃうぞオラこのヤローッ!て現実逃避してる場合じゃああああホントどうしようやっぱり黒でしたって言っちゃった方がいいのかなでもそれだと初仕事でいきなり自分に嘘つく事になるしそれはちょっとわたしのハートが痛むしほらあのよく分かんないけどコケン的なものもあるしかといって白ですと言えば今度は現実から目を背けるっぽい事になるしそれにフォンさんの努力が水のバブルになっちゃうしそれはそれで良心が!むむむむむむむむむむむむむむむむ!)
フォンからは物凄く集中しているように見えた。これが稀代の占術士、アデライン直伝の占いか……!などと感じ入ったりもした。
本人はパニクってるだけなのだが。
「か、仮に……」
何故か疲労困憊の様子のミスフィトが口を開いた。
「仮にランベル氏が黒であると出た場合、フォン様はどうなさいますか」
「館に忍び込み、証拠品を押収します。バックに権力がある以上、強行策しか手はありませんので」
フォンは上の意向に背き、独自に捜査を続けている。なのでこの件が上手く行こうが行くまいが、今後組織内における彼女の立ち位置は悪くなりこそすれ、良くなる事はない。
それを承知の上で、彼女は進み、手掛かりを求め、そしてミスフィトのもとへ辿り着いたのだ。信念に基づいて。
ミスフィトは考える。
(わたしの占いは当たらない事が『当たり』。……認めたくないっ……けど、認めない訳にはいかないよね)
(わたしは占い師)
(占い師の仕事は自尊心を満たす事じゃない)
(依頼に応え、導く事)
口は悪く、態度も悪いし手も早いが、決して間違った事は言わない母親の教え。何度も鉄拳と共に叩き込まれ、……時には蹴られたり締められたり極められたり投げられたりして、宙を舞いながら学んだ占い師の在り方。
(フォンさんは自分を顧みないでお仕事に打ち込んでる)
(わたしは)
ミスフィトは水晶玉にかざしていた手を、そっとおろした。わずかに汗ばんでいた掌が、風を受けてひやりとした。
「……ランベル邸には卦の乱れがあります」
「では……?」
「ええ。あるべきではないモノがあるようです」
これでいい。完全に割り切れた訳ではないが、とりあえず今は、これでいいのだ。フォンの瞳に意志の炎が宿るのを見て、ミスフィトはそう思った。
「ありがとうございました。では、依頼料の件ですけど」
ミスフィトは水晶玉を指輪に収納しつつ、
「それはまだ早いですよ、フォン様」
「え? しかし」
「これからランベル邸に行くんですよね」
「はい。事は速い方が良いですから」
迷いなく答えたフォンに微笑みかけると、ミスフィトはすっと立ち上がった。
「わたしも行きます」
「え?……え、と…それは何故ですか? あなたはただの占い師じゃないですか。ここから先は私の仕事です」
「わたしも自分の仕事に責任を持ちたいんです。乗り掛かった船、というとちょっと違うかもしれませんけど……最後までお付き合いさせてください!」
「……いえ、それは許可出来ません。如何なる理由があれど、これは不法行為です。非常時特例も適用されませんし、法の番人として一般市民の」
「フォン様の依頼を受けた時点でわたしは一般市民じゃないですよ。善意の協力者です!」
えっへん、と無意味に(無い)胸を張り、更に何か言おうとしたフォンを遮り、
「大丈夫、足手まといにはなりません!わたし、王城の宝物庫より警備が厳重だと言われてるシスト家の台所から何度もスルメを盗んで生還してますから!」
凄さが全く分からない武勇伝だが、『シストの占い師』の規模を考えると実は結構凄い事なのかもしれない。……考えすぎかもしれない。
フォンが返答に困っていると、
「わたしは卦の乱れの源の方角が分かります。ナビゲートできますよ? 見取図があれば、警備の者がいる位置も大体分かりますし」
結局、断りきれなかったのだった。
確かに、ミスフィトの示したタイミングで石塀を乗り越え、中庭を走る事で気取られる事無く、無事に侵入を果たす事が出来た。しかし、相応の訓練を受けたフォンとは違い、あくまでミスフィトは単なる占い師なのだ。不安は拭えない。
しかしここまで来てしまった以上、最早後戻りは出来ない。ミスフィトを信じるのみである。
「フォン様!靴って脱いだ方がいいですか!」
「……脱がなくて良いと思います。……それで、どう進めば良いのでしょうか」
「ちょっと待って下さい……ええと、どうやら目的地は地下みたいです」
ミスフィトの占いは当たらない。その的中率は驚異の−100%を誇る。ならばそれを逆手に取れば良い。つまり、最も怪しくない所が一番怪しいのだ。
フォンは脳内でランベル邸の見取図を展開した。地上三階建て、地下室は無かった筈だが……しかし、最初に見取図を見た時に、一階の間取りに違和感を受けた場所があった事を思い出した。
同時に、窓からの月明かりを頼りに見取図とにらめっこしていたミスフィトが声をあげた。
「フォン様、ここ、変じゃないですか? 書斎と登り階段の間に変な空間が」
そこである。
「間違いないでしょう。……建築基準法違反もプラス、か……。どこまであいつの息が掛かってるやら」
「フォン様?」
「何でもありません。それより急ぎましょう。夜は長いようで短い。案内を頼みます」
「分かりました!」
ミスフィトは指輪を外し、チェーンを通して、見取図の上に垂らした。ダウジングである。ただし天下無双の残念占い師仕様なので、反応が“合った”ルートを選んで辿る事になる。
ランベル邸は高価な浮金石をふんだんに使った瀟洒な作りで、薄暗くてよく見えないが、壁に架かっている絵画や、廊下に等間隔で並ぶ調度品の類も値が張るものを揃えているようだった。足元には軽く沈むような上等の絨毯が敷かれており、足音を気にしなくて良いのは有り難い。
書斎までは直線距離ではそれほど離れてはいないが、警備員を避け、やり過ごし、迂回して進んでいると、結構時間がかかってしまった。
そして……
「ここ……ですよね」
「そのようです」
到着。
フォンが『解錠』し、二人は書斎へ入った。そして扉を閉め、光量を絞った『光明』の魔法を使い、淡い光を湛えた珠を生む。すると、暗闇に慣れた眼には充分な明るさが広がった。
書斎の入口は部屋の角にあたる部分に設置されており、扉の左側は壁に接している。廊下から見てその入口の左隣に、平行する向きで登り階段があるのだが、怪しいのは階段の下側である。書斎の壁の中に、不自然な空間があるようだ。
こちらの壁には書架が一切ないのも怪しさに拍車を掛けている。
「ちょっと待ってください」
ミスフィトがポーチへ手を伸ばし、……そしておもむろにスルメを取り出し食べはじめた。
「……何をしてるんですか」
「おいしいです」
「いやあの………………良かったですね」
「あ、まだあるんで良かったら食べま」
「いりません」
幸せそうなミスフィトを放置し、フォンは入口付近から、壁を軽くノックしながら奥へ進む。すると、中央よりやや進んだ辺り──音が違う。向こう側に空間がある事は確実だが、しかしどこにも開ける為の装置や仕掛けといった物は見当たらない。
一様に、継ぎ目すらない浮金石の壁が、『明かり』を受けて遠い夜空の星々のような瞬きを見せるだけである。
「こういうのって」
いつの間にかスルメを食べ終えていたミスフィトが、てくてくと書架の間を歩き回っていた。
「ひと昔前の推理小説とかだと、本棚が鍵になってたりしますよね。こんな感じで、これをこうしたらごごごっと開いたりするの」
一冊だけ、微妙に飛び出していた本を奥に押し込むと、フォンの眼前の壁に音も無く逆L字のラインが走り、静かにスライドした。
長方形に切り取られた暗闇の中には案の定、降り階段があった。
「……まじですか」
本に手を掛けたまま、呆気に取られていたミスフィトに、フォンはウィンクしてみせた。
「やるじゃないですか」
そして降り階段に向き直り、
「ごごごっとは言わない分だけ現代的ですね」
相変わらずなんだから、という小さな呟きはミスフィトの耳には届かない。
「ここから先は、公には存在していない空間です。何があるか分かりません。気を付けて進みましょう」
『光明』を掲げたフォンに続き、ミスフィトが階段を降る。
「カビ臭……くはないですね。空気も湿ってない。うちの地下室なんて酷かったのに」
「僅かに風を感じます。空調管理がしっかりされているようですね」
「それってつまり……」
「ええ。ビンゴという事です」
盗品売買、違法取引。いずれも、モノをどう隠匿するかがネックとなる。どれだけ状況証拠が積み重なろうとも、現物が見つかりさえしなければ罪が成立しないからだ。
そういう場合において、秘密の地下室は大変都合が良い。唯一にして最大の問題、湿気が酷いという難点をクリアできればの話だが。
この地方は気温が高めで土壌は水分を多く含んでいるという、地下室を建造するのに相性が悪い条件が揃っている。普通に作ったのでは、紙や布など1週間と保たずに腐敗し、カビに塗れて使い物にならなくなってしまうのだ。
まともに機能する貯蔵庫を建造するには、素材のレベルから吟味して最高のものを揃え、そして高度な技術を備えた専門の技師が必要になる。当然お金も掛かる。いち実業家に出せない金額ではないだろうが、役所に届出が出ていない秘密の地下室である事を考えると、外部の協力者の存在──それも、政財界に影響力を持っている協力者の存在が見えてくる。
ランベルの捜査に圧力を掛けている存在と同一人物であろう事は想像に難くない。
「ようやく」
階段を降り、平坦な通路を進んでいると、前を行くフォンが、振り向かずにぽつりと呟いた。
「えっ?」
ミスフィトは、こっそりスルメに伸ばしていた手をビクッとしながら引っ込めた。
「ようやくここまでこれました。感謝します」
「えっ、やだなあどうしたんですか急に」
言ってから、フォンの苦労は如何程だっただろうか、と思った。上司から疎まれ、同僚から蔑ろにされ、一人孤独に捜査を続けてきた苦労は如何程だっただろうかと。
「ちょっと……聞いてもいいですか?」
「何でしょう」
「どうして、そんなに頑張れるんですか……?」
素朴な問故に、フォンは答に詰まった。それが仕事だから、と答えてしまえば良かったのだろうが、動機に占める割合の大部分がそうではないからだ。
どう答えようか──その逡巡が、背後に現れた気配に気付くのを後らせた。
「! 後ろです!ミスフィトッ!」
足音が聞こえる距離まで接近を許してしまうとは。
「えっ?……っ!」
鈍い音。
──里での見習い時代ですらこんな失態は犯さなかった。己の迂闊さに舌打ちしつつ、袖から鉄筒収納式のチェーンウィップ、暗器『千鳥鉄』を取り出しつつ、向き直る。
フォンは言葉を失った。目の前で展開されている光景の意味が分からなかった。
左手に水晶玉をしっかりと握り、地面と水平に突き出された右の拳。一歩踏み踏み込まれた右足は重心移動が適切に行われた事を示している。
そして──反対側の壁にめり込んでいるゴブリン(っぽい生物)。下半身しか見えていないが。
「え……と……今、何をしたのですか……?」
「パンチです!」
あっけらかんと答えたミスフィトは、構えを解き笑顔でVサインを送ってきた。
「いやそういう……えーっと、その……大丈夫でしたか?」
ゴブリンといえば、手慣れた戦士ならばいわゆる雑魚としてあしらえる程度の存在である。しかし、一般人にとっては充分驚異となる……ハズ……だったような気がする。フォンはちょっと混乱した。
「わたしは全然大丈夫ですよ!」
水晶玉を収納し、ファイティングポーズから綺麗なフォームでワンツーを撃ってみせる。しゅっしゅっ、というセルフ効果音がちょっとウザい。
「……あなた、強かったんですね」
「いえいえ、そんな事ないですよ。まだおかーさんからは一本も取れませんし」
素手でゴブリン石壁にめり込ます人間が『そんな事ない』訳あるか!というかシストって一体何なんですか総合格闘技団体か何かでしたっけ!
そんな事を思ったが、口に出すのはやめておいた。
「……とりあえず、安心しました。……魔物を放し飼いにしているとは思いませんでしたけど」
「それですけど」
小瓶から垂らした色砂で床に魔方陣を描き、その中央に水晶玉を安置したミスフィトが、右手を翳しながら言う。
「放し飼いとはちょっと違うかもしれません。どんどん増えてるみたいなんですよね」
占いの結果としては、次々に障害が消滅していっているという事である。
フォンは屈み込み、床に耳を押しあてた。
……なるほど、前方も後方も塞がれたようだ。
「気付かれましたね。グズグズしてはいられません」
フォンは千鳥鉄を袖にしまうと、腰の後ろへ手を伸ばし、中央に中指を通す輪の付いた20cm程の長さの鉄棒、暗器『峨嵋刺』を両手に装着した。中指の輪を支点にキュルルッと回転させ、そして握り込み、調子を確かめると、研ぎ澄まされた針になっている両端が『明かり』を受けて寒々しく輝いた。
「急ぎましょう」
その様子を物珍しそうに眺めていたミスフィトが左手で水晶玉を引っ掴み、立ち上がりながら、
「フォン様って忍者なんですか?」
意味深に微笑む。
「そうですと答える様な忍者は失格ですね。……それより、先程は呼び捨てにしてしまい申し訳ありませんでした」
『光明』を消し、足音を殺しつつ、なおかつ最大限の早足で奥へ向かう。慌ててついてきたミスフィトが、
「いえいえ、呼び捨てで構いませんよ!『占い師様』、って実はちょっとこそばゆいというかなんというか」
「そうでしたか。では遠慮なく、ミスフィト。私の事も呼び捨てで構いません」
「えっ、それは給食なんですけど」
「恐縮ですね」
「それです!」
「まあ、呼びやすいので呼んでください」
「フォンたん」
「やめて」
などと間の抜けた漫才をやっていると、前方──
「いますね。……12、13か」
ミスフィトの感覚では捉えられていないが、フォンは気配を感じ取っている様だった。
「一気に抜けますよ。まず目を潰すので、合図したら目を閉じてください」
「分かりました!」
2人は視線を合わせると、同時に駆け出した。
するとすぐに見えてきた、闇に馴染む深緑の肌。ゴブリンの集団である。それぞれが棍棒等の武器を手にし、中には簡素な鎧のようなものを身に付けている。
「飼ってるんですかね?」
「恐らく。届出がないので条例違反です」
ゴブリンもこちらに気付いた様だった。散開し、武器を構える。
「……行きますよ!」
フォンの合図にミスフィトはぎゅっと目を瞑り、左の前椀で目元を覆った。
同時に、フォンが『光明』を光量を最大にして解き放つ。閃光が爆発し、闇に慣れたゴブリン達の目を灼いた。
たまらず怯んだゴブリン達の間を流れる様にすり抜けながら、フォンは峨嵋刺を的確に急所へひと突きし、意識を断って行く。
一方のミスフィトは──
「失礼します!」
水晶玉を握ったまま、とりあえず手前のゴブリンに突っ込み、防御の姿勢を取ったゴブリンの膝を足場に、下顎へ跳び膝蹴りを叩き込んだ。
「これぞアデライン直伝!水晶玉シャイニングウィザード!」
シストって一体なんなの。水晶玉関係あるのそれ。フォンは胸の中で淡々とツッコミながら、淡々とゴブリンを処理していく。プロである。
ミスフィトは意識を失ったゴブリンの胸を足場にもう一度跳び、奥にいたゴブリンにフライングニールキックを放ち、壁にめり込ませた。めり込み系占い師。斬新である。着地し、前方へ駆ける。
「ッ!」
待ち構えていたゴブリンが棍棒を振り下ろすが、勢いを殺さずに、屈み込む様に反転しながら躱し、懐へ潜り込む。背を向けた瞬間、一瞬静止し、そして震脚──叩きつける様に強く踏み込み、突き上げる形のショルダータックルを放った。
「水晶玉……鉄山靠!」
水晶玉の必要性は謎だが、食らったゴブリンと、その背後にいた数体がまとめて壁にめり込んだ威力の前には些細な事である。
「あなた……本当に占い師なの」
フォンは最後のゴブリンの首筋から峨嵋刺を抜き、回転させて血振りしながら、至極もっともな疑問を口にした。
「え?やだなあ、何言ってるんですか。どっからどう見ても占い師じゃないですか」
どっからどう見てもファイターです。
壁から生えてる無数のゴブリンの下半身を見て、フォンはそう思った。
「……まあいいでしょう。この先ずっと一本道の様です。挟撃される訳には行きません。一気に突っ込みますよ」
「がってん承知です!」
その後、何度かゴブリンの集団と遭遇したものの、2人は難なくそれらを退けた。途中、走りながらスルメを食べようとしたミスフィトが喉に詰まらせて窒息しかけたが、根性でどうにかした以外は、特に問題はなかった。
何度目かの角を曲がった先に見えてきたのは、行き止まり──ではなく、大扉である。
そして、その前に立ち塞がる人影。
「侵入者と聞いて、どんな阿呆かと思えば……お前か。シストの占い師」
「あ、あなたは……! ……どちら様でしたっけ!」
「ふざけおって。昨日のあれはやはり、我が主を探っとったのだな」
「?」
「私に助けを求められても困ります。……けど、恐らく昨日、あなたをランベル邸の前から立ち退かせた警備員ではないでしょうか」
しばらく男の顔を凝視し、そしてぽんと手を叩いた。
「おお」
ようやく合点がいったらしい。
「あのスルメが嫌いな人ですね!」
「その手には乗らんぞ、シストの占い師。何が目的で忍び込んだのかは知らんが、この地下室の存在を知った以上、生かして帰す訳にはいかん」
男は、『く』の字型に湾曲した刀身が特徴のグルカナイフを抜いた。『ナイフ』という名が付いてはいるが、刃渡りは1m近くにも達し、肉厚の刃も相まって、印象としては手斧に近い。
「我が一族の掟でな。一度抜いたナイフは血を吸わせるまで鞘に戻してはごふっ!?」
「いま急いでるんでごめんなさいパンチ!」
目を細めて刀身を撫でながら悦に入った様子で語る男。……がうざったかったミスフィトは、問答無用で間合いを詰め下腹部に正拳を叩き込んでいた。
「ぐ……貴様、人の話は最後まで聞けと教わらなかったのか……!」
「無駄話は聞く価値ないから殴っていいと教わりました!」
「……馬鹿な……許さんぞ貴様ら……!」
「私は何もしてないんですけど」
「シストの仲間なら貴様も同罪だ!このグルカナイフで八つ裂きにしてゴブリンどものごふぉっ!?」
「学習しないわね」
ミスフィトの水晶玉ジェットアッパーを食らって宙を舞う男に、呆れた様子でため息をついた。
中ボス的な登場の仕方だったが、単なる雑魚だったようだ。名前も無いし。
「この奥に……。ん、鍵が掛かっているわね」
ぐったりしながら上体を起こした元中ボスは不敵な笑みを浮かべた。
「く……ふははは……残念だったな!鍵が無ければ扉は開かん。『解錠』は無効。破壊は不可能。ふふふ……じきに増援がやってくる。貴様らはここで終わりだ!」
しかしフォンは至って冷静に、
「鍵、持ってますよね。出してください」
「何を馬鹿な」
「出してください」
「ふん。貴様らなんぞに」
「出しなさい」
「お断りだな」
「ミスフィト、お願いします」
「あいあいさー!」
ミスフィトは男の背後に回ると、強引に立ち上がらせた。
「っ!? 貴様何を」
男の左足に自分の左足を絡め、男の右脇から左腕を通して首の後ろへ回して──
「水晶玉コブラツイストッ!」
「あだだだだだだたっ!?」
もはや水晶玉を持ってすらいないが大した事ではない。首筋から肩、背中、脇、腰までを満遍なく激痛が走る。
「鍵、出してください」
ミスフィトが力を弛めると、
「ぐぅ……このくらいで音を上げる俺ではっっっ!?!!っ!!っっっ!!!!!!」
力の入れ具合によっては呼吸を阻害する事もできる。
フォンは峨嵋刺をくるくる回しつつ、
「私は別に、死体から鍵を探してもいいんですよ」
その言葉に怯えたのか、それとも物理的に血流が途絶えかけているのかはわからないが、とにかく真っ青になった男はミスフィトの腕をタップした。ギブアップ。
ミスフィトが技を解きかけると、
「くそ……どうせ食らうならそっちの女の方が良かったぜ……貴様の様な貧乳じゃ楽しくもなんとも」
ぷちっ
「フォンさん、コレちぎっちゃっていいですか」
「!!!!!!!!!!!!!!!」
「まだ鍵を貰ってないですから、もう少し我慢してください」
しぶしぶ技を解き、床へ放る。
「くぅ……お…俺が悪かった……」
息も絶え絶えといった様子の男は、懐に手を入れ、鍵束を取り出した。
「……一番デカい鍵が大扉の鍵だ……ほらよ」
フォンに投げて渡すと、男はそのまま気絶した様だった。
「ちっ。運の良い奴ですね」
「完全に悪役のセリフですよ。それ」
言いながら、大扉に鍵を差し込み、回す。
金属音。
「開いた……みたいです。準備はいいですか」
ミスフィトはこくりと頷いた。
フォンは把手に手を掛け、そしてゆっくりと力を込めた。
「ふぇえ……スゴいですね……これだけあったら何枚スルメ買えるんだろ」
「港ごと、或いは湾ごと買い占められると思いますよ」
整然と積まれたコンテナの中には宝石、貴金属がぎっしりと詰まっている。これらは容易に産出地、加工工場、販売した業者等が調べられる為、盗品売買の有力な物的証拠となる。
向こうで甘くすえた匂いを放っている木箱は取引禁止品目である麻薬の原料の植物だし、そのまた向こうには絶滅危惧種の動物の毛皮が並んでいる。
リストを作成しながら倉庫内を歩き回っていると、突然中央に気配が現れた。
フォンは咄嗟に振り向きざま、千鳥鉄を引き抜き構えた。ミスフィトも慌ててスルメを飲み込み、水晶玉を構える。
気配の主は、気品と野心を併せ持つ実業家、ランベル・タリアンその人だった。
「流石だよ。今回は私の負けだ、シャオ・メイフォン」
「めいふぉん?」
「負けを認めるならば出てきたらどうですか。『幻像』ではなく」
「言っただろう? 今回は、だ。まだまだゲームセットには程遠いさ」
「あなたはそうやって遊びの感覚で……!」
「旧態依然。里に閉じ籠もり外界に背を向け地味な一生。私は御免だよ」
「使命と意義を理解していないからそんな事!」
「意義? 理解してるさ!私達の力は使ってこそなんだ!間違っても地に打ち棄てるものじゃない!」
(どうしようわたし超蚊帳の外!)
なんか知らないけど顔見知りだったらしい2人がなんか知らない口論を始めたので、手持ちぶさたになったミスフィトはとりあえず手近なコンテナに座ってスルメを食べる事にした。おいしー。
──それから十数分。ようやく決着がついた様だった。
「あなたは私が捕まえる……必ず!」
「できるとしたら君だけだろうからね。楽しみにしてるよ、メイフォン」
そう言い残して、ランベルの『幻像』は消えた。
倉庫は沈黙に覆われた。
「……えーっと……それで、どーゆー事なんでしょ?」
無言で俯いていたフォンに恐る恐る声をかけてみる。
「あ、ミスフィト……すみませんでした。つい……」
「いやあ、何か訳ありみたいですし、話せない内容だったりするならそれはそれで構わないですし」
「いえ……ミスフィトには知る権利があります。といっても流石に全部とはいかないので、掻い摘んで説明しますと、彼……ランベルと私は同じ里の出身なのです。ところがある日、彼が里の掟を破り出奔。そして私が彼の確保、或いは殺害を命じられたのです。……あ、この国の治安維持組織の一員であるというのも本当です。私の里は各国政府と繋がりがあるので、そのツテを使い、派遣されました」
「この国の法によって逮捕した後、里の方で身柄を引き取る計画だったのですが……彼の方が一枚上手でしたね。逃げられちゃいました」
「そういう事だったんですか……いやまあぶっちゃけよくわかんないですけどほら、こんなにお宝ゲット……じゃなくて悪事の証拠品を押収できたんですから、フォンさん……メイフォン、さん?のやった事は無駄じゃないですよ!正義は勝つ!びくとりー!」
「ありがとうございます。……フォン、でいいですよ。あなたに呼ばれるのはこっちの方がしっくりきます」
そう言って、フォンは笑った。
「それじゃ、戻りましょうか。……そうそう、あなたには本当に助けられましたからね、依頼料は弾ませてもらいますよ」
それから一週間後、街の大物の謎の失踪と悪事の発覚、そしてそれに関わった者達の一斉摘発というゴタゴタが一段落付いた頃──ミスフィトとフォンは街外れにいた。
「退職届はすんなり受け入れられちゃいました。まあ、確かに問題児でしたからね」
フォンは街の方を眺めた。長くいた訳ではないし、特別な思い入れがある訳でもないが、それでも離れるとなると感傷的になってしまう。里の一員としてのフォンにとっては欠点となる所だが、それは同時にフォンという人間の魅力でもある。
「これからどうするんですか?」
スルメ換算で50000スルメほどの依頼料を提示され、あまりの金額に辞退したものの強引に受け取らされてしまったミスフィトの懐は暖かい。スルメポーチもパンっパンである。
「ミスフィトはどこか大きな街へ行って、占い師の武者修業を続けるのでしたね。頑張ってくださいね。あなたならきっとシスト師を超えられますよ。……私はランベルを探します。彼の好みそうな場所の心当たりが何ヶ所かありますので、そっちを当たってみます」
「そうですか……」
風が吹いた。
「それじゃ、ここでお別れですね」
「そうですね……。あ、そうだ。その前に、それ、ひとつ頂けますか?」
「おおっ、どうぞどうぞ!」
ミスフィトが差し出したスルメを受け取り、フォンは足をちぎって齧ってみた。
「おいしいじゃないですか」
「ふふふおいしいんですよ」
しばらく無言でスルメを齧る2人。
「また、どこかで会えるといいですね」
「そうですね。その時はまた、スルメをお願いします」
「えー、次はフォンさんがおごってくださいよ」
「ふふふ。そうしましょうか」
2人はどちらからともなく握手をすると、どちらからともなく歩きだした。別々の方向へ。
スルメを齧りながらの別れとは何とも締まらない。が、これもいいか、と空を見上げ、フォンは思ったのだった。
‐了‐
ほとんど勢いだけで書いてしまいました。肉弾占い師万歳。