7.たこ焼きとオレンジジュース
通りの半ばほどに氷水で冷やしたビンの飲み物を売る屋台を見つけ、俺はそこでオレンジジュースを、貫森はウーロン茶を買った。それから近くにあったベンチに座って一息ついたところで、ようやく気持ちも落ち着いてきた。
「ふぅ……」
手にしたビンをグッと呷り、冷えたオレンジジュースが熱い体を通り抜ける。そして変に火照った体温を内側から冷ましてくれる。隣の貫森の様子を伺うと、ウーロン茶を飲んで小さく息を吐いていた。顔の赤さはもうない。どうやら彼女も落ち着いてきたらしい。
(さて、ここから何て話しかけようか)
通りを行き交う人々を眺めながら考える。一応浮ついた気持ちはなくなったけど、さっきの今でどんな話を振ればいいのか分からなかった。
「ジュース、冷たいな」
しばらく悩んだ後、分からない事を考えていても仕方ないかと思い、俺は本当にどうでもいい話をする事にした。
「ん、そうだね」
貫森はビンを両手で持ち、通りに目を向けたまま応えてくれる。
「よく考えたらおかしいよな。なんでこんな冬のお祭りで、氷水まで使った冷たい飲み物を売るんだろうな」
「ね。……まぁでも、私はちょっと助かったけどね」
「奇遇だな、俺もだ」
二人して他愛のない言葉を交わす。手に握ったビンはまだまだ冷たく、段々と手が冷えてきた。
「そういえばさ、前園君」
「ん?」
「前園君って、オレンジジュース好きなの?」
こちらに顔を向け、軽く首を傾げながら尋ねられる。その仕草が可愛くて、少しドキッとした。
「ああ、好きかな。でもなんで?」
「この前さ、早く帰ってオレンジジュースが飲みたい、みたいなこと言ってたから」
「あー……確かに言ってたな」
「……ふふ」
「なんで笑う?」
突然おかしそうに笑いだした貫森へ、訝しげな視線を送る。
「だって、なんかおかしいんだもん」
「何が?」
「前園君、見た目とか割りとクール気味って言われてるのに、好きな物が子供っぽくて」
「……俺、クールか?」
彼女の言葉に首を傾げる。今まで自分の事をクールだとか思った事ないのだが。
「結構みんな言ってるよ。クールクールって」
「へぇ……。でも俺、別にクールなんかじゃないと思うんだけど」
「私もそう思うよ。どっちかっていうと天然だよね」
「…………」
いや、本当にクールとかじゃないけど、貫森にだけは天然とか言われたくない。
「不服そうだね。でもきっと天然だっていい事あるよ」
「いや、俺が不服なのは、貫森に天然って言われてる事なんだけど」
「ん、どういうこと?」
「……貫森も天然だろ」
「え?」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情だ。見事なまでに目を丸くしている。
「私、天然かな?」
「いやどっからどう見てもそうだろ」
「不思議ちゃんっていうのは結構言われた事あるけど……」
「不思議ちゃんと天然って一緒じゃないのか?」
「そうなの?」
「いや、知らないけど」
「…………」
「…………」
貫森は何やら難しい顔で考え込んでしまった。俺は何となくその表情を眺める。
「ねぇ、前園君」
「うん?」
眉間のシワを突っついてみたい衝動が心に芽生え始めた頃、不意に貫森が口を開いた。
「仮に私が天然だったとして、周りに迷惑とかかけてないよね……?」
「……は?」
「いやね、天然ってなんかさ、変なドジやって知らないところで誰かに迷惑をかけてそうでさ……」
「……ぷ」
あまりに変な事を真剣な表情で言う貫森がおかしくて、つい吹き出してしまう。
「む、なんで笑うかな?」
「いや、悪い。おかしくて」俺はこみ上げる笑いを喉の奥で堪える。「大丈夫、面白いから全然問題ない」
それに可愛いし、とも思ったが、それは言わずに心の中で留めておく。
「うーん、まぁ前園君がそう言うなら、別にそんな事ないか」
少し唸った後、貫森は肩からふっと力を抜く。
「そうそう、気にするな」
俺はそう言って、貫森へ笑いかける。彼女もそれにイタズラっぽい笑顔で応えてくれた。
「さて、とりあえずたこ焼き食べちゃおうぜ。もう少し冷めちゃってるけど」
「うん、そうだね」
膝の上に置いていたたこ焼きの容器の蓋を開ける。香ばしいソースと鰹節の匂いがふわりと漂う。俺は割り箸を一つ貫森に渡し、もう一つの割り箸を手に取る。
「いただきます」
貫森へ容器を差し出すと、彼女はそこからたこ焼きを一つ取り、小さく呟いた。
「……いただきます」
俺もそれに倣い、おじさんがオマケしてくれたたこ焼きを箸で取り、口へ運ぶ。時間を置いたたこ焼きは程良く温く、とても食べやすかった。