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5.浮き足立って秘密事

「午前十時四十五分……」

 厳しい北風が身を切る中、腕時計に目を落とした俺は、確認した時間を呟いた。

 昨日の別れ際、貫森とは午前十一時に彼女の地元の駅で待ち合わせという約束を交わした。そして貫森の地元の駅とはつまるところ学校の最寄り駅な訳で、俺は見慣れた駅前の雑踏の中、彼女の到着を待っているところだった。

「早く着きすぎ……だよな」

 別に電車が三十分に一本しかないという訳ではない。しかし客観的に見たらデートという事実にヤキモキしてしまい、俺は昨夜からどうにも落ち着かなくなってしまっていた。もちろん貫森にはそんなつもりもなく、今日の事は純粋に文化祭を成功させようという気持ちからの事だろう。……そうは分かっているのだが、やっぱりどうしても意識をしてしまう自分がいた。

「免疫ないもんなぁ、俺」

 未だに色づいた事がないマイ青春台所事情。青臭さ満点の高校生には弱い刺激も効果絶大なのです。

 浮かれないようにしなきゃな、と自分に言い聞かせ、道行く人々を眺めること約十分ほど。雲の少ない冬晴れの空の下、ポケットに突っ込んだ手がかじかんできた。そして何だか不安にもなってきた。俺はもう一度腕時計に目を落とす。

「前園君!」

 もうすぐ十一時か、と思った俺の耳に、大きな声が入ってくる。視線を上げれば、息を弾ませながら走ってくる貫森の姿があった。

「やーごめんごめん、ちょっとお寝坊しちゃってさ。待たせちゃったね」

「あ、ああいや、そんなに待ってないよ。それにまだ十一時前だし」

 俺も今来たトコだよ、という台詞を言ってみたくもあったけど、そんな事を言うと余計に浮かれてしまいそうだった。

「そう? 耳とかけっこう赤いよ?」

「…………」緊張しているからとか貫森が可愛いからとか歯の浮くような妙ちくりんな台詞が浮かんでは消えていく。「いやいや、本当にそんな待ってた訳じゃないから。それより、貫森も私服で安心した」

 このままだと確実に変になりそうなので、話を逸らす事にした。

「うんにゃ?」貫森はよく分からないといった様子で首を傾げる。「何かおかしいかな?」

「いや、全然おかしくない」

 初めて見た貫森の私服姿。上は薄いベージュのピーコートをキッチリと羽織り、下はちょうど膝くらいまでの黒いスカートを履いていてる。その裾から覗く健康的な足は黒のストッキングに包まれていた。そこだけを見ると彼女らしくない(と言っては失礼か)大人しい服装だが、首に巻かれたモコモコの白いマフラーから、何となく貫森らしさを感じた。

「だけどほら、一応学校の事で来る訳だからさ、もしも貫森が制服で来たらどうしようって考えてた」

「あー……あーあー」

 分かったような分からなかったような反応だ。

「……何だ、その反応?」

「いやぁ……私、制服って考えが全然なかったからさ。まさか前園君からそんな真面目ぶった言葉が聞けるとは思わなかったんだよ」

「それ、なんか俺をバカにしてないか?」

「真面目さだけじゃ世の中は渡れないよ、前園君」

 キリッとした表情で、フォローしてるんだかしてないんだかよく分からない事を言われた。

「遠回しにバカにされてるみたいで逆に傷つくんだけど」

「じゃあ、バカ!」

「それは普通に傷つく」

「言葉って難しいね」

「……これって言葉の問題なのか?」

 甚だ謎だった。

「ま、それは置いといてさ。そろそろ行こっか。お腹減ったでしょ?」

「ん、まぁ……何も食べてないしな」

 今日の事は文化祭の参考とする為なので、屋台の出し物をたくさん食べる必要がある。その為、極力朝ご飯は食べないように、という事を俺は貫森と決めていた。なので、俺は起きてからオレンジジュースしか口にしていなかった。

「そいじゃあ、めくるめく屋台の世界へ行こーう!」

 そう言うと、貫森は元気よく歩き出した。俺もそれに続く。

「んふふ~」

 先導する貫森から、何か嬉しそうな笑い声が聞こえる。その気持ちに呼応するように、背中へ下ろされたマフラーの両端がひょこひょこと躍っている。随分と楽しそうだ。

「本当にお祭りとか好きなんだな……」

 俺はそんな事を呟きつつ、その背中を見つめながら歩いた。



 貫森に着いて歩き、普段は来ない商店街の方へと足を運んでいると、段々とお祭りらしい雰囲気が感じられるようになってきた。街灯と街灯の間にぶら下がる提灯や、テンポの良い祭囃子。本当にお祭りらしいお祭りなんて久しぶりだと思った。

「ところで前園君。一つ相談があるのですが、どうでしょう?」

「ん?」

 と、今まで俺を先導していた貫森が振り返り、何やら神妙な面持ちで話しかけてきた。

「相談?」

「うん。ちょっとアレなんだけどさ、着服の相談」

「着服って……随分と物騒な話だな」

「やーほら、一応これって実行委員のお仕事な訳でしょ? そして学校からあり得ないお金が出てるよね」

「ああ、出てるな。バカみたいに多額なお金が」

「だからさ、出店の参考にするのはさ、経費で落とそうぜ! ……って思って」

 それはものすごく魅力的な提案だ。しかしものすごくグレーゾーンでもある。ていうか貫森、なんか「皆様の血税は無駄にしません」的な事を言ってなかったか?

「……ま、いっか」しかしそう悩むのは一瞬、俺は了承の言葉を出していた。「とりあえず領収書だけ出して、接待費とかでも書いとけば」

「ふふ、お主も悪よのぅ……」

「いえいえ、お代官様ほどでは……」

 と、俺は貫森と顔を突き合わせ、お互いに悪い顔をする。不謹慎極まりないが、秘密の共有をしているようで楽しかった。

「さて、そうと決まったら行くか」

「イエス! ただで食べるご飯は美味しいです!」

「おいおい貫森君、我々は文化祭の出店の研究をしに行くのだぞ」

「おっと、思わず口がスリップしてしまいやした」

 そんなやり取りを交わし、俺は貫森と肩を並べて、出店の連なる通りを目指す。

 何かのイベント会場の準備をする人や、子供を肩車しているお父さんにそれを微笑んで見つめるお母さん、俺たちのように友達連れで歩いている人たち。それらを眺めつつ、他愛の無い話をしながら歩く。時おり貫森が知人らしき人に挨拶をし、俺と歩いている事をからかわれる。それに笑顔で「違いますよー、私たちは重要なミッション中なんですよー」と返す。貫森らしいなぁと思う反面、デートとかそういうのを期待する俺の中のオトコのコな部分がそれを残念に感じてしまっていた。

 そんな道中を歩くこと約十分ほど。今回の目的である、屋台の連なる通りへと差し掛かった。

「さてと。まずはどうする、貫森?」

 通りの入り口で足を止めた俺は、同じく隣に立つ貫森へ声をかける。

「そうだねぇ……」

 貫森は顎に手を当て、考える仕草をしていた。

「とりあえずはどんな物が屋台で出てるのか確認するのが大事……だとは思うけど」

「けど?」

「前園君、お腹の具合はどうですか?」

「……はっきり言うと、そろそろ何か食わないと辛いです」

 俺からの返答に、貫森はもっともらしく頷く。

「それならば仕方ありません。とりあえず何かを食べる事にしましょう」

 と、言うのと同時に、貫森のお腹が可愛らしい音で鳴った。

「…………」

「……てへっ」

「貫森も腹が減ってるんだな。なんか俺が辛いから、的な方向に持ってきたかったみたいだけど」

 わざとらしくもあざとい照れ隠しに思わずズキュンと来たが、それを出さないように平静を装った。

「や、私も乙女なのですよ? 結構恥ずかしいんスよ? こういうの」

 貫森は少し赤くなりながら、拗ねたような口調で弁明をする。

「そうだよなー、乙女だもんなー」

「前園君、なんか私の事バカにしてない?」

「してないしてない。ほら、とりあえず何か食べようぜ?」

「む~……」

 不服そうに口を尖らせる仕草に軽く……いやかなりグッと来ながら、俺は通りに足を踏み入れるのだった。


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