4.話と約束
「……結局、何も決まらなかったな」
「そうだねぇ……」
傾く西日に赤く染められた教室。その中で、俺は貫森と机をくっつけ合って頭を寄せていた。
文化祭実行委員会から一夜明けた今日。衛生管理などについての書類を渡す事などは全て済ませられたのだが、肝心の出店の内容は一向に決まらなかった。つまり、ただでさえ少ない文化祭準備期間で、最初の一歩を踏み出せずにいるのが現状だ。こんなところで手間取っていると本当に時間が足りなくなる。なので、俺と貫森は誰もいない教室に残り、これからの方針を決めている最中だった。
「とりあえず、出店にするっていうのはみんな意見が合致してるんだよね。でも、肝心の内容の方が……」
「ああ。何でみんな変な団結力があるんだろうな……」
今日一日、ホームルームなどで出た意見をまとめたルーズリーフに目を落とす。そこには焼きそば、たこ焼き、甘味物、うどんの文字が太く書かれている。視線を右に送ると、太字の横にはそれぞれ同数の正の字が付けられている。……つまり、四つの案が挙がり、多数決を行ったところ、まるで計ったかのように完全な四竦み状態が成立してしまったのだ。そして各派閥は一向に己の主張を譲らず、結局グダグダなまま時間が過ぎ去っていった。
「うーん、とりあえずこの中から絞るとして……、寒いからうどんってのも分かるけど……作り置き出来ないよなぁ」
「その場でうどんを茹でるにしても時間かかっちゃうしねぇ」
「回転率が良くないんだよな……」
俺はため息を吐く。別に経常利益トップを目指している訳ではないが、どうせ店を出すのなら繁盛して欲しい。仮にも実行委員なんだし、そういう気持ちが去年よりずっと強かった。だから、いつも以上に真面目に事を考えてしまう。
「でも、そう言って引いてくれるかな?」
「……無理だろうなぁ」
うどんグループの核となっている人物。それは二年ほど前まで香川で過ごしていた井川という男で、多数決で負けていないのなら一切の妥協はしない、なんて事を言い放っていた。そんな男に回転率がどうとか言っても無駄な気がする。
「いいや、うどんは後回しだ。次いこう」
「うん。えーと、たこ焼きはどうだろう。定番だよね」
「定番だな。道具関係も分かりやすいし、軍資金も学校からあり得ないほど出てるし、器具も借りやすい」
「でも絶対ほかのクラスもやるよね」
「うーん……被るのは嫌だよな」
親しみやすく、道具も揃えやすく……と、一見するとたこ焼きはいい選択に見える。しかし、定番中の定番という事もあり、ほとんど確実に他のクラスもたこ焼きをやるだろうと思えた。
「その線でいくと、焼きそばもダメだよな」
「確かにね……。何かオリジナリティ溢れるものが出せればいいんだけど」
「そんな簡単に思いつかないよな、普通」
俺はもう一度ため息を吐いて、次の甘味物について考える。
「甘味物ってさ、団子とかみたいな和菓子だよな?」
「そうだね。みたらし団子とか苺大福とか、緑茶なんかにベストマッチするものだね」
貫森が今にもよだれを垂らしそうな表情をする。その様子から、やっぱり女の子なんだなぁとぼんやり思った。
「こういう系の物は珍しいし、どことも被らないだろうし、女の子の人気も高そうだな」
「うん。私としてはこれを推したい。推したいんだけど……」
「……ああ、和菓子とか作るのって大変そうだよな」
「うん……」
しょんぼりと肩を落とす貫森。その様子を見ていると助けてあげたい衝動に駆られる。しかし現実的な問題として、和風な甘味物というのは作るのに手間がかかりそうだ。お汁粉などの汁物ならば割りと簡単に出来そうだが、例にもよって甘味物を推すグループの中心である田山という女の子がそれを認めるかどうか。彼女の実家は老舗の料亭という事もあり、甘味を扱うのなら一切の妥協はしない、とか言っていたような気がする。
「何なんだウチのクラスは……」
妙ちくりんなクラスメートに対しての愚痴が思わずこぼれる。ため息も一緒に付いてきた。
「みんなこだわりが強いよねぇ」
「ああ、無駄にな。……だけど、それをどうにかするのが実行委員だもんなぁ」
今更ながら、なかなか大変な事を引き受けたもんだと思った。……いや、引き受けたっていうか押し付けられたって言う方が正しいか。
「うーん、月曜までには大まかなところを固めないとだし……貫森は何か案とかある?」
「そうだね……一応ない訳じゃないけど」
貫森は珍しく(と言っては失礼かもしれないが)神妙な表情をして俺を見る。何かを計っているかのような瞳だ。
「案があるなら聞いてもいいか?」
「うんにゃ、本当に案ってほど案って訳じゃないんだけどね?」
「それでも聞かせてくれないか?」
何だか妙に歯切れの悪い貫森に先を促す。
「じゃあ言うけど、今度の日曜にさ、私の地元……つまりここの近くでお祭りがあるんだよね」
「お祭り? こんな時期に?」
「そう、フェスティバル。冬に負けないぞー的な趣の」
「ふぅん……」随分と変なお祭りだなぁ。「それで、それがどうかしたのか?」
「それをちょびっと覘きに行けばさ、出店のいいアイデアになるんじゃないかと思いましてね?」
「ああ、なるほど」
どの案にも決め手がないし、実際の屋台を見てみるのは参考になるだろう。
「いいんじゃないかな、それ」
「じゃあちょっと行っちゃいますか? 二人で」
「おう。ここで考えてても仕方ないしな」
「オーケー、話は纏まったね。それじゃあ今日のところはもうお開きにしちゃいますか」
「そうしようそうしよう」
流石に毎日暗くなってから帰るのはごめんだった。俺は貫森と頷き合い、早急に机の上に散らかったルーズリーフを纏める。もうほとんど落ちかけた夕陽が、教室の床に長い影を作る。手を動かしながらふと視線を上げると、貫森の横顔も赤く染め上げてられていた。
「ほい、荷物まとめ終わり~。さ、お腹減ったし早く帰ろう」
「そうだな。俺も早く返って一杯やりたいよ」
「おいおい前園君、私らは高校生だぜぃ?」
「大丈夫、氷の入ったグラスでオレンジジュースをグビッとするだけだから」
……なんてそんな他愛のない会話をしながら、俺は昨日のように貫森と一緒に、校舎を出て通学路を歩く。そしていつもの交差点で、日曜日の集合場所なんかを決めてから別れを告げた。
それから駅までの道を一人、文化祭の事を考えながら歩き、駅にたどり着く。そしてプラットフォームで電車を待ちながら、何となく貫森の事を考えた。そうしている内に電車がやって来る。
「……あ」
それに乗り込み吊り革を掴んだところで、俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。目の前の席に座っている人が俺へと怪訝な瞳を向けてくる。それから逃れるように、吊り革を掴む腕に顔を隠す。
(二人で――って)
発車のベルが鳴り、ドアが閉まる。電車が動き出し、それに合わせて人波が揺れる。暖房効きすぎじゃね、暑くね、と話す声がどこからか響いてきて、妙な熱を持った俺の耳に入ってくる。
(それじゃあ、まるでデートじゃん……)
そして、今更ながらにそんな事に気付いた俺の体は更に熱を帯びるのだった。