2.面倒事の白羽の矢
「さて、今日のホームルームだが、文化祭についての事を決めたいと思う」
朝の騒動を周りにからかわれるという事態もある程度は鎮静化してきた四限目のロングホームルーム。3-A担任の谷崎はそんな言葉で授業を始めた。
「えー、まぁ例年通りなんだが、ウチの文化祭は遅い。開催する時期もそうだが、準備に入るのも遅い。12月17、18日が文化祭なのに今日は11月24日だぞ? 今から準備始めろとかふざけんてんのかよ? なんてグチりたくなるくらい遅い。そういう訳で、だ。サクサクッと実行委員決めて、出来ればこの時間の内に出し物とかを決めたいと思う」
谷崎はそこまで言って、疲れたようなため息を吐く。そして同情の空気が生徒たちの間に生まれる。
毎年文化祭が行われるこの時期になると、主役である生徒はもちろん、教師たちも目の見張るような忙しさに巻き込まれる事になる。その為「もっと早い時期から準備を始めるべきだ」と誰かしらが毎年のように言うのだが、校長は「限られた時間の中で、目一杯に集中して物事へ取り組む事。それは将来役に立つ経験になる」の一点張りで、結局ずっとこのような期間で文化祭は開催されている。生徒としてはその忙しさも楽しいものだ。しかし大人にとっては、文化祭だけでなく期末試験や受験対策の用意などが重なり、楽しくはあってもかなり過密なスケジュールに感じられるようだった。
「という訳で、出来れば五分以内に実行委員を男女各一人ずつ選んでくれ。そして先生に楽をさせておくれ」
谷崎はもう一度ため息を吐いて教卓のイスに座る。この先一ヶ月弱の苦労を思ってか、表情には暗い色が滲んでいた。
そんな担任とは対照的に、生徒たちはにわかに騒がしくなる。そこここで「お前やれよ」だとか「絶対にイヤだね」だのといった声があがる。そのどれもが楽しそうだ。
「ハイ、先生」
かく言う俺も、自分の前の席の友人とあーだこーだと話をしていたが、女子のクラス委員である室井の声に口をつぐんだ。
「何だ、室井。実行委員やるのか?」
「いえ、やりませんけど……実行委員を推薦したいと思います」
「誰を?」
「春乃ちゃんです」
「……え、私?」
室井の声に、指名された貫森が驚いたような声を上げる。
「春乃ちゃん、二年生の時も実行委員やってくれてたよね? だから勝手も分かってるし、何より手際がいいしね」
「あーそうだな。そういう事なら、貫森に任せたい。やってくれるか?」
「…………」室井と谷崎からの言葉に、貫森は少し考えるような仕草を見せ、「……了解いたしました。不肖貫森春乃、やれるだけの事はやってやりましょう!」
その威勢のいい言葉に、教室中から拍手喝采が巻き起こる。貫森はそれに応えつつ、「皆様の血税は無駄にしません!」だとか、政治家みたいな事を言っていた。
「じゃあ女子は貫森で決まりだな。協力的な生徒を持てて先生は嬉しいぞ。……さて、そういう訳で男子、誰でもいいからさっさと決めろ」
途端に静かになる男子諸君。基本、こういう事をやりたがらないのが男という生き物だ。
「ハイ」
しかしその静寂を破る男が一人。それは沢村だった。
「実行委員の立候補か?」
「まさか。推薦ですよ、推薦」
沢村は大仰な身振りで谷崎の言葉を否定する。それから何故か俺の方を見てきた。推薦という言葉と合わせて、嫌な予感がした。
「おいやめろ」と口パクで伝えてみる。そしたらにこやかにサムズアップされた。それは俺の気持ちを汲んでくれたのか、それとも実行委員がんばってねという意思表示なのか。
「俺は、前園拓郎を実行委員に推すぜ!」
状況からしてどう考えても後者にしかならなかった。
「何で俺なんだよ」
クラスのそこかしこで上がった「おー」という歓声に紛れながら、俺は反対の意を示す。
「朝の件からして、二人は息ぴったりなんじゃね? と思ったからです!」
その言葉にも「確かにー」という声が上がる。主に男共から。こいつらはそんなに実行委員がやりたくないのか? と自分を棚に上げて思う。
「ふむ、そうだな」その声たちに推され、谷崎は一つ頷く。「朝の件に関しては、俺もまた教頭にひどく言及されて説教された。そういう憤りの発散も兼ねて、実行委員は前園にやってもらうとしよう」
「あのー、先生。拒否してもいいですか?」
「ダメ」
その言葉が決まりだった。沢村を始めとした男連中から盛大に拍手される。どうやらこれはもう決定事項のようで、俺一人の力では到底覆せそうにない。ちくしょうめ。ていうか半分くらい谷崎の私怨じゃないか。
「あはは。よろしくね、前園君」
ガックリとうなだれた俺に、朗らかな笑顔を向けてくれる貫森。その明るい表情を見たら、なんとなく「まぁいいか」と思えた。
「じゃあ頼んだぞ、二人とも。とりあえずこの時間の内にある程度の案件はまとめてくれ。それから放課後、実行委員の集まりがあるから、それにも出てくれ」
それだけを伝えると、谷崎はイスを持って教卓から退き、教室の隅の方へ移動する。ここから先は二人で進めろ、という事だろう。
「頼まれました!」
貫森はそう言って、元気よく黒板の前へ。俺はのったりした動きでそれに続いていった。